1話
「はぁ~…。今日も疲れたな…」
俺の名前は仙下谷 兎立織。平凡な男子大学生だ。
何処にでも居るような、ごく普通の大学生である。
……いや、普通より少し逸れてるか……。
苦労して入った大学に馴染めず、サークルにも入る機会を逃した俺は、ひたすら講義とバイトとアパートを行き来するような、花も青春も無い生活を送っていた。友達も彼女も居ない。ぼっち歴20年だ。
今日も終電間際までバイトをし、空に浮かぶ月をぼんやりと眺めながら帰り道を歩いていた。
綺麗な満月だな……。
こんな夜空を眺めていると、頭の中でいろいろな事を考えてしまう。
大学とバイトの事、将来の夢、就活、就職、恋愛、家庭、人生、とか。
別に成功を収めないといけないとか、良い企業に勤めて高給を取りたいだとか、家庭を持つとか、そんなレベルの高い事は今更望んでいない。
ただ、自分みたいな何も無い人間にも未来があって、何かにしがみ付いて生きていかなければならないのだ。流されるだけの、何の意思もない人生を送ってきた。
自分みたいなのが、この先何十年も生きていけるのだろうか……。
いかんいかん。思考がどんどん病んでいってしまう。夜中に考え事をするのは良くない。
「俺、このままじゃ駄目になっちゃいそうだ……。よし、決めた! 何か新しい事に挑戦してみよう!」
ひたすらバイトしていた為、貯金には余裕があった。
どうしようかな。スポーツでも始めるか、何か教室に通ってみたりするかな。ボランティアとかも良いかもな、タダだし。
そういえば俺、動物飼ってみたかったんだよな。
猫かな、犬かな、なんて考えながら曲がり道に目を向けると。
そこには赤い水だまりが広がっていた。
「ひっ……!? ……血か!?」
気づけば鼻が鉄の臭いに囚われていた。
血だまりの中央に目を向けると、何か小さな塊が落ちている。
「何だろう、動物が車に轢かれちゃったのかな……」
まだ見ぬペットへ想いを馳せていた事もあり、見過ごせない気持ちになった。
……よし、弔ってあげよう。俺のアパートは1階にある為、庭がついている。
何の動物だろうか。よく見るとコウモリの羽のようなものが付いているし、血に濡れているがモフモフとしたしっぽもある。(……何か触手みたいなものも落ちているけど、これは臓器なのかな……?)
俺がそんな風に観察していると。
「……汝、答えよ汝……。我が手を……手を取ってくれ……」
声がした。
少女の声だった。
俺は混乱した。その声は何処から聞こえてくるのか。誰かが陰からイタズラしているのか。五感はバグった様に、血の臭いと紅色しか映してくれない。
ぺちゃ、と足元から音がする。
「我は……ここに……。ココに居るぞ……」
血溜まりのコウモリがにじり寄って来ていた。声も、明らかにここから聞こえてくる。
何だ。今何が起こっているんだろう。
分からないけれど。
この手を取りたい。
後からドッキリでした、と馬鹿にされるんじゃないかとか、
この知覚外の何かに滅茶苦茶に殺されるんじゃないかとか、
日常が変わるんしゃないかという期待が、
恐怖心が、
何もかもが置き去りにされる感覚。
「どうか……私を、あなたの……」
俺はその手を握っていた。
それに気がついた時には、
俺の居たはずの世界は 歪んで、光が縦にのびて、何も認識できないままに意識が飛んだ。