16話
「アイドルは……!辞めない!!!」
「……わ、わうぅっ!諦めるわん!ボロボロになって死んじゃうわん!」
また何かが飛んできて大きく突き飛ばされる。
この手の骨張った感触はパンチだろうか。
「……っぐ!」
耐えろ、耐えろ、今は耐えろ……!
肩を揺らして呼吸する。痛みが力に上書きされてゆく。
大丈夫、落ち着いて考えろ……!何処かに穴があるはず。スキルが発動しているのだから、こんなに並外れた身体能力があるのはおかしい!
地下牢で出会った時の姿を思い出す。女の子の姿になる前は、虫と見間違えてしまいそうな程に、足が沢山ついた小さな犬だった。……足?
吹き飛ばされた体勢のまま、自分の足元を見てみる。
(……?足跡がこんなに付いてる?)
ステージには肉球の跡がびっしりと残っていた。足があれだけ付いていればおかしくはない。
ないのだが、何か違和感がある。
(足元に、何かあるのか……?)
地面に目を凝らして、じっと観察してみる。
テッテッテッテッ
地面を踏む音がする。
テッテッテッテッテテ
地下牢でも聴いた、あの独特の足音。
テテテッテッテッテテ
時折、足音がまばらになる事に気づく。足が沢山あるのだから、素早く移動していればもたついてしまう事もあるだろう。でも、それにしては。
…………?
今までの記憶が頭の中を駆け巡る。
もしかして、もしかすると……?
「がうるるるっ!!小細工しても無駄だわん!負けを、認めろおおおおおっ!!」
「……っ!」
漢太郎さんが咆哮する。
いちか、ばちか!
俺は足元に向かって、大きく手を伸ばした。
ぼふん!
「わっ」
「キャウウッ」
「あぁっ……!!」
漢太郎が驚愕した目で追う。
俺の腕の中には、小さな子犬が収まっていた。
「アゥー!キャンッ!キャンッ!」
手のひらほどのサイズの、普通の子犬だ。子犬は必死にバタついているが、力が弱いのか全く痛くない。
子犬を抱えたまま、漢太郎さんの方を見ると。
「……!やっぱり……っ!」
漢太郎さんの周りには、俺が抱えているのと同じサイズの子犬が、数十匹並んでいた。
「わ、わん太郎!その子を返すわん!」
手を出される前に……っ!
「ご、ごめんね……っ!」
俺は子犬のおでこへデコピンした。
「キャウウッ!!!」
「うああああああああああっ!!!」
子犬へ攻撃したと同時に、漢太郎さんが頭を抱えて絶叫する。
「キャンッ!」
「キャウ!」
「ガゥーッ!」
漢太郎さんが悶えているのを見て、他の子犬達が俺に襲いかかってくる。
体重をかけて俺に体当たりする子、足に噛みついてくる子、引っ掻こうとする子、のしかかって踏みつけようとする子。
皆必死で俺を襲おうとしているが、ぬいぐるみを押し付けられているかのようで全く痛くない。
「ごめんっ……!」
一匹一匹にデコピンをしていく。輪ゴムで弾かれたくらいの衝撃だと思うのだが、皆悲鳴をあげて転がり落ちていった。
「あうっ……!くっ……!」
漢太郎さんは頭を押さえて呻く。彼女の側には、最後の一匹がぶるぶると震えていた。
「キャ、キャゥ……」
俺はその子犬へ手を伸ばすと、腕に抱えてデコピンの体制を取る。
ぷるぷるぷるぷるっ
子犬の震えが腕に伝わってくる……!
「……っ!そ、その子に手を出しちゃダメだわん!!わ、わうぅ……。私の……負けだわん……!」
漢太郎さんが宣言すると、背面のモニターがパッと切り替わる。
『勝者 仙下谷兎立織』
「……っ!やった…!!」
その瞬間、ステージに紙吹雪が舞い、スポットライトが当たる。俺は観客席へ向けて、ぐっと手を挙げる。わっと歓声が沸いた。
腕の中の子犬がもたもたと腕を動かしていたので地面へそっと返してやる。子犬達は漢太郎さんの周りへぎゅっと集まった。
「みんな…。痛い思いさせちゃってごめんなさいわん……っ!
兎立織くん、どうして気づいたわん?私が一匹じゃなくて、50匹で一つの存在だって」
50匹も居たのか……!?
「それは……。スキルが発動しているのに、あんなに素早く動けたりパワーがあるのはおかしい、何か裏があるって思ったからです。」
地下牢で漢太郎さんと触れ合った時、足が沢山あるのに、よく絡まったり転んだりしないな……って思った事とか。
ステージの上に足跡が沢山残っていたけど、どれも違う方向を向いていた事とか。
いろんな疑問が頭の中で一つになっていった。
「ステージの上の漢太郎さんはアイドルの姿なのに足跡が大量についているのはおかしい。しかもそれは全て違う方向を向いている。
だから、もしかすると漢太郎さんは分身しているんじゃないか、って。
沢山の分身に分かれた漢太郎さんは、俺のスキルを受けた後に分身のステータスを本体に分け与えたんじゃないですか?」
スキル【アベレージ】は、全ての能力を俺と同じく平均化してしまうものだ。
だが平均されて1になってしまったステータスも、50匹が力を貸せば50倍となる。
「ご明察だわん。私達は、皆で一つの存在なんだわん。私に力を貸してくれた代わりに、皆はデコピンひとつでやられちゃうくらいに体力と防御力が弱体化してしまった。そして一匹が受け止めきれなかったダメージも、そのまま本体である私の所に集まってくる」
虚弱なステータスにデバフが掛かれば、デコピン一つでも大ダメージになる。その余剰ダメージが49匹分ともなれば、強化されたステータスでもたまったものではないだろう。
「さぁ、観客達が待ってるわん。お話はこのくらいにして、カーテンコールを締めるわん」
そう言って、よろよろと立ち上がると観客席の方を向く。俺も皆の方を向きお辞儀をする。
「おめでとうーー!!!」「ナイスファイトーー!!」「お疲れ様ーー!!!」「2人とも頑張ったよー!!」「俺もお手したいな……」「これからも応援してるよーーー!!」
歓声と拍手を浴びる2人。その姿を、観客席の奥の奥、関係者席からこっそりと覗く人影があった。
「兎立織、我が居なくても立派なアイドルになれるのだな。それでこそ我が主人だ!」
「ふふっ、頑張ったね。服も髪の毛もくしゃくしゃだ。帰ったら沢山お手入れしてあげないとね」
「次は我が力を見せる番なのだ!」
微笑み合ったキラとシオは、そう言い残すと姿を消したのだった。
また、その反対側にも兎立織の研修を静かに見守る人影があった。
「……。仙下谷、兎立織……。」
長い白い髪を編み込んだ少女は、兎立織の名前を呟く。彼女もまた、ぼーっとした顔でステージを見つめていた。瞳は鈍く暗い蒼色を纏っており、表情は読めない。
彼女もまた、ライブを見届け終わると席を立った。
「あいたたた……っ。緊張が解けたら痛みがっ」
ステージの裏で俺は椅子にもたれかかり、うずくまっていた。漢太郎さんから受けたダメージは深く、ズキズキと痛み立っているのも辛い。
「はぁ……シオさんにお願いして、回復魔法をかけてもらわないとっ……」
「お疲れ様」
ふと、頭上から声がかかる。
「あ、お疲れ様です……って、あれ?ホテルの受付の人…?」
白い髪の少女が目の前に立っていた。いつの間に?
この人は俺達が止まっているホテルの受付に立ってる人……だよな。どうしてこんな所に?
「うん。せなか見せてね」
そう言って俺の背後に回る。口数が少ないタイプのようだ。
「あの、貴女は……?」
背中にぽわっと、温かい感触が広がる。傷の痛みがだんだんと引いてゆく。
「寸。すんちゃんってよんでね」
すんちゃんという名前らしい。身体がぽわぽわとしてくる。これはシオさんがかけてくれた回復魔法の感触に似ているな……。
「頑張ってね」
直し終わったようで、気配が後ろに引く。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言う為に振り向くが、そう言い残して少女は消えていた。
「……?今の人、なんだったんだろう」
背中は綺麗に完治していた。傷を治す係の人なんだろうか。
でもなんだか、不思議な雰囲気を纏う少女だった。懐かしいような、安心するような……?
「兎立織くーん、おつかれ様だわん!」
子犬を抱っこした漢太郎さんがこちら側にやって来た。
「傷はもう大丈夫わん?」
「あ、さっき係の人に直して貰いました。それと、……さっきはごめんなさい!」
「係の人……?まぁいいか。それは謝らなくていいわんよ。私も本気で戦ったんだから、お互い様なんだわん。というか、ちゃんと勝者として堂々と胸を張ってくれないと困るわん!勝ったものの責務わんよ!」
と、背中をペチペチと叩かれる。さっきの打撃とは違い、優しく手加減された叱咤だった。
「兎立織くん、アイドルを選んだキミには、この先沢山の困難と苦しみが待っているわん。それは優しいキミにとって、とても辛い事だわん」
漢太郎さんは、優しい表情で俺を見つめる。
「困った事があったら相談して欲しいんだわん。私はキミの先生として、先輩として力になるわん!」
「キャウン!」
(訳:同じ星のよしみとしてもねっ!)
「あ、ありがとうございます……?」
「さぁさぁ、研修の続きをするわんよ。この後キラのライブがあるわんから、それを観ながら講義だわん!」
「キャンキャンッ!」
おまけのコーナー
かんたろうのひみつ
本名 カグー・ツイン・ワンカレロ・アスタリアン・ダンタロス
多足犬 原産地:地球
本体は足が沢山ある犬。沢山の犬が集まって一つの犬に形成している。
持ち前の脚力を生かして異世界警察をしている。違反行為を繰り返すキラを追いかけて裏地球までやってきた。神々やそれに等しい存在にも対抗できる力を持つ為、アイドルからは非常に恐れられている。
中身は元気なワンちゃん。人間が好きなのでアイドル向きだと自負している。茶色の髪をツインテールにくくり、灰色の目をしている。
元になった犬達は、昔地球に住んでいたらしい。




