15話
「アリス・イン・ミラー」
そう呟くとイントロが流れ出す。俺のソロ曲だ。
(応援してくれる皆に届くように、想いを込めて……っ!)
音楽に合わせて踊り出す。この曲を披露するのは2度目だ。以前の反省点を生かし、振り付けや歌に取り入れる。
「〜♪」
(兎立織くん、なかなかやるじゃない。歌とダンスに熱が入っているわんね。ステージの外の姿からは想像の付かない姿だわん)
漢太郎は兎立織のパフォーマンスに感心していた。
一方、兎立織を応援するファン達にも変化が見られる。
(……皆、曲に合わせてサイリウムを振ってくれてる!)
1度目のライブでは初披露であった為にサイリウムは自由に振られていたのだが、今回はファン達が集まっている為か、息の揃った動きになっている。序盤は曲のドラムに合わせて、サビでは大きく。統率の取れた兵隊のように光が動く。
兎立織が手を伸ばせば、観客達もそれに応えるようにサイリウムを伸ばす。奇妙な支配感が、兎立織の心に生まれ始めていた。
(ああ、やっぱり楽しいな……!アイドルって!)
地球では得られなかった、欠けていた何かが満たされてゆく感覚。何者でもない大学生だった自分、求められるアイドルの自分。
(俺って、こんな風に笑えたんだな)
ふっと、自然と笑みが溢れる。観客達の応援を受け、兎立織はステージの上で輝いていた。雲の無い夜に有る、満月のように。
曲が終わり、兎立織が腕を掲げてポーズを決める。
わっと歓声が上がる。
「うおおおおっ!!!」「りおりーーーーーっ!!!」「素晴らしい……」「大好きーーーーーっ!!」
「みんな、ありがとうございます!」
俺はライブに参加してくれた観客へ、感謝の気持ちを込めて手を振った。
パッとスポットライトが切り替わり、ライブ用のセットからステージ用のセットに切り替わる。俺と漢太郎さんが照らされた。
「お疲れ様だわん!新人にしてはなかなかやるわんね。花丸あげちゃうわん!さぁ、次はMCパートだわん!張り切っていくわんよ!」
「MCパートっ……!」
MCと聞き、俺は身構える。漢太郎さんはどんな手段で攻撃してくるのか。
そんな俺を見て、漢太郎さんはやれやれと言わんばかりのポーズで声をかけてくる。
「おやおや兎立織くん、随分と受け身な体勢だねぇ。もしかして、今回も判定勝ちを狙ってるわん?」
「そ、そりゃいくら中身が人じゃないからって、女の子を殴りたくないですし……!穏便に観客に判断してもらった方が良いでしょう」
「んっふっふっふっ……それは出来ないのだわん!」
「出来ない?」
漢太郎さんはビシッと指をさしてくる。
「このライブはエキシビション。それぞれのファンが5:5となるように集められているわん。つまり、判定勝ちによる勝利は絶対に不可能!私はわんわんちゃん達を信じてるからね!」
「くっ……!!そういう事か!」
確かにそうだ。お互いのファンで会場が埋まっているのだから、支持率を大きく得る事など不可能に近い。
「理解したわん?……それじゃ!私から行かせてもらうわんよ!」
そう言うと、漢太郎さんの姿が消える。何処に行った!?
その瞬間、脳内に何度目かのアナウンスが響く。
『敵意を感知しました。スキル【アベレージ】を発動します』
「後ろがガラ空きだ、わん!」
「うぁ゛っ!」
後ろから強い衝撃受けて、コロコロと吹き飛ばされる。背中を強く蹴られたようで、痛みで心臓がバクバクしている。息が苦しい。
(いたた…っ。俺のスキルが発動しているから、弱体化してる筈なのに…。この威力、強すぎないか!?
これ、喧嘩じゃあ絶対に勝てない……っ!)
「……っ、ゴホッゴホッ」
咳き込みながらステージの上を見回してみる。が、何処にも姿が見当たらない。
また何処かから、強く蹴り飛ばされる。
「あぐっ……!」
「兎立織くん。この世界は歌と踊りだけで駆け抜けられるほど甘い場所じゃないんだわん」
(姿が見えないっ……!)
「MCパートで動けないほどに痛めつけてしまえば、相手は歌えなくて失格」
「君みたいな優しい人間に、自分を選ぶ覚悟はあるわん?」
(何処だ……っ!?何処から攻撃されているんだ!?)
声のする方向を見ても何も見えない。
(落ち着け、落ち着いて、深呼吸……!)
「ガルルルっ!ステージに立てない弱い子はみーんな、私が食べちゃうんだわーん!」
今度は右から声がする。だが居ない。
「ほれほれ追いついてみるわん」
左から。
「もう立てないわんか?」
上から。今、何か見えた?
「かよわい兎ちゃんだわん」
後ろから。地面に小さな影が見えた。
…もしかして消えたのではなく、素早く移動しているのだろうか。
声は俺を惑わすように、四方八方から飛んでくる。
「食べてもいいわん?」
肩をペロリと舐められる。
「……っっ!!」
大きく肩を揺らしてビクついてしまう。人のものては無いような、大きくてザリザリとした舌の感触が残っている。獣の臭いが鼻を掠めた。
本当に小動物の様に、食べられてしまうのでは。痛みから、考え方が卑屈になっているのかもしれない。
でも、手も足も出ない相手と戦うなんて…。
生ぬるい感触がして、耳元から囁かれる。
「それとも……アイドル辞めるわん?」
「っ……!」
なんか、なんだか、今の言葉は……!
ピキッと来た。あれ、なんだこの感じ。
……イラっとしたのか、俺?
負けたくない、こんな所でアイドル辞めたくない!
俺、こんなに負けず嫌いなキャラだったっけ。
俺、女の子の身体になって可愛い服着てステージで歌うなんて、恥ずかしいって思ってたんじゃなかったっけ。
俺、ステージの上で沢山の人に見られるなんて目立つ事、避けて生きてきたんじゃなかったっけ。
俺、好きな事も熱中出来た事も、何にも無かったんだよ。
俺、自分の事なんて好きじゃなかったのに。
なんでなんだろう……。
でも……!
今の自分を、アイドルの自分を否定されるのは、絶対に嫌だ!!
「無理して戦わなくてもいいわんよ。降参するわん。ただの人間に裏地球は過酷すぎるわん。今なら私が……」
「……ない」
「わん?」
「絶対に!降参なんてしない!」
「わんん……っ!?」




