9話
――兎立織のソロ曲が始まる――
期待のこもった観客の視線。
焼けた手の痛みと握りしめたマイクの感触。
少し息が上がっている。心臓も、緊張と興奮でドクドクと波打っている。ここで決めなければ、失敗すれば後は無い。
それでも、俺は……。
『汝、我が手を……』
『どうか私を、あなたの……』
路地で出会った謎の怪物。誰かの声。先の見えない誘惑。
ずっと俺は……変化が欲しかった。自分を変えてくれる何かが、自分を受け入れてくれる居場所が。
何でも良かったのかもしれない。自分の殻を壊してくれるのならば。
だから俺は手を取って、身を守るように立ち回って、地球を守る為という免罪符を手に入れて、キラやシオさんという仲間が出来て……。
必要とされて嬉しかった。でも、俺はまだ流されてばかりだ。
俺にはやっぱり自分が無いのかもしれない。でも……、でも、それでも!
あの時俺に頼ってくれたキラ、俺の為にいろんなことを教えてくれたシオさん、俺のまだ拙いダンスと歌に沢山声援をくれた観客の皆、そして、初めてこんなに頑張れた自分自身を、
信じたい!!
「行きます! 聴いてください、アリス・イン・ミラー!」
皆への想いを込めて、俺は精一杯に踊り、歌う。
この曲はクールだが熱い。序盤は強いキックをベースに確かに歌い上げ、サビで爆発する。今の俺にぴったりな曲だ。
「〜〜♪」
アンニュイに、しかしリズムに乗った振り付け。身体をしならせ手を高く掲げる。何かを探すように。でも、今見つけたんだ。拳を握りしめ、細かなターンとステップを踏む。スカートと髪が激しく舞い、汗が散る。ここからサビだ。
(皆、お願い……っ!)
俺は観客に手を伸ばし、表情でコンタクトをとる。
サイリウムを持つ手が伸びる。
「うぉおおおっ!!! ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!」
(ありがとうっ、皆!)
思わず笑みが溢れる。
ボルテージは最高潮に達していた。
アイドルとして立つ理由を、自ら掴むことが出来た兎立織。
そして観客達も。彼らは長い間求めていたのだり神々や王からの圧政ではなく、同じペースで。この子の為なら熱狂出来ると、心の底から思える推しを!
「〜〜♪ っ!!」
演奏が終わり、クラッカーとテープが吹雪く。
そして、カランカランと鐘の音が鳴り響く。
ステージにスポットライトの光が落ちる。
「はぁ、はぁっ……! これはっ……?」
アナウンスが流れる。
『運営よりお知らせします。只今の演目をもちまして仙下谷 兎立織の支持率が90%を越えました。それにより勝敗が決定しました。
勝者 仙下谷 兎立織』
「や、やった……! 勝ったんだ、俺……!」
肩で息をしながらも、前を向く。サイリウムの光を目に焼き付けるように。
「うおーーーーっ!!!」「りおりーーーっ!!」「頑張った!!!!」「好きだーーーーっ!!!」「感動したよ!!!!」「もっとりおりーのライブが見たい!!!」
(やったよ俺! やったよシオさん! やったよキラ! ありがとう、皆!)
「ありがとおおおおっ!! 皆の声援のおかげです!! 本当に、ありがとうございましたっ!」
観客へ深く一礼する。
「な、何故だ……私が負けるだと……っ!? 何故だ、何故だぁああっ!?」
デーモンさんは頭を抱えて青ざめていた。
そんなデーモンさんだが、観客は見捨てていなかった。
「かっこよかったですデーモン様ぁ!!」
「デーモン様大好きーーっ!!」「行かないでぇええっ!!」
デーモンさんの古参ファンも、兎立織ファンに負けない大きな声で声援を送っている。
「くっ……すまぬ……。すまぬ、私を信仰してくれた皆の者……!」
そう言ったデーモンさんの持っていたマイクが粉々に砕け散る。そして、デーモンさんの足下に暗闇が広がった。
「っ!?」
暗闇はデーモンさんを徐々に飲み込んでいく。
「まだ、まだこんな所で終われるものか…! 必ず…!」
そう言ったのを最後に、完全に闇に飲まれて消えてしまった。
「ど、どうなってるんだ…!?」
負けたら俺も、ああなってしまっていたのだろうか。ぶり返した恐怖に襲われる俺の身体に、誰かが勢いよく飛びついて来た。
「兎立織っ!! よく頑張ったのだ!!!!」
キラは息を切らしながら、花飾りを手にはにかんでいた。




