ギルチョン民族の大移動はいかにして失敗したのか?
「ギルチョン民族が唯一ギルチョンできなかったもの……それはね、『善意』だったんだよ」
ギルチョン民族の末裔である青年は、いいちこを飲み干すと、そう言った。
「善意?」
「鳥取県西部帝国のみんなは、『熱烈歓迎!』の幟旗を立ち並べて、ギルチョン民族を迎えたよ」
「なるほど」
私は展開を先読みし、言った。
「そうやって油断させておいて、闇討ちにしようとしたのですね?」
「いや、彼らはみんな本当にいい人だったんだよ。ギルチョン民族は嘘もギルチョンできるから騙せない。彼らの善意が本物だったからこそ、ご先祖さま達も彼らをギルチョンできなかったよ」
「……と、いうと?」
「ギルチョン民族がやって来ることを知った鳥取県西部帝国の温かい人たちは、幟旗だけじゃなく、彼らの通り道に『ギルチョン民族御一行様熱烈歓迎!!』と書かれた横断幕をいくつも掲げておいたんだよ」
「鳥取県西部帝国の人達はアホなんですか?」
「そうだよ。田舎者だから侵略の怖さをわかってなかったんだ。だからやって来るものはすべて観光客だと思って、そんなことをしていたんだよ」
「恐るべしは無知、ですね」
「うん、最強に手強いのも無知だった。それでギルチョン民族はその横断幕をギルチョンして先に進むことが出来ず、遂にそこでギルチョン民族の大移動は失敗したよ」
カラン、とグラスの氷が寂しい音を立てて鳴った。
私は歴史の黒い霧の向こうに隠されていたギルチョン民族の大移動が失敗した理由を知った。知ってしまえばそれは謎ではなくなる。そのことがなんだか寂しかった。
「暴力は、優しさには勝てなかった……ということでしょうか」
「無垢な優しさは最強なんだよ」
ギルチョン民族の末裔の青年は、感慨深そうに、言った。
「赤ちゃんが道端に捨てられていたら、どうしても助けてしまうでしょう? つまり、鳥取県西部帝国の人達が優しかったというより、彼らの無垢さに、ギルチョン民族達が己の優しさに気づかされてしまったということでしょうね」
確かに鳥取県西部帝国の人達は無垢を通り越してバカだという他ない。何もかもをギルチョンしながら南下して来る獰猛な民族を観光客扱いして歓迎するなんて。作者が鳥取県人じゃなかったらとても書けないことだ。書いてはいけないことだろう。
無垢なものはバカだ。しかし、バカが世界を救うということもあるのだな。私は一つどうでもいいことを勉強したような気持ちになって、青年に礼を言うと、店を出た。
今夜の月は穏やかだった。私は同情されるほどのバカになりたいとは思わないが、少しぐらいはバカになってみるのも悪くないかもな、という気持ちになった。人に優しくしたいという思いに囚われながら、駅のホームの階段を昇り、途中で寝ていたホームレスのおじさんに毛布を掛け直してあげると、家に帰った。
『熱烈歓迎』の善意だけはギルチョンできなかったというアイデアは四宮楓さまより頂きましたm(_ _)m