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⑧ 大歓迎です!


「俺はキモくない。キモくない、キモくない。絶対にキモくない!」


 両頬をペチンと叩いて部屋の扉をノックする。


「はい。アイカ」


 今日はどうなっているのだろうか。そんな警戒心と淡い期待から心臓が波を打つ。

 ガチャリと扉を開けると……。


 なんということでしょう!


 見慣れたTシャツに短パン姿ではない、水色のワンピースに辞書片手に英書を読む愛花。長い髪は艶やかに整えられ、桃のようなピンクの唇は潤っている。


 愛らしく清らかに美しい。こざっぱりとしたシンプルな部屋の中に俺だけの花が凛と咲いている。


 愛らしい花のような子に……。そんな願いを込めて名付けたとおばちゃんから聞いたことがある。名は体を表すを地でいく愛花、ファンタスティック! 


 もう摘んで持って帰ってしまいたい。

 今にも身もだえして鼻血が出そうなくらいに感極まっている。


「ハルキ?」


 不思議そうに俺をみる愛花と視線がぶつかる。無垢な瞳に正気を取り戻す。


「あぁ、なんか、その……、いつもと違うなって思って」


 首をひねる愛花。


「いつもと違う?」


 俺はしどろもどろになりながらも必死で言葉を選ぶ。


「その……、いつもはTシャツと短パンだから……」


 合点がいったような表情の愛花。


「こうした方がいいって」と、服を掴む。

「髪もなんか……きれいだし……」

「油塗った」


 油? オイルじゃなくて? と、疑問が頭をかすめたが、この際細かいことはどうでもいい。唇に関してはなんだか恥ずかしくて聞くことができなかった……。愛花はこんなに純粋なのに、俺は(けが)れている。オスがゆえの感情の高ぶりが悲しい。


「気分転換か?」

「違う」



 なんでもネットで”出会い”と検索をかけたところ”自分磨き”のページに辿り着いたらしい。


 ……そうそうこういうの! こういうの大歓迎だよ! いつもの愛花もかわいいが、増し増しでかわいい。でも……いつもの無防備な愛花も捨てがたい。選べねぇーーーー。


 誰にも求められてもいないお題に真っ向から挑む俺に呆れたのか、そもそも俺の感情の機微に興味がないのか、愛花は英書に視線を戻す。


 俺は這いつくばって愛花ににじり寄る。


「なんで英書読んでんだ?」

「みんなハーフに憧れている」


 みんなってどこの……? あぁ、ネットかな……。


「で、なんで英書?」

「ハーフだから英語も話せる」


 俺との会話もそこそこに分からない単語があったのか辞書を開く愛花。

 でもハーフの芸能人で英語話せないって言ってた人いたけどな……。


「英語が話せるのは絶対必要条件なの?」

「うん。アイカはハーフとして足りないことが多いから」


 ……そもそもハーフじゃないしな。


「できないことって?」

「瞳も髪も黒い」



 視線は本に向けたまま淡々と続ける。

「背も低いし、胸もない」

「何言ってんだ! 愛花はそこがかわいいんだぞ!」と言いたかったが言えるはずなかった。……俺はキモくない……。


「背と……かは遺伝的なこともあると思うけど、瞳と髪はコンタクトとかカラーリングとかあるじゃん」

「アイカ、コンタクトも美容院も怖い」

「そっか。でも人それぞれ魅力は違うと思うぞ?」


 と愛花は生きてるだけで俺のオアシスだと遠回しに伝えたが、愛花は無言のまま俺を一瞥(いちべつ)して顔を背けた。なんなんだ今の? どんな気持ちの表情??


 俺の戸惑いを置き去りに、心だけじゃなく体も置き去りに部屋を出て行った。


 後で分かったのだが、胸を大きくするために牛乳をしこたま飲んだら、お腹がひどいことになったらしい。そう言えば愛花は昔から牛乳でお腹を壊す子だった。俺が代わりに牛乳を飲んでやっていたからよく知っている。


 そんなことに気付かずヘラヘラと笑って隣を陣取り、いつまでも帰らない俺は邪魔でしかなかっただろう。


 そうだ。明日は外出に誘ってみよう。外出が無理なら俺の家でもいいし。二件隣なだけだからさしずめ同棲中と言っても過言ではない。




***




「……ってことで今日愛花を誘おうと思ってるんだ」


 下校中の道すがら俺は嬉々として隆に報告をした。隆は黙ったまま視線を彷徨(さまよ)わせて俺と距離をとろうとするが、俺はそんな隆のシャツの裾をすかさず掴んで逃がさない。


「お前ホンモノだな! マジキモイわ!」


 あれからも何度となく「キモい」を連呼されてきたため、「キモい」の言葉の重みは随分と軽くなっている。「もー! またそんなこと言ってー(笑)」くらいのもんだ。……強がってなんかいない……。


 隆が勢いよく詰め寄る。


「イヤ、本気で! なんだよ『同棲中と言っても過言ではない』って! 過言だよ? 過言でしかないよ? とんだけサイコなんだよ! ドン引きだわ!」


 スマホに”サイコパス”と打ち込んだ。なんとなく猟奇的な人ってイメージだろうとは思っているが、自分が言われてしまうとちゃんと言葉の意味を理解したい。


――他者への共感能力が極端に低く、良心もない。一般的に頭のキレる人が多く、人当たりはいい上すこぶる魅力的な人が多い――みたいなことをグー〇ル先生はおっしゃった。


 俺はわざと隆に聞こえるようにフッと鼻を鳴らす。


「お前ちゃんと勉強した方がいいぞ。言葉の意味を理解していない」

「なんのことだよ?」


 隆が訝し気に俺を見る。


 俺は隆に説明した。共感能力もちゃんと備わっているし、良心もあるといった意味では俺はサイコパスではない。しかし、お前が俺のことを頭がキレて、人当たりがいい、()()()()魅力的だと思っているということについては素直に受け取ろうと。なんなら()()()()ってところは非常に良いと。


 隆は諦めた様に大きく息をついて頭を下げた。


「俺が間違ってた。悪かったよ。……それにしてもさー。お前なんでそんなに幼馴染ちゃんバカなの? こう言っちゃなんだけどちょっと変わってね?」


 俺ははぁーと息をもらす。愛花のかわいさが分からないなんて哀れな奴だ。


「お前なんもわかってねぇな。愛花は変わってるんじゃなくて世間ずれしてないだけなんだよ。純粋無垢なの。生まれたての少しの穢れもない美少女なんだよ」

 隆は俺を一瞥(いちべつ)する。


「美少女ねぇー。ま、見たことないから分かんねぇけど。てかさ、他にもかわいい女子いっぱいいんじゃん」

「ほかのかわいい女子?」

「明美とか美沙とか」

「そうなのか?」

「めっちゃ人気あんじゃん」

「へぇー」と答えながらも全く興味を持てない。

「かわいいって思わないの?」

「んー。ちょっと違う。かわいいともかわいくないとも思わないってのが正解かな」


 隆はぎょっとした顔を俺に向ける。


「マジで? ……もしかしてお前、幼馴染ちゃん以外にかわいいとか思ったことないの?」

「うん。ない。そんなの当たり前」

「あちゃーー」と額をおさえる隆。

「怖いくらいの一途さだな」


 それだ! 俺はピンとひらめく。


「そう。キモいんじゃなくて一途なの!」

「はいはい。じゃあそれで」とあきれ顔の隆に「しっし」と手を振られた。


「前から気になってたんだけど、何でそんなに幼馴染ちゃんに対して必死なの? 幼馴染相手にしては過保護すぎじゃない?」


 俺は胸を張って答える。


「愛花は俺が守るって決めてっから!」

「守る……? 今日日守んないといけないことなんてそうそう起こんないって」とふざけて肩をパンチしてくる。


 隆の言葉に軽快に歩いていた俺の足が止まる。自然と拳に力が入る。


「……。いいだろぉ! 俺の勝手!!! ロマンだよ!」俺は強めのパンチを返す。


 いつもの分かれ道の分岐点で隆のスマホが鳴った。


「おっ。亜紀だ」


 そう言ってスマホを耳に充てながら手をヒラヒラ振って横断歩道を渡っていく。俺はそんな隆を恨みがましい気持ちで見ながら手を振り返す。


 亜紀は隆の彼女だ。彼女から電話がかかってくるなんて羨ましい。毎日のように会っているからだが、電話越しの愛花の声もいいもんなのだ。


 さぁ、俺も愛花に会いに行こう。




***


「はい。アイカ」


「俺はキモくない。キモくない、キモくない。絶対にキモくない!」


 そう一途なだけ!


 晴れ晴れとした気持ちで愛花の部屋の扉を開ける。今日も身なりは整えられ、白のノースリーブにふんわりとしたオレンジ色のスカート姿でのご登場だ。正確には登場したのは俺の方ではあるけれど。

 なんにせよ、ごちそうさまです!


「愛花。せっかくオシャレしてんだから外に出てみないか?」


 愛花の反応をじっと待つ。出るか出ないか。どっちだ? どっちなんだ?

 自分の服装を眺めて考え込む愛花。


「……いい」


 ダメだったーーーーー!! ここに愛花がいなかったら頭をかかえてのけぞっていただろう。


「俺の家は? すぐそこだし」


 懲りずにもう一押ししてみる。


「行かない」


 今度はブンブンとしっかり首を横に振られてしまった。それはそれは愛花の強い意志が伝わってくるようだった。

 

 誰だよ! 同棲中と言っても過言ではないとか言ったやつー! 俺だよ! 分かってるよ!!

 ……俺が思っているよりずっと愛花と俺の間には距離があるのかもしれない。


 昔はお互いの家を行き来してたから、もしかしたら大丈夫かなって思ったんだけどな……。


「そうか」


 コクリと頷く愛花。


「でも、もしどこか行きたいと……今じゃなくても、もし思ったら、俺はいつでも付き合うから言ってくれな?」

「分かった」




 ちゃんと愛花の歩幅に合わせて隣を歩きたいだけなのにうまくいかない。

 いや、ちょっと勇み足になっただけだ。

 こんなんじゃダメだと俺は沈んだ気持ちを無理やり立て直した。 

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