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④ 俺は絶対にキモくない!


 教室の机に頬杖をつき外を眺める。さっきまで愛花と過ごした時間を思い返してニヤニヤが止まらない。かわいかったな。愛花。行動は意味不明だけど、やっぱり愛花はかわいい。


 ふぅ。幸せな時間でした。ごちそうさまでした。

 心の中で手を合わせて拝んでいると、頭の先に衝撃が走った。


「いってぇな」


 目の前にはヒヒッと悪戯っぽく笑う隆がいた。


「また幼馴染ちゃんのこと考えてたの? しまんねぇ顔して」


 隆は高校に入ってからできた友だちだ。愛花とは面識がない。しかし、よく知っている。俺がたまらず話してしまうからだ。


「さっきまで愛花と一緒だったんだ」


 「よくぞ聞いてくれた!」と言わんばかりに俺はルンルン気分で答える。


 好奇心を目に宿した隆がズイズイ顔を近づけてくる。


「大人の階段昇ったのか??」


 予想外の反応に俺は思わず顔をのけぞる。


「はぁ? なんでそうなんの?」

「だってそれって朝帰りってことでしょ?」

「帰ったのも朝だけど、出たのも朝だよ!」


 キョトンとした顔で隆が更に聞いてくる。


「なに? どういうこと?」

「四時半くらいに出て五時過ぎに帰ったの!」

「はぁぁぁぁぁ? 意味分かんない。老夫婦か、お前らは」

 

「夫婦とか……言うなよ……」


 夫婦と言う言葉に、恥ずかしくて嬉しくて、顔が熱くなっていくのが分かった。


「いやいやいやいや、何照れてんの? 羨ましいとかじゃないんだけど。馬鹿なの?」


 だって、朝愛花と歩いてたときに新婚かよって自分でも思ったから。


「馬鹿じゃねぇし」

「で? 今度は幼馴染ちゃん何したの?」


 はぁーっと長い息を吐いて分かりやすくあきれ顔をする隆にちょっとイラッとしたが、愛花の話題にあっさりイライラが飛んでいく。


 俺は昨日からの事のいきさつを、時に首を傾げ、時に萌え、時に嬉々として隆に説明した。

 目を丸くした隆が言う。


「……なんか色々言いたいことはあるんだけど……」

「なんだよ?」

「春樹。お前キモいな」


 俺は思わず机を両手で叩いて立ち上がった。なんかイラッとしたのだ。貶された気がする。いや、間違いなく貶された。


「俺のどこがキモいんだよ?」

「いや、だってそれ軽くストーカーじゃね?」


 俺がストーカーだと? 俺は愛花を心配して尾けただけだ。言うなれば見守っていただけだ。


「おい、春樹。軽くストーカーの『軽く』はちょっと遠慮して言っただけで、やってることは立派なストーカーだぞ」



 隆の言葉に面食らった俺の頭の中に隆とのやりとりの再放送が流れる。


 立派なストーカー……。立派な……? 


 そう言えば愛花、立派な不良になるって言ってたなぁ。コードKの作戦が立派な不良になるって意味分かんねぇけど、何事にも真剣な愛花はかわいいな。

 もう、かわいいの権化かよ。俺を悶え死させる気か。


 愛花、かわいい。かわいい愛花。

 俺の名前が渋谷春樹だから、アイツは渋谷愛花になるのか。いや、アイツの家に婿入りってなると俺が小柴春樹か。それもいいな。


 頭の中を流れていた隆との再放送はすぐにジャックされ、武将の映像に切り替わる。口の上にちょび髭をつけてちょんまげをしている。あぐらに手をついた武将は威厳ありまくりで言葉を発する。


「うむ。よい名だ」


 うんうん。とニタニタする俺。昔の武将はいいことを言う。



「おい春樹。聞いてんのか」

「なぁ、隆。小柴春樹と渋谷愛花ってどっちがいいと思う?」

「うわ! キモっ! お前ヤバイよ。キモストーカーだよ」


 幸せな愛花との未来の空想は隆の言葉によって頭の中から一瞬でかき消された。


「どこがキモいんだよ。何がストーカーなんだよ」


 俺の目の前に人差し指を立てる隆。


「まず一つは、幼馴染ちゃんのスケジュールを完璧に把握していること」

「それは近所だし、昔っからの付き合いで一緒にいる時間も多いから自然な流れだよ」


 俺のまっとうで完璧な返事に、「はぁ?」と眉を上げて訝し気な表情で続ける。俺の真っ直ぐな視線に根負けしたように目を逸らした。


「まぁいいや。百歩譲って自然な流れだとしよう。でも普通の男子高生は幼馴染の後ろを黙って尾行しない」

「それは昨日何か企んでそうだったから心配して」


 そう、ちゃんと理由があるのだ。


「だとしても声をかけて最初から一緒に散歩に付き合う。普通は」

「普通はって! それに一緒に散歩したら愛花が何しようとしているか突き止められないじゃないか。そうしたら、俺がいない時に計画を実行するだけだろ」

「いや、聞きだすんだよ。よく考えてみろよ。一人で犬の散歩に出たはずなのに、後ろから誰かが尾けて来てて、自分を観察してるんだぞ? 怖いだろ?」



 俺は想像してみた。尾けてる俺に気付いて振り返った愛花は、「どうしたの……。ハルキ」と言った。うん。大丈夫だった。怖がられていない。


「想像してみたけど大丈夫だった」


 ケロリと答える俺を見た隆は眉間にしわを寄せて目を閉じた。


「そうじゃない。春樹じゃなかったらだ。春樹じゃない、例えば幼馴染ちゃんと面識のない俺が尾行していたとして、その尾行に幼馴染ちゃんが気付いたとしたら?」


 俺は、さっきの想像の俺の部分を隆にすり替えてみた。想像の中の隆は涎を垂らして、息をはぁはぁさせている。まるで発情期の犬のようだ。いや、裸にコートを着た変質者か……。


「うわっ! キモっ! 変質者かよ!」


 血の気が引いて体がガクガク震えた。寒気がして二の腕をさすらないといられない。


「おい! どんな想像してんだよ。失礼だな! ともかくそういうことだ! ほかの人間がやってキモいことをお前がやってキモくない理由なんてどこにもない」


 ほかの人間がやってキモいことをお前がやってキモくない理由なんてどこにもない……? キモくない理由がない?


 え? え? 俺はキモいのか? いやそんなはずはない。俺はキモくない。と自問自答しながらも、自分がキモいかもしれない可能性を感じ、どんどん不安になってくる。でも。


「それは……。俺と愛花の17年の時間が……」

「それはお前サイドの言い分だろ。幼馴染ちゃんはどう思ってるか分かんないぞ」


 また血の気が引いていくのが分かった。背中に嫌な汗が出始める。


 オレ、キモイ?

 アイカ、オレキモイ。

 オレ、キモクナイ。

 アイカ、ハルキキモイ。


 俺の17年培ってきた微かな知能が更に低下していく……。


「俺ってキモいのか……?」

「知らないけど。一般的にはキモいな」


 そう言って隆は自分の席に戻っていった。俺キモい容疑を投げつけて。


 どうしよう。俺は愛花にキモがられているかもしれない。キモいと思いながら俺と一緒にいたのか。


 俺は走馬灯のように今までの愛花との時間を思い返す。

 躊躇(ちゅうちょ)なく自分の部屋に俺を招き入れる愛花。

 無防備に風呂上り姿をさらすパジャマの愛花。

 髪を乾かさせてくれる愛花。

 尾行していたことに気付いた後も普通に一緒に家に帰る愛花。



 ……うん? 普通キモい相手とそんな風に接するか? いや無理だろう。と言うことはキモくないってことじゃね?

 隆で考えると確かにキモかったけど……。


 

 俺は大事なことを忘れていた。

 俺は隆じゃない。

 隆じゃないってことはキモくない!

 春樹だから。俺は春樹だから。

 ふぅー。俺は額の汗を腕で拭った。

 良かった。俺キモくなかった。

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