㉝ アイカは愛花
愛花のせいで入院することになったハルキに「明日から毎日お見舞いに行くから!」とメッセージを送った。すぐあとに「無理しなくていいよ」と返信が届いた。愛花はムッとして「絶対行くんだから」とあかんべーしたスタンプを送る。
ハルキがしつこく「一週間で退院できるんだから、退院したら家に来てよ」と入れてくるから同じスタンプを返してあとは無視することにした。
絶対お見舞いにいくんだから!
ハルキの手をとり自分の頬にあてたあのとき、アイカは一秒たりとも離れたくないと思った。「愛花」と呼ばれて、自分が「愛花」だとストンと胸に落ちた。アイカはあの日からずっと「自分はアイカ」だと言い聞かせてきた。
なんとなく違和感を感じていた。
アイカはアイカ? じゃあ、前のアイカは? 誰それ?
目も見える。耳も聞こえる。触れる感覚も分かる。だけど、自分自身をすごく遠く感じていた。ずっと。
それが、ハルキに名前を呼ばれたあの時、アイカは愛花なんだと感覚的に思った。記憶が戻ったわけじゃないけど、心と体が一つになった気がした。
血に濡れて意識のないハルキを見て、ハルキを失ったら生きていけないと思った。ずっとハルキの温もりを傍で感じていたい。だけど、ハルキをあんな目にあわせた愛花がそれを求めたら行けない。それじゃなくても、ずっとハルキの時間を奪ってきたのだから。
これから先もずっと一緒にいたい。ハルキの幸せのためにハルキを解放してあげたい。
自分の欲望を押し通したい気持ちと、それは愛花のエゴだ、という相反する気持ちがグルグルする。
ハルキが入院した翌日、お母さんと一緒にお見舞いに行った。授業が終わったあとの出発だったため、愛花にとっての魔の時間帯だ。だけど、車だったから安心だった。車の中でお母さんが言った。
「春樹くんが骨折で済んで本当に良かったわ。後遺症がでるような折れ方でもなかったみたいだし、本当に良かった」
運転しながらお母さんが安心したようにそう言った。ハルキが入院中の病院は愛花の通う病院でもあり、お母さんの勤め先でもある。
昨日準夜勤だったお母さんは、ハルキの主治医に後遺症について聞いたみたいだ。お母さんの言葉でハッとした。後遺症が残ることもあったのだ。お母さんの話によると痺れや痛み、可動域障害などの後遺症が残ることもあるらしい。
ハルキの骨折はきれい折れていたため治りも良く、リハビリもきちんとすれば後遺症についても大丈夫だろうと主治医が話してくれたそうだ。その言葉に愛花もホッとする。そして決意する。入院中のお見舞いだけでなく、退院後の通院も着いて行くぞ、と。
「お母さんが看護師で良かったって改めて思うよ。看護師ってすごいね。お母さんのこと誇りに思う」
「どうしたの、急に?」
ふふっとお母さんが嬉しそうに顔をほころばせた。
事故のとき、焦りと恐怖におろおろとするだけの私にやるべきことを教えてくれたのはお母さんだ。
「事故のとき、お母さんがあれしなさい、これしなさいって次々指示を出してくれたから、あんな状況の中でハルキにできることがあった。お母さんのおかげ」
「ふふっ。……お母さんも愛花の立場だったら何もできずおろおろしてただけだと思うわ。電話越しだったから偉そうに指示を出せたのよ」
「嘘だぁ。冷静にテキパキしてたじゃない」
「目の前で起きた事故じゃないもの、愛花より冷静なのは当たり前だわ。……看護師してるけど、お母さんだって人の生死に関わるようなことが目の前で起きるのは苦手だわ。人の命って、すごく重たくて尊いものだから」
人の生死を何度もその目で見てきたのだろう。お母さんの言葉が重たく愛花の心に響いた。
「でも、そんなお母さんだから助けられる命もあると思う」
「あら、それは医者の領域よ。お母さんができるのは看護だもの」
「少なくともハルキの時はそうだし、お母さんは私の心も守ってくれた。ハルキのために何かできたって思えてなかったら愛花、絶対に毎日見舞いに行ってやる! なんて、きっと思えなかった」
「……そう。愛花の心を守れてたの」
しんみりとした声でお母さんが言った。
自分が飛び出したばかりに怪我をさせてしまったうえ、何もできていなかったら愛花はきっと、外に出ることを以前よりずっと恐怖したと思う。
もう青の点滅を渡ることは絶対にしないけど。そして、これからは愛花が車道側を歩くのだ。
病院に着いて、真っ直ぐとハルキの病室に足を運ぶ。途中、スーツ姿の男の人が売店から出てくるのが目に入った。ドクドクと心臓が脈打つ。サッとお母さんの影に隠れて、手を握った。気付いたお母さんが壁になるように姿勢をピンと張って、少しだけ前を歩いてくれた。繋いだ手に視線を固定した。呼吸が浅くなるのが分かった。
「もう少しよ」
その言葉に少し安心して大きく息を吸い、長い息を吐く。戸のノック音のあと、ハルキの声が聞こえてガラッと開く音がして顔を上げると、三角巾で腕を固定されているハルキがふんわりとした笑顔を向けてくれた。
お母さんは、挨拶だけ済ませると、ジュースを買ってくると部屋を出ようとした。ハルキに冷蔵庫にあるからと止められたお母さんは、冷蔵庫の中を確認して、自分が飲みたいものがないと我儘を言って病室を出て行った。ハルキと二人取り残された。ベッドの横に丸椅子を置いて座る。
「ハルキ、痛いよね? 大丈夫?」
「うん。意外と痛くないもんだな」
嘘だ。骨が折れてるのに痛みがないはずがない。愛花に気を遣って言えないだけだ。こんな時でも愛花の気持ちを優先してくれるハルキが少し憎い。
もっと責めてくれていいのに。せめて、痛いときは痛いって教えてほしい。
「痛くないわけないと思う」
「いや、本当に痛くないんだって。折れたばっかりで感覚が麻痺してんのかな」
「それじゃあ、痛い方がいいじゃない」
「……きれいに治るって言われてるんだから、もうそれでいいじゃないか」
ハルキが面倒くさそうにはぁーと息を吐いた。
「俺は自分が怪我したとしても愛花が無傷だったことが嬉しいのに、そんな気に病んだ顔されてると無駄だったみたいじゃないか」
「無駄なんて言ってないよ!」
つい声が荒くなる。無駄なんて考えてもない。むしろ、愛花が怪我してハルキが無傷だったら良かった。そう思ってるだけだ。
「自分が怪我したら良かったのにって思ってるだろ?」
「……」
「ほら、その顔。顔に書いてある。昨日誰も悪くないってことになっただろ。絶対治るって分かってる怪我なのに、そんな落ち込まれると、いたたまれない」
「ごめんなさい」
「……許す。許したからこれでおしまい」
「そんな……」
「誰も悪くないって言ってんのに、愛花がそんな顔してるから。悪いと思ってる愛花は謝った。俺は許した。これでおしまいだ」
謝罪の念をもっと伝えたくて、どんな言葉を尽くそうかと思考を巡らす。それを見透かしたようにハルキが言った。
「これ以上は受け付けない。面倒だ」
ピシャリと会話を打ち切られて言葉を失う。ハルキが何事もなかったように話題を変えた。
「今日は何してたんだ?」
いつも愛花の部屋で聞いてくれるように、そう言った。愛花は諦めてその言葉に応じる。いつものように「いつも通り」とだけ答えると、「いつも通りだな」とニカッと笑った。
それからジュースを買ってきたお母さんと三人で他愛もない話をして、その日を帰った。ジュースを買うにしては遅かったお母さんにそう聞くと、病棟に寄っていたとだけ答えた。
次の日、亜紀が家まで迎えに来てくれた。病室まで行く途中、見舞客と思われるスーツ姿の男の人とすれ違い、お母さんにしたときと同じように影に隠れて呼吸を整えながら、病室まで行った。
少し話すと亜紀が花瓶の水を変えてくると言った。ハルキは「さっき母さんが変えてくれたから大丈夫」と言ったけど「私水切り上手だから」と笑いながら病室を出て行った。ハルキと二人になりハルキが病院生活について話してくれた。
なんだかんだで消灯後のトイレは怖いらしい。昨日私が帰ったあとに見舞いに来た隆くんがふざけてホラー漫画を置いていったため、昨日は特に怖い夜となったそうだ。巡視の看護師の足音とトイレにビクビクしたらしい。
勉強以外は頼りになるハルキが怯えながらトイレに行く姿を想像して笑ってしまった愛花を見たハルキが膨れた顔をした。かわいいハルキ、新発見だ。でも、怖くなるのは充分予想できるのだから読まなきゃいいのにと思った。
お母さんと途中で会ったと花瓶を持った亜紀が一緒に病室に入ってきた。花の水切りは意外と時間がかかるようだった。日勤のお母さんの帰宅時間とちょうど合ったので、お母さんの車で帰った。亜紀は遠回りして愛花を迎えに来てくれたので、家まで送れたことで罪悪感を少し拭うことができた。
また次の日、お父さんと一緒にお見舞いに行った。お父さんは車を降りるとテレビで見るSPのように、助手席側のドアを開けてくれて、そのままガードするように曲がり角のたびに左手で愛花を制してキョロキョロと辺りを伺った。お父さんは体の幅が広めなので、後ろにすっぽりと隠れてしまう愛花は、お父さんの背中だけに視線を固定して何事もなく病室に辿り着くことができた。
お父さんは少し話すと、携帯が鳴ったとそそくさと病室を出て行った。出て行ったあとの戸を見つめハルキと二人顔を見合わせて首を傾げた。携帯の音なんて鳴っただろうか。ましてや、病院だからと車を出るとき電源を切って愛花にも電源を切るように言っていたのに、お父さんの電源は切れていなかったのだろうか。
ハルキと二人になり、愛花はからかうように昨日の夜は怖くなかったかと聞いた。「怖くなくなるころに退院かもしれない」とハルキが言う。いつか一緒にお化け屋敷に行って怯えるハルキを華麗にエスコートしたいと思った。
随分あとにお父さんが戻ってきて、視線を彷徨わせながら「部下がミスをして、長電話になった」と聞いてもいないことをしどろもどろに口にした。愛花のせいで腕を固定されているハルキを見るのが辛かったのかもしれない。
また次の日、今度は亜紀と隆くんが迎えに来てくれた。二人が愛花を挟むように歩く。愛花と亜紀より背の高い隆くんが、何かに気付いたかのように亜紀に目配せをして、さっと愛花の壁になる。
少し歩くとまた二人が見つめ合う。見つめ合う恋人同士の二人を後ろから見ているのは微笑ましいような恥ずかしいような気持ちになった。見つめ合った二人が再び愛花の両サイドを歩く。
病院までのバスに乗った時は愛花が窓側、亜紀が通路側に座り、二人の視線をふさぐように隆くんは立ったままだった。病院に着くとまた二人は愛花の両サイドを二人が歩く。視界にスーツ姿の男の人が入る。
いち早く気付いてくれた隆くんがサッと愛花の前で壁になり、それに気づいたように亜紀も隆くんの横に並ぶ。さっきからの不思議な光景は愛花を守ってくれていたのだと分かった。二人の背中に向かってボソリと呟いた。
「ありがとう」
「なに言ってんの、このくらいどうってことないから」
「こんなSPの俺ら、かっこよくね?」
その二人の言葉が愛花の心を軽くしてくれた。
二人の背中を追っていくと病室に辿り着いた。少し話すと、二人は愛花のお母さんの白衣姿が見たいと、お母さんの勤務病棟を聞いて病室を出て行った。ハルキと二人になった。昨日は愛花が帰った後、学校の先生が見舞いに来て、ついでに宿題を置いていったらしい。
退院後困らないように、でも出来たらでいいからと先生は言っていたらしいが、その言葉を一緒に聞いていたおばちゃんの「右手は使えるんだから使っておきなさい」という叱咤激励により消灯まで宿題に明け暮れたらしい。
分からない問題があるということで、愛花が教えてあげた。愛花でもハルキの役に立つことができると思うと嬉しくなった。今度はハルキの絵を描いてみようか。勝手に持って帰ったこともあったくらいだ。喜んでくれるに違いない。ハルキの喜ぶ顔をいっぱい見たい。
勉強を教えたり、問題を解いている間、退屈だろとハルキが気遣ってくれて、思いのほかすぐにハルキの絵を描くことができた。描き上がった絵を見てハルキが「ありがとう」と本当に嬉しそうに笑ってくれた。
気付くとあたりはすっかりと暗くなっていた。亜紀と隆くんが戻るころにはハルキの夕食が届いていた。お母さんをなかなか見つけられなかったと二人が言った。お母さんの勤務病棟は同じ階のエレベーターホールを挟んで向こう側にあるので決して遠くないし、分かりづらいこともない。
患者さんのところに行っていて、鉢合わすことができなかったのだろうか、二時間もの間。少し疑問に思ったけど、そういうこともあるのかなと思った。帰り道、遠回りして送ってくれる二人にありがとうと、ごめんなさいを伝えると「見舞いにかこつけて遊んでるようなもんだから」と隆くんが言ってくれて「おかげで隆といる時間も長くとれてるからラッキーなの」と、隆くんに聞こえないようにボソリと耳元で言って、舌をだした。
なんて優しい人たち。愛花の周りはなんでこんなにも優しい人たちがいてくれるんだろう。いつか返せる日が来るのだろうか。来てほしい。その日が来るように頑張ろう。そして、ずっとこの人たちと関わっていきたい。ずっと関わっていきたいと思ってもらえるよう頑張ろう。
そのあとも、みんなが付き合ってくれて入院中毎日ハルキのお見舞いに行くことができた。亜紀と二人で帰った日、亜紀が言った。
「本当春樹くん元気そうで良かったよね」
「うん。だけど、誰も愛花を責めないことがちょっと苦しい」
「責めないのは責める必要がないからだよ」
「でも……」
「ちょっと厳しい言い方になるかもだけど、もういいって言ってんのにグチグチ思われるのって、私だったらウザい」
亜紀の言葉がグサッと胸に突き刺さる。あわあわしてしまう。そんな愛花を見た亜紀がクスリと笑った。
「だから、もういいの! ウザいから! こんなに毎日春樹くんのお見舞いに行ってんだもん、それで十分だと思うよ?」
「そう……かな?」
「そうだよ!」
愛花にできることは限られている。できるだけのことをするしかない。愛花は人の優しさをもらってばかりだ。
「愛花、ずっとハルキを縛ってきたの。だから、いつか解放してあげなきゃって思ってる」
「なんでそうなんの?!」
亜紀が目を丸くして驚愕の表情を浮かべた。
ハルキを解放してあげたい。でも淋しいのは嫌。そんな自己中心的な考えで研究した。彼氏がいたら一人じゃない。色々してみたけど結局彼氏は今もできていない。でも今の愛花は淋しくない。ハルキと離れたくはないけど、ハルキを解放するなら今しかない。そんな気がする。
「ねぇ、愛花は春樹くんと離れたいの?」
「……そんなわけない」
「じゃあ、離れなきゃいいじゃない」
「でも……ずっと毎日家に来てくれて、ずっとハルキの時間奪ってきたのに」
「……春樹くんのことはとりあえず置いておいてさ」
ハルキの話をしているのに、なんでハルキのことを横に置いておくのだろう。よく分からない。
声をひそめた亜紀が言葉を続ける。
「愛花は春樹くんのことどう思ってるの?」
ハルキのこと。ずっと一緒にいたい。ハルキの笑顔を見ていたい。ハルキの優しさに触れていたい。温もりを感じていたい。知らないハルキをもっと見つけていきたい。
包み隠さないその気持ちを素直に亜紀にこぼした。
「それってさ、春樹くんのこと好きってことでしょ?」
「……好き?……ハルキのことは昔からずっと好きだよ?」
「……春樹くんへの気持ちと私への気持ち、隆への気持ち。比べると何か違わない?」
「……そういうの比べたらいけない気がする……」
こんなに良くしてもらっているのに優劣をつけるようなことしたくない。
「比べないと分かんないこともあるんだからいいの! で、どう?」
「……みんな大好きだし、それぞれへの気持ちじたいはそんなに変わらないんだけど、ハルキはなんか違う。ずっと飛びぬけたところにいる……」
「じゃあさ、例えば私が就職して、違う県に行ったらどう思う?」
「淋しい。行かないでって思う。でも頑張って、とも思う」
「そのとき愛花はどこにいる?」
「どこに?」
質問の意味が分からない。愛花は遠くで頑張る亜紀を応援しながら地元にいる。
「頑張る亜紀を遠くから応援しつづけるよ?」
ホッと一息ついた亜紀の視線が愛花を捕える。
「じゃあ、春樹くんは? 就職で県外に出たら? 就職だよ? 進学じゃないから、もうご近所さんにはなれない」
行かないでって言いたいけど、ハルキが考えて決めた将来を愛花が邪魔するわけにはいかない。
その時愛花は?
愛花なら、たぶん。
「ついて行きたいって言うと思う」
「なんで?」
「一緒にいたいから。ハルキが許してくれるならだけど……」
「許しが必要なんだ?」
「だって! ハルキに同じように思ってもらえなかったら意味ない……」
「つまり、一緒にいたいと同じように想える関係で、一緒にいたいってことだよね?」
「……そう」
それが答えと言わんばかりに、亜紀がふわっと笑う。
「好きは好きでも友情じゃなくて、愛情ってことじゃない?」
「愛情?」
「そう。まぁ、私たちはまだ高校生だから突飛すぎる言い方になるけど、お母さんとお父さんみたいに、ずっと命続く限り、苦楽を共にしたい、みたいな」
「まぁJKの子どもの言い分にすぎないけどね」と恥ずかしそうに亜紀が照れ笑いした。
そうかもって思った。終わりなく、お母さんとお父さんみたいに一緒にいるのが当たり前みたいな関係になりたい。
「ねぇ、本当に全然気づいてないの?」
亜紀が探るような目で愛花を覗き込んできた。
「何が?」
「春樹くんの気持ち」
「ハルキの気持ち?」
「そう。本人隠してるつもりみたいだけど、バレバレだよね」
「……ハルキは、愛花がかわいそうで一緒にいてくれてるんだと思ってた。……全部知ってるから」
「思ってた、って今は?」
「もしかしたら、愛花と同じ気持ち……なのかな?」
自分の中で育っている気持ちが愛情だと言われてしっくり来た。これが愛情なら、ハルキも同じような気持ちを向けてくれていると思う。
亜紀が愛花の肩をポンと叩き、ニカッと隆くんみたいな顔で笑った。
「それは春樹くんにきいてみないと。愛花の気持ちを伝える形でね」
「迷惑じゃないかな?」
「それは絶対ない」
ケラケラ笑う亜紀に少しほっとする。愛花がこの気持ちを伝えていいのだろうか。一緒にいたいということは、ハルキをまた縛ることになるのではないだろうか。
「愛花なにもできないのに」
「だいたいの人間は他人に対してできることなんてそんなにないと思うよ。隆がムセたって笑い話にしてたけど、生チョコを手作りして隆を喜ばせることができた。まぁ最初だけで、食べながら泣いてたけど。でもそれでいいと思うの。隆は笑ってくれるし、その時間を共有できるし、私はハッピーだし。なんでもないことに思えるかもしれないけど、それでいいと思う!」
「じゃあ、愛花もハルキにできることをすれば……ご飯作ったり、お菓子焼いたり……」
「うん。絶対にそんなことないと思うけど、迷惑になるって思うなら迷惑にならない自分になれるように頑張ればいいんだよ。春樹くんのそばで」
「そう……かな?」
「そうなの! 少なくとも私はそう。好きな人の傍だとなんでも頑張れる気がするし。お得だよ」
「……そっか」
ハルキが退院して落ち着いたら伝えてみようか。
愛花の気持ちを。愛花らしく。
次は「34 そのとき隆は」です。




