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㉙ 隆が賢くて辛い

 学校の帰り道、隆と土手で座り込み、SPプランを手渡した。隆は一通り目を通して声をひそめて質問を投げかけてきた。


「病院に行くって?」

「あぁ。愛花がああなるのは、トラウマの症状かもしれないから、一度病院に行って診てもらうことになったらしい」

「そっか。……その方が安心だな。愛花ちゃんの両親がいるとはいえ、やっぱ専門家の意見があると頼もしいよな。SPとして安心できる」


 そう言って隆は一度、地面に視線を落とした。そして俺の顔を見てまた視線を落とす。何か言おうか言わないでおこうか迷っているように見えた。俺は隆の様子を窺いながら、何も言わず隆の出方を待つ。


 少しの静寂のあとに、隆が眉を下げて泣きそうな辛そうな表情で口を開いた。


「ニュースで毎日なにかの事件とか事故とか耳にするけど、こんな身近に起きているなんて考えたこともなかったんだ」


 愛花の過去を知り、心を痛めてくれているのだろう。隆が自分の事のように痛そうに言葉を重ねる。


「俺思い出したんだけどさ。確か小学生のとき、近くで誘拐事件があったからって、集団登校になった時期があったなって。あれって、今思うと愛花ちゃんのことだったんだな」

「……たぶんな」

「亜紀の家は母親が専業主婦だったから車で送迎されてたって。その時は歩いて登校しなくてラッキーって思ってたらしいけど。そう考えると、自分が呑気にあの状況を過ごしていたことに罪悪感を感じたみたいで……。俺も俺で、あの時最上級生だったから集団登校で小さい子の面倒見ないといけないし、いつもより遠回りして登校しないといけないから面倒だなって思ってて……」


 懺悔するようにポツリポツリと言葉を絞り出す。まるで許しが欲しいみたいだ。

 何を考えているんだか。


「懺悔みたいに話してっけど、許されないといけないことがあるとでも思ってるのか?」

「……そういうわけじゃ……」


 辛そうに苦しそうに眉を寄せて、言葉を詰まらせる隆に俺は言う。


「愛花のこと知って、心を痛めてくれるのはありがたいけど、愛花はそれすら望んでない。あのとき言ってただろ? 『アイカの事情のせいで、亜紀は関係ない』って。隆だって同じだ。ニュースで見る事件をいちいち自分の身に置き換えて考えるヤツなんてそうはいない。まだ子供だったんだから尚更だ。……頼むから、そんな風に考えないでやってくれ。愛花は今、楽しいから努力できるんだ。亜紀ちゃんとお前のおかげなんだ」


 隆は何も答えず、同意も拒否も示さない。ただ静かに視線を合わせて、俺の言葉に耳を傾けている。


「……だから頼むよ。愛花の後ろに過去を貼りつけて接するようなことはしないでやってほしい」


 話すうちにじわりとこみあげてくるものを感じて、俺は隆から視線を外して俯いた。


「そうだな。必要以上に気遣うと、それこそ愛花ちゃんの負担になりかねないもんな。ありがた迷惑ってやつだな」


 俺の背中をポンと叩き、気持ちを立て直すように、いつもの大きさの声でカラッとした口調でそう言った。


「ありがとう」


 本当は不意に愛花を傷つけることがないように、ちょっとは気にしていてほしいけど、隆と亜紀ちゃん相手に言うまでもない。


「俺、感謝してんだ。おばちゃんに相談しながらとはいえ、どこまで愛花に協力できるか分からなかったし不安もあったから。亜紀ちゃんが誘ってくれたから、愛花は図書館まで行こうとしたし、見送りたいって言った。いろいろあったけど、結果としてトリガーが見えてきた。悔しいけど俺一人じゃ今も分からなかったと思う」

「そうだな。俺らのおかげだな」


 早くも調子を取り戻した隆が自画自賛する。俺はキッと恨みを込めた目で隆を睨む。


「それは認める。だけど酷くないか?」

「何が?」


 本当になんのことを言っているか分からないというような顔でキョトンと俺を見る。あんな目にあったことを忘れられるわけがない。


「このまえ、愛花が話したとき、お前朗々と解決策を口にしただろ。あまつさえ、その場を仕切りだして。俺があの時どんな気持ちだったか!!」

「ははっ。お前の気持ちなんて考えもしなかった」

「ずっと愛花の傍にいたのに、ポッと出のお前が解決策を高らかに喋り出して、俺は置いてけぼりになった! 情けないし、恥ずかしいし、ムカつくし! 俺、馬鹿みたいじゃないか」


「まぁまぁ」と隆が俺の肩をたたく。


「近くにいると見えないものもあるんだし、そこは仕方ないだろ? お前は長く一緒にいたからこそ、愛花ちゃんの気持ちに寄り添いすぎて、俺みたいに具体的で実践可能な作戦が思いつかなかった。それだけのことだ」

「馬鹿にしてんのか?」

「ちょっ……そんなことない」


 「ちょっ」て言った! 「ちょっと」って言おうとしたに違いない。結論。隆は俺の事「ちょっと」馬鹿にしている。


「それに、俺がああ考えれたのは愛花ちゃんが、スーツが原因かもって言ってくれたからだ。俺の手柄じゃない。手探りで一緒に出掛けていたお前の方がずっとすごい」


 なんかいい風にいってくれているが、ねちっこい俺は思う。「だとしても、愛花ちゃんのスーツ発言があった時点でお前が気付くことは十分可能だったけど」と心の中で思っているに違いない。


 「話を戻すようでなんだけどさ」と隆が続ける。


「春樹が誘拐された愛花ちゃんを見つけたんだろ?」


 愛花が事実を伝えるずっと前、まだ亜紀ちゃんとチャットだけのやりとりだった頃、彼氏でもない俺と毎日過ごしていることに疑問を感じた亜紀ちゃんが「なんでそんなに仲良しなの?」と聞いた。すると愛花は「ハルキは愛花を最初に見つけてくれた、恩人なの」と話したらしい。亜紀ちゃんは「恩人って?」と聞いたが、その時の愛花は「うん。恩人。すごく大事なの」とだけ返したらしい。亜紀ちゃんはなんとなくそれ以上触れてはいけないと思ってその会話は終わった。しかし、その不消化な会話は亜紀ちゃんの記憶の隅に残っていて、愛花の過去を聞いて繋がったという。


 ……愛花、俺のこと「すごく大事」って言ってくれてたんだ。嬉しいな。


「たまたまだよ。俺が見つけたって言うよりは、ナイトが見つけたんだ」

「ナイト?」

「愛花の飼い犬」

「警察犬でもないのにすごいな」

「俺も必死だったんだ。おばちゃんに言って愛花の持ち物の匂いをかがせて。おばちゃんもおじちゃんも同じことしてたみたいだから、本当たまたま俺だったってだけだと思う」


 訓練されていない警察犬が、飼い主を匂いを辿って見つけることは難しいと刑事は言っていたらしい。だから、本当に奇跡だったと思う。それに、愛花を見つけた場所はいつも遊びに行く公園だった。ナイトに引っ張られるようにして歩いて行くと、プレイドームの穴の中にぐすぐす泣いている愛花がポツンと膝を抱えていたんだ。


 子どもを亡くして衝動的に愛花を誘拐した犯人は自宅に愛花を連れ帰り、妻から隠すようにして愛花をかわいがった。詳しいことは分からないが、妻にバレそうになったため、公園へと愛花を連れて行った。

 

 そして自宅へと帰る道中、我に返り、警察にその足で出頭したそうだ。子どもを失った自分が子どもを失う親を生もうとした。その自責の念にかられたそうだ。


 そんな分かり切ったことに、愛花の人生を巻き込んでほしくなかった。小学六年生の子どもが知らない大人に攫われたんだ。愛花は記憶を失い、愛花の両親はあの時こうしていれば……とずっと苦しんでいる。


 俺だってそうだ。……あの日、愛花と俺を含めた友だちは一緒に遊んだ帰りだった。愛花が公園に忘れ物をしたから先に帰って、と一人公園に戻った。そして、そのまま事件へと繋がったのだ。


 愛花を見つけられたことで少し罪悪感は拭えたけど、あの時一緒に公園に戻っていれば、という気持ちが今もずっと俺を責め続けている。


 犯人は許せない。世間的には「子どもを亡くした悲しみによる犯行」と同情の目もあったようだが、その同情の目を向けた人たちは自分の子ども、あるいは身近に起きたとして、同じ目を向けることができるのだろうか。絶対にできないと思う。適当なことを口に出さないでほしい。


 そもそも自分の身に置き換えるなら加害者ではなく被害者であるべきだろう。今思い出しても腸が煮えくり返る。



 俺の考え込む姿に何かを察してくれようで、隆が話題をグループ通話に変えた。


「あのとき亜紀と一緒にいたんだけど、引いてたぞ。お前のスクショ行動に」

「なんで?」

「お前、バレてないと思ってるかもしれないけど、愛花ちゃんのこと好きなのバレバレだからな」

「……バラしたのか?」


 恨めしい顔を隆に向けた。隆は静かに顔を横に振る。


「わざわざそんなこと言わない。四人で行動することもあったんだ。自然と気付いたみたいだ。……それに加えてあのスクショ。亜紀、顔を強張らせて言ってたぞ。『春樹くんって、なんていうか……すごく情熱的だね』って」

「情熱的って誉め言葉だろ?」


 首を傾げる俺に、ため息をついて呆れたように首を横に振った。


「『キモい』って言いにくいから、頑張ってポジティブに表現した結果の『情熱的』だ」

「それはお前の考えだろ?」

「あの亜紀の表情、言葉のチョイス、会話の間。どれをとってもキモいと思っていた。間違いない。ただ、お前に対して悪意がないから、頑張って好意的な表現にしただけだ。俺が保証する」

「……もう済んだことだ」


 嫌な保証をされた俺は、そっと事実から目を逸らした。

 「そんなことより」と話題を変える。


 愛花のスマホケースを一緒に選び、ガラスフィルムは俺と同じものを購入した。俺がプレゼントしたかったが、愛花に遠慮して断られたと嘆くと、全く興味なさそうに隆も「そんなことより」と話題を変えた。


「グループLIME、俺たちのグループはそのままで良いと思うけど、念のため愛花ちゃんの両親と同じグループも作った方がいいんじゃないか?」

「お、おぅ。そうだな」


 またしても画期的な提案をしやがる隆を目力を込めて凝視した。その恨みがましい視線に明らかに気付いているのに面倒だったのだろう。特に反応せず「そろそろ帰るか」とだけ言った。



 ……俺が気付いて提案したかった……。

次は「㉚ 病院行って来た」です。

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