㉓ 友達を見送る
愛花が俺の手を離さないうえ、亜紀ちゃんと隣にいたいみたいで自然と4人横並びに道を歩く。俺、愛花、亜紀ちゃん、隆といった並びだ。気付いたら愛花と亜紀ちゃんも手を繋いでいた。俺と亜紀ちゃんに挟まれたちっこい愛花は妹のようだ。
亜紀ちゃんは腹を決めたのか、普通に愛花との会話を楽しんでいるようだ。隆は二人挟んだ向こうからチラチラと俺に視線を投げ「本当に大丈夫なのか」と訴えてくる。
大丈夫なのかと言われても、正直何に気を付ければいいか分からない。だから、俺にできることは愛花の異変にいち早く気付くことだ。
繋いだ手が汗ばんでこないか、足が重くなっていないか、声がうわずっていないか、呼吸が乱れていないか、そこに意識をむけるだけだ。隆も心配してくれるのはありがたいが、チラチラ見られると愛花の観察に集中できないからやめてほしい。
「今日楽しかった」
「わたしも楽しかったよー。また遊ぼうね」
「うん! アイカはいつでも大丈夫だから、また亜紀の都合の良い日おしえてね」
「うん。わたしもバイトなければ大丈夫だから。今度は何しようか?」
「またパーティーもいいなぁ」
「クリパの前にする?」
「うん!」
亜紀ちゃんはいったいどんな気持ちで愛花と一緒にいるんだろう。愛花のこと好きは好きでいてくれているようだけど、友達というよりは小さい子供をかわいがるお姉さんのようにしか見えない。
愛花が子供っぽいところがあるからだろうけど。女同士の友情は、男と比べるとすごく繊細に見える。相手のことをちゃんと見て、相手のために発する言葉や行動が男同士に比べて多い気がする。俺と隆の付き合い方なんてぶっきらぼうなもんだ。
もうだいぶ日が沈んできて、うっすらと夜がやってこようとしている。外灯がつき始めた。駅に近付くごとに、人がまばらに増えてくる。手を繋いだカップルが前を歩き、その前にはいかつい系の男4人組、駅から出てきただろう女子3人グループに、サラリーマン風のスーツ姿の男とすれ違う。
もう少しで駅に着くといったところで俺は足を止めた。今日は愛花の視界に駅を入れない。そう決めていたからだ。隆に挨拶をしようとしたその時だった。
ついさっきまで楽しそうに喋っていた愛花の手がガクガク震えているのが分かった。亜紀ちゃんも気付いたようで「愛花? 大丈夫」と愛花の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫。亜紀、隆くん、またね」
青ざめた顔でニコリと笑い平静さを装っているつもりだろうが、全然装えていない。愛花はきっと、何事もなく今日の楽しい時間を終えたかったのだろう。そしてそれを実行しようとしているのだと思う。
最初から不安があった俺らにそんな取り繕いが通用するはずがない。だけど、隆と亜紀ちゃんが駅の中に引っ込んでくれさえすれば、愛花の中では成功で終わる。愛花のために……。
「隆、また学校でな! 亜紀ちゃんも今日はありがとな!」
そう言って踵を返し、愛花の両肩を抱えて帰ろうとした。が、心配している二人が見逃してくれるはずがなかった。
「ちょっと待てよ。どう見ても愛花ちゃん気分悪くなってんだろ」
「そうだよ。愛花大丈夫? 遠慮しないで。そんな風に取り繕わなくていいの」
「なんともないよ。大丈夫だって言ったでしょ?」
「いやいや、春樹一人じゃ運べないだろ? 俺も手伝うよ」
「そうそう、うちら門限とかないから一緒に送ってくよ」
「本当に大丈夫……なの……」
そう絞り出すように掠れた声で呟いた一瞬後に、愛花の体から力が抜けた。それに気付いた俺は愛花が倒れ込まないように、繋いだ手を引き寄せ、反対の腕で抱きしめるように支える。
そして、横抱きにして駅のベンチへと向かい、その後ろを隆と亜紀ちゃんがついてくる。俺は愛花を自分の肩に寄りかからせて、スマホでおばちゃんに迎えに来てもらうよう電話した。
「悪ぃな。隆と亜紀ちゃんは帰ってもらっていいから」
「そんなことできるわけないでしょ?」
「そうだよ。せめて迎えが来るまでは」
確かに、このまま帰らされたところで、家に帰っても悶々とするだろう。俺は隆と亜紀ちゃんを受け入れた。亜紀ちゃんが心配そうな顔で愛花の髪を撫でながら俺に視線を向ける。
「なんで、こんな風になっちゃうの? 体が弱いとかじゃないんだよね?」
亜紀ちゃんの言葉に口を噤む。何て言ったらいいのか分からない。これは愛花の個人的な問題であって俺の情報じゃないからだ。隆がそんな俺の考えを見透かしたように口を開く。
「まぁ、そう聞いてやるなよ。春樹が愛花ちゃんの個人情報べらべら喋るわけないだろ?」
「……そうだけど、心配で。わたしこれからどうしたらいい?」
もしかして、これに懲りてもう愛花とは付き合いたくないということだろうか。それだけは勘弁してほしい。愛花の初めての大事な友達だ。いなくならないでやってほしい。
「これからどうしたらいいって、どういう意味で?」
俺はこわごわと亜紀ちゃんに尋ねた。たぶん、俺は縋るような目をしていたと思う。
「どう付き合っていけば愛花に負担かからないかなって。わたし嫌だよ、こんな風に真っ青になって意識を失う愛花を見るの」
ホッと息が漏れた。そっちの意味か。
「少なくとも俺が知っている限りは、家から出ないかぎり、こんなことになることはない。それに、亜紀ちゃんも知っている通り、今外に出る練習もしてて、前よりずっと行動範囲も広がったんだ。亜紀ちゃんさえよければ、愛花のペースに付き合ってやってほしい」
「そんなの、隆くんに言われる筋合いないよ」
亜紀ちゃんのいきなりの怒声にビビる。隆はその横であちゃーと額を押さえている。
「別に誰かから言われて愛花と仲良くしてるわけじゃないのに、そんな風に言われるとわたしの愛花と仲良くしたいって気持ちを疑われてるみたいでムカつくよ!」
「……ごめん」
思わず謝ってしまったが、亜紀ちゃんの怒りは続いた。前に、隆が言っていた「亜紀は裏表ない。言いたいことがあれば本人に直接言う奴だ」という言葉を思い出した。
……そうか。こういうことか。
「だいたい、嫌だって思ったらチャットだってフェイドアウトしてたよ! 遊ぼうって誘うのもいつもわたしなんだよ? わたしが仲良くしたくて遊んでるのに。……春樹くん、わたしのこと春樹くんと隆のつながりがあるから、なんとなく愛花とも仲良くしてるとでも思ってたの?」
俺はギョッとして、思わず隆に視線を投げる。俺の言ってたことが亜紀ちゃんに筒抜けなのではないか。俺の視線を感じて目を丸くした隆は、亜紀ちゃんにバレないように、小さく首を振って自分の無罪を主張した。
「……ごめん、ちょっと思ってた」
亜紀ちゃんの逃れようのない問い詰めに本音が漏れた。恐る恐る亜紀ちゃんを見上げると目を三角にしていた。今にも頭から湯気が出そうだ。
「心外だよ! わたしは愛花と二人の時間も楽しいし、隆と春樹くんと4人でいるのも楽しいと思ってるよ。……それに、愛花は全身で好意を伝えてくれるの。キラキラした瞳でわたしの言うこと『うんうん』て聞いてくれて、ぱぁっと明るいお日様みたいな顔で今日あったこと話してくれて。『カラスになろうと思って』とか正直意味分かんなかったけど、そんな変わったところも楽しくて好きだよ。だけど……かわいくて頭も良くて、料理も上手で、それなのにどこか自信なげで……友達として力になりたいって思ってるよ! それなのに……」
そう言ってポタポタと涙を落とした。分かってもらえないのが心底悔しい。そんな涙だ。隆は亜紀ちゃんの頭をよしよし、と撫でて、背中をポンポンと叩いた。
こんなに愛花のことを想ってくれてたのに、俺はなんで分からなかったのだろう。理由はすぐに分かった。世間ずれしていない愛花に人の裏側を見る力なんてないと決めつけていたからだ。
生まれたてのような純粋無垢な愛花が大事にする友達に裏なんてあるわけがないのに。裏を感じていたら愛花は本能的に危険を察していただろう。
それに、隆も「亜紀は愛花ちゃんにメロメロだ」と言っていた。俺は隆と亜紀ちゃんだけでなく愛花のことも信じれていなかったんだ。
「ごめん、俺サイテーだった。そこまで愛花を大事に思ってくれてるなんて……」
「そうだよ! サイテーだよ!」
「そうだ! お前はサイテーな奴だ!」
悪くなった空気を打ち破るように、亜紀ちゃんの頭を撫でながら俺に背を向けて隆が言った。
「俺のかわいいかわいい亜紀になんてヒドイ言い草だ。慰謝料に百万もってこい!」
「そうだよ。百万持ってこい!」
亜紀ちゃんも隆に合わせるように、泣きべそのくしゃくしゃ笑顔で冗談を言う。
「すぐには用意できないだろうから、とりあえず月々1万で手を打ってやる」
隆は冗談じゃなかったようだ。分割を提案している目が7割かた本気だ。俺は慌てて反撃する。
「いや、隆ちょっと待て。俺がつけてしまった亜紀ちゃんの心の傷はお金で解決できるような軽いモンじゃない。時間をかけて、誠意を見せたいと思う」
「いや、百万だ」
そう言ったのは亜紀ちゃんだった。このカップルは怖いと思った。どこまで本気なのか分からない。
「どうもすいませんでしたー」
俺の叫びの謝罪に隆が「フッ」と笑う。亜紀ちゃんは涙を拭いながらケラケラと笑う。俺は、安心とまだ百万を要求されるのではないかという疑念が混ざり合って、乾いた笑みを浮かべた。
「ん……ハルキ……?」
俺たちのバカでかい笑い声に気付いたのか、意識を取り戻した愛花が俺を呼んだ。瞬間、また沈黙が訪れる。
「愛花大丈夫か?」
「愛花、気分悪くない?」
「愛花ちゃん、具合どう?」
隆と亜紀ちゃんを視線で捕らえた愛花は、ハッとした顔をした。
「そうだ……アイカ、調子悪くなって……。心配かけてごめんなさい」
「いいんだよ。愛花今はどう? 調子悪くない?」
「うん。大丈夫」
「愛花、おばちゃんに連絡したから、そろそろ車回してきてくれると思うんだけど……」
「そっか。亜紀、隆くん、ごめんね。愛花大丈夫って言い張ってついてきたのに、こんなことになって……」
「いいんだよ。今大丈夫なら。だけど、もう無理しないでね」
「アイカ、今日も無理なんてしてない……」
愛花の強がりに亜紀ちゃんはキッと愛花を軽く睨んで頬をつねった。
「なんて?」
「ごめんなさい。無理しない」
「分かればいいの」
愛花が気まずそうに謝ると、亜希ちゃんは優しい笑顔を向けた。
次は「㉔ それはアイカの事情のせい。と愛花は言う」です。




