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㉒ チーパー

 最近は早朝デートが当たり前になってきた。前までは偶然を装って同行したり、正攻法で同行をお願いしたりして一緒にナイトの散歩に行っていたのだ。


 愛花は愛花で、早朝になるから学校で眠くなっちゃうよ、とか、ゆっくり寝た方がいいよ、とか言って3回に1回くらいは断られていたのだ。

 そんなことない。朝から愛花と会えるなんて、その日の始まりとしては最高じゃないか。放課後毎日のように通い夫しているが、夜を愛花で〆るなら、朝は愛花で始めるってのが道理ってもんだろう。

 

 誰がなんと言おうと俺は愛花への気持ちを隠している。だから、そんな本音を言えるはずもなく、早起きは三文の徳で実際にナイトの散歩した日は、一日が輝いて見えるとか、どうせ新聞取りに外に出るからとか言って納得させていたのだ。もちろん偶然を装うときは、新聞とりにきたら愛花が見えて、とか、ナイトの鳴き声が聞こえてとか言って。


 冷静に考えれば、意味の分からない言葉だらけで、納得できるはずもないけど、少し大きめな声で自信ありげに話すとだいたい納得してくれた。ナイトの鳴き声が聞こえていないのは、ナイトのリードを持つ愛花の方が分かっていただろうけど。


「そう……なの……?」


 そう言うだけで、散歩の同行を受け入れてくれていた。首を傾げているような気もしたが、それは見ないことにする。愛花からリードを取り上げて、空いた手を繋げばあとは歩けばいい。それで、俺の一日が素晴らしいものになる。


 それ以降は学校が終わるまで愛花のことを考えていればいい。愛花が気に病むから言わないけど、そもそも、学校で眠くなることに抵抗は全くない。眠たくなったら眠ればいい。それだけのことだ。人間も動物なんだから、自然の摂理だろう。



 今日はチーパーということで、よほどテンションが上がっていたのか、4時前に電話がかかってきた。

「ハルキ、今日はチーパーだよ。急がないと」

「うん? あぁ」


 それだけの会話を終えて、着替えて家から出て数歩歩くと愛花がナイトと一緒に家の前に立っているのが見えた。帽子にメガネにロンTにジーパン、クロックス。心なしかいつもより背筋がピンと伸びている感じがする。


「愛花、11時集合なのに早すぎないか?」

「ハルキ、しおりは作らなくていいかな?」


 しおり……? なんで? いや、愛花が作るなら欲しいけど。具体的には使う用と保存用と保存用の最低3冊。いや、念のため、もう1冊保存用があった方が安心だ。


「しおり……?」

「考えてたの。必要なものは、ホットプレートとヘラとお皿。チーズタッカルビとチーズとお餅は亜紀が持って来てくれるって言ってたからアイカたちは、帰りにジュース買って帰るの」


 アイカたちって、俺とアイカのことだよな。愛花と一括りの俺。ジーンとする。俺から視線をそらさないで、瞳をキラキラさせて、繋いだ手は勢いよく振り続ける。それだけで、どれだけ今日を楽しみにしていたか手に取るように分かる。


「うん。で、なんでしおり?」

「今朝起きたら、ハッとしおりって、頭に浮かんだの。必要なら大急ぎで作らないといけないと思って」

「うん……なんでしおり?」

「しおりいらない?」


 悲しそうに眉を下げて上目遣いで俺を捕らえる。「いる」「いらない」どっちを答えるのが正解なんだ? 常識的には「いらない」だけど、愛花の目が作りたいと言っている。


「……しおり、作ったとして何を書くの?」

「今日の予定とか……?」

「予定? 数時間後には始まるのに?」


「……。必要物品とか」

「もう準備する割り振り決まってるのに、みんな揃ってから渡すの?」

「……注意事項」

「なんの?」

「火傷しないための……。もういい。作らない」


 愛花のテンションがガタ落ちしていくのが分かる。どよーんとした空気に慌てて取り繕う。繋いだ手を離されないようギュッと力を入れた。


「しおりは良い案だったけど、何日か前にあった方が良かったかな。俺ならしおり欲しかったし! ただ、チーパー開始数分前に渡されるのは違うと思うんだ。いや! いい案だけど!」


 俺の言葉にへの字口にしていた愛花の表情が綻んでいく。うまいこと言えたようだ。と思った一瞬あと、目を細めて、不満そうに呟いた。


「しおり……。早く教えてくれたら良かったのに……」

「そうだな。ごめん」


 なんで謝ったのか自分でも分からないけど、とりあえず謝った。愛花がそう言うなら気付けなかった俺が悪いに違いない。

 ナイトの散歩途中に、ジュースを買って帰った。「ハルキ、またあとでね」と別れる頃には愛花のテンションも戻っていて、ホッとした。



 頼まれてもいないけど、予定の1時間前には愛花の家にいて、準備を手伝っていた。ダイニングキッチンを使うよう提案して、愛花の両親は気を使って買い物に出かけてくれたらしい。


 「サラダもあった方がいいかも」と愛花はコブサラダを作り出して、俺は必要なものを準備する。準備と言ってもホットプレートとヘラ、皿、コップを出しただけだ。あとの必要なものは隆と亜紀ちゃんの到着とともに届くことになっている。


 11時近くになってくると愛花がソワソワしだした。玄関で待っていた方がいいか、家から出たところで待っていた方がいいか、と落ち着かない。


 ピンポンなってから出ても遅くないから大丈夫と言い含める。チーズタッカルビのレシピサイトを俺のスマホを愛花が覗き込むように二人で予習して待った。その距離の近さと言ったらハンパない。いい匂いがする。愛花ごと吸い込みたい。



 チャイムと同時に愛花がパタパタと玄関に向かい、俺はそのうしろをのっそりと歩く。愛花がクロックスに履き替えて玄関の扉を開けると、隆と亜紀ちゃんが満面の笑顔でそこにいた。あいさつもそこそこに「とりあえず入って」と愛花が招きいれる。


 俺は愛花の旦那然として「愛花の家の事なら何でも知っている」感を出す。冷蔵庫の場所とかシンクの場所とか食器棚の場所とか隆に教えてやるが、ダイニングキッチンに入った時点で全て見えているので「見りゃ分かる」と一蹴されてしまう。


 俺は隆のジュースの入ったコップが空になると甲斐甲斐しく、速攻で次を注ぐ。トイレの場所なら分かるまい。トイレの場所を教えることでマウントをとろうと思う。少しでも早くトイレの場所をご案内したい。


「コレだよコレー。業務用スーパーに売ってるんだけど1回食べたらハマっちゃって」

「アイカ、作り方分かんないから、亜紀にお任せしていい?」

「いいよー。じゃあ、まずはホットプレート予熱してあったまるまでジュース飲んで、話そう」


 え? 確かに予熱は大事だけど……。大事だけど……。思ってたのと違う。女の子二人がエプロン着けて、並んで包丁トントンするんじゃないの? それを俺らヤロー二人がニヤニヤしながら愛でるんじゃないの? その時間はないのか?


 ホットプレートがあったまるまで、4人座ってジュースを飲んで、女子二人は貸し借りした本の話とか、ドラマの話とかしている。俺はたまらず口火を切った。


「野菜とか切ったりしないの?」

「春樹君なに言ってんのー? これレトルトだよー。あっためればそれでいいんだよー」

「そうだよ、春樹なに言ってんだ? ホットプレートの電源入れた時点で9割は完成なんだぜ?」

「ハルキ……さっき一緒に作り方見てたのに……」


 なんで? 隆と亜紀ちゃんだけじゃなくて愛花すらも「何言ってんだ? コイツ」って顔している。隆はともかく俺の妄想が露見するわけにはいかないので、「そっか」とだけ返しておいた。


 隆の弁当の中のチーズタッカルビを見たときは、おいしい……んだよな? って感じだったけど、おいしかった。亜紀ちゃんオススメのごはんをソースに絡ませてじゅわーと焦げ付ける食べ方は最高だ。


 食べながらの会話の中で、隆にカラスと犬を追いかけていたことを暴露された俺はかなり焦った。アレは愛花には「たまたま撮れたんだ」とクールに報告していたのに、わりと命からがら狙って撮っていたことを愛花に知られてしまったんだ。


 隆のやつー!! 本当ろくなこと言わねぇ。


 亜紀ちゃんには馬鹿笑いされるし、隆はウケたとなんか満足顔だし、愛花には……「たまたま撮れたって言うのは違うんじゃないかなとは思ってた」と言われてしまった。水面下の努力が伝わることほど恥ずかしい事はない。


「隆が盛って話してるだけで、話の8割はフィクションだ!」


 と、言い張ってみたが、生暖かい目で見られただけだった。生温かい目も6つ揃うと精神的にクる。図書館でも思ったが、近すぎる関係性は良くない。だけど、近すぎる関係性だからこそ今のこの時間がある。


 愛花のチャット相手が隆の彼女じゃなくて、全くの他人だったら愛花が仲良くなったとしても、俺との時間は、ただ削られただけだったろう。悩むところだ。


 男だって頑張ってるんだ! それは誰にも内緒のことなんだ!


 女子二人が並んで包丁トントンは見られなかったけど、女子二人が並んで食器を洗う後ろ姿は見ることができた。愛花の後ろ姿だけがクリアで、あとは背景と化していたから、そもそも女子二人が並ぶ必要はなかったかもしれないけど。


 動画におさめたい。それを家でも見るんだ。そうすればずっと一緒にいられる。



「アイカ、駅まで送って行く。ハルキと」


 隆と亜紀ちゃんが帰り支度を始めた頃、愛花が「いいこと思いついた!」とでも言いたげに、パァっと明るくした笑顔で宣言した。


 俺と隆と亜紀ちゃんは思わず顔を見合わせる。亜紀ちゃんも不安気に「大丈夫なの?」と書いてあって、隆は愛花には分からないように少しだけ首をしゃくって「お前が止めろ」と態度で示してくる。


 もう夕方の6時になろうとしている。こんな時間帯の駅までの訓練はまだしていない。俺の脳裏に駅で真っ青になって意識もそぞろになった愛花が蘇る。すーっと背中に脂汗が流れて、口の中が急激に乾燥していくのが分かる。正直、俺も怖い。全力で止めたい。 


 一瞬にしてシーンと静まり返った空気に、愛花がキョロキョロとみんなを見回してコテンと首を傾げる。


「どうしたの……?」

「いや、大丈夫かなって心配で……」


 俺はみんなの気持ちを代弁するように返事する。


「そうだよ! 前に倒れちゃったって言ってたでしょ? もう少し練習して体慣らしてからのほうがいいんじゃないかな?」

「うん。亜紀も一人で帰るわけじゃないし、ちゃんと俺が送って行くから大丈夫!」


 亜紀ちゃんに続き、隆も全力で帰り道の愛花の同行を止めにかかる。だが、愛花は諦めなかった。


「……今日すごく楽しくて……。もうちょっと一緒にいたい……」

「愛花! 嬉しい!」


 愛花の哀願する上目遣いに耐えられなかったようだ。亜紀ちゃんが愛花を抱きしめた。目の前で二人のいちゃラブ劇場が繰り広げられる。


「愛花、嬉しいよ? すごく嬉しいけど、愛花が辛い目に合うのは嫌なの」

「亜紀と一緒なのに、辛い目に合うわけがない」


 フリフリと頭を振る愛花の頭にポンと手を置く亜紀ちゃん。困ったような顔で愛花を宥めにかかる。


「そう言ってくれるの嬉しいけど、駅で倒れちゃったら、わたしも責任感じて辛くなっちゃうよ」

「もし倒れたとしても亜紀が責任を感じる必要なんて、これっぽっちもない」

「わたしが辛くなるのはわたしが愛花のこと好きだからだよ? 『責任感じる必要ない』って言われたところで、わたしは勝手に責任感じちゃうの」

「……倒れないかもしれない」


 暗に亜紀ちゃんは、「わたしのためにも送るなんてやめて」と言っているのだが、伝わっていないのか愛花は全然諦めない。


「今日は大丈夫な気がする。こういう気持ちのときは大丈夫! 始めてのナイトの散歩のときもこんな気持ちだった!」


 自信満々に胸を張って主張しているが、こちら側としては信ぴょう性が低く感じられる。練習していても平日か休日かの違いで倒れたのだ。一緒に決行するには覚悟が必要だ。


「それに倒れちゃったのも1回だけだし!」


 どうしても駅まで亜紀ちゃんを送りたいのだろう。畳みかけるように主張する。


「春樹くん……?」


 「どうしたらいいの?」と言いたげな困った顔で、俺を見つめてくる。俺だって止めたいが、こういう時の愛花を止められる気がしない。控えめな話し方で、普段の行動範囲が極端に狭いから分かりにくいが、自己主張が強いんだ。


 亜紀ちゃんの表情が「どうしたらいいの?」から「どうにかして」になった頃、おじちゃんとおばちゃんが帰ってきた。


「あらあら、どうしたの? 玄関先で集まって」


 救世主のようなおばちゃんの言葉にすかさず反応する。


「おばちゃん、愛花が駅まで送りたいって聞かないんだ」

「アイカ、今日は大丈夫なような気がする。初めてナイトの散歩に行った時もこんな気持ちだった」


 愛花もすかさず主張して、許可をもぎとろうとする。おばちゃんは困ったように眉を寄せて、愛花の頬を撫でて、顔を覗き込んだ。と思うと「あなた……」と隣にいるおじちゃんに決定権を投げた。愛花の決意に溢れた自信満々のまっすぐな瞳に止めることは不可能だと判断したのだろう。


 おじちゃんは肩をすくめて「行ってみればいいんじゃないか。駅までなら何かあってもすぐ駆け付けられるし」と言った。


 愛花はその言葉にフンっと鼻を鳴らし、自信満々の顔で俺らを振り返った。


「いいって」


 そう言って、愛花はパタパタと部屋に消えて行った。

 俺と隆と亜紀ちゃんの不安がぬぐえるはずもなく、おじちゃんへと視線を移す。その不安気な眼差しに乾いた笑いを見せて、肩をすくめた。


「こういう時は何言っても無駄なんだ。この問答の間に帰る時間がどんどん遅くなる。それなら少しでも明るいうちの方がお友達のことを考えても良いと思う」


 そう言って、おじちゃんは隆と亜紀ちゃんに視線を固定した。


「本当に申し訳ないが、愛花に付き合ってやってくれないか……? 何かあっても人の意見を聞かない愛花が悪い。我々も家で待機しているから……」


「……分かりました」


 親にまで説得されたんじゃ、俺らに断る選択肢はもうなかった。

 こんな時間に外出するとなった以上はポジティブに考えなければいけないだろう。俺は一つ溜息をついた。


「隆、亜紀ちゃん。悪いけど、実験だと思って付き合ってやってくれ。大丈夫でもそうじゃなくても対策が練れるデータになるから」

「……おぅ」

「……うん」


 帽子とメガネを着用して戻ってきた愛花は、今いち納得のいかなそうな、不安が先行しているような俺らの表情に気付いていないのか、勢いよくガシッと俺の手をとった。


「行こう、行こう。暗くなっちゃうよ」


 歌でも歌い出しそうなくらいの朗らかな声に俺は敢えて水をさした。


「愛花、念のため、駅には入らない。これだけは約束してくれ」

「……はぁい」


 不満気に目を細めたけれど、それでも約束してくれた。少しほっとした。



次話は「㉓ 友達を見送る」です。

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