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㉑ 俺の友人はかなりおかしいし、間違いなくキモい!

 俺と春樹が初めて出会ったのは、高校の入学式だと思う。だと思うという曖昧な表現になるのは、記憶に残っていないからだ。同じクラスではあったけど、席が近いわけではなかったし、入学当初は同じ中学の奴らとつるんでいることが多かったからだ。


 入学してから一週間ほど過ぎた頃、視界の隅に映る、自分の席でぼーっとしている奴に目が留まった。それが春樹だった。

 

 春樹の第一印象は「頭が悪そう」だった。いつ見ても空を見つめボーッとしているのだ。他にも群れないで自席についている奴らはいたが、だいたいの奴はスマホを触っているか、机に突っ伏して寝ているかだった。


 その中で特に何もせず、ボーッとしていて先生が入ってきてもしばらく気付かず、何もない空に視線を固定している春樹は異質でしかなかった。


 クラスに知り合いがいないとしても、小道具を登場させたり、妙に頻尿ぶったりして寂しくないぞアピールをするものだと俺は思う。誰だって、大勢の中の1人の自分は取り繕いたいと思うものだ。他人の目が気にならない奴なんていない。


 少なくとも俺はそうだ。空気を読むことに関してはわりと気をはっている。だから尚更気にはなっていた。しかし、話しかけるタイミングはなく、しばらく観察するだけの日々が過ぎた。


 登校したら、自席に真っ直ぐ行って席に着く。そのあとはボーッと首を傾げて、ポカンと口を開けたまま微動だにしない。先生が来て数秒の後、ハッとしたようにみんなに合わせて号令する。授業が始まると比較的真面目に先生の話を聞いている。


 体育とか美術とかの二人組を強要されると、ぼっちは少しは取り乱すものだと思っていたが、真っ直ぐ先生のところに足を運び、「組む相手いないんですけど」とためらいもなく報告して、一瞬固まった先生にあてがわれたペアと淡々と授業をこなす。


 春樹の第一印象に「他人の目に無関心」が追加されたころ、目を疑う出来事が起きた。


 あれは帰り道の土手を歩いていた時のことだ。

 土手の下道は河原になっているのだが、そこで春樹を見つけたのだ。身をかがめて楚々と歩いてカラスを追いかけていた。30mほどカラスを追いかけたところで、怒ったカラスがバッサバサ羽で空を切り「かぁー!」と春樹を威嚇した。


 威嚇された春樹とカラスはめっきり形勢逆転して、今度は春樹がカラスに追いかけられる形となった。慌てたように走る春樹は橋の影に隠れて俺の視界から消えてしまった。同時に春樹を追いかけたカラスも視界から消える。


 気になって仕方がない俺は、土手を降りて河原を歩いた。途中でキラキラ光るガラスの破片を見つけて、それをいくつか手に取った。ソロソロと春樹が視界から消えた場所の近くまで行くと、距離をとって遠目に様子を確認した。ホームレスが住んでいるのか、住んでいたのかは分からないが、そこには段ボールと青いレジャーシート、ドラム缶が散乱していた。


 春樹の姿は見えなかったが、段ボールをカラスが突いているのが見えた。


 ……もしかしてあの中に渋谷が……?


 そう思って目を凝らした瞬間、段ボールからパシャッと光が見えたと同時に、カラスが「かぁ!」とめっちゃ怒っている鳴き声が聞こえた。


 ……いる。確実にいる。あの中に。


 俺はほぼ確定した事実を確かめたくて、カラスの近くにガラスの破片を投げた。そのガラスの破片に気付いたカラスは、ちょんちょんと小さくジャンプしながらガラスの元へと近づき、嘴に破片をはさんだ。段ボールから気が逸れたのを確認した俺は、もう少し奥にガラスの破片を投げる。

 

 その時の位置関係は俺、春樹、カラス、ガラスの破片と俺から遠くなっていた。ガラスの破片を使ってカラスを遠ざけた俺は段ボールを持ち上げた。

 急に暗闇から出された春樹は眩しそうに俺を見上げて、一言ボソリと呟いた。


「えっと……。なに?」


 春樹の顔に「誰?」と書いてある。見知らぬ人を見る警戒心たっぷりの表情だ。カラスから助けてやったつもりの俺は力が抜けた。


「同じクラスの、浜口隆だけど? お前は渋谷春樹だろ?」

「あぁ、隆。どうした?」


 絶対に俺のこと知らなかったはずなのに、「知ってるけど?」みたいな空気を出している。しかも初コンタクトでファーストネーム呼びだ。俺から近付いたわけだけど、距離の詰め方の大胆さに軽くめまいを覚える。こんな詰め方されると反応に困るではないか。意味もなく腹筋に力を入れて春樹に向き合った。


「……春樹こそ何してたんだ?」

「目的は達成した。ここはマズい。少し歩くぞ」


 急に戦場から逃げる兵士のような口ぶりになった春樹に呆気にとられる。ゴクリと生唾を飲み込んで、意を決して春樹に着いて行く。かつて、同級生に着いて行く、ただそれだけの行為にここまで覚悟が必要だったことがあっただろうか。否ない。

 

 コソコソと背後を確認しながら速足で歩く春樹の後ろを、俺も背後を確認しながら着いて行く。

 ピッと腕を俺の前に出して、俺の動きを制した春樹はキョロキョロと辺りを確認して一息ついた。


「ここまで来れば大丈夫だろう」

「……何してたんだ?」


 まだ事態が飲み込めていないが、とりあえず春樹のテンションに合わせて答えてみる。


「これだ」


 目の前に差し出された春樹のスマホを見ると、写メったカラスの画像が映っていた。


 ……え? 何が? 何でカラスなんか撮ってんの? いや、好きな人もいるとは思うけど……。


「コレ?」

「あぁ、これだ」


 自慢気にカラスの画像を見せてくる訳の分からない春樹に呆気にとられたままだったが、とりあえず微笑んでおいた。俺の処世術だ。


「そっか……。よかった……? な」


 ちょっと怖いなと思った。春樹の帰り道を確認して、敢えて逆の方向を指さし「俺こっちに用事あるから、またな」とだけ言って、そそくさと別れた。

 俺の春樹の印象に「ヤバイ奴」と追加された瞬間だった。



 また違う日、野球部の部活中のときのことだ。一年生だから基本的に球拾いがメインだ。春樹は帰宅部のようで、放課後さっさと帰っていく。


 先輩が二つのチームに分かれて練習試合をしているのを見ていると、その奥に春樹が犬を追いかけている姿が見えた。学校のグラウンド内で犬を追いかけないでほしいと冷静に思っていると、今度は犬に追いかけられた春樹が野球部に突っ込んできた。


 野球部は騒然として、部員一丸となって犬から逃げ惑う。カオスだった。犬から逃げるように走って遠ざかると立ち止まって、犬の動きを確認した。犬の獲物は春樹に固定されているようで俺ら野球部員には目もくれず、ひたすら春樹を追いかけている。


 犬が走り回っていては部活にならないし、もういい時間だからと野球部連中は、犬と春樹と距離をとりつつ解散した。俺も含めて春樹を助けようともしないで、自分の身の安全だけを確保する野球部員はわりと冷たいと思った。と同時に何かあった時に、こいつらは信用できないと心に深く刻まれた。


 俺は春樹と犬に釘付けだった。犬の目標が自分にシフトされないよう、距離をとりつつ犬に追いかけられて逃げ惑う春樹を見守っていると、春樹は一番高い鉄棒に上って「シッシ」と手を振り犬を牽制していた。


 それでも犬は上を向いて春樹に視線を固定して吠え続ける。春樹はカバンから何か取り出すと犬に投げつけた。犬は投げつけられたものをクンクンと匂い、口に入れるとパクパクと食べだした。その隙に右側に進むにつけ低く連なる鉄棒を渡って降りていくと、トンと地面に着地してダッシュして逃げて行った。犬は取り残されていた。


 運動神経良いんだな、と呆然と思っていると、俺と犬だけがグラウンドに取り残されたことに気付き、ガッツリ危機感を感じながら、自分史上限界まで気配を消してグラウンドをあとにした。


 もうこれは恋なんじゃないかと思うほど、春樹のことが気になって気になって仕方がなかった。その翌日、昼休みに話しかけようとタイミングを見計らっていると、号令が終わるやいなや春樹は忽然と姿を消した。でも負けない。今日は真相を確かめるんだ。そう心に秘め、春樹を探し続けると屋上で発見できた。


 俺はパンを持ったまま、弁当を食べている春樹に近寄る。声をかけてさりげなく隣に座ってみる。カラスの時の気軽さを考えると、普通に受け入れてくれるだろう。


 思った通りだった。「あぁ、隆」と俺を見上げるだけで、特に何も言わなかった。俺は思い切って聞いてみた。


「なぁ、昨日なんで犬と追いかけっこしてたんだ?」

「あぁ、これだ」


 ……なんとなくそうかなとは思っていたけど、やっぱりだった。目の前に差し出された春樹のスマホを見ると、写メった犬の画像が映っていた。


「カラスとか、犬とか写メるのはなんで? 写真が好きなの? 生き物が好きなの?」

「いや、別に好きじゃない」


 キリっとした顔で見られても、謎が深まるばかりだった。だけど、人が動くときはその前提になる想いがあるはずだ。きっと何か事情があるはずだと考えた。


「じゃあ、なんで撮ってんの?」

「あぁ」


 そう答えた春樹は、頬を緩め愛しいものを愛でるように目を細めて、空を見上げた。たぶん今のコイツには俺には見えない何かが見えている。ちょっと気味が悪い。何が見えていて、何を愛でているのか。


「幼馴染に見せてやろうと思って」

「は? 何ソレ。喜ばれるの?」 

「おう。喜んでくれてたと思う」

「そんなのが?」


 思わず、本音が漏れた。俺の失礼な本音に特に何も感じていないようで、お構いなしに春樹は続ける。


「おう。『これどうやって撮ったの?』って興味持ってた」


 ……カラスも犬も明らかに怒った表情してるからじゃ? たぶん春樹と幼馴染の考える興味の種類にはズレがあると思う。

 

「幼馴染ちゃん? くん? 仲良いの?」

「愛花って言うんだけど、仲は良いと思う。ほぼ毎日会ってるし」

「付き合ってんの?」

「いや、付き合ってねぇよ」


 慌てて否定する真っ赤な顔を見れば、春樹が幼馴染ちゃんに惚れていることは一目瞭然だった。そして、つらつらと幼馴染ちゃんのことを語ってくれる春樹を見ていると引いてしまった。何と言うか……キモい。幼馴染ちゃんのことを知りすぎている。身の安全のために、ぜひとも可及的速やかに春樹から逃げてほしい。


「え? なんで彼女でもない幼馴染の家に毎日行くの?」

「なんで幼馴染の行動を5分単位で把握してんの?」


 ほぼ初対面に近いため、口にこそ出せなかったが、キモかった。だけど、不思議と面白いと思った。こんな奴、今までまわりにいなかった。



 仲良くなるにつれ、春樹のキモさは増した。愛が過ぎるとも思ったが、興味深いとも思った。……幼馴染ちゃんは引きこもりのようだったし、心配が変な方向に空回りしているのだろうとも思えた。


 それに、一緒にいてすごく楽だった。あまりのキモさに俺の毒を帯びた本音がしばしば漏れたけど、その時ムッとするだけで、すぐに忘れるのか記憶が改変されているのか、あまり気に留めていない感じだった。


 当初、不思議に感じていた毎朝ボーッとしているのは、幼馴染ちゃんのことを考えていたり、幼馴染ちゃんと犬の散歩のため早起きしているかららしい。謎が解けたときはスッキリした。


 春樹はサル顔で、目はクリクリしていて顔立ちは幼い。アップバングショートがその幼さを際立たせる。顔だけなら中1と言われても納得する。顔は幼いのに悔しいことに背は俺より高い。ぱっと見イケメンの部類に入る見た目に対して、中身はいき過ぎた幼馴染愛で残念さを醸し出している。


 この見た目で


「なぁ、隆。小柴春樹と渋谷愛花ってどっちがいいと思う?」

「二件隣なだけだからさしずめ同棲中と言っても過言ではない」

「石鹸で洗ってない、ハンカチで拭いていない手なんてもはや局部。振った頭から飛び出る飛沫はオシッコと同義」


 とか言う残念なやつだ。せめて顔だけでもイケメンに産んでくれてありがとうと、俺からも春樹の母さんにお礼が言いたい。

 

 自己評価はしっかり者のようだが、全然しっかりしていないし、すごくズレている。変わっている。キモい。残念なイケメン。言葉の端々に突っ込みどころ満載だ。しかしながら、あまりにズレていてツッコむのも諦めてしまうことも多々ある。


 とはいえ、幼馴染ちゃんをイヤラシイ目でみてしまったと自責の念に駆られて頭を抱えているさまや、目を輝かせて幼馴染ちゃんとの「そんな日がいつか来たら良いな」と微笑ましく思える妄想ストーリーを語るところを見ているとキモいと思う反面、同性ながら、かわいいとも思ってしまう。



 純粋な二人がいつか彼氏彼女になれるように、時々キモい事を認識させながら、これからも応援して行こうと思う。

次話は「㉒ チーパー」です。

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