表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/35

⑬ 亜紀といっしょ


 愛花はあのあとすぐにチャットで亜紀ちゃんに連絡をとった。そのときはじめて外出が自分にとってすごく困難なこと、だけど亜希との約束が嬉しくてつい約束をしてしまったと謝ったそうだ。

 亜紀ちゃんは『そうなんだ。それなら愛花の家に行ってもいいかな?』と返事してきたという。それだけじゃなく『そうとは知らず誘っちゃってごめんね。気を使わせちゃったね』と謝って、もし愛花さえよければ……という申し出だったと言う。普通なら外出が困難ってところが引っかかりそうなものを、それについては触れていないようだった。


 なんてできた子なんだ! もう何か裏があるんじゃないかと疑ってしまうくらい良い子だ。

 隆にこのことを話すと「あぁ、アイツはたぶん何も考えてない。『外がだめなら行っちゃおっかな』くらいの感覚だと思う。何て言うか、自分が感じたことだけを信じるっていうか。だから亜紀にとって愛花ちゃんは友達になりたい子ってだけのことなんだと思う」


 その話のあと隆が「だからアイツいつか絶対他人に騙されると思うんだよ。人の意見を聞かないから。あの人はこういう人って言うの全くアテにしないの。でも、まだ高校生だぜ? そんなに人見る目養われてるわけないんだから少しは人の意見も聞けっつう話だよ。前に何でそんなに人の意見聞かないんだって言ったら『そういう先入観入るの嫌だし、今までアテになった試しがない。人間関係なんて自分が相手をどう思うかが大事でしょ。保証人になれって言われてるわけでもないのに』って言うんだぜ?」とかなんかと愚痴っていた。いや、心配していた。


 それにしても流石に住所だけを頼りに愛花の家に行くのは心もとないということで、愛花の家には俺と隆、亜紀ちゃんで集まることになった。そんなよく分からない集まりに抵抗はないのかとも思ったが、亜紀ちゃんは『いやー隆の友達の幼馴染で助かったわー』とケロッとしていたそうだ。隆は隆で『あいつは言いだしたら聞かないから……。だけど、俺と春樹は何してたらいいんだ?』とのことで、四人での集まりはそこそこに隆は俺の家で亜紀ちゃんが帰るまでを過ごすことになったのだ。




「ハルキ。これでいいかな?」


 亜紀ちゃんとの初対面のためか緊張の面持ちで、着ている白いワンピースの襟をつまんだ愛花が俺に聞いてきた。白のワンピースは愛花の清純なイメージにピッタリで、愛花の可憐さをよりいっそう引き立てていて、俺は悶絶しそうになる。

 

「ハルキは昼前から来て」と乞われた俺は言われた通り、昼前に来た。今日は二人の時間はとれないと思っていたから、心の中ではガッツポーズだ。愛花に頼られて早く来た者の務めとして、部屋に雑然と置かれていたワタリガラス関連のものは押し入れに閉まっておいた。


 ついでに、ちゃっかり愛花が作ってくれた手料理を食べていたりする。愛花は基本的に平日は共働きの両親に変わって家事をこなしている。そのせいか愛花の手料理はめちゃくちゃうまい。世の女子高生がこんなちゃんとしたご飯を作れるものなのか! と歓喜してしまう。ちなみに昼ご飯は天丼を作ってくれた。エビの天ぷらもレンコンの天ぷらもカリッとしていて、じゃがいもやサツマイモは外はカリッ、中はホクホクでおいしかった。天つゆもおいしかった。ポットを出してきたときはお茶を使うのかと驚いたが、朝の味噌汁用に作り置きしている出汁ということだった。渋谷家は天つゆも味噌汁の出汁も市販品だからびっくりだ。

 

 以前は小柴家も市販品を使っていたが、出汁が切れたことがあり手作りしたのがきっかけで小柴家はすっかり市販品には頼らなくなったらしい。「おいしいじゃない。これから家は愛花特製のお出汁にしましょう。私たちも年を取ってきたから血圧も心配だしね」とおばちゃんに言いくるめられたようだ。そして次の日からは大容量の鰹節パックがキッチンに常備されることになり、市販品の出汁が購入されることはなくなったそうな。未来の嫁がこんなに花嫁修業を頑張ってくれっているのだから、俺も旦那として何か始めなければいけないだろう。


 にしても……。手作り儀式部屋といい、ワタリガラスの衣装といい、愛花はハンドメイドのプロじゃないかと思う。家からなかなか出られない愛花は、今すぐ必要でも買いに行けないとなると、どうにか工夫をこらしてなんでも自作してしまうのだから。

 本当に愛花は家から出られないってだけで、できることは俺よりもずっといっぱいあるんだ。


 お昼ごはんを一緒に食べているときも愛花は緊張とワクワクが目まぐるしく、一点を見つめて固まってしまったかと思うと、目をキラキラさせてこれからの亜紀ちゃんとの時間について話した。


「亜紀、私のこと見て気味悪がらないかな?」

「なんで気味悪がられると思うんだ?」

「だって……こんな伸びっぱなしの髪の毛……」

「そんな風に思わないと思うけど……。今日はちゃんとクシを通したみたいだし、きれいだよ」

「でも……」

「気になるなら縛ってみるとか」

「そうだね!」


 髪をバレッタで留めながらも愛花のお喋りは止まらない。いつもの淡々とした口調が見る影もない。感情を帯びた熱のこもった口調だ。


「亜紀ってね、すごいの。絶対否定的なこと言わないの」

「否定的って?」

「例えば、アイカが『プログラマーって残業とか大変そう』って言うと『うん。大変そうだと思う。でも何事もやってみないと分かんないし、大変だけじゃなくて楽しいってのもきっとあると思うんだ!』って」

「ふーん。前向きな子なんだな」

「そう! 前向きなの! 亜紀と話してるとなんか自分も頑張んないと! って元気がでてくるの! ……それで、できない自分に落ち込むこともあるんだけど、また亜紀と話して元気もらって。私にとっての太陽みたいな存在なの。もう太陽神だよ! 家から出れなくてジメジメした部屋の中にいるだけなのにパソコンの画面から光が射してくるみたいな……」


 天丼を食べていた箸を置いて、うっとりしている愛花を見たときは正直亜紀ちゃんに嫉妬した。本当に愛花は変わった。驚くほど口数が増えたし、笑顔も増えた。質問しない限り自分から話すことの少なった愛花が、俺が部屋に入るなり「昨日、亜紀がね」と飛びついてくるようになった。愛花の太陽になりたかった俺にとっては嫉妬対象の亜紀ちゃんではあるが、愛花の瞳に光を感じることが圧倒的に増えたのが亜紀ちゃんのおかげなのは火を見るよりも明らかだった。


 もちろん嫉妬以上に感謝の方が大きい。部屋でじっと一人で家族と俺以外の誰とも関わらずに過ごして今日の出来事を「いつも通り」としか話さない愛花より、瞳を輝かせて亜紀ちゃんの話を楽しそうに話しながら、表情をくるくると変える愛花はかわいいし、生き生きとしている。


 そんな愛花を見ていてふと気付いたことがある。活発だった愛花はいなくなってしまったんじゃない。ただ外に出られないという環境が活発な行動をできない状況にさせていただけなのだ。そう思うと同時に俺には愛花の瞳に光を与えてやることはできなかったという事実が胸を刺す。ずっと傍にいたのに俺にはできなかったんだ。



 スマホの着信音が三回鳴った。隆が到着したことの合図だ。

「隆着いたって。俺ちょっと出て来るな」

「ありがと」


 愛花の家から出ると二件先の俺の家の前に隆と女の子が見えた。「おーい」と大声を出して隆たちを手招きする。きょろきょろ辺りを見回している亜紀ちゃんの肩を隆がツンツンと指でつつく。俺に気付いた隆と亜紀ちゃんが小走りで駆け寄ってくる。


「よっ!」と隆が声をかけ、亜紀ちゃんが口を開く。

「春樹くん! だよね? 亜紀です。初めまして」


 にっこりと満面の笑みを見せる。切れ長の目で大人びているその顔は、一見近寄りがたい印象を受けたが、笑顔になると出る人懐っこい表情がその印象を吹き飛ばした。ショートカットの毛先のハネもなんだか活発な感じがする。


「そう、春樹です。初めまして、亜紀ちゃん。よろしくな」

「こちらこそ」

「今日は来てくれてありがとな。隆も」

「おぅ。本当に家近いんだな」


 二人を玄関に招き入れると、白いワンピースに身を包んだメガネ姿の愛花が立って出迎えた。まっすぐに亜紀ちゃんに視線を向けた愛花に亜紀ちゃんが口を開く。


「愛花! だよね?」

 愛花は恥ずかしそうにはにかみながら小さく頷いた。

「亜紀です! やっと会えたね! わぁぁ! なんかすごい嬉しい! ……え? なに? どうしたの……? え? え? え? なんで祈ってるの?」


 亜紀ちゃんの言葉に横を見ると、愛花が両ひざを立てて手を組んでいた。

 ……愛花それはいけない。俺は思わず無言で首を横に振ってしまう。お祈りポーズのまま瞳を潤ませた愛花が自己紹介をした。


「アイカ……です」


 ニッコリ笑う亜紀ちゃんを数秒みつめた愛花はすっと視線を外し、盗み見るように亜紀ちゃんにチラチラと視線をむけた。


「……よく分かんないけど……とりあえず立って? 改めて……会えて嬉しい!」


 亜紀ちゃんはそう言いながら愛花に近寄り両手をとって愛花を起こす。


「……。アイカも……会えて嬉しい……」

「愛花も? やった! 両想いだね!」

「両想い……」


 亜紀ちゃんの言葉をぼそっと繰り返し、頬を上気させる愛花。よっぽど嬉しいのだろう。頬を上気させたまま後ろに振り返ると「入って……」と呟いた。


「お邪魔しまーす!」


 亜紀ちゃんの元気な声が静かな家に響き渡る。二人の世界にすっかり忘れ去られたヤロー二人はハッと自分の存在をアピールしだした。


「愛花ちゃん! オレ隆! 今日はコイツよろしくな!」


 一度下を向いた愛花は勇気を振り絞ったように顔を上げ、隆と視線を合わせた。


「アイカです。今日はありがとう」

「おぅ。これで俺らは隆ん家に行くけど、もしゲームとかするってなったら呼んでな!」


 そう言って隆に肩を組まれた俺は強制的に出口へと誘われる。

 俺はアピールできず忘れ去られたままなんだけど……。


「あっ……」


 愛花の声に振り返ると、愛花が俺らに、いや、()に向かって手を伸ばしていた。


「お茶……」

「なに? お茶飲んでっていいの?」


 また、隆だけが存在をアピールする。……ハッキリ言っておもしろくない。


「うん」

「じゃ、おじゃまー」


 誰にも見られないように隆の脇腹を一突きしたいが頑張って耐えた俺は「おじゃまします」なんて言わない。俺()この家に入るのにそんな言葉必要ないんだぞ! という牽制だ。


「ハルキ……。アイカお茶準備するから、先に亜紀と隆くんと部屋行ってて」

「うん」


 隆と亜紀ちゃんを案内しながら二階の愛花の部屋に進む。今ここにいるメンバーで愛花の部屋に迷わずたどり着けるのは俺だけだ。なんなら目隠しされても行けるんだからな! ちょっとした優越感だ。



 愛花の部屋へ二人に入ってもらうと、部屋の扉を閉めたとたん亜紀ちゃんがこらえきれなかったように喋り出した。


「愛花、めっちゃかわいかった! なにあのかわいさ! 天使なの? 妖精なの? どっちなの?」


 ……お前らは二人して太陽神だの天使だの……。そりゃ愛花は人間というカテゴリーに分類できないくらい尊いけど、二人の崇め方が通じ合っている感じがして少し妬ける。だけど亜紀ちゃんの意見には全面的に同意する。「愛花は既存のカテゴリーに入らないな! かいわすぎて! 美しすぎて! 萌えすぎて! 尊すぎて!」と愛花のかわいさについて語り合いたいくらいだ。


「天使なのかも……」


 そう言った隆にすかさず睨みを利かすが、隆はニヤニヤしている。


「天使かぁ」

「おう、お祈りしてたし」

「そうか! 天使だからかー。かわいいなぁ。チャットで良い子なんだろうなとは思ってたんだけど、あんなにかわいいなんて! 幸せかもー。見惚れちゃう」


 亜紀ちゃんのうっとりとした表情に、さっき亜紀ちゃんを思ってうっとりしていた愛花の表情が思い出される。本当に両想いじゃん……。


「ハルキ、開けて」


 愛花の声に扉を開けると、両手で持ったトレーの上には四つのティーカップとケーキがあった。重さに耐えかねた手がブルブルと震えている。すかさず愛花から紳士的にトレーを受け取る。


「粗茶ですが……」と、紅茶とチョコレートケーキをテーブルに並べると、手を差し出してみんなに勧めてくれた。

「ありがとー」


 みんなが紅茶に手を伸ばすと愛花が「あっ!」と声を出した。


「アイカ、何も考えないで出しちゃったけど、もしかしてお腹いっぱいだったら無理しないでね」

「お腹いっぱいじゃないよー。おいしそう」


 亜紀ちゃんの表情がぱぁっと明るくなる。もうこの二人はお互いトロ顔だ。


「お口に合うといいんだけど……」


 おずおずとみんなの表情を窺う愛花。

 亜紀ちゃんが大きな口を開けてパクリと食べて、もぐもぐと咀嚼する。


「おいしい! チョコレートがすごく濃厚! なんだろ、しっとりしてて重厚感があるって言うか、でもチョコの変な苦みがない。つまりはおいしい!」

「ありがと……」


 赤く染まった頬を冷ますように両手をあてた。出会って数分の二人だが思わずにはいられない。付き合いたてのカップルか!


「『ありがと』って、もしかして愛花ちゃんが作ったの?」

「そう……。安心した」


 愛花が照れくさそうにはにかんだ。


「すげー! うまいよ、コレ! 亜紀お前も俺にこんなの食べさせてくれよー」

「えー?」

「愛花ちゃん、聞いてくれよー。コイツ、バレンタインに生チョコ作ってくれたの。それはすげー嬉しかったの。けどさ、上に乗ってる粉? がハンパない量で……」


 亜紀ちゃんが隆の袖を掴みケラケラと笑う。


「隆おもいっきりムセてたよねー。いやぁ、あの時は目の前の、自分の手作りチョコ食べてムセる隆の背中さすってる自分にもウケたわー」

「『ウケたわー』じゃねーよ。本当辛かったんだぞ。ムセてんのに背中さすりながら『頑張れー』って笑いながら完食を強要されて。もう最後はムセて泣いてんのか、笑いすぎて泣いてんのか分かんなかったよ」


 愛花が二人のやりとりを見ながら口元に緩く握った手をあてて、小さく笑う。俺はというと……小さい頃のことを思い出していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ