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⑩ 英語


「俺はキモくない。キモくない、キモくない。絶対にキモくない!」


 愛花の部屋の前でのルーティンを終え扉をノックした。


「Here,Aika」


 ……うん? なんだ? ノックの返事がなんか英語で返ってきた。

 扉を開けると、テレビの前で体育座りしている愛花がいた。見ているテレビは字幕なしの海外ドラマだ。


「愛花……。それおもしろいのか?」

「Yes」


 Yes……? もしかしてハーフになる作戦はまだ継続していたのか……? 

「愛花、英語分かるのか?」

「Yes」


 ……Yesしか言わない。またフリをしているのかもしれない。Yes No以外で答えられる質問をしてみよう。Yesくらいなら俺も言えるしな。


「今日はなにしてたんだ?」

「Same as always」


 マジか! 英語そんなに真剣にやっていたのか!? 

 ……でもまだ短文だ。判断するのはまだ早い。


「そのドラマどんな話なんだ? 俺も見てみようかな?」

「The hero, whose name is Michael, is an archeologist who specializes in Egyptology but he has difficulty in committing to human relationships」


 雷に打たれた気分だ。全然聞き取れないが、英語のルーシー先生を彷彿とさせた愛花のペラペラ英語は、とても流暢な気がした。聞き取れたとしても理解できないが。と言うか英語で喋る方が饒舌じゃないか? 彼氏を作るって言う目標に対して異世界とか、不良とか、カラスとか。ちょっと作戦はズレてるけど何に対しても真剣な愛花。……まさか英語もマスターしてしまったのか? 頭がいいとは思っていたけれど、いろんな意味で、俺から離れたどこか遠くへ行ってしまいそうな気がする。


 身なりを整えたり、英語を勉強したりって言うのは愛花にとってもいいことだ。だけど……だけど……。


「愛花、せっかくオシャレもしてるし、英語もマスターしたみたいだ。ちょっと……その……誰かと話してみるってのはどうかな……?」

「Haruki」


 キョトンとした瞳で俺を指差して首を傾げた。うん、そうだな。俺とは毎日話してるな。


「俺以外の人は……?」

「No thank you」


 いいえ、結構です。ね! これは分かったぞ。

 しかし、こんなに努力しているのに現状何も変わっていないようで……。それが俺はなぜだか悔しいんだ。俺のエゴなんだろうけど。


「愛花。俺英語分からないから日本語で答えてくれないか?」

「Yes」

「Yesくらいなら俺も分かるけど、さっきのドラマの内容説明してくれたの俺全然分からないんだ」


 愛花は首を傾げて顎に手を充てた。


「……みんなこんな感じなんだと思ってた」


 うそーん。どうしてそんなこと。日本から出たことない日本人が英語マスターするってすごいハイスペックだと思うけど。


「なんでそう思ったんだ?」

「ネット見てたら、英語で会話してた」


 そういうサイト見るとそうだろうな。

 学校と犬の散歩以外家から出ない愛花にとって、世の中の常識は漫画、本、インターネットの中にある。それも愛花の興味によってリンク先が選択されるからひどく世間とズレが出てきてしまうのだ。


「英語話せる人が相手なら英語でいいと思うけど、俺英語てんでダメなんだ。Yesか Noくらいしか分かんない」

「そうなんだ」


 心の底から驚いたように愛花は目を丸くした。


「アイカこういうのが普通だと思って……」

「一生懸命勉強したんだな」


 コクリと頷く愛花。健気で立派で愛おしい。もういっそ愛花の頭を抱えるように抱きしめてしまいたい。


「でも、ネット内で英会話が繰り広げられてたって言うことは、普通じゃないとも言えないと思う。それに英会話ができる愛花はかっこいいしな」

「かっこいい……?」


 チラリと上目遣いで俺を見上げると、目線を下げてふふっと得意げに笑った。かわいい。


「うん」


 ネット内の会話を見て、英語で話すのが普通だと思った。ってことは、誰かと話すための準備段階に入ってるってことじゃないか? さっきはやんわりと断られたけど、これなら!


「メールで誰かと話してみるってのはどうだ?」

「誰と?」


 自分の爪の甘さに面食らってしまった。思いつきだったからメール相手のことまで考えていなかった。 俺の母さんとか……? いやいや、俺だったら嫌だな。


「とりあえず……俺とか?」

「毎日来てるのにメール……」


 うんうん。そう思うよな。でも段階を踏むってことで……。


「学校であったことの速報送るから、なんか反応返してみてよ」

「分かった」


 やった。これで学校でも愛花と連絡がとれる。

 ……だけど、誰かとメールすること自体嫌がると思ったけど、誰と? って言ってたな。てことは抵抗ないってことだよな。




***


「お前さー。さっき授業中にスマホみてたろ? 先生気付いてたぞ」


 隆の指摘に一瞬ビビって、すぐ安心した。


「マジで? やべー。でも見逃してくれたんだ。ラッキー」

「はぁ? お前知らねぇの? あいつ直接怒んないで内申に反映させるって噂だぞ」

「マジで?!」 

「てか、何がそんなに気になってたの?」


 ひっひっひーと俺は愛花とメールをすることになったことを自慢してやった。


「は? てか今までしたことないんか?」

「ない!」


 俺はキッパリと真実を言い切った。

 隆は度肝を抜かれたように目を丸くしたが、納得したとばかりにうんうん頷いた。


「そっか。毎日会ってんだから必要ないか」

「うん。それもあるんだけど、愛花スマホ持ってないから」

「今時? マジで」

「うん。愛花基本家から出ないから必要ないって」

「あぁ、なるほど。そういうことね」


 噂をすれば愛花からのメールの着信音が鳴る。

 なになにー? 三通くらい送ったしな、どんな返事かなー。心が弾む俺の目に映るメール内容は「わかった」と一言だけで終わっていた。

「どうした?」

 メールを見て力なくうなだれる俺に隆が心配そうに問いかけた。

「……わかったって……」

「何が?」

「メールの返事『わかった』って一言だけ……」


 隆が気の毒そうに眉を下げて俺の顔を覗きこんできた。


「……どんな内容のメール送ったんだ?」

「……今日の弁当の中身とか、数学全然分かんねぇとか」

「女子か!」ベチコンと叩かれた俺の額からいい音がした。

「えぇ? 俺はてっきり『お弁当食べるの楽しみだね』とか『数学今何やってんの?』とかって返ってきて、そこから会話のラリーが続くもんだと……」

「お前のプラン通りには行かねぇよ。まぁ、今日が初めてのメールってことだから、それで良しとしとけばいいんじゃね?」

「そっか。……そうだな! 返してくれてありがとうだな!」

「良かったな」

「良かったな」と言いながらも不憫(ふびん)そうに俺を見つめたかと思うと、「そう言えば」と付け足した。

「幼馴染ちゃんて携帯持ってないって、もしかしてパソコン?」

「そう」


 なんとか愛花の『わかった』の返信に更に返信してメールのやりとりを続けようとスマホとにらめっこ中にも関わらず隆が邪魔してくる。


「ならさ、タイピング? って言うの? パソコン打つの。あれ、早い?」

「さぁ、分かんね。けど、授業の質問もチャットみたいだから普通に早いんじゃね? 分かんねぇけど」

「亜紀がタイピング早くなりたいから俺にチャットしよって言ってくんだけど、俺検索もネットサーフィンもスマホだからさ」

「ふーん」


 隆には悪いけど、お前の彼女に興味はない。今はこのメールをどう繋げるかの方が最重要事項だ。


「『ふーん』てお前むかつくな。幼馴染ちゃんのことでは散々相談に乗ってやっただろ」

「俺は土下座したし、ジュースも奢った。お前の相談は有料だった。俺は完璧に覚えてる」


 根に持っているつもりはないが、今はこのメールを……。以下略。それ以外は割とどうでもいい。いや、完全にどうでもいい。


「そう言うなって。でさ、幼馴染ちゃん、亜紀とチャットしないかな?」

「なんで?」

「いや、お前相手より亜紀の方がラリーも続くだろ」


 マジムカつく。俺と愛花との17年になんでポッと出の亜紀ちゃんが敵うって言うんだ。


「なんで俺よりお前の彼女ってことになんの?」


 キョトンとした顔の隆。まるで何で俺がイラついたか分かんないって感じの顔だ。それがまたムカつく。


「なんでって……。毎日会って話してるお前より、全く知らない人間同士の方が話も弾むだろ。お前と幼馴染ちゃんとの会話なんて毎日同じテレビの再放送見てるようなもんだろ」


 そりゃ新鮮な会話はないかもしれなけど、毎日同じテレビの再放送ってのは言い過ぎじゃないか。俺は毎日愛花に会うたびに気持ちが更新されて行っているというのに。


「再放送は言い過ぎだ。お前は俺を怒らせた。今後俺の耳はお前の言葉を遮断する」


 隆が馴れ馴れしくポンポンと肩を叩く。


「悪い、言いすぎた。でも幼馴染ちゃんに聞いてくんね? 俺が言うのもなんだけど亜紀ホントいい奴なんだ」


 俺は分かりやすく疑いの眼差しを隆に向ける。


「俺は知ってるぞ。彼女とは時として彼氏の前でのみ『いい奴』になるんだ。テレビで見た」


 隆は顔の前でブンブンと手を振る。そんな彼氏目線での彼女の評価なんてあてにできるもんか。


「それはないって。亜紀は彼女になる前からいい奴だった。明るくて人の悪口とか言ってんの聞いたことねぇもん」

「俺は知ってる。彼女とは時として……」

「いや、本当だって! 亜紀は保育園ときから一緒なの。女とか男とかないときから知ってんの」


 隆が俺のテレビ情報を遮って、彼女自慢を続けてきた。その自慢話にひっかかるものがあった。こめかみがピクリと動いたのが自分でもわかった。


 はぁー? 保育園のときからの付き合い? それって幼馴染ってことじゃね? こいつ確か俺のこと幼馴染バカって言ったよな。お前も幼馴染属性じゃないか。


「……お前、俺のこと幼馴染バカって言ってたくせに、自分も立派な幼馴染属性じゃないか」

「属性って……。言い方!! 幼馴染と付き合ってるからこそお前の異常さが分かるの。だからバカって言ってたの。てか、それは置いといて一回幼馴染ちゃんに聞いてくんない? 亜紀、将来パソコン関係の仕事就きたいみたいで、ブラインドタッチできるようになりたいんだって」


 ……確かに、愛花にメール相手ができればいいな、とは思っていた。それも愛花を傷つけるような相手じゃなくて、いつか友達になれるような相手。同世代の女子となると条件はいいかもしれない。保育園のときから知ってる隆がいい奴だって言うならそうなんだろうし。でも……。


「とは言っても亜紀ちゃんもまさか全然知らない女の子をチャット仲間に紹介されるとは思ってないだろうが」

「あー。大丈夫大丈夫。そういうの気にしない奴なんだ。この前も待ち合わせの場所に行ったら、誰かと話し込んでるから友達かなって思ってたら『さっきそこで知り合った』とか言ってたくらいだから。ちょっと引くくらいコミュ力高いんだよ」


 亜紀ちゃんの人となりを説明してくれたうえ、亜紀ちゃんと愛花がチャットするようになって、うまくいけば四人で遊園地とか行ったり、遠出したり、とかなんとか俺にも愛花にも亜紀ちゃんにも隆にもメリットばかりだ! と豪語してオススメしてきた。なんかそこまでオススメされると逆に怪しい……。なんならこのタイミングの良さも懸念材料になりそうなくらいになってきた。


 だけど、愛花が引きこもりなのは俺との会話からなんとなく察してはいると思うが、直接的なことは何も言ってこない。あくまで愛花とデートできるかもしれないという俺へのメリットを告げる(テイ)で言ってくれた。

 そういうとこ察してくれる隆には本当に救われる。だから、なんでも相談してしまうんだ。そんな隆の彼女が嫌な奴なわけがない。




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