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① 異世界へ

扉をノックしたのに返事がない。また何か妙なことをしているのだろう。


こういう何の反応もないときは、決まって自分の世界に夢中になっているのが常だ。俺は愛花の部屋の前で深いため息をついて呟いた。


「今日は一体何をしているんだか……」


恐る恐る部屋の扉を開けた。もう外も暗いというのに、灯りもつけずカーテンを閉め切っている。部屋の中心にはポツポツと揺れる小さな炎が円をかたどっている。


「なんなんだ一体……」

 

 真っ暗闇の中、視覚に頼れない俺は耳をすます。

 なにやらぶつぶつと声が聴こえる。何かの呪文……?

 小さく揺れる炎の真ん中に、黒くて大きな塊がうっすらと見えた。


 手探りで蛍光灯のスイッチを探し当てた俺は、扉の横の電気のスイッチを押した。

 部屋が申し訳程度に明るくなる。電気をつけたはずなのに薄暗い。


 なんだ? 俺は天井を見上げる。電気の傘に何か……。


 眉間に力を入れて目を凝らす。


 !!!


 電気の傘が黒く塗りつぶされた紙で覆われている。


 ……ここまでしなくても、ただ電気を消せばよかったんじゃ……。

 

 目を凝らしたまま視線を円を描く炎の中心に移す。確認できたのは真っ黒の布を頭から被り魔法陣(と思われる)の真ん中に座って、ほうきの柄を握った愛花だった。


「異世界へ。異世界へ。なにとぞー」


 気味の悪い雰囲気にあてられて呪文に聞こえた言葉は、希望をただただ率直にお願いしているだけだった。


 誰に、いや。何にお願いしているのだろう。


「私を。異世界へ。召喚を。いま行きます」


 訪問した俺に気付きもしない愛花は、その祈りを加速していく。すでに普段の淡々とした口調は見る影もない。


 祈祷師が如く握ったほうきを左右に高く上げ、ブンブン振り回している。ほうきは祈祷師が持つ大麻を見立てているんだろう。ほうきを振り回す勢いで、頭から被った黒い布は乱れ、肩までずり落ちている。


 暗闇に慣れてきた目を更に凝らして、よく見ると黒い布の正体は中学の時の制服のスカートだ。

 スカートなんか頭から被って……。


 ん? 爪が……。愛花の爪が長く黒ずんでいる……?


 いくつか割れていて、ほうきを揺さぶる勢いでボロボロと床に黒ずんだ爪? が落ちて……。


 なんなんだ? なんなんだアレは?!


 俺の衝撃をあざ笑うかのように愛花は声高らかに祈りを続ける。


「早くー! 今です! 今がチャンスでーす!」


 もはや、大きな声で独り言を言っているにすぎない。

 そして今がチャンスの意味もよく分からない。


 眉間に力を入れ続けて疲れた目を休ませるために一度目を閉じて、親指と人差し指で鼻の付け根をほぐす。ギュッと閉じた瞼を力いっぱい開けてまた目を凝らす。


 愛花を取り囲む魔法陣は手書きのように見えた。なんかよく分からないが白い布に黒々とした墨汁で書かれたらしいそれは、相当な出来のように見えた。


 ろうそくの炎でほんのり照らされて気味の悪さが際立っている。


「いま行きます」とか言っているが、どちらかと言うと「いま来そう」な感じだ。


「自分で書いたのか……?」


 部屋をぐるりと目で一周する。カーテンの隙間はガムテープでしっかりと塞がれ、壁は十字架の写真やドクロの絵で埋め尽くされている。


 準備も大変だったはずだ。少なくとも昨日愛花の部屋に寄ったときにはこんなんじゃなかった。どこにこれだけの必要物品を隠していたのか……。


 俺はハンドメイドで仕上げられた儀式部屋に関心せずにはいられなかった。同時にひどく清々しい気持ちで思った。


「頑張ったんだな」



「あぁぁぁぁぁぁ!!!」


 愛花の大きな叫び声の後、トンと床に何かが落ちる音がした。


 俺は驚いて壁に向けていた視線を愛花に戻す。魔法陣の真ん中で倒れこんでいる愛花が視線の先に映る。愛花の頭のすぐ横にろうそくが倒れて魔法陣が焦げ始めている。愛花の頭にも引火しそうだ。


 なんだ? 何が起きたんだ??



「愛花! 大丈夫か!! 愛花!」


 俺は愛花に声をかけながら、倒れたろうそくとお手製の魔法陣を慌てて足で踏みつけ、まだ倒れていないろうそくの火に息を吹きかけた。


 ろうそくを愛花の勉強机の上に移動して、ガムテで塞がれたカーテンを思い切り開くと外灯の灯りが部屋に射し込む。愛花の傍に駆け寄ると、その華奢な体を抱き寄せた。


「愛花! 愛花!」



 愛花の大きな瞳が開いて、ゆっくりと俺を視界にとらえる。


「……ハルキ……。来てたの」

「来てたのじゃねぇよ! どこか火傷してないか?! 熱くないか?」


 視線を彷徨わせたあと、首を傾げた愛花は「ない」とだけ答えた。その無表情に、まったく悪びれた様子も見せない愛花に、心配と苛立ちが俺の頭の中を沸騰させた。


「お前いま燃えるところだったんだぞ! なにしてたんだよ!」

「異世界に行こうと思って。儀式をしてた」

「だろうな! 聞こえてたよ!」


 キョトンとした顔で俺を見る愛花は、抑揚のない声で話す。


「『なにしてたんだよ』って聞いた……。だから答えた。でも知ってた」

「だから! なんで異世界に行こうと思ったんだよ!」


 ……なんでお手製儀式で行けると思ったんだよ!


「彼氏ができる」


 ……意味が分からない。


 つかみどころのない愛花の思考に、沸騰した頭はすーっと冷静さを取り戻していく。いや、呆気にとられたと言うべきか。


「……なんで異世界に行くと彼氏ができるんだよ」

「異世界に行く。魔法が使える。テレパシーができる。通信相手と恋におちる。彼氏ができる」


 ……こいつ本気で言ってやがる。


 愛花の真剣な眼差しが思いの強さを物語っていた。


 異世界ってどんなところを想像しているんだ。ゲームの世界? 漫画の世界? 宇宙? いづれにしても必ずしも魔法が使えるとも限らない。


 聞いてないから分からないと思ったが、聞いても分からない。


 曇りのない真剣な眼差しで俺を見る愛花を見て俺は悟った。


 そうか……。そうだったのか……。


「コードKか?」

「そう」



 無事な愛花を前に、安心した俺の意識は、ろうそくの火を踏みつけた足の裏に移る。ジンジンと痛い。


「俺、足の裏が痛ぇよ」

「ハルキ。大丈夫?」

「大丈夫じゃねぇよ」


 俺の脳裏にさっきまでの倒れてぐったりとしていた愛花がよぎる。愛花は大丈夫だろうか。


「お前は大丈夫か? 気絶してただろ?」


 小さく横に首を振る愛花。


「気絶していない」

「何言ってんだ。倒れて気を失っていたじゃねぇか」

「気を失ってはいない。フリをしただけ」


 なにもかもが分からない。気を失ったフリをする必要がどこにあったというのか。


「異世界に行くときは、だいたいみんな気を失う。それか死ぬ。だから、マネした。次に目が覚めるときは異世界のはずだったのに……」


 そう呟くと視線を下に落とした。


 『だいたいみんな』のみんなって、どこのみんなだよ。

 死ななくて良かったけども。


 こいつは彼氏が欲しいがために、頭に火が燃え移りそうになっているのに、熱いのをガマンしていたって言うのか。


 コードKのためにそこまでするのか。

 

「……ハルキ……アイカ頑張ったのに」


 そう言った愛花の瞳は濡れていた。


 凝った魔法陣、壁に貼った気味の悪い絵にガムテ。チビの愛花が電気に紙を貼るのはそりゃ大変だったろう。


 頑張ったとは思う。だけど何かが違う。が、健気に頑張る愛花はやっぱりかわいいし、うまくいかなくてしょんぼりと俯く愛花はギュッと抱きしめたくなる。


 俺はまたため息をついて愛花の頭を撫でた。


「ちょっとMPが足りなかっただけだよ」

「……そうだったんだ」


 愛花は淋しそうに俯いた。

 


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