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第8話 作戦3:ドア・イン・ザ・フェイス作戦

「諭吉~!」


 再び自室の学習机に突っ伏しながら、私はくぐもった悲鳴を上げる。

 こんなことになるなら普通にあの諭吉で課金しておけばよかった!

 確率なんて知ったことじゃない! ゲームだって地形効果とかでバフアイテムで命中率と回避率に補正が入ったりするんだ! 38.24パーセントに挑めばよかったんだ!


 散々机の上で後悔にのたうち回って、自分でもわけのわからないことを嘆き散らかして。


 それからふと冷静になった私は「あ」と小さな声を上げる。


 ――よく考えたら、お金をあげた瞬間に自然と頭を撫でられたんじゃないだろうか。


「いつも勉強がんばってるね~」とかそういうごく自然な感じで。


 実際1万円を渡したときの妹の機嫌は大分回復していたし、不可能ではなかったはずだ。

 そうすれば見事妹教の条件達成。

 晴れて私は漆黒騎士・ベルガモスを引けたはずなのだ。


 それに気づいた私は椅子から立ち上がって、1階のリビングへ取って引き返そうとする。

 だが慌てていたせいか、足をもつれさせてしまい、その場で転んでしまった。


 直後、大きな音が部屋中に響き渡る。


「うるさい! 何やってんの!?」


 1階にいるお母さんから、情け容赦のないお叱りの言葉が飛んでくるのが聞こえた。

 ちょっとは娘の心配をしてくれたっていいのに……。

 痛む身体をヨロヨロと起こして、私は椅子へと戻る。

 冷静に考えてみれば、1万円を渡してから大分時間がたっている。今行ったところで今更感は拭えないし、もうダメだ。


 私は唇を噛む。

 あの1万円を渡した時点で、まだ勝ちの目はあったのだ。

 それに気づいたときの悔しさといったらもう、実に筆舌尽くしがたいものだった。

 でもこうなったら何がなんでも舞ちゃんの頭を撫でてやる。

 決意を新たにしばらく太郎の頭を撫でていたが、そのおかげかある作戦が浮かんだ。


 交渉術のひとつにドア・イン・ザ・フェイスという言葉がある。色んな作品でもう散々こすられすぎて有名になった言葉だとは思うが、知らなければ何卒某検索エンジンにでも聞いて欲しい。

 簡単に言えば本当に要求したいことよりも先に、大きめの要求を相手に突きつける手法だ。

 たとえば知り合いから1万円を借りたいとする。そこでいきなり「1万円貸して」と言うのではなく、まずは「5万円貸して」と言う。

 5万円は大金だ。相当親しい間柄でもなければ、まず断られるだろう。

 だが断ったことで、相手に少なからず罪悪感が生まれる。

 そこで今度は当初の目的どおり「1万円貸して」とお願いする。

 5万円が1万円に(ハードルが低く)なったこと。そして内心薄々感じていた断ったことに対する引け目から、相手はこちらの要求を飲んでくれる可能性が高くなる。

 結果、最初からいきなり「1万円貸して」と相手に言うより貸してくれる確率は高くなるのだ。


 これがドア・イン・ザ・フェイス。


 この手法を利用して舞ちゃんの頭を撫でる。

 早速私は作戦を実行することにした。



 私は階段の陰から1階リビングのテーブルに座る舞ちゃんを観察する。

 舞ちゃんは幸せそうな顔をしてプリンを食べていた。

 その光景に、私は自分の意思とは関係なしに口角が上がるのを感じる。

 絶好の機会。

 まさに今、先に説明したドア・イン・ザ・フェイスを実行する絶好の機会が訪れていた。

 私はプリンの容器が空にならない内に舞ちゃんに近寄って、間髪入れずに言った。


「それちょうだい」

「えっ?」


 驚いたような目で私の顔を見て、それからプリンへと視線を落とす舞ちゃん。

 その姿を見て、狙いどおりだと私は内心ほくそ笑む。


 舞ちゃんが困惑するのも無理はないだろう。

 彼女が食べているのは、スイーツショップ『真島屋』の高級プリンだ。

 1日限定10食という超レア商品。加えて最近は、テレビで紹介され、SNSでも話題になったことでその入手難易度が更に上がっている。

 この真島屋のプリンが大好物である舞ちゃんは、プリンを買うために今朝早く家を出て店の前に並んでいたくらいだ。

 彼女にとって、これは久しぶりの真島屋プリンなのだ。

 たとえスプーン1口たりとも他人にくれてやりたくないに違いない。その1口は、舞ちゃんからしてみれば黄金の1欠片にも等しいはずである。

 ここで私から「プリンちょうだい」と言われた舞ちゃんは間違いなく断るだろう。

 それはもう火を見るより明らかだ。


 だから、そこですかさず言うのだ。


「じゃあ、頭を撫でさせて」と。


 1度お願いを断ったことへの罪悪感。更に要求のレベルが下がったことで舞ちゃんは――


「食べかけでいいならいいよ」


 舞ちゃんは――……


「お姉ちゃん、さっきお小遣いくれたからそのお返し」


 舞ちゃんは1口だけ口をつけたプリンの容器をスプーンと一緒におずおずと私に差し出した。




 * * *




 お姉ちゃんが私の食べてるプリンを食べたいって言ってきた。


 お願いされたときはすごい悩んだ。

 当然断るという選択肢もあった。


 だけど私は短い時間の間に、悩んで悩んで悩んで、すごく悩んで――……。


 いっぱい悩んだ挙げ句、お姉ちゃんにあげることにした。


 私が好きなものに興味を持ってもらえるのは嬉しいし、好きになってくれればなおのこと嬉しいからだ。


 ところでお姉ちゃんは私の使ってたスプーンごとプリンを持って行ったけれど、間接キスになってしまったことに気づいているだろうか。

次話明日更新予定

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