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第7話 作戦2:お金で釣る作戦(後半戦)

 私は後ろ手に1万円札を隠して再びリビングへと赴く。


 舞ちゃんはリビングのソファーに座って読書をしていた。読んでいる本は奇しくも福沢諭吉の学問のすゝめ。


 その光景に私はタイミングの悪さを呪う。

 別に舞ちゃんの読んでいる本が福沢諭吉の著書だったことに対していっているのではない。

 舞ちゃんが読書をしていることこそが最悪のタイミングであるといえた。


 人間誰しも特定の状況で声をかけられたくない場面というものは必ず存在する。

 それはゲーム中だったり、勉強中だったり、仕事中だったりと人によって実に様々だ。


 舞ちゃんは読書の邪魔をされることを酷く嫌う。

 彼女が読書をしているときは、私も両親もよっぽど緊急の要件でもなければ声をかけないくらいだ。


 だがそれは普段の話。


 今がまさにその緊急のとき。いうなればデフコン1。

 何せ、私がベルガモス(人権キャラ)を引けるかどうかの瀬戸際なのだから。

 作戦成功のため、できれば舞ちゃんの機嫌はフラットかそれ以上に保っておきたいが仕方ない。


「舞ちゃーん……?」


 私はおそるおそるソファーの上の彼女へと声をかける。

 呼びかけに気づいた舞ちゃんは本からゆっくりと顔を上げて私を見上げる。だが読書の邪魔をされたことがさぞ不快だったのだろう。

 私を睨むその鋭い目には、案の定剣呑な光が宿っている。


「なに?」


 瞬間、舞ちゃんの人を殺せるくらいに尖った視線と冷たい声が私をぶち抜いた。


 相手に走馬灯を見せるくらい強烈なその一撃に、私の中の防衛本能が働いたのだろう。

 慌てて防御姿勢を取ろうとして、私はとっさに背中に隠していた1万円札ごと手を舞ちゃんの前に突き出してしまった。



(…………………………………………あ)



 静寂が支配するリビングで、私は心の中だけで小さな悲鳴を上げる。


 差し出してから気づいた。


 自分が今、最悪のタイミングでジョーカーを切ってしまったことに。


(しまった! もう少し様子をうかがうつもりだったのに!)


 舞ちゃんの今の機嫌はとてもフラットであるといいがたい。


 例えるならK2。世界第2位の山のごとく険しいに違いない。


 慌てて背中に1万円札を隠そうとするがもう遅い。

 すでに舞ちゃんの視線は、自分の目の前に差し出された1万円札に注がれている。


 もう今更、この手を引っ込めることはできない。

 言う。

 もう言うしかない。

 そう決意した私は、


「これあげるから頭を撫でさせてください!」


 ――――――そう叫ぼうとして、だがそこで口が固まる。


 同時に、今更な考えが頭の中を満たした。


(よく考えたら「1万円あげるから頭撫でさせて」は犯罪ぽくないだろうか?)


 まるで一時期話題になったJKリフレのような、女の子にお金を渡して触れ合うというダーティな行為を彷彿とさせる。


 果たして、こんないかがわしいことでお金が稼げるなんてことを舞ちゃんに教えてしまっていいものだろうか。


 これが原因で、彼女は援助交際の道に足を踏み出してしまうかもしれない。

 物事が転がり落ちるキッカケなど、どこにあるかわからないものだ。

 もしもそんなことになれば、私は生涯、舞ちゃんに対して罪の意識を背負いながら生きていかねばならなくなるだろう。


「ねえ」


 葛藤する私の意識を不機嫌そうな声が引き戻す。

 気づけば舞ちゃんが私を幾分か殺意の削がれた目で見上げていた。


「なに? この1万円?」

「……………………あげる」

「……何で?」

「お小遣い」


 とっさに言ってしまったが、もうあとに引くことはできない。

 だが少なくとも、こちらから一切の見返りを求めないお小遣いということならば、舞ちゃんがダークサイドに落ちてしまうことはないはずだ。

 しばらくの間、不審げな顔をしていた舞ちゃんだったがやがて、


「ありがとう」


 私の手から1万円札を受け取って礼を言った。




 * * *




 私は手元のお札をピンと広げて眺める。

 お姉ちゃんからお小遣いをもらってしまった。

 それも1万円! すごい大金だ!


 貰った金額とお姉ちゃんがお小遣いをくれたという事実。

 その両方に嬉しくなってしまう私だったが、ある疑問が当然のごとく首をもたげる。


(でも突然どうしたんだろう?)


 お姉ちゃんがお小遣いをくれるだなんて、これがはじめてのことだ。


(どういう風の吹き回しだろう? 何かいいことでもあったのかな?)


 頭の中であれこれと色々考えて、私はある可能性を思い至る。


(もしかして、お土産のお礼……なのかな?)


 ほかに思い当たる節はない。

 だけどもしそうだとしたら、そんな必要ないのに、と私は思う。

 お土産は私がお姉ちゃんに渡したくて買ったのだから。

 でもそれだけ喜んでくれたというのなら、それはとっても嬉しいことだ。


(これ……どうしよう)


 私は1万円札を天井に掲げる。

 本、服、靴、カバン、イヤホン……欲しいものはいくらでもある。

 1万円があればそれなりに色々と買えるはずだ。


 しばらくの間、福沢諭吉の肖像とにらめっこしながら悩んでいたがようやく使いみちが決まった。

 私はもらった1万円を取っておくことにした。

 いっておくがこれは貯金じゃない。使わずにずっと取っておくのだ。

 せっかくお姉ちゃんから貰ったはじめてお小遣いだ。何かを買うのに使ってしまうなんて、もったいないにも程があるというものだ。


「そっかぁ、お姉ちゃんからお小遣い貰っちゃったかぁ……」


 自分の意思とは関係なしに自然と頬が緩む。

 お姉ちゃんからもらったと考えると、心なしか福沢諭吉の顔もどこか愛おしく見えてくる。

 私はお姉ちゃんがくれた1万円札を胸の前で抱きしめた。

次話明日更新予定

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