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第5話 作戦1:あやかり作戦

「ねえ、頭撫でさせてよ」


 リビングのテーブルで勉強中の舞ちゃんに向かって、私は単刀直入に切り出す。

 あまりにストレートな一球に、彼女は当然のごとく怪訝な顔でこちらを見る。

 だがさきほどの舞ちゃんの反応速度を見てのとおり、彼女相手に背後からの奇襲はまったくの無意味。

 ならばここは正面から突っ込むのみだ。


「何でよ」


 当然疑問の言葉を口にする舞ちゃん。

 だがそう聞かれるのは読めていたぞ、妹よ。

 私は刃を返す武士の心持ちで口を開く。


「実は今度英語の講義で小テストがあってね」

「へえ」

「ほら……何かあったよね、撫でたら頭がよくなるって」

「私は太宰府天満宮の御神牛(ごしんぎゅう)か!」


 おお、流石は学年主席。あっさりとよくわからん牛の名前が出てきた。


「そう、その御神牛。ほら、舞ちゃんって生徒会長やってて頭いいでしょ? お姉ちゃんもあやかりたいな~って」


 念のため断っておくが、私は優秀な妹の頭を撫でれば頭がよくなるなどと本気で思っていない。

 これは作戦。

 私が舞ちゃんの頭を撫でる大義名分を手にするための作戦だ。

 こんな風な遠回しのお願いでしか頭を撫でさせてと、そういえない関係が少し悲しくもなるが仕方ない。


 さて肝心の舞ちゃんの反応はというと、『こいつは本気で言ってるんだろうか』とでも言いたげな冷たい目を私に向けていたが、やがて小さなため息をつく。


「普通に勉強しなよ。お姉ちゃん、やればできるんだから」


 想定外の舞ちゃんの言葉(返す刀)

 周囲から才媛と呼ばれる舞ちゃんのお褒めの言葉に思わず照れてしまう私だったが、そこで慌てて我に返る。

 ここで丸め込まれてしまってはそれで終わりだ。少し見苦しくてもいいからゴネないと。


「そんな面倒なことしたくないの! 楽していい点取りたい!」

「お姉ちゃん、来年就活でしょ? そんなことで内定取れるの? 色々大変だって聞くよ?」


 嫌なこと思い出させてくるな、この子。

 就活の授業のマナー講師の鬱陶(うっとう)しさを思い出しながら、私は唇を尖らせて言う。


「まだ来年のことなんだからいいじゃん。それにお姉ちゃんやればできるんでしょ?」

「やらないじゃん」

「やるよ!」

「じゃあ英語の小テストの勉強も自分でできるね」

「……」


 舞ちゃんの言葉に私は思わず口から「ぐぬぬ」という言葉が出そうになるのを抑えて後じさる。

 なんだか舞ちゃんに対して、自分の情けないイメージをより印象づけてしまったような、そんな気がしてしまう。



 それからおよそ5秒ほど、私たちは互いに睨み合っていたのだがやがて、


「だったらこれあげるよ」


 そう言って、舞ちゃんが何かを差し出してくる。

 それは、手のひらサイズほどのガラスでできた牛の置物だった。

 まじまじと手のひらの上の牛を眺める私に舞ちゃんは視線をそらして言う。


「去年、修学旅行で太宰府天満宮に行ったときのお土産。これならご利益あるんじゃない?」

「ええと……去年の、お土産?」


 眉をひそめる私に、舞ちゃんは頬を赤らめる。


「そう。お姉ちゃんに渡すの忘れてたから今あげる」




 * * *




 リビングから出ていくお姉ちゃんの後ろ姿を油断なく見送ってから、私は胸の前で両手を合わせる。


 ――やっと。


 やっとだ。


(やっとお姉ちゃんにお土産を渡せた……!)


 本当はもっと早く、お姉ちゃんにお土産を渡してあげたかった。

 修学旅行の帰りのバスの中では何十回、何百回とお土産を渡すシミュレーションをした。

 渡すときに、どもらないように、緊張しないように。

 何回も何回も。


 でも、それでもいざ渡すという局面になったとき、渡す勇気がなかった。

 買ったときはいいと思ったけど、お姉ちゃんは喜んでくれるだろうか、とか。

 結構子供ぽいところがあるから、あの謎の剣のキーホルダーの方がよかったんじゃないだろうか、とか。

 渡して失望されたらどうしよう、とか。

 そんなどうしようもない考えが頭の中をぐるぐると巡ってしまい、結局私はお姉ちゃんにお土産を渡すことができなかったのだ。


 それから1年間。私はいつでも渡せるように、家でも外でも常にお土産を持ち歩いていた。

 隙を見ていつか渡そう、渡そうとそう考えていたのだ。


 普通に考えてみれば、1年もお土産を持ち越すなんてどうかしてる。

 小さなガラス製の置物だったからよかったものの、これがもしもお菓子だったら賞味期限はとうに過ぎていただろうし、木刀だったらどこに行くにも常に木刀を持ち歩いているヤバい人になっていたところだ。


 なんだか肩の荷が降りたような気がして、突っ伏すようにしてテーブルにもたれかかった私は、自分の髪を撫でながらふと思う。


(せっかくだから、お姉ちゃんに頭を撫でてもらった方がよかったかな?)


 よく考えてみれば、もう大分長いことお姉ちゃんに頭を撫でてもらった記憶がない。

 1番古い記憶は確か小学5年生の頃。全部の評価項目の『よくできました』に丸がつけられた通知表を見せたときが最後だったか。


(……やっぱり駄目)


 思い直した私は、気合いを入れ直すために両頬を1度小さく叩く。

 ここで折れてしまっては、これまで何のためにお姉ちゃんとの距離を置いてきたのかわからない。

 それにもしも頭を撫でられでもしたら最後。

 私のお姉ちゃんに対するこの想いを抑えられなくなってしまうかもしれない。

次話明日更新予定

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