第2話 作戦0:奇襲作戦
自宅1階のリビング。
私は足音を殺して、3メートル前方にいる妹の背中へと忍び寄る。
彼女がこちらに気づいている様子はない。
私は1歩、また1歩とすり足で慎重に妹へと近づいていく。
気配を殺し、悟られぬことを意識して……。
そして気づけば、いつしか私と妹の距離は手を伸ばせば届く距離になっていた。
(――いける!)
そう確信した私は早押しクイズの挑戦者の如く、勢いよく手を伸ばそうとする。だが、
「ん?」
背後の異変に気づいたのか、妹の身体が素早くこちらに向き直る。
(マズい!)
私は伸ばしかけた腕をとっさに背中へと隠す。
直後、腕がペキィという不穏な音を立てた。
私の顔からドッと冷や汗が溢れ出す。
ヤベェ、超痛い。
どうにもそれなりの速度で伸びていた腕を突然引っ込めようとしたことで、腕から肩にかけて変な痛め方をしたらしい。
おまけに私の身体は、誰がどう見ても明らかに不自然な姿勢で固まってしまっている。
そんな妙な体勢でフリーズする私を案の定、妹の慈悲の欠片もない冷たい目が睨みつける。
「…………何?」
「な、なんでも?」
上手いこと音の鳴らないカスッカスな口笛を吹きながら私は、怪訝な顔でこちらを見る妹からそろそろと距離を取る。
今のは危なかったが、どうにか誤魔化せたに違いない。そう信じよう。ついでに腕もなんともなってないはず。きっとそうだ。そうに決まってる。
腕をさすりながら自分に暗示をかけるようにして、私は自身にそう念じ聞かせる。
ここで簡単に妹のことを紹介しておかねばなるまい。
彼女の名前は里崎舞花。あだ名は舞ちゃん。
私立中学に通う3年生だ。
成績優秀、スポーツ万能。容姿はアイドルも顔負け。その上、生徒会長の職を務めている才媛ときている。
両親は「トンビが鷹を産んだ」と度々喜んでいるが、私からしてみれば、「トンビがドラゴンを産んだ」くらいの方が比喩としては適切だと、そう思う。
それだけ身びいきなしに評価したとしても、舞ちゃんは天才である。
本来は私みたいなのがあともう1人生まれるくらいが自然の摂理としては正しいはずなのに、その摂理を捻じ曲げて生まれてきた奇跡の子なのだ。
(……それにしても)
きっと背後で油断なくこちらを睨んでいるであろう舞ちゃんに意識を向けながら、私は歯噛みする。
想像以上に勘が鋭い。まるで後ろに立たれることを嫌う殺し屋のごとき勘働きだ。
早くもくじけそうになってしまいそうになる私だが、ここで諦めるわけにはいかない。
スマホゲーにおいて確実に、それでいて一発で望みのレアキャラを引き当てるには、舞ちゃんを頼るしかないのだから。
勘が鋭ければもうわかるだろう。
そう、舞ちゃんこそが100パーセントの確率でレアを引き当てる方法。
正確には『舞ちゃんの頭を撫でること』こそがそれなのだ。