表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雑学百夜

雑学百夜 自分の妻の事を「かみさん」と呼ぶのは何故?

作者: taka

自分の妻の事を指す「かみさん」とは「神様」から来ている。

昔は山の神の標識として杓子が用いられたが、その杓子は食物分配の権威の象徴であることから、台所を守る妻の事を「山の神」と呼び、やがて「かみさん」に変化したという説がある。

 唸るような電子音の嵐。至る所で甲高い猿のような嬌声が響く合間を縫って俺は奥へ、奥へ進む。

 ここは地元で唯一のゲームセンター。暇をもてあそぶ人々がたむろしている店内の一番奥に彼女はいた。

 麦わら帽子に白のワンピース。俺より一つか二つ位は年下に見えるから小6くらいだろうか? ひまわり畑が一番似合うはずのそんな彼女は何故かいつも格ゲーコーナーにいる。

 彼女は格ゲーの筐体をまるで自分の私物のように独占していた。彼女は何も言わずただ格ゲー画面を見つめながら手元のレバーを捌いている。

 俺は無言で財布からなけなしの百円玉を取り出し、彼女の対面の席に座った。百円しか持ってこなかったのは自分なりの決意と意地だ。

 今日こそ俺は彼女に勝つ。



 ストレート負けだった。手も足も出なかった。当然ながら昇竜拳を出す暇もなかった。

 通算99敗0勝……。

 俺は台を小さく叩き、涙をのむ。

 情けない。皆、すまない。

 エドモント江藤……待ちの原田……会社員の萩山さん……。嘗ての戦友の顔が思い浮かぶ。あの頃は楽しかった。皆で和気藹々と年齢も肩書も問わず日曜日のこの時間、ダラダラ過ごしているだけだったがどうにかなっちゃうんじゃないかと思うほど幸せだった。

 ところがだ一年前、突然現れたこの女に全てが滅茶苦茶にされた。

 正確無比なレバー捌き、人間業とは思えない“読み”、卓越した状況判断。見たこともない程の強さに俺たちは打ちのめされた。

 特に俺はボコボコにやられた。今の連敗記録はその時からずっと続いている。

 突然現れた女の子に全く勝てない。その事実は俺らを追い詰め、やがて1人また1人とゲームを辞めていってしまった。

「勝てないからつまらない」と江藤はゲームを辞めた。原田は女の子に惚れ勝手に告白し勝手にフラれ勝手に辞めていった。萩山さんは会社を首になりゲームどころではなくなり引退した。……まぁこうして振り返ってみるとこの女がいようがいまいがいずれ解散にはなっていたようにも思えるのだが、それでも俺にとってこの女は仇だった。

 だからこうやって毎週戦いを挑み続けてきた訳なのだが、今日の敗北は流石に堪えた。



 もう俺は彼女には勝てない。

 俺は席を立ち、彼女に近づく。

 ゲーマーは自分より圧倒的に強いプレイヤーに出会ったとき、その圧倒的才能への称賛と自身の未熟さへの自嘲の意味を込めて相手をこう呼ぶ。

「神様」

 俺は彼女に話しかけた。

「……えっ? 私?」

「神様、どうして君はそんなに強いの?」

「……えっ、どうしてそんな強いのって……えっ、そんな」

 彼女は顔を真っ赤に染めもじもじと俯く。喋ってみると案外恥ずかしがり屋で可愛らしい所もあるんだなと思ってしまった。

「マジで強いじゃん。いつもそうだけどさ、まるで俺がどう動こうとしてるのか分かってるみたいに悉く技かけてくるでしょ? あれマジでどうやってるか教えて、いや、神様、教えて下さい」

 俺は恥も外聞も捨て頭を下げた。

 年下の女の子に頭を下げる事よりもこのまま勝てないままでいることの方がよっぽど悔しい。

「お願いします!」

 そう叫び、暫く頭を下げ続けていたが、返事はない。

 ふと頭を上げると彼女はついに耳まで顔を赤く染めていた。

 彼女は困ったように「あの」「いや」「でも」と歯切れ悪く何かごにょごにょ言っている。

「お願いします! 神様! どうすればあんなに強くなれるんですか!」

 俺が周りのゲーム音にかき消されないように叫んだとき、彼女も頬を上気させながら叫んだ。

「ずっと! 見てたから! 後ろから! あなたのプレイを!」

「えっ?」

「ずーーーーーっと、あなたのゲームしてるの見てたから! だから! 私はあなたの動きが読めるんです! あなたのお陰で強くなれたんです!」

「あなたって……俺?」

 俺がそう聞くと彼女は「もうー」と地団太を踏み俺の胸元をポカポカと何度も何度も叩いてきた。



「もうーやめてよ!」

 メグミはそう言うと約15年前のあの日と全く変わらない強さでポカポカと俺の胸を叩いてきた。

「あははっ、いいじゃん。記念すべき夫婦のなれそめだろ?」

 そう応えながら俺は缶ビールを一息に飲み干す。

「そうだけどさぁ~恥ずかしいよ」

 そう言いながらメグミも缶チューハイを一口飲む。

 顔が赤いのは酔いだけのせいじゃないのだろう。そんな事を想うと、つい自分まで頬が緩む。

 あれから紆余曲折ありつつ、俺たちは結婚した。まぁつまり嘗ての格ゲーの「神様」が「かみさん」になった訳だ。こんなくだらないシャレを言える程度には俺も年を取りおじさんになってしまったのが何とも情けない限りだが。

「ねぇ、久し振りにやりたくなっちゃった。ゲームしよ?」

 メグミが言ってきた。

「おぉ、やるか」

 ゲーム機を引っ張り出し、リビングのテレビに繋いだ。

 ちょうどオンラインロビーに待ちの原田も居たので誘いプライベートマッチを行うことにした。

 一戦目は俺とメグミだ。

「負けねぇぞ!」

 俺はコントローラーを強く握り、テレビに前のめりに向かった。



 9987敗0勝に記録を更新した。

雑学を種に百篇の話を一日一話投稿します。

3つだけルールがあります。

①質より量。絶対に毎日執筆、毎日投稿(二時間以内に書き上げるのがベスト)

②5分から10分以内で読める程度の短編

③差別を助長するような話は書かない


雑学百話シリーズURL

https://ncode.syosetu.com/s5776f/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  この後どうなるのかなあってワクワクしながら読ませて戴きました。  このワクワクが、こんなに素敵なお話になってしまったので、読み終わった後なんだか嬉しかったです。  素敵なお話し有り難うござ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ