四大華族と八大準華族
本日の「ツイタチの会」は雛菊も休みという事もあり、茶屋よもぎにて開催される事になった。
きちんと店先に「本日休業します」という札をかけて、突然の来客防止対策済みである。
そうして「ツイタチの会」が始まる――。
「はいはーい、『ツイタチの会』始めるよ~。議長は『朔月隊』隊長の幽吾で進めるよ。とりあえず先に紹介するね。この度めでたく朔月隊入隊となった空君と鞠ちゃんで~す」
幽吾の紹介の声に、空と鞠はその場で立ち上がり、綺麗な礼をした。
「空っす! よろしくお願いしますっす!」
「マリデース! ヨロシクデース!」
空と鞠に朔月隊全員拍手を送った。
そして、空と鞠が再び着席をしたところで会議は始まる。
「えっと、空君と鞠ちゃんにあらましを説明すると、我々朔月隊はこの神域に隠れている禁術を使用している術式研究所の生き残りの捜索をしているんだ」
「おっす。先輩から話は伺っていますっす」
「Yeah」
「それは助かるよ。じゃあ、サクサク話し合いを進めて行こう」
幽吾は天海を見た。
「それじゃあ、今回緊急招集をかけた天海君、説明よろしく」
幽吾の言葉に天海は一つ頷くと、少し緊張した面持ちで言った。
「前回の『ツイタチの会』の際、幽吾先輩が持って来てくれた術式研究所が創った禁術紋章一覧表を頑張って覚えて、神域の見回りの仕事をしながら神域中で使用された神術の全てを探知していたんだが……」
(((((本当にやったんだ……神術の全探知)))))
天海の努力にみな涙した。
「それで、見つけたんだ……禁術紋章と酷似した術式を」
「なんだと!?」
核心を突く天海の証言に全員驚く。
「それは確かなのか? 天海君」
焔の言葉に天海は頷く。
「使用されて少し時間が経っているものだったから、どういう類いの術かとか使用者の特定までは出来なかったんだが、その術式の紋章は間違いなく書き換えのされた紋章だった」
この神域において、神術の紋章の書き換えは神への冒涜に当たる御法度である。
そして、この数年で紋章の書き換えという禁忌を行なったのは術式研究所の他ない。
「恐らく天海君が見たものは、研究所の生き残りさんが使用したものと考えてもいいだろうね。何せ研究所の術式は全て封印され、関係者も一人も残さずこの世から葬り去られてしまっているからね」
「で、天海君はそれを一体どこで見つけたのかしら?」
世流の問いかけに天海は一瞬チラリと紅玉を見た。
「……最近、ある件で神域警備部の坤区の第三部隊の詰め所に出入りしていて、そこで」
「坤区の第三部隊……」
天海の言葉に紅玉は心当たりがあった。そして、天海が最近そこに出入りしている理由も知っていた。
思い出すのは、蘇芳に襲いかかる砕条の姿――。
きっとあの時の件の後処理の為に天海は坤区の第三部隊の詰め所に出入りしているのだろうと思った。
すると、天海の言葉に幽吾は困ったような顔をした。
「坤区の第三部隊か……うーん、厄介だね。そもそも神域警備部っていうのがなぁ……」
思わずそうぼやいた幽吾の言葉に空が首を傾げた。
「何か問題があるっすか?」
「うんと……それを説明する前にまずは四大華族と八大準華族の話をしないといけなくなるね……」
「は? なんで?」
幽吾の言葉に思わず文が眉を顰めた。
「まあまあ、文、理由は後々わかるから最後まで聞いて。で、皆は四大華族についてどこまで知っている?」
幽吾の突然の質問に、その場にいた全員が互いに顔を見合わせた――。
そして、紅玉が手を挙げ、代表して答える。
「大和皇国が築かれた頃より初代皇帝陛下に忠誠を誓っていた四人の臣下達の直系一族が四大華族で、その分家が八大準華族だと理解しているのですが……」
「うんうん、十分だよ」
幽吾はそう言いながら、卓の上に四つのおはぎを並べながら説明していく。
「四大華族は『盾の一族』『影の一族』『知の一族』『法の一族』と呼ばれる四つの由緒正しき大きな一族の総称。あ、空君と鞠ちゃんに説明しておくとね、僕もその四大華族の関係者なんだ~」
「そうなんすか!?」
「Wow! ユーゴ、オボッチャマー!」
「まあ今回はうちとは関係ないから置いておいて、今回関係してくるのはこの内の『盾の一族』と呼ばれる四大華族とそこの分家である八大準華族ね」
すると、幽吾は四つ並べていたおはぎの内の一つを轟の口の中に突っ込むと、代わりに煎餅を置いた。
「この『盾の一族』は昔から真面目一辺倒な家柄の人間が多くて、曲がった事は大嫌いで絶対許さないし、もしばれたりでもしたら即粛清される。ただその分、自分達一族の真面目さを自負しているから、神域警備部への外部からの調査とか絶対にさせてくれないからある種の絶対防衛要塞部署が出来上がってしまっているけどね」
「要は、自分達は真面目で不正など一切していないから問題ないって、外部からの介入を嫌っているだけでしょ?」
「はい、世流君、ご名答~~~」
まさかの理由に全員が溜め息を吐いた。
おはぎを飲み込んだ轟が思わずぼやく。
「何処の頑固ジジイだよ……」
「うんうん、現盾の一族の当主は超頑固ジジイさ」
幽吾はそう言いながら、煎餅の下に一口大の大福を二つ並べる。
「そして、『盾の一族』の分家である八大準華族の内の二つの一族の関係者がその坤区の第三部隊に所属しているんだ。通称『岩の一族』と『山の一族』。第三部隊の隊長なんて『岩の一族』の次期当主さ」
「……つまり坤区第三部隊は八大準華族の関係者で『盾の一族』と呼ばれる四大華族とも関係性が深いから、内部事情を探るのも探らせるのも難しいということか?」
「流石、焔。理解が早くて助かるよ」
幽吾はそう言いながら、置いた煎餅を取り、バリッと噛んだ。少々硬い煎餅は歯で割るのも一苦労だったらしい。実に硬そうな音を立てている。
一方、紅玉は幽吾の言葉に第三部隊の隊長である砕条を思い出していた。
そして、蘇芳と砕条の只ならぬ関係性を察し、思わず幽吾に尋ねる。
「あの、坤区の第三部隊の隊長は、蘇芳様と何か因縁でもあるのでしょうか?」
「ん、ううん…………うん…………」
幽吾は煎餅を噛み砕き飲み込みながら、少し悩んだ様子だったが、告げた。
「実は……蘇芳さんは『盾の一族』の子孫なんだ」
「はあ!?」
「蘇芳さんが!?」
「……っ」
幽吾の言葉に轟や世流だけでなく、空や鞠も他の全員も驚きを隠せなかった。
紅玉もまたその真実に驚きつつも、ようやっと分かった気がした――砕条が蘇芳に向けていたあの感情の意味を。
幽吾の説明から推察すると、蘇芳と砕条は親戚同士の関係性である。それもただの親類ではない。皇族に仕える四大華族とその分家の八大準華族……何かしらの因縁があるのだろうと思った。
「今はあまり関係ない話だから飛ばすよ。とにかく神域警備部に探りを入れるとなると少し面倒なんだ。なかなか内部事情に関して探らせてくれない部署だからね。八大準華族の血縁者が関係しているなんて尚更だね」
「でも、そんなら『盾の一族』の関係者である金剛さんとか蘇芳さんに頼めば、坤区の第三部隊に探りを入れられるんとちゃうの? 一生懸命お願いすれば、お家とは関係なしに協力してくれるやろ?」
美月の言葉に幽吾は困ったように言う。
「うーん……金剛さんは神子だからあまり警備部の内部事情にはあまり関与していないみたいなんだ。ちょっと難しいね」
「そうなん?」
「じゃあ、蘇芳は? あいつこそ神域警備部で内部事情にも詳しいだろ?」
「…………難しいと思うよ」
「はあ? なんでだよ?」
「…………」
轟の問いかけに難しい顔をしている幽吾を見て、紅玉は察した――。
「轟さん、そもそもこれは朔月隊の任務です。関係のない蘇芳様を巻き込んではいけませんわ」
「あーーー……んーーー……それもそうか」
あっさりその意見に納得した轟に幽吾は思わずホッとした表情を見せた。
そんな幽吾に気付きつつ、紅玉は意見を出す。
「少し時間はかかるかもしれませんが、神域警部部である轟さんと天海さんに探らせるのがよいかとわたくしは思いますわ。丁度、天海さんは別件で坤区の第三部隊の詰め所に出入りしているのなら好都合ですし」
紅玉の意見に天海が頷く。
「俺は構わない。任せて欲しい」
「俺様も構わないぜ! それとなく探りを入れてやんよ!」
自信満々に言う轟をねめつけながら文が言う。
「うっかりポカをやらかさないでよ、轟」
「うっせうっせ!」
「はいはーい、喧嘩はしないでね~。話をまとめるよ~」
幽吾はパンパンと両手を叩くと、轟と天海を見た。
「禁術の紋章があったという神域警備部坤区の第三部隊に関しての調査は轟君と天海君に任せる。それ以外のメンバーは引き続き研究所の生き残りに関しての情報を集めるという事で異議ないかな?」
「「「「「異議なーし」」」」」
「随時連絡は神獣連絡網を使う事でよろしく」
話がまとまったところで、右京と左京が立ち上がる。
「では、皆さんでお茶の時間に致しましょう」
「幽吾様が開けてしまったおはぎと大福と煎餅がもったいのうございますので」
右京と左京にそう言われ、全員は卓の上を見た。
そこには幽吾が説明で使用したおはぎや大福やせんべいが散乱していた。
「あ、あはははは……」
幽吾は思わず苦笑いを浮かべた。
「食べ物で遊んではいけませんよ、幽吾様」
「責任を持って関係者全員で美味しく頂きましょう」
「……料金は幽吾に請求するからね」
右京と左京だけでなく、文にまで睨まれてしまって、幽吾は返す言葉も見つからず、大人しく素直に「はい」と頷いていた。
朔月隊全員で茶を飲みながら、和菓子を美味しく食べる。
空と鞠は仲良しの美月と右京と左京と会話を楽しみ、轟と世流は少し騒いでおり、そんな二人の様子を静かな天海と焔と文が観察していた。
和気藹々とした朔月隊を見渡しながら、微笑ましく思っていた紅玉の隣に、幽吾が座った。
「紅ちゃん」
「はい」
「ありがとう、話を変えてくれて。助かったよ」
「……いえ」
幽吾が答えに困っているように見えて、咄嗟に出た言葉だったが、機転となったのなら良かったと紅玉は思う。
「……驚いた? 蘇芳さんが四大華族だったことに」
「……少し……でも、話したくないなにかがあるのでしょう? 人間誰しも話したくないことの一つや二つはありますわ」
紅玉は正論を述べるが、内心少し寂しいとも思ってしまった。
今まで蘇芳の口からそのような話を一切聞いた事が無かったからだ。
(三年も一緒にいるというのに……わたくし、蘇芳様の事、全然何も知らなかったのですね……)
そう思うと、余計に寂しさが湧いてきてしまう……。
すると、幽吾が言った。
「神域警備部の部長は蘇芳さんと金剛さんのお父さんで、『盾の一族』の現当主は蘇芳さんと金剛さんのお祖父さんなんだけど……僕が知っているのは、金剛さんはお父さんとお祖父さん仲違いしているって事と、蘇芳さんはお父さんとお祖父さんから恨まれているって事だけ」
「っ!?」
「これは四大華族の中でもちょっとした有名な話なんだ。だから、蘇芳さんに警備部の内部事情を探らせることはできない。酷過ぎるからね」
蘇芳にそんな深い事情が隠されていたとは知らず、紅玉は驚いてしまうが、それ以上に驚くべきは幽吾があっさりとその事実を紅玉に話した事である。
「……何故、それをわたくしに?」
思わず紅玉は幽吾に問いかけた。
「……紅ちゃんが聞けば、きっと蘇芳さんは全部話してくれると思うから」
「え?」
「紅ちゃんならきっと……あの凝り固まった真面目頭を解してくれそうな気がするから」
そう言ってニッと笑うと、幽吾は立ち上がって去っていった。
「………………」
一人残された紅玉の頭に浮かぶのは優しく微笑む蘇芳の姿――。
そして、思う事は……。
(蘇芳様の……力になりたい……)
ただひたすらにそれだけだった――。