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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
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夜の祈りの舞台にて




 「春の宴」が終了後、水晶は鈴太郎と藍華を十の御社へと招待した。

 これに狂喜乱舞したのは十の御社の神々で、戦慄したのは紫だった。


 しかし、事前に神獣連絡網で紫に連絡を入れていたおかげもあり、準備は滞りなくできており、そして十と二十二と二十七の御社配属職員総出で給仕を行なった為、いつも以上の大きな混乱は見られる事無く、宴会は無事に終了した。




 そして、御社の入り口で鈴太郎と藍華達を見送り、今日の仕事を全て終えた後――紫は天に向かって両腕を上げ、叫んだ。


「終わったあああああああああっっっ!!!!」


 やり切った達成感と解放感に満たされ、思わず涙を浮かべる程だ。


「マリもたくさんworkingしマシター!」

「早くお風呂に入って休みたいっす!」


 若くて体力がある鞠と空も思わず解放感にそんな声を上げている。


「空さん、鞠ちゃん、紫様も大変お疲れ様でした。もう片付けも終えていますし、明日に備えて早く休んでください」

「「「はーい」」」


 紅玉の言葉に三人は屋敷の中へと駆け足で入っていく。


 時刻はもうすでに日付が変わる直前だ。

 水晶はもう眠りについており、神々も入浴や就寝の支度を始めている頃合いである。


 紅玉もまた寝る支度をはじめようと、屋敷に戻ろうとする――が。


「紅殿」


 低い声でそう呼ばれ、紅玉は振り返った。

 朔月のいつもより暗い夜空の中、蘇芳が紅玉を見つめていた。


「……少しいいか?」

「………………」


 蘇芳の言葉に紅玉は黙って頷いた。




 紅玉と蘇芳がやって来たのは庭園の真ん中にある「祈りの舞台」だ。

 本日は朔月の為、その輝きは「祈りの儀」程強くはないが、それでも水晶の神力が満たされ、仄かに白縹に光っていた。


 紅玉は蘇芳に促されるまま、「祈りの舞台」の石段に腰掛ける。蘇芳もまたその隣に腰掛けた。


「すまない。こんな夜遅くに付き合わせてしまって」

「いえ、大丈夫です」


 先程まで暗い場所にいただけに、「祈りの舞台」から放たれる仄かな光のおかげで蘇芳の顔も表情もはっきりと見える。

 真剣さを帯びた金色の瞳と端整な顔立ちが真っ直ぐ紅玉を見つめてきており、紅玉は思わず居た堪れなくなってしまう。


「あ、の……お話とは?」


 居た堪れなさのあまり言葉を促す紅玉に蘇芳は告げる。


「単刀直入に聞く……七の神子達に何を言われた?」

「……そ、れは……」


 紅玉は言葉に詰まり、思わず膝の上で両手を握り締めた。掌に爪が食い込む。


「七の神子は貴女に対し随分と辛辣だからな……また貴女を傷付けるような発言をしたのだろう? あの神子は純粋が故に己が正しいと信じてやまないからな。あの七の神子の補佐役も」

「蘇芳様、七の神子様は皇族神子様です。そんなこと言っては不敬に当たりますわ。それに真珠様もこの神域を守った英雄で聖女。彼女への侮辱もなりません」

「だからといって貴女が傷付いていい話ではない」


 はっきりとそう言い切ってしまう蘇芳に紅玉はほんの少し嬉しくなってしまう……が、首を横に振って言う。


「わたくしは〈能無し〉ですわ……世間一般的には、わたくしが悪ですわ」


 それが神域の常識であり、理――〈能無し〉を庇う為に皇族神子と聖女を貶すなど許されない行為なのだ。


 しかし、蘇芳にそんな常識も理も関係が無かった。


 蘇芳は掌を握り締めている紅玉の手を取る。掌に食い込む爪を解くように、己の手で小さな手を握った。


「紅殿、そんなことを言わないでくれ。例え貴女であろうと自身を貶す事を言ってはいけない」


 それが当然の事だと言う蘇芳を紅玉は漆黒の瞳で見つめた。


「貴女は〈能無し〉ではない。紅玉殿だ。貴女のおかげで、貴女のこの手で、どれだけの人間が救われてきたか俺が一番よく知っている」


 蘇芳は紅玉の手の甲を優しく撫でながら言った。


「この手は本当に多くの人を救った……空殿、鞠殿、世流殿、凪沙殿、亜季乃殿、野薔薇殿、一果殿、水森殿、焔殿、雛菊殿……貴女は皆の命と心を救った。それがどんなにすごい事か……決して簡単な事ではない。あと、貴女のおかげで多くの職員の負担が減った。生活管理部が使用している家事に関する神術も、神獣連絡網も貴女が大きく貢献している。それがどれほど多くの職員を救ったか……公的にそれが知られていないのが、非常に悔しいが……」


 蘇芳は悔しげに顔を歪ませる。


「紅殿……貴女は〈能無し〉なんかではない。貴女は貴女だ。貴女は……この神域では嫌われている存在なのかもしれない。だが、貴女の傍には、貴女を慕う者達がたくさんいる。貴女が困っていれば、皆、貴女に迷わず力を貸してくれるに違いない」


 蘇芳は紅玉の手を少し強く握り、優しく微笑みかける。


「俺も貴女に幾度となく救われてきた。だから、貴女の力になりたいし、貴女を守りたいと心から思う」

「っ!」


 蘇芳の言葉に紅玉の心臓が少し跳ねた。


「紅殿、どうか忘れないでくれ。皆、貴女が大好きで、貴女の幸せを願っているんだ。勿論、貴女の幼馴染達も……」

「…………」

「彼女達は誰よりも貴女が大好きで貴女の幸せを切に願っていた……だから……」

「……あ、のね……」


 突如発せられた紅玉の声に蘇芳は言葉を紡ぐのを止めた。そして、紅玉の言葉を待った。


「……あの、ね……蘇芳様……」

「ん?」


 まだ言いあぐねて言葉に詰まる紅玉の手の甲を優しく撫でながら蘇芳はひたすら待つ。

 やがて、紅玉は口を開く。


「わたくし、ね……七の神子様に言われたことは、大してショックを受けませんでしたの……それがどちらかと言えば衝撃的で……」

「そう、なのか?」


 紅玉はこくりと頷く。


 かつて己の心臓を抉る程の力を持った七の神子の言葉を浴びせかけられたにも拘らず、平静を保つ事ができた己自身に紅玉はどちらかと言えば驚いた。

 それは目の前にいる蘇芳の存在や可愛い妹達や大切な仲間達の存在のおかげもあっての事なのだろうと、紅玉はなんとなくわかっていた。


 しかし、だからこそ、その後浴びせかけられた真珠の言葉に紅玉は恐怖を感じた――。


 少し躊躇いながらも、紅玉は蘇芳に思いを吐露していく。


「……だ、から……やっぱり……怖いと思ってしまって……」

「何が怖いんだ?」

「……また……大切な人達を失ってしまったらどうしようって……」


 紅玉は蘇芳の手を縋るように握った。


「また目の前で大切な人を失ってしまったらどうしようって……そればかり考えてしまって……怖くて……」

「…………」

「もう誰も失いたくない。だから、もっともっと頑張らなきゃって……いつまで経っても弱虫ですわね、わたくし」

「紅殿……」

「でも、こんなに怖いということは、わたくしにはそれだけ大切な人達が多いってことなのですよね……わたくし、本当に果報者ですわ……」


 紅玉は困ったように微笑む。


「……みんなには申し訳なくて罪悪感で押し潰されそうですけど……」


 「みんな」が誰の事を言っているのかすぐに察した蘇芳は首を横に振る。


「貴女の幼馴染達は貴女がそんな事を思う事を望まない」

「ええ……優しいみんなならきっとそう思ってくださるに違いありませんわ……ですから、これはわたくしの問題なのです」


 紅玉は蘇芳の手から己の手を離し、胸の前で固く握りしめる。


「もう二度とあんな悲劇を繰り返さない為に……三年前の真実を明らかにする為に……わたくし、まだまだ頑張らなくてはいけません。だから、わたくし、負けていられませんわ」


 はっきりとした口調でそう宣言する紅玉は凛として美しいものだった。

 だがしかし、だからこそ蘇芳は懸念を口にした。


「無茶だけはダメだからな」

「ふふふっ。はい、わかっておりますわ」


 本当に分かっているのだろうか、と蘇芳は思ってしまう。


「あのね、蘇芳様……もし、また、わたくしが落ち込んでしまった時は……」


 そう言いながら紅玉を蘇芳の手を握る。


「こうして手を握ってくださいますか? 弱音を聞いてくださいますか?」


 首を傾げる紅玉の手を蘇芳は微笑みながら握り返す。


「こんなことでよければ、何度だって」

「ありがとうございます、蘇芳様」


 紅玉は蘇芳の瞳を見つめながら言ったが、蘇芳の金色の瞳があまりにも優しい色を湛えていて、紅玉は思わず視線を下に向けてしまう。

 じわじわと頬が熱くなるのを感じる――ドキドキと胸が高鳴っていくのが分かった。


 思わず声に出して言いたくなってしまう――。


(わたくし……貴方の事が……)


 しかし、それは言ってはいけないと、踏み止まる――口を封じるように唇を噛み締めた。


 一生告げる気はない蘇芳への想いが、日に日に膨らみすぎて、爆発してしまいそうだ。


(この想いが溢れ出こぼれる前に……早く()()()()()()……)


 そんな事を思いながら、紅玉は決意を新たにした。




 すると、そこへパタパタと羽音を羽ばたかせて跳んでくる小さな影があった――月のような淡い黄色い羽毛を持つまんまるの姿。


「ひより?」


 紅玉はひよりの姿を見つけると、手を伸ばしてひよりを止まらせる。

 ひよりは「ぴよっ」と一つ囀ると、告げた。


『ゴクヒのキンキュウデンレイをあずかっています。サイセイしますか?』


 流石は神獣連絡網の伝令役。近くに関係の無い蘇芳がいる事を察知し、そんな事を聞いているのだろう。

 しかし、「極秘の緊急伝令」と言えば「朔月隊」の誰かからの連絡であることは明白である。紅玉が「朔月隊」である事を知っている蘇芳に聞かれても問題はない。


「ええ、お願い」

『ぴよっ、サイセイします』


 そして、ひよりは告げた。


『アマミよりキンキュウショウシュウ、ツイタチのカイをアスのユウガタにカイサイします』

「!」


 それは天狗の先祖返りの天海からの緊急招集と「ツイタチの会」開催の知らせであった――。




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