春の宴~二十七の神子との会話~
一年に四回開催される四十七人の神子や神々が集う華やかな催しの「宴」――。
そして、本日、皐月の一日に大鳥居広場にて「春の宴」が開催されていた。
数多く並ぶ豪華な料理の数々、見目華やかな会場の飾り付け、会場を賑わす雅楽や美しい舞――まさに宴に相応しく、辺り一面華やかさで満ち溢れている。
あちこちでは神子同士が楽しく交流していたり、職員同士でも挨拶をして回ったり、人の楽しげな声が響き渡っておた。
そんな中、会場の端の方で一人静かに宴の料理を食べている少女がいた。
座る姿は牡丹の如く――まだ幼いながらも美しさ際立つ恐ろしい少女だ。
神力を纏った白縹の髪は綺麗にまとめ上げられ、簪が飾り付けられている。肌は透き通るように白いが、頬や唇は綺麗な桃色。パッチリとした水色の大きな瞳を縁取るまつ毛はとても長い。
本日の装いは濃い青から鮮やかな青に移り変わる夜空のような色合いの振り袖。銀糸の刺繍で象られた月や星が煌めいて美しく、淡い紫の帯がまるで羽のように腰を飾る。
少女は用意された洋菓子を楊枝で一口程の大きさに切ると、ゆっくりと口の中へ運び、咀嚼する。
その一挙一動すら美しく、離れた位置から少女を見つめている職員達はすっかり見惚れてしまっていた。
「ああ……今日も恐ろしい程の美しさだな……十の神子様……」
「可愛い……ケーキをチミチミ食べているのが小鳥みたいで可愛い……」
「先日、十四歳になられたんだろ……ああやべぇ……あと二年で結婚できるお歳だぜ!」
「お前! 狙ってんのかよ!? 十歳以上も年下だぞ!?」
「ああせめて、もう少し近くでお顔を拝見できたら……」
そんな事を話していると――。
「おい」
地響きよりも低い恐ろしい声が響き渡り、男性職員達は一瞬で震え上がってしまう。
見上げればそこには仁王のような恐ろしい顔をした蘇芳色の短い髪を持つ「神域最強戦士」と名高い蘇芳が金色の瞳を光らせて見下ろしていた。
「お前達にはこんなところで油を売っている暇があるのか?」
「「「「「はいどうも!! 失礼しましたーーーーーー!!!!」」」」」
まるで蜘蛛の子を散らすように、男性職員達は散り散りになって逃げていった。
蘇芳は「はあ」と溜め息を吐いた。
そして、蘇芳がチラリと後ろを振り返ると――。
「うみゅ……食べた気がしない。お姉ちゃん、手掴みで、一口で食べちゃダメ?」
「ダメです。きちんとフォークを使って。一口サイズに切ってからお食べなさい」
「みゅ~~~めんどっちゃい~~~!」
「足をバタバタしない!」
美少女と名高い水晶と彼女の姉の紅玉が今日も今日とて喧嘩をしていた。
(聞かれなくてよかった……)
そう思いつつ、蘇芳は紅玉の傍まで戻る。
すると、空と鞠が蘇芳に声をかけてきた。
「なるほど! つまり俺達の仕事は晶ちゃんの本性がばれないように守ればいいってことっすね!」
「I seeデース! ショウちゃんマモリマース!」
「確かにそうなのかもしれないが……」
違う。意味合いが。かなり大きく。
すると、紅玉が言った。
「まあそれも重要ではあるのですが……神子様は大和皇国の平穏と繁栄を祈る大切な存在です。悪しきものからお守りする事が我々の重要なお仕事です。特にこういった人の多く集まるような場所では、より一層警戒が必要な事もあります。今日の二人のお仕事は決して晶ちゃんの傍を離れず、その身をお守りする事。誰か怪しい人が近づいた場合は、わたくしと蘇芳様で対応しますので」
「了解っす!」
「OK!」
空と鞠は元気よく敬礼をした。
(流石は――)
「流石は紅ねえじゃのぅ」
思った事がそのままそっくり言われたので、蘇芳は思わず驚いてしまう。
気づけば、木の幹のような茶色の柔らかそうな髪と黄色と緑の混じった瞳を持った男神の槐が隣に立っていた。
「それにしても相変わらずよく働くおなごじゃのぅ。神子の世話も焼き、空と鞠に仕事も教え、周囲の警戒も怠らず、挙句儂らの食事まできちんと確保してくる……きっと、ええお嫁さんになるじゃろうなっ! 蘇芳!」
「んんんっっっ!? え、槐殿、いきなり唐突に何ですか……」
思わず喉を詰まらせる蘇芳に槐は掴みかかると言った。
「儂ら全員こないだのでぇとの詳細を聞きとうてうずうずしておるんじゃあ!」
「詳細って……」
「手を繋ぐ以外に進展あったじゃろう!?」
「なっ!? ありませんっ!!」
「なんじゃと? 口吸いもしておらんのか?」
「くっ!!??」
蘇芳が顔を熱くさせた丁度その時――。
「蘇芳様」
「っ!? はっ! ハッ!!!!」
紅玉が話しかけてきたものだから、蘇芳は思わずビシリと姿勢を正して勢いよく返事をしてしまう。
蘇芳のあまりもの勢いに紅玉は思わず首を傾げたが、特に追及する事無く蘇芳に言った。
「すみません、空さんと鞠ちゃんに会場内の説明をしたいので、晶ちゃんの事をお願いしてもよろしいですか?」
「あ、ああ。構わない。任せてくれ」
「よろしくお願いします」
紅玉は蘇芳に頭を下げると、空と鞠と一緒に会場内を進んでいった。
紅玉達が見えなくなったところで水晶が口を開く。
「……すーさん、詳細を教えて」
「でっ、ですから! 特に報告するような事は!」
「……こないだの地獄カフェでの話」
(そ、そちらの方だったか……)
あまりにも話の方向性が変わるので、蘇芳は動揺してしまう。
確かに先日の幽吾との話を、水晶にも申し送る約束であったが、まさか宴の会場内で頼まれるとは思ってもみなかったのだ。
蘇芳がチラリと槐を見ると、槐は小さく頷き、周囲を警戒してくれる。
そして、蘇芳は小さな声で水晶と会話を始めた。
「……鋼殿から報告は、どれほど」
「大体は聞いてる。生きていた事には驚きだけど、真実が葬られなくてよかったって思う」
「…………」
しかし、一命を取り留めたとはいえ、萌の状況はあまり芳しくなさそうであった。いつ目を覚ますのか……果たして本当に再び意識を取り戻す日がやってくるのか……幽吾にも、蘇芳にも分からない……。
「……自分には何を聞きたいので?」
「……その術式……作ったの『ともちん』だと、すーさんは思ってる?」
「……安心してくだされ、神子。自分も幽吾殿も分かっています。あの恐ろしい術式を作ったのは決して『藤の神子』ではないと」
「そう……それ聞いて安心した」
水晶は洋菓子を口に運ぶ。
「『藤紫殿』は……紅殿の大切な幼馴染ですから……自分も信じております」
「……で、その術式を作った本当の犯人は誰? ……『彼の者』なの?」
「……自分はそう思っています……証拠もありませんが……」
「そう……」
水晶はそう呟くと、また一口洋菓子を口に運ぶ。
「じゃ、すーさん、詳細ぷりーず」
「他に何かお聞きになりたい事が?」
「お姉ちゃんとはどこまでいったの?」
「……はいっ!?」
再び唐突に話が変わっている事に蘇芳は若干混乱する。
「神子……それなんじゃが、まだ口吸いも済ませておらんようじゃぞ」
「うみゅ……ゆゆしき自体じゃの~、えっちゃん」
「まったくじゃ」
「まっ、待たれよ! 自分と紅殿はまだそういう関係では」
「「ほう、『まだ』」」
水晶と槐は似たようなにやけ顔でニマニマとしながら蘇芳を見つめる。
「うみゅうみゅ、聞きましたか、えっちゃん。『まだ』ってことは『いつか』はそういう関係性になりたいという願望の表れでしてよ~」
「まあまあ神子、そうからかうなて。儂らかてその『いつか』を今か今かと待ち望んでおるんじゃからのぅ」
「貴殿ら!! 自分をからかうのも大概にしてもらいたい!!」
真っ赤になって叫ぶ蘇芳を水晶がまあまあと宥める。
すると、そこへ水晶の方へ近付く気配を感じ、蘇芳は一気に警戒態勢を取り、気配のする方を振り返った。
「こんな端っこの方にいるなんて誰かと思ったら、おちびさん神子じゃない」
そう強めの物言いで現れたのは、二藍の緩く波打つ肩より少し長い髪と猫のようなつり上がった青緑の瞳を持つ女性であった。
宴に相応しい洋装に身を包み、薄く化粧を施され、傍には神とお付きの職員がいる。
その女性の姿を認めると、蘇芳は手を胸のあたりに当て、頭を下げた。
「二十七の神子様、わざわざご挨拶ありがとうございます」
「構わないわ。頭を上げてちょうだい」
二十七の神子に言われ、蘇芳は頭を上げる。
そして、水晶は椅子から立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「ごきげんよう、藍華お姉様」
庇護欲をかきたてられるような可憐な声で挨拶をする水晶を見ると、二十七の神子こと藍華は眉を顰めた。
「相変わらずひ弱そうな子ね。ちゃんとご飯食べているの? まさかと思うけど、お菓子ばかり食べていないでしょうね?」
藍華はそう言いつつ、水晶の卓の上に並べられている洋菓子の数々を睨みつけるようにして見た。
「……お腹、あまり空いていないのです……」
水晶はおずおずとそう言うと、槐の影に隠れてしまう。
「あなたの場合は多少無理をしてでもちゃんと栄養を摂るべきだわ。そんなことで神子が務まると思っているの? まだ子どもだからって許されると思ったら大間違いよ! 神子は国を守る重要な役目! ちゃんとしっかり食べて仕事をしてもらわないと、みんなが困る事になるのよ!」
少々厳しい物言いの数々に蘇芳が言う。
「二十七の神子様、我が神子は十分務めを果たしております」
「うっ、うるさいわね! あなたに言われなくてもわかっているわよ! っていうか私はこの子と話をしているの! 黙っててちょうだい!」
(わかっているのだな)
蘇芳は思わずクスリと笑ってしまう。
先程から強めの口調や物言いだが、その内容は全て水晶を心配して思って言っているものばかりである。
それに蘇芳も水晶も槐もとっくに気付いていた。
そして、彼女は最後には必ずこう言うのだ――。
「仕方ないからさっき貰ってきたお肉料理を分けてあげるわ。ちょっと多く貰い過ぎてしまったから気にしないで。いらないなんて言わせないわよ。もったいないし。ここで見張っているから、ちゃんと食べなさい」
そう言って、藍華は水晶の向かいにある椅子に腰掛けた。
「ほら、早く食べたらどう?」
要は水晶の事を心配で、水晶と一緒に御飯が食べたいのである。
水晶は槐の袖を握りながら、震えていた。
(やべぇ……ツンデレ……萌え……藍華たん尊い……!)
そして、その場にいる全員が微笑ましげな目で藍華を見つめていた。
「ちょっと、あなた達も座ったらどう? 立っていると逆に邪魔よ!」
藍華はお付きの職員達に言い放った――ちなみに要約すれば、「立っていると疲れるからどうぞ座って。みんなで一緒に食べましょう」である。
(かわゆしっ……!)
水晶は槐の影に隠れながら悶え震えた。
すると、藍華はキョロキョロと周囲を見る……そして、蘇芳を見ると言った。
「と、ところであなたのところの神子補佐役がいないようだけど……」
「ああ、紅殿なら……」
蘇芳が言いかけたその時――。
「あらあら、神子様」
「っ!」
噂をすれば影が差す――丁度紅玉が空と鞠を引き連れて帰って来たところだった。
「御機嫌よう、二十七の神子様」
深々と頭を下げる紅玉に藍華は立ち上がって言った。
「あっ、あなたね! 私を神子って呼ばないでって言っているでしょ!? 誰の事を指しているのかわからないわよ! 名前で呼びなさいって言ったでしょ!?」
「大変光栄なお話ですが、わたくしは一職員の上に〈能無し〉です。神子様の外聞によろしくありませんので、せめて公式の場では……」
「別にっ! 私は気にしないわよ! いいから呼びなさいよ!」
「えっと……では、お言葉に甘えて……改めまして御機嫌よう、藍ちゃん」
紅玉がふわりと微笑んでそう言うと、藍華は嬉しそうに頬を染めた。
「ど、どうも」
しかし、次の瞬間にはムッとした顔で髪の毛を弄りながらそっぽを向いてしまっていた。
「藍ちゃん」
「な、なによ」
「わざわざ探しにいらしてくれたのですか?」
「たっ、たまたま通りかかっただけよ」
「お料理もこんなに持ってきて頂いて」
「すっ、少し多く取り過ぎただけよ」
「一緒にお食事をして頂けるのですか?」
「たっ、たまたまこの辺が空いていただけよ」
そんなやり取りを見守っていた周囲は更に微笑ましげに藍華を見つめていた。
その中でこっそりと空と鞠が耳打ちする。
「二十七の神子様、先輩と同年代だから仲良くしたいみたいっすよ」
「Oh、デモ、スナオにナレナーイ。So cuteデース」
紅玉もまたそんな藍華のいじらしさが可愛らしいと思い、ころころと笑い出す。そして、ふわりと微笑むと言った。
「藍ちゃん、いつもうちの妹を気遣って頂きありがとうございます。これからもどうぞ(妹と)仲良くしてやってくださいね」
「し、仕方ないわね。そこまで言われたら仲良くしてあげないこともないわよ」
「はい、よろしくお願いします」
「「「「「………………」」」」」
周囲は察する――なんとなく話が噛み合っていないようだ、この二人――。
「……二十七の神子様の片思いっすね」
「Oh……セツナイヨー……」
「うみゅ……尊い……藍華たんマジつらたん……」
「……蘇芳、人のふり見て我がふり直せ、じゃ。お前さんはきちんと紅ねえに想いを伝えるんじゃぞ」
「……心に留めておきます」
紅玉の性質の悪さがこんなところで発揮されるとは思わず、蘇芳は藍華に同情した。