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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
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蒼石の話と幽吾の報告




 蘇芳が眠りにつこうとした深夜の直前、部屋の扉が二回叩かれ、蘇芳は少し驚く。


「はい」


 そう返事をし、扉を開けると、そこにはこの十の御社で唯一自分より身長が高い水の竜神である蒼石が立っていた。


「蒼石殿?」

「すまん、蘇芳。少し話があるのだが、中に入ってもよいだろうか?」


 予想外の来訪者に驚きつつも、蘇芳は蒼石を招き入れる。


「蒼石殿、お茶は……」

「あいや結構。我も話を済ませたらすぐに寝る予定である」

「……それでお話とは」


 蘇芳は蒼石を長椅子に促し、蒼石はそこに座り、蘇芳もまた長椅子に腰掛けた。


「お主には空と鞠殿の朔月隊入隊の理由を話しておくべきだと思ってな、話に来た」

「理由ですか?」

「然様」


 紅玉から聞いた話では、空と鞠が朔月隊に入りたい希望として挙げていた理由は、「父である蒼石や神を守りたいという事」「神子を守りたいという事」――そして――。


「それは……晴殿の事と関係が?」

「いや、空の母の事ではない。勿論それも一つの理由ではあったが」


 そうなると蘇芳に思い当たる節は無く、蒼石の言葉を待った。


「……空と鞠はこう言っておった……先輩を――紅玉殿の助けになって、一刻も早く幸せにさせてあげたいとな」

「っ!?」


 目を見開く蘇芳に蒼石はニヤリと笑いかける。


「何時ぞやだったか、空と鞠殿は見てしまったらしいぞ。お主ら二人が朝も早くから顔を赤く染め合いながら手を握り合っているところを。それはそれは大変仲睦まじく、まるで恋人同士の逢瀬のようであ――」

「蒼石殿蒼石殿蒼石殿! どうかご勘弁を!」


 まさかあの朝の事を空と鞠に見られているとは思わず、蘇芳は羞恥のあまり変な汗をかいてしまう。


「まったく、もうすでに手を繋ぎ共に出かける仲だというのに、これで恋仲ではないというのだから、お主らは本当にままならぬのぅ」

「べ、紅殿が、今最も大切にしているのは水晶殿であり、己の使命です」

「紅玉殿もお主も真面目だのぅ……まあなんにせよ、空と鞠殿も紅玉殿の幸せを心より願っているから、お主には一刻も早く頑張ってもらいたいところではあるのだが……」


 なんか最近物凄く似たような内容の話をしたと蘇芳は思う。


「……お主は知っているのであろう? 〈能無し〉のあの漆黒の意味を。神力が無いという意味の『真実』を」

「っ!!??」


 その言葉を聞いた瞬間、蘇芳は凍りついた。


「我が初めて紅玉殿に会った時の印象は一言で言うと『違和感』だった。だが、空の母から〈能無し〉の事を聞き、〈能無し〉の意味を知った時、『違和感』の理由に納得し、同時に愕然とした……あまりにも残酷なその真実に」

「…………蒼石殿……知っておられたのですか?」


 蘇芳は驚きのあまり声が擦れていた。


「……我は、紅玉殿に会う前に、『神力を持たない人間』に会った事があるからな」


 蘇芳の顔色がどんどん悪くなっていくのを見て、蒼石は安心させるように言う。


「安心せよ、蘇芳。紅玉殿にも、空にも鞠殿にも、勿論神子にもこの事は話さないと誓おう。他の神々にも話した事は無いし、むしろ〈能無し〉の『真実』に気付いておる神はおらんだろうな」

「……お気遣い、感謝します」


 蒼石は蘇芳の肩をポンポンと叩く。


「お主には機を見て話したいとは思っておったのだが……今回良い機会だと思ってな。急にすまなかった」

「いえ……」


 蘇芳の顔色が戻って来たところで、蒼石は再び話を続ける。


「蘇芳……お主は紅玉殿が〈能無し〉になった原因は知っておるのか?」

「……はい……彼女の幼馴染達が……教えてくれました」

「紅玉殿の幼馴染達か……そうか」

「自分は彼女達の遺志を継ぎ、紅殿を救う手立てを探しております……今はまだ、分かりませんが……ですが、必ず紅殿を救い、守ります。自分は紅殿を……失いたくない」

「………………」


 蘇芳の強い意思を聞いていた蒼石は決意する。


「蘇芳……我に出来る事があればいつでも言うがよい。我はお主らの力となろう」

「蒼石殿……!」

「恩義があるから恩返しをするとかそういう意味ではないぞ、蘇芳」


 蒼石はニカリと笑うと言った。


「空や鞠殿だけではない。我かて、早くお主と紅玉殿に幸せになってもらいたいからのぉ!」


 その快活且つ豪快な笑顔は、蒼石がかつて仕えていた神子である空の母を思わせ、蘇芳は思わずクスリと笑ってしまった。


 そして、蘇芳は長椅子から立ち、蒼石の前に跪く。


「貴方様のお力添えに感謝致します」




**********




 それは「春の宴」を直前に控えた日の事であった。


 以前から幽吾に話があると呼び出しを受けていた蘇芳だったが、互いの休みの日に予定を合わせた為、話を受けてから大分日にちが経ったこの日になってしまったのだ。


 蘇芳は幽吾の自宅がある職員用の寮へと訪ねていた。

 幽吾の所属は中央本部の人事課だ。職員用の寮の中でも豪奢な造りの建物――の横にあるまるで物置のような掘建て小屋が幽吾の自宅である。

 嫌がらせとかを受けている訳ではなく、幽吾自らがこの小屋に住む事を望んでいるのだ。


(相変わらず権力とか豪勢な暮らしが嫌いな方だな)


 昔から変わり者だと言われている幽吾だが、蘇芳はそういうところを逆に好感に思っている。

 そんな事を考えながら、蘇芳は小屋の粗末な戸を二回叩いた。


「はいはーい」


 すぐさま返事があり、ガラリと戸が開けられる。


「やっほ~。来てくれてありがとう~」

「いえ」

「大したおもてなしもできないけど、まあ中に入ってよ」


 幽吾はそう言いつつ、蘇芳の隣に立つその人物を見た。


「話は聞いているけど、本当に来たんだね、神様」


 そこに立っていたのは鈍色の髪と氷のような薄青の瞳を持つ男神の鋼だった。


「俺達は契約したからな。三年前の真相を掴むためにも」


 それは密かに交わされた秘密の契約だ。

 紅玉を守る為、三年前の事件の真実を見つける為、互いに協力関係を結ぶ事になった蘇芳と水晶と契約組と呼ばれる神々――つい半月程前の事である。

 当然ながら、紅玉はその契約の事を知らない。


 だが、今回、幽吾が「三年前の事件」に関する話があると言う事で、水晶も同行したいと言って聞かなかった為に、代理として鋼が選ばれたのだ。

 鋼を見ながら、幽吾は頷いた。


「うんうん、知ってるよ。君が仕えていた神子は前十の神子。紅ちゃんの幼馴染で、藤の神子の幼馴染でもある。そりゃ前の神子様が大切にしていた幼馴染が関係している事件について知りたいだろうね」

「…………」

「いいよ、特別に招待してあげる」


 幽吾が瞬時に鉛色の神力を解放すると、地獄の門が出現した。

 おどろおどろしい扉をゆっくりと開けながら、幽吾が誘う。


「ようこそ、地獄の入り口へ」


 鋼は少し唾を飲み込むと、ゆっくりと扉の向こう側の空間へと足を踏み入れた……。


 扉の向こう側は、ひたすら真っ黒な空間の中に、洋灯の灯りが揺らめいている。そして、そこにポツンと存在していたのは、卓と椅子と巨大な身体を持つ鬼神。

 鬼神は給仕係用の服に身を包み、硝子器具で湯を沸かしている。そして、辺りは仄かに珈琲の香ばしい香りが漂っていた。


「「………………」」

「最近、鬼神君、サイフォンコーヒーにチャレンジしているんだって。飲んでく?」

「おい、あれはつっこんだほうがいいのか?」

「余計なことは考えない方がよろしいかと……」


 以前来た時よりも地獄の喫茶店が更にしっかりした造りになっていると、蘇芳は感じていた。


 すると、鬼神が幽吾に何か訴えかける。


「え、コーヒー淹れるのに時間かかるの? じゃあ待っている間丁度いいから、先に用事を済ませちゃおう。こっち来て。君達に見せたいものがあるんだ」


 幽吾が先導し、暗い空間を進んでいく――すると、突然重厚な造りの扉が現われ、幽吾が中に入っていくので、蘇芳と鋼も後を追ってその中に入った。

 その部屋の真ん中には寝台が置いてあり、誰かが横たわっているようだ。

 幽吾が部屋の灯りを全て点した瞬間、横になっている人物の顔が露わになる。


「っ!!??」

「おいっ! この女……!」

「うん、そう。世間的には死亡とされている、生活管理部職員の萌だよ」


 かつて雛菊を洗脳しようとし、禁術を使った女性職員の萌。だが、最後は朔月隊に追い詰められ、禁術を教えた人物の名を口にしようとしたところで、突如現れた「謎の黒い式」に胸を貫かれてしまった。


「生きていたのか……」


 蘇芳が驚くのも無理はない。蘇芳は目の前で血塗れになった萌を見ているのだ。どんなに止血の神術を施しても出血を抑える事ができず、瀕死の重傷だった。

 しかし、今目の前にいる萌は、肌の色は悪いが胸がきちんと上下に動いており、生きている事を示していた。


「あの時、焔が無茶をしたおかげでね。焔は腐っても元神子。そして、焔が持っていた医療知識のおかげもあって、焔が作った神術がギリギリこの女の命を繋ぎ止めることができた。でも、真犯人に殺されかけたんだ。死んだことにした方が都合いいと思って、ここに閉じ込めている」

「そうだったのか……」


 蘇芳はそう言いつつ萌をもう一度見た。


 強い神力を有する証であった漆黒がほとんどない自慢の抹茶色の髪は、今やそのほとんどが漆黒に染まり、抹茶色の部分は極僅かであった。


 蘇芳は無意識に眉を顰めていた。


「幽吾殿、自分に用件とはこの事を知らせることか?」

「それもそうなんだけど――蘇芳さん、『鑑定』の異能を持っていたよね?」

「あ……ああ……」

「萌を殺そうとした式はまるでタイミングを見計らったかのように現れた。萌が真犯人の名を口にできないように口止めするかの如く……事前に仕込まれていた。そう、それはまるで……呪いに似ていない?」

「呪い……!」


 その「呪い」という言葉に、蘇芳は心当たりがあり過ぎた……そして、それは「三年前のあの事件」と関係してくる。


「そこで、この女を鑑定して、どんな呪いの術式かけられていたか調べてほしいんだ。その術式から犯人を探れるかもしれない。できるかな?」


 蘇芳は一瞬躊躇うも――。


「…………わかった……鑑定をしよう。少し下がってくれないか」


 そう言って、幽吾と鋼を己の後ろに下がらせ、自身は萌の前に立ち、目と閉じた――そして、ゆっくりと目を開き、小さく祝詞を呟く。


「――っ!!??」


 それを見た瞬間、蘇芳は思わず息を呑んだ。


「どうしたの? 何かわかった?」

「少しお待ちくだされ……この紋章は……!」


 蘇芳は紙と筆を取り出し、見えた術式を書き写していく――そして、それを幽吾と鋼に見せた。


「これは……!」

「……酷いな」


 鋼がそう呟いてしまう程、その術式は残酷性に溢れるものだった。


 紋章は神々が創った美しい象りであるはずなのだが、その紋章はまるで紋章そのものを全否定するかの如く、醜く歪められ、上書きされたあまりにも冒涜的な紋章だ。

 そして、祈りや祝福が込められた祝詞も、祈りも祝福など一切無く、ただひたすら呪いの言葉が並べられた文章が紋章の周りをぐるりと囲んでいた。


 それを見た鋼は思わず腕を擦りながら呟く。


「……最早悪意しか感じないぞ、その術式……悪い……それをあまり俺に近づけないでくれ……」


 鋼があまりにも顔色を悪くして言うものだから、蘇芳は慌ててその術式を書いた紙を引っ込めた。


「……そうだね。これは神域史上最悪の呪いの紋章だよ。まさかこんなところでまた目にするとはね……」

「……おい待て。お前、この紋章を知っているのか?」


 鋼の質問に幽吾は頷く。


「うん、知ってる。これはあまりにも有名な呪いの紋章……『三年前のあの事件』で使われたものさ」

「三年前の事件だと……!?」

「……そう、君達が追っている『三年前の事件』……前三十二の神子を殺害し、大量の邪神を生み出し、神域中を混乱の渦へと導いた『藤の神子乱心事件』さ」


 蘇芳は黙ったまま幽吾の話を聞く――眉間の皺を更に深くしながら――。


「当時、乱心した藤の神子を命懸けで止めようとした神域の聖女の身体にこの呪いの紋章と同じものが刻まれているからね。つまり、この呪いの紋章は……聖女の呪いをかけた人物であり、三年前の事件の首謀者で、現在も生死が論議されている史上最悪の神子、藤の神子が生み出したものと言われているものさ」

「……っ!」

「………っ………」


 幽吾の言葉に、蘇芳は悔しげな表情で、両拳をきつく握りしめていた――。




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