お覚悟を
子ども達を仲間に加え、洋館を目指して進んでいく。雛菊は子ども達に手を引かれ、頬が緩みっぱなしである。
(ああもう可愛いなぁ! 弟と妹達を思い出すわぁ。みんな元気にやっているかしら……)
「長く歩かせてしまい申し訳ありません。どうぞお上がりください。室内履きをどうぞお使いください」
「ありがとうございます。失礼します」
紅玉に差し出された室内履きを履き、ここからはいよいよ御社の中である。
「まずは十の神子様にお会いして頂きます。応接の間にて神子様がお待ちです。どうぞこちらに」
「は、はい!」
神子に会うと聞き、雛菊は一気に気を引き締めた。
(そういえば、確か十の神子様って、現役の神子様の中じゃ最年少の十三歳で、神子に選ばれた年齢も史上最年少で、清廉な神力の持ち主の神子様だったわよね)
実は神域管理庁へ就職が内定した際、事前の就職説明会に参加し、その時に四十七人の神子全員の顔と名前は覚えるように命じられていた。その為、十の神子こと水晶の顔写真だけなら見たことがあるのだ。雛菊はその顔写真を思い出していた。
(……ビックリするほどの美少女だったわよね、十の神子様って)
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花……なんて表現では物足りない。天女か、はたまた女神か、と思われる程の美少女で、思わず眼福であったと、雛菊は思った。
(う、わあ……なんか緊張してきた……!)
十の神子に会える事に、期待半分緊張半分といった気持ちで雛菊はドキドキした。
一方の紅玉もある意味で緊張していた。そして、果てしなく不安でもあった。
「……せめてちゃんと身支度をしていればよいのですが……」
ボソリと呟いたその言葉は、雛菊の耳に届く事はなかった。
洋式の装飾や調度品が置かれた玄関前広間を抜け、目指す先に大きな扉があるのが見えた。そして、その扉の前に待機している男性の姿があった。遠くからでも蘇芳色の短い髪がよく映え、体格も良さがわかる。
勇ましいその男性は、蘇芳であった。
「蘇芳様、お待たせしました。雛菊様をお連れしました」
「お待ちしておりました」
紅玉の呼びかけに反応し、振り返った蘇芳を見た瞬間、雛菊は息を呑んだ。
(でっかっ!! 背もたっかっ!! なにこの筋肉!! 普通の人間じゃないよね!? あ、なるほど、うんわかった! きっと武闘の神様とか戦の神様とかそういう類いの神様ね! うんなるほどわかりやすい! 確かに紅玉さんの言う通り、顔は整っているし……ああでも、やっぱり怖いっ!!)
流石に初対面の相手に対して悲鳴を上げるなんて失礼な事は出来なかったので、なんとか耐えたが、内心恐怖でいっぱいだ。身体が勝手にガタガタと震えだしていた。
「ひっ、ひにゃぎくです! にっ、にしゅうかん、けんしゅうでおしぇわになりましゅっ!」
せめて自己紹介をせねば、という強い意志で自己紹介はできたものの、言葉を噛んだ上に、声が震えて、裏返ってしまうという酷い自己紹介になってしまった。
(お、おばかーーーーーー!! 我ながらひっどい自己紹介すぎるっ! あ、あたし、いきなり失礼だとか怒られて捻り潰されたりとかしないよね……!?)
ガタガタ震えている雛菊に蘇芳は困ったように苦笑している。
紅玉はそんな雛菊の様子を見て肩を叩いた。
「ご安心くださいませ、雛菊様、蘇芳様は見た目こそ大きくて恐ろしさを与えてしまう印象の方ですけれど、性格は穏やかでとてもお優しくていらっしゃるのですよ」
「すみません、雛菊殿……自分は生まれつき身体が大きい方でして、意図せず他者を怖がらせてしまうようで……」
「いえいえいえっ! すっ、すみません! 神様に対して失礼な態度をとってすみません!」
その雛菊の言葉に、蘇芳はますます苦笑いを浮かべ「ははは」と乾いた笑い声を上げた。
(え? あ、あたし、またなんかご気分を害するような事言った……!?)
「改めて自己紹介を。自分は神域警備部所属、十の神子護衛役を務めております、蘇芳と申します。以後お見知りおきを」
「えええええっ!? すすすっ、すみません! てっきり武闘関係とかの神様かと……!」
先程紅玉に教わった「神と人間を見分けるコツ」で、蘇芳を神だとすっかり思い込んでいただけに、雛菊は動揺を隠せない。
(おいこらあたし! 失礼の上にさらに失礼を重ねてどうする!? いやあああああ土下座したい! 土下座させてください!)
すると、紅玉がころころと笑い出す。
「雛菊様のお気持ちわかりますわ。蘇芳様ったらまるで仁王様とか軍神様のような、やや勇ましい容姿をお持ちなのに、お顔が整っていらっしゃるんですもの。お綺麗な顔立ちをされているという神様と勘違いされても仕方ないかと思いますわ。わたくしも初めてお会いした時は驚きましたもの」
(あ、紅玉さん、さりげなくフォロー入れてくれた。あ、ありがたし……!)
しかし、そんな紅玉の言葉に蘇芳は困ったような顔をした。
「……紅殿、からかうのはやめてくれないか」
「あらあら、わたくしは本当の事を言っただけですわ」
紅玉が口元に手を添えてさらにころころと笑うと、蘇芳は何か唸りながら少し頬を赤らめて黙ってしまった。
このたった数秒のやり取りで、雛菊はいろいろ察した。雛菊はなかなか場の空気を察することができる方なのであった。
雛菊は隣にいた子ども達に耳打ちをする。
「ねえ、もしかして、紅玉さんと蘇芳さんって……」
「残念だけど、まだ付き合っていねぇよ」
「こんな調子がもう三年近くも続いていて、ボク達も困っちゃっているんですぅ」
「……居た堪れない」
(子どもちゃん達にここまで言わせちゃうって……)
思わず雛菊は遠い目をした。
しかしながら、おかげで蘇芳の性格を知ることができ、悪かった第一印象はすっかり払拭できていたのだった。
すると、紅玉が蘇芳に尋ねた。
「ところで蘇芳様、晶ちゃんの支度は整っておりますか?」
「いや、どうもまだのようでな……」
「まったく、だから早く起きて準備なさいと言ったのに……」
紅玉の口振りに、雛菊は思わず首を傾げた。
(なんか、まるで「あの子ったらしょうがないんだから~」みたいな言い方……)
雛菊がその違和感を確かめようと思っていると、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「もうめんどいからこれでいいや~~~入っといで~~~」
それは非常に間の抜けた声であった。
(……え、なに、今の誰?)
雛菊が突然の声に動揺していると、紅玉がはぁと溜め息をついた。
「……雛菊様」
「は、はい」
「十の神子が清廉なる神力の持ち主で、酷く美しい娘だという印象を、どうぞかなぐりすてて、十の神子との対面に臨んでください」
「…………え??」
「それは一体どういう意味だ?」と、雛菊が目を丸くしていると、紅玉は扉に手をかけた。
「ではお覚悟を!」
紅玉はそう叫ぶと、「バーンッ!」と音が鳴るほど、勢いよく扉を開け放った。