焔へのお仕置き
キリが良いところで切ったので、いつもより短いです。
朔月隊――それは、朔の如く闇に隠れて存在する神域管理庁非公認の秘密部隊――。
「大和皇国の平穏」を守る事を使命とし、「大和皇国の平穏」を「害為す存在」は全て「敵」とみなし、これを全力で排除する。
それが例え神域管理部の上層部の人間であろうとも、神子であろうとも――。
そして、本日、朔月隊の秘密の会「ツイタチの会」が開催される約束の日であった。
二週間程前に起きた〈神力持ち〉である雛菊を巡る「洗脳事件」の「禁術」を生活管理部の萌に教え、口封じの為に萌を殺害したとされる「術式研究所の生き残り」――。
本日の「ツイタチの会」の目的は生き残りに関する情報収集と捜査の報告及び今後の方針についての検討会であった。
であったはずなのだが……。
本日の「ツイタチの会」開催地である「無花果ノ樹」にて、朔月隊九名――片方の席には、紅玉、世流、美月、天海。反対側の席には、幽吾、轟、右京、左京、文――が席に座っていた。
全員、目付きを鋭くして同じ方向を睨みつけている。
その九名が睨みつける先にいたのは、一人俯きながら佇む女性だ。
肩より少し短めの髪の色は銀朱、瞳の色も赤と橙の混合色で、まるで燃え盛る炎のように強い印象のある女性だが、今は九人に鋭い視線で睨まれ、居心地悪そうにしていた。
実はこの銀朱の髪の女性こと焔は、先日起きた「洗脳事件」において、瀕死の重傷となっていた萌を助けようとし、自らの医学知識と強い神力を総動員させて、「損傷した細胞を超活性化させて再生をさせる」という神術を創り出し、萌の命を救おうとしたが、その反動で逆に焔の命が危ういものになってしまった。
幸い一命は取り留めたものの、三日も意識を失い、朔月隊全員を心配させた事は記憶に新しい。
焔が意識を取り戻した直後、朔月隊全員それぞれがありったけのお仕置きを焔に見舞わせたが、それでも全員の怒りが収まる事はなかったようだ。
そして、本日は焔が意識を取り戻してからの初の「ツイタチの会」である。
というわけで、こうして会議より先に、焔へのお説教の時間となっているのだ。
「はい、焔。何か言う事があるんじゃないかな?」
そう言うのは朔月隊の隊長である幽吾。
鉛色の髪を持つこの男は、色が不明の開眼されない瞳に、相変わらず何を考えているのか分からない微笑みを浮かべながら言った。
そして、幽吾に言われるまま焔は深々と頭を下げた。
「自分の後先考えない無謀な行動で、みなに多大な心配をかけてしまい、本当に申し訳なかった」
焔がはっきりそう言うと、幽吾は淡々とした口調で言う。
「まあ、この間みんなで散々お説教とお仕置をしたから、もうあんな馬鹿なことはしないと信じるけど……まだ僕らは許した訳じゃないから」
「……っ」
焔は唇を噛み締めながら、言い渡されるだろう言葉を、断頭台に立つような気持ちで待った――。
そして、「バンッ!」と卓を叩く大きな音がし、焔は肩を震わせた。
恐る恐る顔を上げてみてみれば、卓の上に店の品書きが広がっていた。
「……??」
目を白黒させている焔を余所に、真っ先に幽吾が声を上げる。
「すみませーん、僕ハヤシカレー」
「ウチ、エビドリアとチョコレートパフェ」
「俺様、ハンバーグセット。ライス大盛で」
「俺はミートソーススパゲッティ」
「ワタシはミックスサンド。カフェラテつけて頂戴」
「僕はペペロンチーノを」
「では僕はジェノベーゼパスタを」
「わたくし豚の生姜焼定食をお願いします」
唐突に注文を始めた事に、焔は理解が追い付かない。
「な、な、なんで急にランチタイム?」
思わずそう呟いてしまう焔に、幽吾はニンマリと笑いながら言った。
「え? 何言ってるの? これ全部、焔の奢りだからね」
「は!?」
「で、これで全部許してあげる」
「っ!!」
焔はその言葉に目を見開いた。
てっきりもう馘首宣告をされるものだと思っていた。
過去に殺人の罪を犯した上に、無謀をして多大な迷惑をかけた自分など、もう幻滅されていたと思っていたから……。
でも、違った――まだ全員、自分の事を仲間と認めてくれている――その事が嬉しくて、安心して、焔は涙ぐんでしまう。
「……っ……ありがとう」
そう絞り出すのが精一杯だった。
すると、一人まだ注文を終えていなかった文が声を上げる。
「すみません。シーザーサラダとオニオンスープ。キチンの照り焼きに、パンで。あとデザートはチーズケーキ。飲み物はコーヒー。ミルクを付けて」
「待て待て待て! 文! 地味な嫌がらせをするな!フルコースじゃないか!」
あまりもの注文量に感動の涙が引っ込んでしまう程である。
そんな焔に文はしれっと言う。
「どこかの誰かさんのせいで心が心底傷ついて食事が喉を通らなかったんだけど、やっと食欲出てきたなぁ。ああ、お腹空いた。人のお金で食べるランチは美味しいな~」
「ああもう! 私が悪かった! もう食べろ! 好きなだけ食べろ!」
文がまだ不機嫌なのを悟り、焔は半ば自棄になりながら言った。
それに反応したのは他の朔月隊だ。
「じゃあ、俺様ティラミス追加!」
「俺はショートケーキ」
「「あ、では僕らはガトーショコラを」」
「じゃあ僕はイチゴのパフェ」
「わたくしはプリンを」
「全員遠慮なしだな!?」
そう叫びながらも焔は素直に財布を出し、こうしてまた朔月隊でいられる事をありがたく思っていた。
しかし、後程やってきた請求書の値段を見た瞬間、目を剥いてしまったのは――ここだけのお話。
朔月隊は仲良しです。