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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
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空と鞠、はじめての旅




 やがて、空と鞠が辿りついた先は巽区方面へ向かう乗合馬車の停留所だった。

 すると、丁度乗合馬車が走ってくるのが見えた。


「ソラ! Coachキマース!」

「あっ! ほんとっす! ラッキーっすね!」


 やがて馬車は空と鞠の目の前に止まった――その馬車の御者を見て、空と鞠は目を剥いた。


「美月ちゃん!!」

「ミツキちゃん!!」

「やっほ~! 空きゅんに鞠ちゃん、こんにちは~!」


 独特の音韻で話す二つ結びの紫がかった黒い髪と菖蒲色の瞳を持つ美月が乗合馬車の御者であった。

 友人である美月の予想外の登場に、空も鞠も驚いてしまう。

 一方美月は猫又の先祖返りの象徴である頭にある三角の耳と先が二股に割れた尻尾がゆらゆらと揺らして二人と会えた事に喜んでいるようだった。


「よかったら御者席に乗らへん? 貴重な体験やと思うで」

「えっ! いいっすか!?」

「マリもPerchノリたいデース!」


 二人は勧められるまま美月の両隣にそれぞれ座った。そして、美月が馬に掛け声をかけると、馬車はゆっくりと動き出した。


 ガタゴトと心地良い揺れに、普段より少し高い位置から見下ろす神域参道町の光景に空も鞠も目を輝かせて興奮気味である。


「It's wonderfull!! スッゴイデース!」

「せやろ?」

「それにしても驚いたっす。美月ちゃん、いつの間に乗合馬車課になったっすか?」


 空の記憶では、美月は生活管理部の違う課の配属だったはずだ。


「神獣連絡網ができたおかげでな、郵便課が無くなったんや。まあ、ウチらも神域中に郵便を安全に且つ早く配り歩くの大変やったから大助かりやからええけど。んで、次の配属先が乗合馬車課やったって話」

「Oh I see」


 ガタゴトガタゴトと馬車は人を乗せ、人を降ろし、どんどん道を進んでいく――子竜もまた上空を飛びながら馬車を追う――。

 馬車はもうすでに艮区を出て巽区を走っているところだ。


「ところで、空きゅんと鞠ちゃんが二人だけで外出しとるんのは珍しいなぁ。いつもなら蒼石さんとか一緒におるやろ?」

「俺と鞠ちゃんも社会人っすから、誰かの付き添いなしでも買い物に行けるようにならないといけないと思って。それで今日、初めてのおつかいしてるっすよ」

「えらいなぁ! ちゃんと自分らの事考えとって! ほんまウチのアホ幼馴染に二人の爪の垢煎じて飲ませてやりたいわ~」


 空と鞠の頭の中に、三本角を持った鬼の先祖返りの先輩が「んだとごるあっ!?」と叫んでいるのが浮かんだ。


「二人はウチの大切な友達やから、困った事とかあったらいつでも相談してな!」

「Wow! Thank You! ミツキちゃん!」

「あはは、運転中の御者に抱きついたらあかんで~」


 抱きついてくる鞠を窘めつつも、美月は嬉しそうに笑っていた。




 その後も楽しく三人で話している内に馬車は巽区を出て、坤区へと入る――そして、空と鞠は坤区の中心部辺りで馬車を降りた。


「美月ちゃん、ありがとうございましたっす!」

「Thank You、ミツキちゃん! おシゴト、Fightデース!」

「ほなな! 空きゅん、鞠ちゃん」


 駆けていく馬車を空と鞠は手を振りながら見送った。




 そんな二人を子竜が近くの木に隠れながら見ていた。


(なんで坤区?)


 翡翠は二人の思惑が分からず首を捻った。




 坤区の上空を天海が飛んでいた時の事だ――。


「――おーーーい!」


 聞き覚えのある声が耳に届き、天海は地上を見た。

 すると、そこには自分の友人である空と鞠が手を振っているところだった。

 意外なところで見かけた友人の姿に天海は驚きつつも、二人と話をしようと迷わず地上に向かった。


「空、鞠、こんなところで会えるとは驚きだ」

「お久しぶりっす! 天海さん! 今日は鞠ちゃんと二人で初めてのおつかいなんすよ!」

「そうか」

「アマミさん、相変わらずCoolデスネー! カッコイイデース!」

「とっ、年上をあまりからかうな……!」


 天海はかなり恥ずかしがり屋の男である。特に面と向かって褒められるとすぐに照れてしまうのだ。

 顔を真っ赤にする天海を宥めるように、空が肩をポンポンと叩いていた。


「ああ、そうだ。今更かもしれないが……二人とも、就職おめでとう」

「ありがとうございますっす!」

「Thank You very much!」

「そういえば二人は何部配属なんだ?」


 空も鞠も就職の経緯が特殊ではあるが、きちんと配属先は決まっているはずだ。


「俺は神子管理部っす」

「マリはアマミさんとオナジSecurity、シンイキケービブデース!」

「とりあえず俺も鞠ちゃんもしばらくは十の御社配属っす」

「え、空が神子管理部で、鞠が神域警備部……?」


 天海は目を丸くした。


 しかし、無理もない……神子管理部はともかく、神域警備部はその名の通り、神域内の警備や神子の護衛に当たる職務……体力勝負の部署である。

 神域警備部の約九割は男性職員という程、女性職員が圧倒的に少ないのだ。

 しかも、まるで妖精の姫の如く可憐な鞠が神域警備部配属とは、天海は信じられないのだろう。


「空が神域警備部で、鞠が神子管理部の方が合っていたんじゃ……」


 そう言う天海に鞠は言った。


「アマミさん、マリはヤマトのモジspelingデッキまセーン」

「……そうだったな、すまん」


 天海はうっかり失念していた。鞠が西洋の国の異人である事を。

 言葉は多少話せても、文章を書くのはできないのである。


「そう言えば、天海さんは神域警備部の坤区担当すか?」

「いや、俺は特別班だ。担当区とかは特に決められていなくて、神域全体を見回る班だ。轟も同じだ。今日坤区にいるのは、書類を届けに来たからだ」

「なるほどっす。それにしても神域全体っすか……!」

「Oh……Hard workデース。オツカレヨー」

「ありがとう」


 すると、天海は黒い翼を広げた。


「じゃ、俺はこれで」

「引き止めてすみませんっす! 頑張ってくださいね、天海さん!」

「Fight! アマミさん!」

「二人も気を付けろよ」


 そして、天海は飛び立って行った。


 手を振って、天海を見送った空と鞠は天海が見えなくなると、互いに顔を見合わせくすくすと笑う。

 そして、手を繋ぐと、坤区の参道町を歩いていった――。




 そんな二人を、子竜を通して見守る翡翠はますます分からなくなっていた。


(この子達、何をしたいんだ?)


 そう思いつつも、子竜に二人の後を追わせる――。




 しばらく歩いて到着した場所は乾区の遊戯街だった。

 まだ日中という事もあり、夜に比べると街中はまだ比較的人通りが少ない。


 そんな街中を歩く、背の高い燕尾服を纏う青年の姿を二人は見つけた。

 青みがかった黒の髪と瑠璃紺の瞳を持つ美青年だ。


 その美青年に向かって、空と鞠は駆け出していた。


「うっちゃーーーん!」

「ウッチャーーーン!」


 空と鞠に呼ばれ、右京は振り返り、二人の姿を見ると嬉しそうに微笑んだ。


「ああ、空君に鞠ちゃん!」

「お久しぶりっす!」

「Hello! How are you?」

「はい、元気にしていますよ。左京も会いたがっていました」


 左京――右京の双子の弟である。右京そっくりな顔と同じ色の髪を持つが、瞳の色だけ江戸紫の美青年だ。


「忙しくってなかなか会いに行けなくてごめんなさいっす」

「マリもサッチャン、アイタイデース!」

「いえ。新人は何かと忙しいですから。お時間ができた時で構いませんので是非いらしてください。左京ともどもお待ちしておりますね」


 実は、空と鞠、右京や左京、そして先程会った美月は、全員未成年であり、年齢が近い者同士なのだ。それもあり、この五人は特別仲が良いのだ。


「ところでお二人はこんなところで何を?」

「へへへっ、初めてのおつかいっす!」

「ツイデに、シンイキtourしてマース!」

「ふふっ、楽しそうですね」


 すると、空は右京が持っている大量の荷物に気付く。


「うっちゃんもおつかいっすか?」

「はい。お店で使う物の買い出しです」

「それ、どこまで運ぶっすか?」

「お店までですよ」

「マリ、オテツダイしまーす!」

「俺も手伝うっすよ! 力には自信あるっす!」

「ありがとうございます、空君、鞠ちゃん」


 空と鞠はそれぞれ右京の持っていた荷物を受け取ると、三人仲良く店まで運ぶ事にした。




 そんな二人の様子を、子竜を通して見守っていた翡翠は涙した。


(うぅ、うちの子達なんていい子……! しかして、何で急に神域一周しているんだ?)


 空も鞠も、小さい頃から神域で育ってきた子達である。それこそ神域一周どころか、何周も巡っているはずなのだ。


(うーーーーーーん…………?)


 どんなに首を捻っても、その答えは出てきそうになかった。




 やがて三人は「夢幻ノ夜」と書かれた看板の店まで辿り付く。


「ありがとうございました。とっても助かりました」

「いえいえっす!」

「エンリョはNon nonデース!」

「よかったらお茶でも飲んでいきますか?」

「あぁ……気持ちは嬉しいっすけど、また今度ゆっくりできる時でもいいっすか?」

「Sorryデース……」

「はい、わかりました。お使いの途中ですからね。また今度是非」

「おっす! またねっす! うっちゃん!」

「See you! ウッチャン!」


 空と鞠はそう言って手を振りながら、店の前を後にした。


 やがて艮区方面へ向かう乗合馬車の停留所までやってくると、空と鞠は互いに顔を見合わせ言った。


「OK、これでClearね」

「そうっすね。あとは明日の結果を待つのみっすね……じゃ、帰ろっす!」

「Yeah! カエったら、Tea timeシマショー!」




 子竜を通して、二人を見守っていた翡翠は「何の結果を待つのだろうか?」と疑問に思ったものの、それよりも待ち侘びていた言葉を聞き、集中を一気に己の身体へと引き戻した。




「よしっ! 空と鞠がやっと帰ってくるよ!」


 火蓮も待ちくたびれていたようで、翡翠のその言葉を聞き大きく息を吐いた。


「やっとかよ! なんか変な怪しいおっさんとかに絡まれたりとかは――」

「していないから安心して! していたらそのおっさんを吹き飛ばすし」

「うみゅ、暴力は止めてください」


 しかし、竜神組は誰も聞く耳を持たない。

 その上、琥珀はもうすでに執務室の扉を開いて玄関広間へと駆け出しそうな勢いである。


「ほら、翡翠に火蓮。出迎えに行くぞ」

「ああ! 待ってよ、琥珀兄さん!」

「おいお前ら、俺を置いていくな!」

「うみゅ、竜神組、お仕事さぼってたってお姉ちゃんにチクるぞ~~~」


 しかし、そんな水晶の言葉も虚しく、竜神組は玄関広間へ向かって駆け出して行ってしまった。


「…………うみゅ、過保ゴン共め。目に物見せてやるわ」


 水晶はほっぺたをむぅと膨らませながら、伝令役のたまこを呼び寄せていた。




 その後、十の御社に返ってきた空と鞠は、玄関広間の端の方で氷漬けされたように固まったまま正座をしている琥珀と翡翠と火蓮の姿を目撃した。


 そして、その三人の前には氷の微笑みを湛えた紅玉が立っており、二人は色々察した上でこっそりと玄関広間を後にしたのだった――。




**********




 その夜、蒼石は自室にて、初めてのおつかいを終えた空を労わっていた。


「初めてのおつかい、ご苦労であったな、空」

「えへへっ、俺も鞠ちゃんも頑張ったっす!」


 サラサラと指通りの良い鮮やかな空色の髪を何度も撫でると、空は気持ち良さそうに笑った。


(ついこの間まで、赤子だと思っておったのだがな……)


 そう思いながら、長椅子に座る己の脚の間に収まる息子がとても大きく成長した事を蒼石はひしひしと感じていた。

 空が生まれた時から知っている身としては感慨深いものを感じ、蒼石は空を腹部に腕を回し、己の身体へと引き寄せる。


「本当に大きくなったな……」

「ここまで成長できたのも、全部お父さんのおかげっすよ」

「……今のお前の姿を、お前の母に見せてあげたかった……」

「………………」


 空は何も言わなかった。亡き母を思い、黙っているのだろうか――と、蒼石が思っていると――。


「お父さん、大事なお話があるっす……」


 いつもの明るくハキハキとしたものとは違う、真剣な声で空は言った。

 そして、空の話を蒼石はなんとなく察していた。


「……それは今日のつかいからの帰りが随分と遅かった事に何か関係があるのか?」

「……気付いてたっすか?」

「紅玉殿が我に謝罪をしたのでな。なんとなくではあるが……それに、我はお前の父だからな」


 蒼石はそう言って空の頭をポンと大きな掌で包み込む。


「……やっぱり、お父さんには敵わないっすね」


 そして、空は長椅子から立ち上がると、部屋の入口へと行き、扉を開けた。


「鞠殿」


 そこには見計らったかのように鞠が立っていた。

 鞠は空に導かれるまま部屋の中に入ってくる。


 そして、空と鞠は蒼石が座る長椅子の前までやってくると、床の上に正座をした。

 その姿勢はとても美しく、蒼石は思わず目を瞠った。流石は大和撫子として呼び名が高い紅玉に鍛え育て上げられただけはある――と、蒼石は思う。


「お父さん」

「そうせきさん」


 空と鞠は蒼石を真っ直ぐ見つめたまま、己の身体の前に両手を着く。


「どうか許してください」


 そう言って頭を下げる空と鞠の姿を見ながら、蒼石はこれから語られる話の続きを待った――。




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