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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
83/346

空と鞠、はじめてのおつかい

BGMは某バラエティー番組のあの曲で。




 先日、可愛い弟分と妹分に「お願いがある」と頼まれた紅玉は水面下で徐々に準備を進めていた。

 そして、それを決行する日がやって来た……。




 その日、十の御社に住まう竜神四人衆は朝からソワソワしていた――と、言うのも――。


「それじゃあ先輩、お父さん! 俺と鞠ちゃんの二人でおつかいに行ってくるっす!」

「ハジメテのオツカイデース!」


 空と鞠は敬礼しながら満面の笑顔でそう宣言する。


 そう、本日は二人にとって「初めてのおつかい」の日なのだ。


 幼い頃より神域で育ち生きてきた空と鞠だが、まだ神域参道町への買い出しは付き添いなしで行った事がないのである。

 何故なら竜神四人衆こと――蒼石、火蓮、翡翠、琥珀(こはく)――が、空と鞠を過保護に育てていたからだ。

 特に、空の父代わりであり、空の父を名乗る蒼石の過保護ぶりは十の御社だけには止まらず、神域内ではなかなか有名な話である。


 まあそんな理由もあり、十六を目前にしてようやっと空と鞠は「初めてのおつかい」に出る事になった訳なのだが――。


「やっぱり俺は心配だぁっ! 空! 頼む! 俺を連れて行ってくれぇっ!」


 燃えるような真っ赤な髪を持つ火の竜神の火蓮がそう言って、空の肩を掴んで引き止めた。


「火蓮にい、俺と鞠ちゃんはもう社会人なんすから、おつかいもちゃんと付き添いなしでできるようにならなくちゃダメっす」

「そのトーリデース!」


 すると今度は柔らかな翡翠の髪を持つ風の竜神の翡翠が鞠の腕を掴んで言った。


「じゃあさ、せめて少し離れた位置から見守らせてよ! 二人の邪魔はしないからさ!」

「Oh……それ、ドコのVariety showデスカー……Non nonデース!」

「翡翠にい、それじゃあ意味無いっす」


 そんなやり取りの横で、大地のような褐色の肌と赤から暗い茶色に変わる短めの髪を持つ琥珀がさらっと靴を履き、空と鞠に言った。


「よし、空と鞠、買い物に一緒に行くぞ。れっつらごー」

「琥珀にいっ!」

「コハクさんっ!」


 少し怒ったような声を上げながら、空と鞠は琥珀の手を引いて引き止める。


 そんなやり取りを見守っていただけの紅玉だったが、少し苦笑しながら竜神達に言う。


「火蓮様、翡翠様、琥珀様、本日は貴方様がた竜神組が日番担当となっております。早々に持ち場にお戻りくださいまし」

「今日は元々俺達が日番じゃねぇっ! それなのに紅ねえが勝手に変更したんだろうが! くそっ! 狡い真似しやがって!」

「……火蓮様、何かおっしゃいまして?」


 紅玉の手に握られているのは、愛用のハリセンだ。


「いえっ、なんでもございませんっ」


 慌てて紅玉から視線を逸らす火蓮に、翡翠は溜め息を吐いて火蓮を睨みつけ、琥珀も光を宿さない瞳で火蓮を見つめた(少々怖い)。


 すると、今まで黙っていた蒼石が一歩空へと近づき、大きな手で空の頭を包み込むように撫でる。


「……気を付けて行ってくるのだぞ。何かあれば、我の名を呼べ」


 自分を信じ、見送ってくれる蒼石に空は嬉しくなって笑顔を更に輝かせた。


「はいっす! お父さん! 行ってきますっす!」

「ソーセキさーん! マリもHeadナデナデ~!」

「ああ、鞠殿も気を付けるのだぞ」

「Yaah!」


 そして、空と鞠は手を繋ぐと、扉を開けた。


「それじゃあ今度こそ本当に行ってきますっす!」

「イッテキマース!」

「「「「「いってらっしゃい」」」」」


 やがて二人の姿が見えなくなると、火蓮は床に突っ伏した。


「だあああああああああっ!! 心配っ!! 心配だあああああああああっ!!」

「……火蓮、分かっている事をいちいち口にしないで貰えるかな? 余計に心配になってくるんですけど」


 翡翠の声は不機嫌そのものだ。


「……蒼兄……本当に良かったのか?」


 琥珀が蒼石に静かな声で尋ねる。蒼石はしばらく黙っていたが、やがて重たい口を開いた。


「子の成長を黙って見守るのも……また父たる定めであろう」

「蒼兄……」

「蒼兄さん……」


 蒼石の言葉に感動を覚える琥珀と翡翠。火蓮もしばらく納得いかないといった顔をしていたが――。


「わかった……すっげぇ心配だけど、俺も空と鞠を信じて待つぜ」

「すまんな、火蓮」


 そう言って蒼石は火蓮の頭を撫でてやった。


「よっし、そうと決まれば、僕らはお勤めをしながら空と鞠の帰りを待とう」

「そうだな」

「ほら、火蓮。神子さんの所に行くよ」

「わかってるって」


 神子の執務室へと向かう翡翠、琥珀、火蓮を、蒼石も追おうとした――。


「――蒼石様」

「む?」


 紅玉に呼び止められ、蒼石は振り返った。

 そして、少し目を見開く――何故なら紅玉は懺悔するような顔で蒼石を見つめていたからだ。


「先に申し上げておきます……申し訳ありません」


 紅玉は深々と頭を下げた。


「これからもっとご心配をおかけしてしまうと思います。どうぞあの子達の意思を尊重してあげてくださいませ」


 そして、もう一礼をすると、紅玉はその場から立ち去って行った。

 その背中を見送った蒼石は、紅玉のその言葉の意味を、なんとなく察し始めていた……。




**********




 ここは神子の執務室。

 今ここには本日の業務を行なっている神子の水晶と日番担当の竜神組の翡翠、琥珀、火蓮がいた。

 蒼石は御社の入り口で結界の見張りをしている為、不在である。


 そう、蒼石は不在なのだ。そして、口煩い紅玉もいない。


「いくら蒼兄さんが空と鞠を信じて待つって言ってもね、それでも心配なものは心配なんだよ」


 そう言いつつ、翡翠が指をひょいっと振って神術を発動させれば、そこに現れたのは掌程の大きさの翡翠色の子竜だった。


『がおっ』


 羽をパタパタと羽ばたかせる小さな姿は非常に可愛らしい。


「うみゅ、かわゆい」

「頑張って小さくさせましたからね」


 翡翠は胸を張る。


「で、この子をどうするの?」

「僕は風の竜神です。風の役目は運ぶ事。音や香り、噂や情報も運びます……それすなわち――」


 翡翠は外を指さすと子竜に命じる。


「神域参道町に外出している空と鞠の情報を運べ!」

『がおっ!』


 ヒュンと風を切って宙を舞うと、子竜は物凄い速さで神域参道町の方角へと飛んで行ってしまった。


「これで子竜の目を通して随時空と鞠を見守る事ができる!」

「流石だな、翡翠」

「これで空と鞠の行方をバッチリ追えるな!」

「ふふっ、まあね」

(うみゅ、この過保ゴン共め)


 目の前にいる竜神三人組を呆れた表情で見ながら、水晶は神域参道町に旅に出ている空と鞠の事を思った――。




**********




 子竜は飛ぶ――神域参道町の上空を――そして、見つける。快晴の空のような髪の少年と星屑のような金色の髪の少女を――。


 二人は丁度艮区にある「茶屋よもぎ」に入っていくところだった。


「こんにちは~っす!」

「Hello!」


 空と鞠が店に入って挨拶をすると、金糸雀色のふわふわの髪を二つ括りにした橙色の瞳の女性が駆け寄って来た。


「空に鞠! いらっしゃい! 元気?」

「I'm fine thank you! ヒナちゃん、あえてウレシイデース!」

「俺も元気っすよ! 雛ちゃん、新しい部署のお仕事どうっすか? 忙しくないっすか?」

「今のところ大きなトラブルも無くて、逆に何もなくて怖いくらいよ……研修中のゴタゴタが懐かしいくらいよ」


 この卯月の初めに神域管理庁に入職した雛菊は、つい先週まで十の御社で研修生として滞在をしていた。

 〈神力持ち〉という事で、その身を狙われ、危うく洗脳されかけたり、人の心の干渉する異能の持ち主だったり、神獣に好かれやすい体質の持ち主だったりで、一時期はその身の安全確保が危ぶまれたが、紅玉の機転や他大勢の協力もあり、「神域連絡網」の管理人としてその身の安全を保障され事無きを得るという入職早々大変な目に遭った。


 その時の事と比べると、今は平穏そのものであろう。

 そして、現在の仕事が平穏(ひま)すぎて、仕事を求めた成り行きで、今はほぼ毎日この茶屋よもぎの手伝いに入っているのだ。


「平和が一番すよ、雛ちゃん」

「Yeah、マリもソウおもいマース」

「それもそうね」


 三人で笑い合っていると、店の奥から男性がひょっこりと顔を出した。

 少し癖のある黒混じりの淡い杏色の髪の毛に、神力と黒が混じる不思議な色合いの瞳を持つ、男性にしては可愛らしい顔をした人物。茶屋よもぎの店員の文である。


「……らっしゃい」

「ちょっと文! 挨拶はもっとハッキリ!」


 ギャンギャン怒鳴る雛菊に文はしかめっ面をする。


「文君、こんにちはっす!」

「アヤちゃーん! ゲンキデースか~?」

「……うん、まあね」


 見た目は可愛らしい文だが、中身は実に愛想の無い男であった。雛菊がそんな文を物凄い目つきで睨みつけていた。


「あ、注文いいっすか?」

「あ! はい、どうぞ」

「みたらし団子が二十一本と」

「ダイフク、Twenty oneクダサーイ!」

「はーい、合計四十二点ですね。文、大福お願い」

「……わかった」


 そして、雛菊と文は注文された大量の和菓子の梱包に入った。

 十の御社の人数分ということはわかってはいるが、数があまりにも多いので数え間違いは許されない。

 雛菊も文も集中して、慎重に団子と大福の数を数えていく。


 すると、文は腰辺りに何か衝撃を感じ、ふと振り返る。


「あ、ごめんなさいっす。はい、糸屑が付いていたっすよ」


 空はそう言って、文に糸屑を見せた。


「……ありがとう」

「いえいえっす」

「はーい、先にみたらし団子二十一本ね」


 雛菊が鞠に商品を渡していたのを見て、文も大福を数える速度を上げた。


 そして、やっとのことで数え終えた大福を空に渡し、料金を貰う。


「今日中にお召し上がりくださいね。ありがとうございました!」

「……どうも」


 最後まで無愛想な文に、雛菊は思わず文の頭を叩いた。


「雛ちゃん、文君、お仕事頑張ってくださいっす!」

「See you agin!」


 雛菊と文に別れを告げると、空と鞠は十の御社とは違う方向へと駆け出す。




 子竜はその二人の後を追う――。


(あれ? 和菓子買ったら、買い物終わりのはずだよね……どこへ行くつもり?)


 子竜の目を通して、二人を見守る翡翠はハラハラとしていた。




おつかい、まだまだ続きます。

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