禁書室での調べもの
あけましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いします!
神域図書館に無事到着し、紅玉は両腕を天へ伸ばし、ぐっと伸びをした。
「久しぶりにゆっくり眠れてスッキリしました!」
「……ほう、久しぶり……」
少し低い声でそう言う蘇芳に紅玉は思わず肩を揺らす。
「え、えっとぉ……」
「はあ……説教はまた今度だ」
「おほ、おほほほほ……」
見逃してはもらえなさそうである。
図書館の入り口を目指し歩いていると、蘇芳が声をかけた。
「紅殿も本を借りに来たのか? それとも閲覧か?」
「わたくしは閲覧ですわ」
「紅殿はどういった本を読むんだ?」
「えっと……今日は、あの、その……」
そう紅玉が言い淀むのを見て、蘇芳は首を傾げながらある事を思い出していた。
ここ神域図書館には、神域内の歴史が記録されている歴史資料室というものがある。
更にその奥には神域管理庁の職員でなければ入れない禁書室というものがあり、そこには神域で起きた過去の事件に関する資料や証拠が保管されている場所であった。
そして、つい先日起きた「新入職の〈神力持ち〉を巡る洗脳事件」は過去存在していた「術式研究所」という集団が作ったとされる「禁術」が使用されていた。
つまり、今日紅玉がここに来た理由は……。
「……紅殿、本日は休暇だろう?」
「きゅ、休暇ですわ……! で、ですが、休暇で無いとここには来られませんもの……!」
それを聞いて蘇芳は「はあ」と溜め息を吐く。
(日頃忙殺という程にまで働いているのに、休日まで働いているとは……)
紅玉の相変わらずの仕事中毒ぶりに蘇芳は頭が痛くなる。
「……わかった、俺も手伝う」
「えっ! ですが、蘇芳様……!」
「神子には多少遅くなっても構わないと許可を貰っているから問題ない。それに一緒に調べれば早く終わって、貴女が少しでも休めるだろう」
「っ!」
蘇芳の優しい心遣いに紅玉は思わず胸が高鳴ってしまう。
「ありがとうございますっ、蘇芳様」
嬉しそうに微笑んだ紅玉を見て、蘇芳も顔を綻ばせた
「では行こうか」
「はい」
蘇芳と紅玉は仲良く並んで、神域図書館へと入っていった。
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ここは神域図書館別館内にある歴史史料室。更にその奥にある禁書室は、神域内であるにもかかわらず神や神子が立ち入りを許されない場所であった。
何故ならこの禁書室に保管される資料の全てが神域内で起きた事件や犯罪に関するものだったからだ。
そんな禁書室の中で紅玉と蘇芳は忙しなく資料を見返していた。
「術式研究所による三十五の神子、二十二の神子の子息誘拐事件」と書かれた箱から、次から次へと資料や証拠を取り出していく。
その量は膨大で、とてもではないが、一人で処理しきれる量ではなかった。
紅玉は隣で資料を見ている蘇芳に心から感謝をした。
ふと、じっと蘇芳を見ていると、蘇芳がパッと顔を上げ、目が合う。
蘇芳がコテンと首を傾げたのが可愛らしく、紅玉は思わず「ふふふっ」と笑った。
すると、突如禁書室の扉が開かれた。
何度も言うが、この禁書室に入れるのは神域管理庁の職員のみであり、ここに入るという事は過去の事件に関する資料を確認したいという奇特な者だけだ。
そして、その人物が姿を現した時、紅玉は思わず声を上げてしまった。
「あらまあ! 轟さん!」
脱色した薄茶の髪の毛の前髪二房だけが山吹色に染まり、まるで雷のよう。瞳も同じ色で鮮烈である。釣り上がった瞳に短い眉に剥き出しの犬歯。そして、頭に三本角――鬼の妖怪の先祖返りであり轟が、紅玉に気付き、片手をひょいと上げる。
「よう、紅じゃねぇか。あと蘇芳も。おーおー、例の術式研究所の過去の資料見返しているんだな。ご苦労さんなこって」
「轟さんこそ、こんなところで何をなさっていますの?」
「おめぇと同じだよ。術式研究所に関して調べるなら、過去の資料を見返した方がいいだろ」
「え?」
紅玉と轟は闇夜に隠れて暗躍する秘密部隊「朔月隊」の隊員である。
そして、つい先日、隊長である幽吾から「術式研究所の生き残り研究員に関しての情報収集と捜査」を命じられていた。
紅玉も勿論、轟もその為にこの禁書室を訪れた事は分かるのだが……。
紅玉は心底心配そうな顔をして、轟を見る。
(あの阿呆の馬鹿で直情型な轟さんに、そんな過去の資料を見直すという発想があったなんて……まさか! 何かのご病気で頭がおかしくなっているのでは!?)
「おめぇぜってぇ俺様の事バカにしてんだろ!?」
「あらいやですわ。わたくしは心配しておりますのよ。主に轟さんの頭の調子を」
「いやそれバカにしているだろ!?」
怒鳴る轟を蘇芳が「まあまあ」と宥める。
「ったく……まあ、ここに来たのは同期のダチのアドバイスなんだけどな。研究所の事で知っている事ねぇか聞いてみたら、だったら禁書室の資料見ればって」
「はあ、なるほどです。その助言のおかげだったのですね……ところで同期のお友達って実善さんの事ですか?」
実善とは紅玉の同期であり、現在轟と同じ神域警備部所属の男性の事である。
「実善じゃなくて、和一に雄仁に剣三。おめぇも同期だし、手合わせした事あんだろ。ほら、一年目の秋の宴の時にさ、急に予定されていた出し物ができなくなってよ、急遽神域警備部の新人と神子管理部の新人で模擬戦やる事になって、俺様達が出場しただろ。あと研究所のヤツらを捕縛した時もあいつらが協力してくれただろ。あいつらさ、俺様の事すぐからかってきてさ、ちょっとムカつくところはあるけどよ、イイヤツらでさ。この間も俺様が必死に神獣探しているっていうのに、やたら飲み会に誘ってきたりさ。んで今回の件もちょっと相談したら――」
そこまで話していて轟はハタと気づく。
紅玉が切ない表情で笑っている事に……。
「……わ、わりぃ」
「え?」
「や……美月にも良く言われるんだけどよ……俺様、そういうとこ気がまわんねぇから……えっと……」
頭をガシガシと掻き毟りながら、轟は言い淀む。
そんな轟の脳裏に過ぎるのは、大切な幼馴染を亡くした紅玉が完膚なきまでに打ちひしがれる姿――。
「あらまあ……」
轟なりに気遣いと謝罪をしているのだと、紅玉にはすぐ分かった。
紅玉はクスリと笑う。
「轟さん」
「あ?」
「わたくし、轟さんのそういうところ、大好きですわ」
「っはあっ!?」
轟が大声を上げるだけでなく、紅玉の正面に座る蘇芳の方からも「ガンッ!」と何かぶつかるような大きな物音がした。
「おめっ、おめぇ何言い出すんだよ!?」
「ふふふっ、つい言いたくなっただけですわ」
「おめぇな! そういうのはなぁっ!」
轟は思わず視線を蘇芳の方へと向けてしまった為、己の足元が疎かになってしまった。
ガタッ!
「いっでっ!」
思いっきり机に足をぶつけてしまい、その拍子で――。
バサバサバサバサ!
「あらあらあらあら」
「おわっ!?」
「ああ、あああ」
机の上に積んでいた大量の資料がぶつかった拍子に床に散らばってしまった。
「わ、わりぃ……」
「いえいえ、こちらも不安定に積んでおりましたので」
そう言いつつ、資料や書類を再び箱に詰めていく。
轟や蘇芳も床にしゃがみ込み手伝う。
すると――。
「……あら」
紅玉は床に広がった状態のある資料に手を伸ばす。
そこには明らかな個人情報が書かれてあったからだ。よくよく表紙を確認してみると「術式研究所関係者名簿」と書かれてある。
紅玉はその資料をパラパラとめくっていく。
それはものの見事な個人情報だった。所属部署、体型、身体的特徴、神力の強さ、得意属性などなど事細かに記載されている。
紅玉が見ている資料を轟も隣から覗きこむ。
「うっわ、こんな個人情報残していたのか」
「処分したくとも重要な証拠ですから残しておかなければならなかったのでしょうね……あら?」
「どうした?」
紅玉の声に今度は蘇芳が資料を覗きこむ。
「この名簿……ページが足りませんわ……最初の二ページ分」
紅玉が指し示した場所にはきちんと頁番号が書かれてあるのだが、「一頁目」と「二頁目」だけが綺麗に無くなっていた。
「……これも何ページか足りない部分があるな」
蘇芳が拾い上げ見ているのは、数字が大量に書かれた資料だ。帳簿か何かだろう。
「……確か、この研究所の資料は全て所長を務めていた神子管理部職員、矢吹が管理をしていたはずだったな」
「はい。どの書類の筆跡も矢吹のもので間違いありませんわ。当時から非常に仕事が細かい方で、口煩く注意していた記憶もございます。それなのにページが足りないなんて……矢吹にしてはあり得ないミスですわ」
紅玉と蘇芳がそんな考察をしている横で、轟が別の資料に目を通し、顔を顰めた。
「ホント、細けぇ男だったんだな……これ見ろよ」
轟はそう言うと、紅玉と蘇芳に持っていた資料を開いて見せた。
「っ!」
「これは……!」
そこには術式研究所の存在が明るみになった切っ掛けである誘拐事件の被害者――すなわち三十五の神子と二十二の神子の子息に関する情報や、生贄候補という悍しい書付が書かれた誰かしらの情報がびっしりと書かれていた。
他にも新しい術式の開発に関する記録や術式の仮説や紋章の書き換えの試し書きを記したものなど、術式研究所の悪事に関する全ての事が書かれてあった。
書かれているものは、非人道的で決して赦されない事ではあるのだが、その記録の取り方や残し方の丁寧さなど、仕事の腕としては一流と認めざるおえない何かがある。
「普通に働いていれば超優秀な職員だったのにな……」
轟がそう呟いた瞬間、紅玉の脳裏に曇天のような暗い髪と瞳を持つ眼鏡をかけた神経質そうな男性の顰め面が過ぎった――。
「何故こんなことをしたのでしょうね……」
「そんなこと、わからねぇよ……もう二度と……」
あの事件が発覚し、捕縛され監獄行きとなったかつての先輩職員。
今も監獄に閉じ込められていると思っていた――しかし、その命はもうこの世にないと先日知った。
彼がしたことは決して赦してはいけない――だが、彼の死により、また真実が一つ失われているような気がしてならない……。
そんな事を考えながら、顔を上げた紅玉の目に「それ」が入る――それは「ある事件」の資料をまとめた箱だ。
無力感と悲しみに胸が苦しくなるほど締め付けられ、紅玉は無意識に資料を握りしめる手に力を込めてしまっていた。
その箱に書かれていた事件の名は「藤の神子乱心事件」だった。