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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
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金糸雀色の研修生




 「新入職お披露目の儀」の翌日、とある御社の門に一人の人間が立っていた。

 先日の式典の儀式において、その身の全てが神力の色に染まり、〈神力持ち〉として開花し、その場の話題をさらったあの金糸雀色の女性だ。


 金糸雀色の二つ括りの髪はふわふわ揺れ、小動物のようなクリクリとした橙色の瞳は緊張と不安が浮かんでいる。その身に包むのは、奉公人が着る動きやすそうな黄金(こがね)色の着物だ。若葉色の帯が良く映えている。

 その金糸雀色の女性の名は雛菊。

 雛菊は今日から目の前の御社で研修を受けるのだ。


 雛菊は目の前にそびえ立つ御社の門を見つめ、今までの事を思い返していた。


 思えば、〈神力持ち〉だと判明してからの雛菊の扱いは、ただの職員から「神子になりうる可能性のある職員」となってしまい、どうやら一部から「利用価値のある娘」として認識されてしまったようだった。

 雛菊は、数多の上司達の気持ち悪い目に晒され、正直気持ちが悪く、鳥肌が立ったほどだ。

 ただ何故か、同じ新入職だが初対面のはずの少年と少女が雛菊の両脇をがっしり捕まえ、決して離れようとせず、むしろ邪な心を持って近づいてきた職員達をあしらってくれた。そのおかげで雛菊は悪意のある人間から守られていた。

 そして、何故そうなったのかはわからないが、研修先として当初予定されていた御社ではなく、別の御社を指定された。本来、〈神力持ち〉の研修先などは神域管理庁の上層部の話し合いで決められるとのことだが、今回に限っては皇太子殿下の許可は貰い、八の神子である金剛が決定したと、金剛自らが直接告げにきた。


(いやいや、あれには驚いたわよ。まさか神子様と直接会話する事になるなんて)


 うんうんと、雛菊は一人頷く。

 つい先日までただの一般人だった雛菊にとって、神子は雲の上の存在である――にも拘わらず、初日からその神子に話しかけられた上に、まさか身柄を保護までされるとは思わず、雛菊は最早混乱する間もなく、ずるずると流されるだけになっていた。

 しかし、金剛が研修先の変更を告げた途端、周囲にいた多くの職員らしき大人達が反対の声を挙げていた。中には怒鳴ってくる人もいて、思わず肩を揺らしてしまったが、隣で一緒にいてくれた少年が「大丈夫っす」と励ましてくれ、少女も「イッショにイマース」と声をかけてくれたおかげで、何とかその場を乗り切ることができた。


 それに雛菊にとって、ここ最近での一番の恐怖はそんなことではない。それに比べたら、あの怒鳴り声なんて猫の鳴き声程度のものだと雛菊は思った。


 そして、雛菊は思い出す。冬の終わりに受けた神域管理庁の就職試験について。


(いや、知っていたわよ。神域管理庁は就職試験がひっじょーーーに難しいってことはっ! でも、あたしも一応それなりの大学に入って、なかなか良い成績を残していたし、先生からもそう言われたのよ。あの天下の神域管理庁の試験も通過できるんじゃないかって。で、神域管理庁のお給金はそこそこ良いってことも有名だったし、受かったらいいなぁ程度の気持ちで受けて、筆記試験と面接試験があまりにも拍子抜けするレベルで簡単過ぎて甘く見過ぎていたのよね……本当の地獄はここからだった!)


 今でも雛菊の脳裏にその時の光景が蘇る。

 集団面接が行なわれた後、そのまま集団で何もない広い空間に案内され、そのまま閉じ込められて、全員で「え?」と疑問符を頭の上に浮かべている間に、目の前で黒い渦が巻き、それは現われたのだ。自分達の身長の十倍以上はある、まるで地獄の番犬のような真っ黒い化け物が。真っ黒い化け物が轟音のような音で吼えた瞬間、何人の受験生が気を失って倒れたことか。

 そして、試験官の声が無情に響き渡った。


「制限時間内にそれを倒してくださ~い。あるいは制限時間中に、攻撃を一切受けずに逃げ切ってくださ~い」


 その言い方はまるで「ちょっとお醤油を取ってくださ~い」くらいに軽いものだった。

 そして、雛菊はこう思った。


(あっ、あたし、しんだ……ってなったよねええええええ!! ホントに死ぬかと思ったよねええええええ!! ええもう逃げたわよ死ぬ気で逃げましたよ!! 壁が抉れるわ床は大破されるわの惨状の中、逃げ切ってやりましたよっ!! あの時のあたし、えらいーーー!! 人生で一番褒めてあげたいーーー!! あの時のあたしホントよく頑張ったーーー!!!! そりゃあ、神域管理庁の就職試験がこの国で最も難しい就職試験なんて言われますよ!! いやあれは難しいって言うより、厳しい、いや鬼畜だなっ!! 殺す気かっ!? 殺す気だったでしょーーー!!??)


 はあ、と雛菊はため息をついた。心の中で文句を叫び続け疲れてしまったらしい。


(ま、頑張ったおかげで、将来絶対安泰でエリート街道まっしぐらな上にお給金が良いと有名な神域管理庁に就職できたからいいんだけど……)


 再び蘇ってきそうな黒い化け物の咆哮を、頭を振って忘れようとする。


(……まあ、ちょっと厄介な事になってしまったけれど、あたしは神域管理庁を辞めるわけにはいかないしね。せめて、変なおじさんに捕まらないように、ひっそりと仕事をするのが目標。あと、精一杯真面目に働いて、クビ絶対防止!)


 随分とまあ控えめな願いではあるが、争い事や厄介事が苦手な雛菊にとって、権力抗争といったドロドロしたものに巻き込まれるのは遠慮願いたいので、平穏をひたすらに願うのも仕方ないことだろう。


(おっといけない。こんなところでボーッとしている暇なんてなかったわ。これで出勤時間に遅れるなんて事になったら目も当てられない)


 雛菊は大きく深呼吸はして緊張を和らげると、御社の門を二回叩いた。


「おはようございます! 本日、研修に参りました、生活管理部の雛菊と申します!」


 雛菊がそう言い終えると、大きな門が開き、人が現われた。


 癖のない漆黒の髪と漆黒の瞳に、左目の端には泣き黒子。紫の矢絣の着物と臙脂色の袴を身に纏った女性だ。

 女性はふわりと微笑むと、それはそれは美しいお辞儀をした。


「ようこそおいでくださいました、雛菊様」


 それは紅玉だった。


 そう、雛菊の研修先として選ばれた御社は、紅玉の妹の水晶が治める十の御社だったのだ。




*****




 話は「新入職お披露目の儀」の日に戻る。


 〈神力持ち〉が現われて、まだざわついているが、式典はまだ続いていた。

 そんな中、紅玉は蘇芳と蒼石に断って、水晶の傍から離れる。


「晶ちゃん、喉が渇いたでしょう? 何か飲み物を取って参りますね。」

「うん、いってらっしゃい」


 そう言って紅玉が向かったのは給仕をしている職員のところだ。

 その職員は非常に背の高い若い青年だった。恐らく十六歳の空や鞠と年齢は大差ないだろう。青みがかった黒い髪と江戸紫(えどむらさき)の瞳を持っている。


「お疲れ様です。すみません、何か甘い飲み物を頂けますか」

「お疲れ様でございます。では、こちらをどうぞ」


 青年は紅玉に甘い飲み物が入った杯を渡す。紅玉はそれを受け取ると同時に青年に先程何かを書き記した小さな紙を渡した。青年は何も言わずにニコリと微笑んだ。

 そして、紅玉は付け加えて言った。


「あと、今お持ちのそちらのお酒を八の神子様へ届けて頂けないでしょうか。『紅玉からの差し入れでございます』『返品不可能です』と」

「仰せのままに」


 青年は丁寧なお辞儀をすると、八の神子の席がある方へと向かった。


 紅玉は水晶の元へ戻ろうと、来た道を戻る。

 すると、向こうから(なまり)色の髪を持つ男性がやってくるのが見えた。その瞳は微笑みを湛えたまま開かれる事はない。何を考えているのかわからない男性だが、紅玉はその人物の姿を認めると、ニコリと微笑んだ。

 そして、紅玉とその男性は、すれ違った瞬間、互いに会釈をする。


「情報と調査、お願いしますね」

「仰せのままに、紅ちゃん」


 二人にしか聞き取れない声でたったそれだけの会話をすると、二人は逆の方向へ歩いていく。

 一仕事終えた紅玉は柔らかく微笑むと、水晶の元へと戻ったのだった。


 一方、紅玉に使いを頼まれた青年は、八の神子の元へと来ていた。


「失礼します、金剛様。こちら、紅玉様からの差し入れでございます」

「おぉ、紅ちゃん気が利くねぇ。丁度酒を切らした所だったんだよ」


 青年に酒を差し出され、振り返った中年目前の男性、この者こそが八の神子、金剛である。

 やや太めの眉に切れ長の金色の瞳に程良い筋肉の着いた身体、なかなか見目の良くて年齢の味わいを感じさせる男性だ。この日は式典という事もあり、顔も赤銅(しゃくどう)色の髪も綺麗に整えてあり、あちらこちらの女性の視線を奪っていた。


 その金剛は青年から酒を受け取る。その際、青年は紅玉から託された小さな紙を金剛の手に忍び込ませる。その瞬間、酒を貰って気分上々だった金剛の機嫌が急激に下降していくのが目に見えてわかった。しかし、そんなことお構いなく、青年は微笑む。


「返品不可能でございます」

「あーもうはいはい、わかったわかった。ったく仕方ねぇな。まったく、みんな、おいたんのことこき使い過ぎだっての……」


 金剛は青年を手であしらうと、小さな紙に目を通した。そして、そこに書いてあった文章を読むなり、天を仰いだ。


「ですよねぇ……そう言ってきますよねぇ……あーーー……めんどくせぇ」


 金剛はせっかく整えられた赤銅色の髪を掻き毟り、思わずぼやく。


 その手に握りしめた紙に書いてあった文章は、こうだ。


『研修先の変更を大至急』


「さてと……どうするかな……」


 金剛は重たい腰を上げ、席を立つ。

 向かうのは、すぐ近くにある皇族神子達が鎮座するその席へ。


 こうして、雛菊の研修先の変更が水面下で取り急ぎ行われたのだった。




新キャラ続々と登場です。

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