異能制御訓練へ
その日、十の御社は朝から賑やかであった。
「うみゅ、みんな、心配かけちゃってごめんね。晶ちゃん、今日から復活です」
「「「「「神子全快祝い~~~~~~っ!!!!」」」」」
「んでもって雛っちも今日から仕事復帰だよ~~~」
「ご、ご心配おかけしました!」
「「「「「雛菊復帰祝い~~~~~~っ!!!!」」」」」
酒好きの神々が酒を片手に声高らかに声を上げ、花の女神達が喜びに花びらを舞散らし、楽器の神々の演奏で場が更に盛り上がり、舞好きの孔雀の神が今日も激しく踊り狂う。
静かに朝食をとるはずの食堂が、今日は朝から宴会状態だ。
紅玉と蘇芳は軽く苦笑いだが、紫に至っては目から光が失われ、乾いた笑いしか出てこない。連日、突然の宴会が続いており、流石の紫も精神的疲労が蓄積されているようだった。
「おっかしいなぁ……昨日お酒補充したばっかなんだけど……」
「紫様、在庫の確認、わたくしも手伝いますから。勿論後片付けも」
紅玉が珍しく憐れんだ目をしながら紫に優しく言う。
「うっ、うぅ……! 紅ちゃんが優しくてこの後が怖い」
「はいはい、減らないお口はチャックして、ここは一旦わたくしに預からせてくださいまし」
本当に珍しく紅玉が紫に優しい。しかし、紫にその訳を考える余裕も最早無さそうだ。
すると、紅玉はパンパンと手を叩き、神々の注目を集める。
「皆様、盛り上がっているところ申し訳ございませんが、今日はお客様がいらっしゃいます。ですので、宴会はあと十分で切り上げてくださいませ。あとお酒は一人一杯まで。おつまみは朝食でどうぞ」
「「「「「えええええええええええええええ~~~~~~っっっ!!??」」」」」
「文句がおありなら、今後しばらく宴会禁止に致しますけど? 急な宴会、本日のこれで何度目だとお思いで?」
紅玉の微笑みの背後に猛吹雪が吹き荒れる――。
「「「「「異議なーーーーーーーーーし!」」」」」
「「「「「すみませんでしたーーーーーー!」」」」」
今日も見事な紅玉の手腕のおかげで、宴会は十分だけの極短時間に収める事ができた。
蘇芳は拍手喝采で紅玉を称え、紫に至っては紅玉に「ありがとう! ありがとう!」と何度も叫びながら、感涙に噎ぶ程だ。
すると、水晶が菓子を片手に首を傾げて言った。
「うみゅ、お姉ちゃん、お客さんって誰が来るの? 晶ちゃんに用事?」
「いいえ。わたくしと蘇芳様を訪ねて鈴太郎さんがいらっしゃいます」
「みゅ? りんたろー?」
鈴太郎といえば二十二の神子であり、一昨日来たばかりである。
「何の用なの?」
「さあ? わたくしも詳細は聞いておりません。ただ急用で頼みたい事があるとの事で……それで、晶ちゃんにお願いがあるのですが」
「うみゅ? なあに? 願いを叶えて欲しくば、いもにんチップスを献上せよ」
「今日を含めて、雛菊様の研修はあと四日しかありません。早急に異能制御をできるようになってもらわねばなりません」
「洗脳事件」の翌日とその翌日、たっぷりと雛菊を休ませたのは良いが、それで訓練の方が滞ってしまっている。これまでも何度か休暇を取らせてしまっていたのも大きい。
雛菊が優秀なおかげで、進みは決して悪くはないが、研修期間中までに異能制御を使いこなすという最終目標があるのだ。もうこれ以上の遅れは許さない。
「うみゅ、なるほど……言いたい事はわかった。そんなわけでお姉ちゃん、依頼料として、いもにんチップスを要求する」
「雛菊様~? 真昼様~? 雲母様~? れな様~? 少々よろしいでしょうか~?」
水晶の要求など端から無視の紅玉である。
祝杯をあげている神々の中からひょっこりと、手を繋いだ子ども達三人組がやってくる。やがて雛菊も揉みくちゃにされながらがようやっと姿を現した。
「呼んだか? 紅ねえ!」
「は、はい、なんでしょうかっ……?」
元気そうな子ども達の一方で、息絶え絶えの雛菊である。
「申し訳ありません。本日、二十二の神子である鈴太郎さんがいらっしゃる関係で、蘇芳様が雛菊様の異能制御の訓練のお相手をする事ができません」
「えっ!」
「雛菊様、ご安心ください。蘇芳様のお話では、雛菊様はもうすでに基本を使いこなせているという事ですので、あとは応用の問題らしいです。それで今日の雛菊様の訓練は十の御社の皆様にご協力願えないでしょうか?」
「なるほどな! そういうことなら任せろ!」
「お任せください~」
「……うん」
「十の御社のみなさんって……えっ!? 神様達!?」
「うみゅ、晶ちゃんもいる事を忘れないでおくれよ、雛っち」
すると、十の御社の結界内に訪問者が訪れた事を知らせる洋灯が灯った。それを見た蘇芳が紅玉に向かって言う。
「紅殿、すまない。鈴太郎殿が来たようなので、迎えに行ってくる」
「はい、蘇芳様。よろしくお願いしますわ」
蘇芳が食堂から出ていくと、紫が神々に向かって「はいお開き~! お開きだよ~!」と言いながら、次から次へと杯を回収していく。
そんな中、雛菊が恐る恐る口を開いた。
「あ、あの、神様達と訓練って……い、い、一体何をすれば……?」
その質問に答えたのは雲母と真昼と水晶だった。
「とにかくぅ、雛菊さんにはぁ、異能を使いこなしてもらわないといけないのでぇ~」
「雛菊さんは、人の心を読んだり、読まれたりする異能だから、それをしたりされないようにしなきゃなんねぇから」
「うみゅ、一番てっとり早いのは、みんなと手を握り合って、見つめ合って、心を読まれないようにしたり、心を読まないようにしたりして、自分の異能を制御してもらうってとこかな」
「…………は、い?」
水晶の話を聞いた雛菊は顔を一気に青くさせ、まるで絶望したかのような顔になると、膝から崩れ落ち、床に倒れ伏した。
「むりぃいいいいいいいいいっっっ!! むりですっ! むりだってぇっ! どう考えてもむりぃいいいいいいいいいっっっ!!」
突然叫び出した雛菊に、子ども達は慌てたように雛菊の前にしゃがみ込む。
「雛菊さん、頑張ろうぜ! 雛菊さんは神力の操作上手だからさ、きっとすぐ終わるって!」
「うんうん、そうですよぉ~。雛菊さんなら異能の制御もすぐできるようになるはずですってぇ~」
「がんばろ。ね?」
「う、うぅ……う……」
可愛い子ども達に励まされて、雛菊は意を決し――。
「やっぱむりぃいいいいいい!! ハードルが高いっ!! 難易度が高いっ!! むりだってぇええええええっっっ!!」
「大丈夫だって! そんなに難しいことじゃねぇって!」
「うんうん、そうですよぉ~。訓練はぁ、全然難しくないですよぉ~」
「がんばろ。ね?」
((いや、多分そうじゃない))
必死に励ます子ども達の横で、紅玉と水晶の姉妹は雛菊の真意を察していた。
「むりよぉっ! 真昼君と雲母君とれなちゃんとならいいわよっ! むしろ喜んでやるわよっ! でもっ! でもっ! でもぉっ! 他の神様達とはむりぃいいいいいいいいいっっっ!!」
雛菊は顔を更に真っ赤にさせ、いつの間にか集まりつつあった大人の容姿をした神々に指差しながら、床に突っ伏して叫んだ。
「イケメンで、美女で、美少年で、美少女で、煌びやかで麗し過ぎる神様達と手を取り合って見つめあうとか何の羞恥プレイ!? むりっ!! 不可能っ!! あたしの心臓壊す気かぁあああああああああっっっ!!??」
「そんなに嫌なのかよ」
泣き崩れる雛菊を見ながら、真昼が呆れたように言う。
「うみゅ~~~雛っちは珍しいね~。普通の女子ならば、イケメンと手を繋げたり、見つめ合ったりすることができるなら、泣いて喜んでお金払ってでも行くものじゃないの~?」
「世の中の女子が、全員が全員そうだとは思わないで!!」
「でも、神様だよ? 只のイケメンじゃなくて、イケメンの神様だよ? 美人な神様だよ? おててニギニギすれば、ご利益あるよ~?」
「ご、ご利益……」
水晶のその言葉に、一瞬心動かされそうになる雛菊――。
「うみゅ、えっちゃんって何の神様だっけ?」
「儂は、槐樹の神じゃよ。要は樹の神様じゃ。植物がよぉく育つようになるぞい」
「まっさんは?」
「俺は深成岩の神。石の神だな。鉱物が採取しやすくなるぞ」
「いろはたんは?」
「私は歌留多の神よ~。歌留多が上手になるわよ~~~」
「んなご利益いらんわああああああっ!! 何よそのゲームスキルみたいなご利益っ!?」
心の中で叫んだところで筒抜けなのは分かっているせいか、最近の雛菊は思った事を遠慮なく発言していた。的確過ぎるその発言に、笑いを堪える必要のなくなった神々も遠慮なく大笑いをしている。
しかし、笑っている暇などない。雛菊には研修期間中に異能制御を習得しなければならないのだ。
その時、誰かが雛菊の腕を乱暴に引く。気づけば、鈍色の男神の鋼が雛菊を冷たい視線で見下ろしていた。
「おいごら泣き言言っている暇があったら、とっとと異能制御しろ、このちんちくりん」
「ひぃっ! すみませんっ! ごめんなさいっ! (あなた様がカッコよすぎて恥ずかしいから)離してっ!!」
いくら冷たい視線で睨まれようが、鋼も非常に見目麗しい神なのである。雛菊は羞恥で顔が赤くなってしまう。
「誰が離すか。しっかり異能制御しろ。心の声、駄々漏れだぞ」
「容赦ないっ!!」
「ちなみに俺は刀の神。刃物を扱うのが上手くなる」
「だからっ! なんでご利益がゲームのスキルっぽい感じなの!!??」
「黙れ。さっさと修行始めるぞ」
「いやああああああっ!! 許してぇええええええっ!!」
鋼は雛菊が泣き叫ぶのも気にせず、ずるずると雛菊を引き摺っていく。
「鋼様! 雛菊様に乱暴な真似は止めてくださいまし!」
紅玉の叱る声も無視し、鋼は食堂を出て、玄関広間へと向かう。
そして、その玄関広間にて、その人物達と鉢合わせした。
「あ、鋼君に雛菊さん、おはようございます。そして、お邪魔しています」
「鋼! そして、姫君! ご機嫌麗しゅう!!」
蘇芳と共に玄関広間にいたのは、二十二の神子の鈴太郎と、お付きの神の時告だ。鈴太郎の手には鳥籠が提げられており、中の小鳥が「チチッ」と囀った。
雛菊は涙目で鈴太郎を見た。
「鈴太郎さん! 助けてください!」
「えっ!? はいっ!?」
「あたし、まだしにたくないっ!!」
「へっ!? どっ、どういうことですか!?」
「異能制御のためとはいえ、イケメンな神様達と手を握り合うとか羞恥プレイ過ぎて無理! しぬ! しんでしまうっ!!」
「あ~~~、そういうことですか~……」
鈴太郎はいろいろ察した。そして、止める事ができない――雛菊の為にも。
『姫、ワタクシがお助けしましょうか?』
「――へっ?」
聞き覚えのない声が聞こえ、雛菊は辺りをキョロキョロと見回す。
『姫、姫! コチラです!』
ふと、鳥籠を見ると、中にいる月のような淡い黄色い羽を持つ小鳥が羽ばたきを見せながら、「チチッ」と囀っている。
『お初にお目にかかります、姫。ワタクシは神獣でございます』
「えっ!? 鳥が喋った!?」
『それは姫の力のおかげでございます』
その言葉を聞いて、雛菊は一気に冷静になった。
(……あたしの異能……有能過ぎかよ)
まさか神獣の声までも読み取ることができるとは思わず、雛菊は思わず乾いた笑いを浮かべた。
しかし、雛菊は気づかなかった。己を見つめる鈴太郎や蘇芳の目が驚き見開かれている事に。
『姫、ワタクシめに出来る事はございませんか?』
「え、目の前のこの神様止めて欲しいんですけど……」
『これ、刀の男神! 姫君の願いを聞きなさい! ここはかわゆいワタクシめに免じて、見逃しなさい!』
パタパタと羽を羽ばたかせ、神獣は鳥籠の中で訴えた。その姿は酷く愛くるしい――だがしかし。
「そんなこと言っている暇はない。お前の姫の為を思うなら、つべこべ言わずに修行に見送れ。あと、俺は『可愛いもの』に一切興味はない」
『一刀両断っ!』
そして、鋼は再び雛菊を引き摺って行く。
「いやあああああああああっ!! 勘弁してぇえええええええええっ!!」
「黙れ。大人しく観念しろ」
雛菊の叫びも届かず無慈悲にも扉は開かれ、雛菊は外へ引き摺りだされる。
扉を閉める前、鋼は溜め息を吐きつつ、若干呆然としている蘇芳と鈴太郎を見て言った。
「お前らは無駄に良い頭絞って、なんとかしろ」
そして、扉は閉められた。
この御社の神様達、宴会しすぎじゃないかと思ったそこのあなた!
毎日宴会している御社もあります……。