禁術を教えたのは……
※流血・残酷表現があります。閲覧ご注意ください。
「……お察しが良くて、助かるよ」
ニヤリと不気味に幽吾が笑った。それを見て、萌はますます恐怖に顔を青く染める。
「君が神子になったところで、もれなく僕らの『敵』となって『排除』の対象になっていただろうねぇ。あ、でも、結局今もまさにそれだから、どっちにしても結果は変わらなかったね。あははははははっ!!」
「幽吾くぅん、その笑い方は止めた方がいいわよぉ。それじゃあまるでワタシ達の方が悪役みたいじゃな~い」
しかし、そう諌めるように言う世流も、その顔に浮かべる妖艶な笑みは、どちらかと言えば悪役そのものであった。
萌は最早恐怖で立っている事を保つことができず、その場に座り込んでしまう。そして、今後の自分の行方を想像し、さらに恐怖で身体を震わせる。
「こっ、殺すつもり!? わっ、私を消すの!?」
「落ち着け。殺しはしない。『排除』といっても、この神域から『永久追放』という事だ。だが、その前に、君には牢獄に入ってもらって、己の犯した罪と向き合い、償ってもらう。覚悟するんだな」
焔の言葉には、実に深い意味が込められていた。
しかし、焔の言葉を受け入れようとせず、萌は嫌々と首を横に振る。
「私、悪くない! だ、だって、私、言われたの! 私は神子になれる貴重な存在だって! その為に協力は惜しまないって! あの人に騙されたの!」
牢獄に入れられると聞いて、萌は罪から逃れたい一心で語り出す。それは、今回の件の核心に迫る内容のようだった。
それを聞いた朔月隊は、その事に気付き、互いに顔を見合わせながら頷き、萌の前に美月がしゃがみ込んだ。
「なあなあ、なんで雛菊ちゃん狙ったん?」
独特の話し方に、愛らしい相貌の美月が話しかけてきた事もあり、萌は少し冷静さを取り戻す。そして、声を震わせながら語り出した。
「私が神子になるのに足りないのは、神力って言われて……それで、〈神力持ち〉のあの新人が現われたから、〈神力持ち〉から神力を奪い取れば、神子になれると思って、それで」
「『神力を奪い取る』って、そんなことできんの?」
「『神力を吸収する』神術を教わったの」
「……なあ、それって、『洗脳』の術とか、さっきの『式』の術も同じ人が教えてくれたんちゃう?」
「そ、そうよ……! 私は、その人に唆されたのよっ!」
「はいはい、ストップ。少し熱くなってきているから落ち着いてね」
幽吾が萌の言葉を遮って言う。
「君は、それらの術が紋章の書き換えがされた禁術で、尚且つ過去に罪を犯した『研究所』が作った術っていうのをご存知?」
「……は? 禁術? 研究所?」
「……あのさぁ、君、一応紅ちゃんと同期だよね? 神術は何でもかんでも使っていいものじゃないし、紋章の書き換えは禁止だし、使用許可出されている神術の中にも使用規約が厳しい神術もあるのを分かっているよね?」
「…………え?」
「あっ、ダメだこの子! 仮にも君、就職して四年目でしょ!? 神術使用規約くらいは把握していないとダメでしょ!」
幽吾は「これだから最近の若い子は」と言いながら、愕然とした。幽吾に代わり、美月が説明を続ける。
「……アンタが使っていた術は、『研究所』っつうとこで作り出されたあかん術らしいんや。でも、それらの術は禁術となって、封印されていたはずなんや。やけど、今、アンタがそれを使っとる。これ、どない意味がわかっとるよね?」
美月の説明に、萌は顔を青くさせ、首を横に振り続ける。
「しっ、しらない! 私、禁術だって、封印されていたなんて知らない! 使っちゃダメなのだって知らなかった!」
「わかっとる、わかっとるから落ち着きぃや。アンタが研究所と関わりがない事も、ウチわかっとるから」
「ホ、ホントよ! あの人が役に立つからって、洗脳の神術とか、神力を吸収する神術とかを教えてくれて、使えって――」
「……なあ、アンタに禁術を教えたんは、誰なん?」
美月の核心に迫る質問に、萌は一瞬たじろぐ。ようやっと気持ちの整理がつき、口を開こうとした――その瞬間。
「っ!? 避けろおおおっ!!!!」
蘇芳が叫んだ直後、萌の胸を鋭利な黒い刃が貫いた。
気づけば、どろりと禍々しい殺気を纏った黒い醜いモノが萌の背後に立ち、鋭い刃のような腕で萌の身体を突き刺していた。
噎せ込み、血を吐きながら、絶望に顔を染める萌は、最早悲鳴を上げることすらできない。
「てんめええええええっっっ!!!!」
轟が殴りかかるも、拳は空を切るだけで、黒い醜いモノは影のように消え去ってしまった。
萌はその場に崩れ落ち、全身を痙攣させながら血を吐いた。
「萌さんっ!!」
紅玉が萌に駆け寄り、咄嗟に傷口を押さえる。
「くそっっっ!! 逃げんな!! ふっざけんな畜生がっ!!」
「落ち着け、轟! 神力を伝って敵を探知する!」
轟を宥めながら、天海は神経を集中させる。
「うっちゃん、さっちゃん! 周辺を捜索! 犯人がいるかもしれないわ!」
「「かしこまりました!」」
世流の指示で右京と左京はすぐさま動く。
「焔ちゃん! 手伝ってください!」
「はい!」
「美月ちゃん! わたくしの着物の袖を切ってくださいまし!」
「任せとき!」
「傷口を押さえろ! 止血の神術を使う!」
駆け寄ってきた蘇芳がすぐさま術式を書き始める。その横で美月は躊躇う事なく紅玉の着物の袖を切り裂き、紅玉がそれで萌の出血を抑えようとするが、あっという間に血が滲んでいき、出血が抑えられない。
「しっかりなさい! 死んではダメです!」
「あかんっ! 血が止まらへん……!」
「美月ちゃん、追加の布をくれ!」
「くそっ! 傷が深すぎる!」
「ダメだ! 探知できない!」
「はあっ!? どういう事だよ!? 天海!! ふざけんじゃねぇぞ!?」
「ちょっと轟君、落ち着いて!」
怒号や大声が飛び交い、辺りは血の臭いが充満し、場は混乱を極める。
しばし文は呆然とそれを見つめていた。
しかし、倒れている萌を見ている内に、湧き上がる衝動を抑えきれなくなり、顔を歪ませて彼女を睨みつけると、彼女へ近付こうとした――が、文は腕を掴まれ、それを阻まれる。
「文、ダメだよ」
「――っ、離せ、幽吾!」
「言霊で人の命をどうにかしようだなんて、それは許されない。君に跳ね返って、君の命が危うくなる。だから、ダメ。許さない」
幽吾は掴んだ手にさらに力を込めた。
「……俺は殺そうだなんて思っていない」
「分かっているよ。君は逆の事をしようとしているんだろう? でも、それもダメだよ」
「じゃあどうすればいいっ!? この女は重要な鍵を握っている! 研究所の禁術も! 研究所の関係者も! 裏で糸を引いていた人物も! 姉さんの事件もっ!! 今こいつを死なせたら、また真実が全部闇に葬られてしまう!!」
珍しく大声を出す文に驚きつつも、全員その言葉に胸が締め付けられていた。
真っ赤に染まる己の手を見ながら、紅玉は思い出す。真っ赤に染まった凄惨な記憶を。
目の前にある血塗れの萌の姿が――血溜りの上に倒れる蜜柑色の瞳の大切な人の姿と重なっていく。
紅玉はハッと我に返り、頭を振った。
(今は目の前の人に集中しなくては!)
傷口を押さえる手に力を込める。
その時、紅玉は、焔が神妙な面持ちで文を見つめている事に気付いた。
「……焔ちゃん?」
声をかけるも、焔は反応を示さない。
やがて焔は視線を下げて、血塗れの萌を見つめ、眉を顰めながらボソリと呟いた。
「真実が闇に葬られる……私がした事も結局は……」
「焔ちゃん?」
「ほむちゃん、どないしたん?」
焔が何を言ったのか聞きとれず、紅玉と美月は焔を心配そうにのぞき込む。
すると、焔は決意したかのように顔を上げた。
「幽吾! 許せ!」
焔の呼び掛けに幽吾が振り返った時にはすでに遅く、焔の周りに銀朱色の神力が煌めきを放っている所だった。
「待て! 焔!」
「いいんだ。私はどうせ、もうすでに罪人だから――」
焔は微笑みながら、神術を発動させた。辺り一面が銀朱色の光に包まれていく――。
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暗い部屋の中、その人物は己の術が発動した事を察した。
あれは、己の職務に嫌気が差し、神子になりたい、自分が神子になれると信じていた愚かな女にかけていた術だと記憶している。
昨夜の事を思い出していた。
己自身の失敗で遊戯街の地下牢に閉じ込められていた、間抜けで愚かなあの女を、式を使用し助けた。
わざわざ御札を渡して、十の神子の弱体化を狙ったというのに、肝心の実行犯が地下牢に閉じ込められたら意味がない。
面倒だとは思ったが、そこまでの温情はかけてやった。
しかし、蓋を開けてみれば、結果失敗。
あの女は仁王の姿を見た瞬間、尻尾を巻いて逃げていった。
本当に愚かで使えない女。
あの女に代わり、標的に洗脳の術をかけようとしたが、強い守りの術に阻まれてしまった挙句、強力な結界が張られた為、最早手出しできない状況になってしまった。
せっかくの千載一遇の好機を結局棒に振ってしまい、怒りしか湧いてこない。
あの女に文句を言わねば気が済まないと思っていたら――。
「もう一度やるわ! 今は手応えを感じなくても、一日中洗脳の術をかけ続けて精神的に追い詰めれば、必ず洗脳できるはず! こんなところで諦めて堪るもんですか!」
その言葉を聞いた瞬間、この愚かな女を見限ることを決めた。
あの女はどうしようもなく愚かな女だった。
何でもそつ無くこなし、頭も良く、その上見目も良い方。あらゆる能力を必要とされる神域管理庁の職員としては重宝される人材だ。
ただ唯一の欠点として挙げるのであれば、彼女は努力や疲労を嫌っていた。楽をして生きたい。人のために尽くす事に向かない性格であった。
故に神子になりたいだなど、愚かな事を考えるようになっていた。
そんな事を考える人間など、神子になれるはずがあるはず無いのに。
だからこそ、自分の手駒として利用しやすかった訳なのだが――結局それも失敗に終わった挙句、どうやら自分自身で神術発動の鍵を開けてしまったようだ。そう思うと同時に、彼女に術をかけておいて良かったと思う。
本当に、最後の最後まで愚かな女だった――。
そう思った次の瞬間には、愚かな女の事など忘れてしまっていた。あんな愚かな女の事など考える暇などない。
考えるべきは次の一手――その人物は闇夜の中で思考を巡らせた。