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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
63/346

朔月隊のお仕事




 生活管理部とは、神域内で暮らす神子の生活の援助を担う重要な部署である。

 参道町配属となれば、神域内の清掃や、神域内の送迎を担う乗合馬車の運転手をし、郵便や荷物の配達をする。

 御社配属となれば、御社で暮らす神子の為、炊事・洗濯・掃除などの生活を支える役目を担う。

 神子の生活を身近に支える、大変光栄な仕事なのである。


 しかし、彼女はそう思わなかった。


 来る日も来る日も、まるで召使いのような仕事ばかりをさせられ、特別感謝される事もなく、むしろそれが当たり前の仕事。

 一方で、神子は何もしなくても、麗しき神々に囲まれ、たくさんの人々に愛され、慕われる。それが当たり前の仕事。


 理不尽だと、彼女は思った。


 毎日毎日、埃と汗に塗れながら、手に皸をたくさん作って、馬車馬のように働いている自分こそ、誰よりも労われ、敬われるべきなのに――何故、何もしない神子が、幸せも名誉も何もかもが得られるのだ? たかが神力が人より少し強いというだけで。

 神力ならば、自分だって強い。何故なら自分は〈異能持ち〉だ。普通の人間とは訳が違う。




 これでもう少し神力が強ければ、自分が神子になれるはずなのに。

 自分だって強い神力を持っているのに。

 働き者で、見目が良い方で、成績も良い方の自分だって、神子に相応しいはずなのに。

 神子になりたい――誰からも愛される神子になりたい。

 その為に必要なのは、あと少し足りない神力――。




 そんな事を思っていた彼女に、ある日悪魔が囁いた――。




**********




 外套の下から現れたのは、僅かに漆黒が混じった抹茶色の肩程の長さの髪に、淡い黄色の瞳の女性――萌だった。


「……貴女が犯人だったのですか……萌さん……」


 ぽつりと呟いた紅玉を萌は物凄い形相で睨み付けた。


 これで答えはハッキリした。昨晩と今夜、雛菊に洗脳の禁術をかけていた犯人は、萌という事である。


「待って! 訳が分からないわ!」


 しかし、未だに目の前の犯人を認められないのは世流だ。


「彼女は昨晩、ワタシの『幻術香』で確実に眠らせて、遊戯街の地下牢に閉じ込めていたのよ!? そして、今朝までちゃんといたし、宿泊費もがっぽり請求したし!」


 世流はそう言いながら、手で金の形を作る。


「おい、世流、それ止めろ。あと、こいつが犯人で、どう見ても間違いねぇだろ」

「だって! 轟君! これを認めちゃったら、遊戯管理部にとっては大問題よ! だって違反者を逃したって事になるんだから!」


 世流の言葉に、同じ遊戯管理部である右京と左京も激しく頷いている。

 違反者を逃したということは、今後もその可能性があるも同意であり、今までも気付かずに逃していた可能性だって否定できないのだ。遊戯管理部にとっては非常に由々しき事態である。


「……まあ世流君が混乱する理由も分からないではないけど、今後の対策については後で考えようね。あと、君からもたっぷりご説明願おうか。生活管理部参道町配属巽区担当、萌」


 幽吾の顔は、いつもの笑みは鳴りをひそめ、酷く冷酷なものだった。


「君には職員に危害を加えた容疑と、禁術使用の容疑と、あとついでに遊戯街の地下牢から脱獄した容疑がかけられている。動機や禁術の入手方法、あと脱獄の方法まで、洗い浚い全部吐いてもらうよ……どんな手段を使ってでもね」


 周囲に冷気を撒き散らす程、恐ろしい幽吾の圧に、萌は一瞬たじろぐ。


「言っておくけどなぁ、ダンマリ決め込むんじゃねぇぞ」

「逃げようたって、そうはいかないで」

「君は最早袋の鼠だ。逃げる術などない」

「大人しく観念するんだな」


 大勢の人間に見下されるように追い詰められ、萌はますます顔色を悪くした――と、思われていた。


「ぷっ! ふふふっ、あはははっ! あははははははっ!!」


 突然、彼女は笑い出す。壊れたかのように。


「逃げる? 袋の鼠? 観念? まるで私が悪役みたいな言い方……やめてくれない? 私がこんなところで終わる訳ないでしょ!」


 萌の言葉に、誰もが眉を顰めた。


「……往生際が悪い」

「「誰がどう見ても、悪役は貴女です」」

「しつこい女は嫌われちゃうわよ」

「禁術を使って、雛菊様を苦しめた貴女の罪は重いです。きちんと償って頂きます」

「黙れ! この〈能無し〉!!」


 萌は憎しみの籠った瞳で紅玉を睨みつけた。


「〈能無し〉のくせに、私に意見するなんて生意気で無礼だわ! 私は神子になる特別な存在よ! わかる!? アンタなんか地面に顔を擦りつけるのがお似合いよ!!」


 萌の言葉に、蘇芳が怒気を瞬時に膨らませるが、隣に立つ紅玉が蘇芳の袖を引き、諌めた。しかし、そんな蘇芳にも恐れる事なく、萌は叫ぶ。


「私はこんなところで終わらない! 私は神子になるべき存在なのよ!! 毎日毎日毎日毎日毎日っ! 汚れて疲れる仕事ばっかりっ! 神子の召使いなんてもうごめんよっ!!」


 その言葉に全員が動機を察した。


「必ず神子になってやるんだから! その為には多少の犠牲も仕方ないわよね! そうよ! だって私が神子になる為にそうするべきだと言ってくれたんだから!!」


 その瞬間、不気味な黄緑色の神力が迸った。萌から放たれる神力の圧に耐え切れず、文の言葉の檻が弾け飛び、全員咄嗟に後方へ跳び退け、萌から距離を取った。

 そして気づけば、萌の周りから、どろりとした真っ赤な醜いモノが生み出されていく。十匹や二十匹では足りない。百を超える数が萌の周りを囲うように立っている。形は人のようだが、人ではない。


「邪神かっ!?」


 轟の言葉に全員警戒するが――。


「いや、違う。あれは……紙人形? え、いや待って、そんなはずは……」


 幽吾は信じられないといった顔で真っ赤な醜いモノを見た。

 幽吾の反応を見て、萌がニヤリと笑う。


「ただの紙人形だと思ったら大間違いよ! これは、殺しもできる従順な『式』よ! 相当神力の強い者でないと作りあげる事ができない、まさに選ばれし者の為の術よ!」


 得意げに萌は叫んでいる。そんな萌の様子に、幽吾はすでに嫌悪を通り越して、呆れ顔であった。


「ご丁寧な説明をどうもありがとう。おかげで君に聞きたい事がもう一つ増えた訳だけど」

「残念だったわね! アンタ達は全員ここで死ぬの! そして、私が神子になる為の生贄となるの! 喜びなさい!」


 萌の言葉に幽吾はもう限界だった。轟の方を向いて叫ぶ。


「もうヤダ! 轟君! あの女、痛すぎて、話全然通じないんですけど!? 僕、あの女の相手ヤダ! 代わってよ!」

「俺様だって嫌だっつーの! おい世流! てめぇは両刀使いだろ!? てめぇが相手してやれ!」

「ちょっとその言い方かなり語弊! ワタシだって、そんな勘違いちゃんイヤよ!」


 ぎゃあぎゃあと不毛な争いを続けている一方で、紅玉は「式」と呼ばれた真っ赤な醜いモノを見て、目を見開いていた。


「あれは――――っ」


 それを見て、紅玉は過去の記憶を思い出していた。血塗られた真っ赤な記憶を――。

 ドクリ、と心臓が嫌な音を立てる。


「紅殿!」

「紅玉先輩、大丈夫ですか!? 顔色が!」

「――だい、じょうぶですっ」


 若干青褪めている紅玉を蘇芳が支え、焔も驚いたように紅玉を気遣うも、紅玉はなんとか己を必死に支えようとする。

 そんな紅玉を見て、萌は嬉しそうにニヤリと笑った。


「ふふふっ、〈能無し〉、私の力が恐ろしいのね。ええ思う存分甚振ってから殺してあげる」


 萌は右手を上げた。


「だってあなたから奪い取れる神力なんて欠片も無いんだから!!」


 そして、その手を振り下ろす。


「殺せっ!!!!」


 一斉に大量の式が朔月隊に襲いかかる――!!!!


「はっ――バカか!?」


 轟はニィッと笑い、山吹色の瞳を爛々と輝かせると、向かってくる式に飛び込んでいく。


「っらあああっ!!」


 「ぐちゃっ!」と何かを潰したような音を立てながら、轟はその手に握る重たく太い金棒を軽々と振り回し、式をどんどん潰していく。しかも、一撃で。気がつけば、轟の周りには式など一匹も残っておらず、式達が煙のように消えていくところだった。


「はあいっ! お姉ちゃんと、あっそびっましょっ!」


 色気溢れる紫がかった黒い瞳の片方をパチリと瞑ると、世流は腰に提げていた鞭をひゅんと音が鳴る程素早く振り回す。「ビシッ! ビシッ!」と撓る音を響かせて、式に次々と鞭を当てる。一切の無駄がなく、百発百中だ。そして、世流の周りにも式の残骸のような煙だけが残る。


 他の顔触れも次々と式を屠っていく。


 猫のようなしなやかで速い動きで美月は式を爪で切り裂き、

 黒い翼を広げて宙を舞う天海は天から式を羽根で射て、

 右京と左京は双子ならではの息の合った動きで式を巨大な武器で殲滅させ、

 文の言霊で動きが封じられた式を、焔が火焔の異能を込めた銃で撃ち抜いた。


 その時間はほんのわずかである。ものの一分も経っていない。


 萌の顔に、先程までの余裕が一気に消え、青くなっていく。そして、萌は咄嗟に紅玉を睨みつけた。


「〈能無し〉を殺せっ!!」


 萌の命令で、式のほとんどが紅玉へ襲い掛かる。

 〈能無し〉だから、簡単に倒せると思ったのだろう――と、紅玉は冷静に考えながら、目の前に迫る式の動きを見た。


 ひらり、はらり、しゃがんで、跳んで、くるりと回って――式から繰り出される攻撃の数々を、紅玉は全てかわしていく――そして、式の首筋に向かって、脇差を振るっていった。

 それはまるで舞うような動きである。


「な、んで……っ!?」


 萌は目の前の光景を信じられない思いで見ていた。

 その間も、次々と消されていく式達。

 余裕すら感じられるほど、洗練された動きで式を倒していく九人。

 幽吾や蘇芳は手を出す必要がなく、只の傍観者に徹する事ができる程の余裕である。


 やがて式は一匹も残さず、全て屠られ、残った者は萌ただ一人だけとなった。

 己の式を全て屠られた萌はより一層顔を青くさせ、声すらも出せなくなっていた。


 萌の周囲を再び十人が取り囲む。


「さあ。これだけ力の差を見せつけられて、まだ抵抗する気かな?」


 幽吾はトントンと地面に足を叩き付け、神術を発動させる――瞬間、巨大な黒い犬のような獣が萌の目の前に現れ、恐ろしい唸り声を響かせて鋭い牙を剥く。

 それだけで萌の戦意は一気に喪失し、最早抵抗する気も起きなってしまう。代わりに、恐怖で身体を震わせていた。


「ア、アンタ達……何者よ……!? 大量の紙人形だけじゃなく、あれだけの数の式を倒すなんて……!」


 声を恐怖で震わせながら、萌は叫んだ。

 幽吾はニヤリと不敵に微笑みながら、言う。


「僕らは『朔月隊』――朔の如く闇に隠れて存在する秘密部隊さ」

「朔月隊……?! 何よ、それ、聞いた事ない……!」


 萌の言葉に、目をギラギラと輝かせて轟が言う。


「俺様達は神域管理庁非公認の部隊だからな。知らなくて当たり前だ。何せ、俺様達の仕事は、おめぇらみたいな陰でコソコソ隠れて、表立って処罰できねぇ外道をぶっ飛ばす事だからな!」

「し、神域管理庁非公認……!? 政府が認めていない部隊なんて、そ、そんなこと許されるはずが―――」

「――いいえ」


 萌の言葉を遮って、紅玉が口を開く。


「わたくし達『朔月隊』は神域管理庁非公認ではありますが、『大和皇国の平穏』を守る為に存在する事を許されている特別部隊でございます。わたくし達の使命は『大和皇国の平穏』を守ること――すなわち、『大和皇国の平穏』を『害為す存在』だと判断すれば、わたくし達はそれを『敵』とみなし、全力で排除します。それが例え神域管理庁の上層部の人間でも、神子であったとしても」

「っ!!??」


 萌は驚きに目を見開き、息を呑んだ。

 大和皇国において、敬われるべき神子ですらも排除すべき存在になり得ると聞いて、信じられないからだ。


「な、んでそんなことをするのよ……! この国にとって、神子は、貴重で重要で大切な存在よ!? それこそ、大和皇国の平和の為に、神子は必要不可欠じゃない!」

「ええ、その通りです。神子様は守るべき大切な存在です」

「だったら――!」

「ただし、心清き神子様に限りです」

「…………は?」


 呆気にとられる萌に、紅玉は眉を顰めながら、言葉を続ける。


「神に選ばれし存在である神子様の存在は、大和皇国において大変重要なものです。神子になる事は、大和皇国の中心を手にしたのも同じ――それが故、神子様を巡り、醜い争いが昔から何度も繰り返されてきたり、神子自身が己の立場を利用し悪事に手を染めたり、という歴史もある程です……しかし、それにも関わらず、約三年前、己の欲の為に、神子という『存在』と『立場』を利用した人間二人が惨い最期を迎えました……当時職員であった貴女もご存知のはずです」


 紅玉にそう言われて、萌は思い出す――とある神子と職員の話を。


 当時、一部神子の高齢化が相次ぎ、後任の神子を探す為、「神の託宣の儀」が頻繁に行なわれた。しかし、いくら「神の託宣の儀」を行なっても、神子が見つからず、とうとう痺れを切らした神域管理庁は、ある職員が推薦した少女を後任の神子として認めた。

 しかし、蓋を開けてみれば、神子の後ろ盾であった職員は税金から出される多額の神子への補助金の一部をせしめ、神子は己に課せられた使命を忘れ、我儘放題の遊興三昧。神子とは思えぬ程、不品行な行動を繰り返した。挙句、神子は神域管理庁の職員との行為だけには飽き足らず、神にまで色目を使い誘惑した。

 しかし、そうして欲に溺れた結果、神子は邪神に惨殺され、後ろ盾となっていた職員も責任を取り、懲戒免職――の直後、邪神に喰い殺されてしまった。


 そして、この日を境に、神域は邪神が絶えない日々が続き、現世でもまた天変地異が続く不安定な日々に陥ったのだ。


「……神域が邪神で溢れれば、現世では天変地異や災厄が絶えません。邪神は人の醜い心から生み出される災厄の源です。それを祓うべき存在である神子の心が、邪な心や醜い欲望に満たされていては、神域はすぐに邪神で溢れかえってしまいます。ですから、わたくし達は、神子に相応しくない神子を排除する任も請け負っているのです。勿論、公には神子は排除できませんから――朔の如く、闇に隠れて、秘密裏に……ですが」


 紅玉の話を聞いていた萌は、青褪め、凍りついたかのように動けなくなる。

 何故なら、この三年で、相当な数の神子が代わっている事を知っていたからだ。中には理由も明かされず、ひっそりと神域から姿を消した神子もいる。

 神子だけではない。この三年で、神域管理庁の体制も大きく変わっていた。上層部の人事関係の報告を、一体何度目にしたことか、最早覚えていない。


 そして、今目の前にいる「朔月隊」と彼らの「仕事」を照らし合わせれば――自ずと答えが導き出されていく――。




朔月隊のイメージは必○仕事人的な感じです。

流石に命までは取っていませんが、社会的には葬っています。

ええ、容赦なく社会的抹殺です。

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