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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
62/346




 日付が変わった夜更けの事である。十の御社の近くに外套を纏う人物が佇んでいた。

 その人物は己の神力を操作し、十の御社の中へと呼び掛け始める。


 ――門を開けて、結界を壊せ、そしてこちらへ来い


 何度も何度も神力を送り続ける。昨夜から何度も何度も行なってきた行為だ。

 日中は手応えを感じなかったが、諦めずに絶えず神力を送り続けていたら――。


(今はほら、手に取るように分かる。あの金糸雀色の女が操り人形になっている事に)


 ――御社の者に決して見つかるな、一人でこっそりと出て来い


 そう呼び掛け続け、やがて十の御社の門がひっそりと開く。中から現れたのは、金糸雀色の髪を持つ女性であった。

 外套の中で、その人物はニヤリとほくそ笑んだ。


 ――こちらへ来い


 そう呼び掛ければ、金糸雀色の女性がふらふらとした足取りでこちらへ近付いてくる。外套を纏った人物は、彼女の前へ姿を見せた――次の瞬間。


【――動くな――】


 耳から入って来た不思議な声に身体に衝撃が走る。

 動かない。身体も、首も、足も、指一本も。全く動かせなくなってしまう。


(な、に、コレ!?)


 混乱しているその人物の首に、鋭利な刃が突き付けられる。それは、神域管理庁で支給される武器の一つ、脇差だった。そして、それを突き付けているのは、金糸雀色の髪を持つ女性だ――否、その髪から覗く瞳の色は、強き光を湛えた漆黒だった。


「――っ!?」


 それに気付いた時にはもう時すでに遅し。その人物は罠に嵌められたのだと気づく。


 脇差を突き付けたまま、女性は金糸雀色の髪の毛を掴み、そのまま放り投げる。代わりに現れたのは、月夜に照らされ艶めく漆黒の長い髪だ。凛々しい顔つきで正面にいる敵を睨みつける女性――それは、紅玉であった。




*****




 話は数時間前に遡る――。




「――手掛かりなら今ここにありますわ」


 そう言って、紅玉は花萌葱の小さな玉になった神術の種を見せた。


「今は鈴太郎さんの封印術によって、このように触れても問題はありません。ですが、鈴太郎さん曰く、この種には随時神力が送られているそうです。すなわち、犯人は未だに神術の種に神力を送り、雛菊様を操ろうと目論んでいるという事です」

「へえ~。昨日、蘇芳さんに姿見られたにも拘らず、まだ諦めてないのね、犯人さん」


 世流の言葉に紅玉は頷く。


「そこで、その犯人の執着を利用しようと思うのです」

「つまり?」

「この種は封印を解除すれば、再び受信機としても役割を果たします。そこで囮を用意し、犯人を誘き寄せるのです」

「ダメだ!!!!」


 紅玉の言葉を遮ったのは蘇芳だった。その表情は酷く恐ろしい憤怒の形相である。あまりの恐ろしさに、手練揃いのはずの朔月隊の誰かが一瞬息を呑む程だ。

 しかし、紅玉は至って平然として、蘇芳の方を向く。


「あら、蘇芳様。何がダメですの?」

「囮という事は、誰かが神術の種の媒体になると言う事だ。紅殿、それを貴女がするつもりだろう!?」

「…………この中では、〈能無し〉であるわたくしが一番適任かと。わたくしは神力がない代わりに神術が効き難い体質のようですから」

「ダメだっ!! 何故貴女はそうやって無茶をする!? 自分を犠牲にする!?」

「蘇芳様、これは無茶でも犠牲でもありません。これは作戦です」

「それでもダメだ!!!!」

「はい、蘇芳さん、ストップ」


 紅玉と蘇芳の間に割って入ったのは幽吾だった。


「悪いけど、蘇芳さん。『ツイタチの会』に『参加』する事は許したけど、『邪魔』は止めてね」

「邪魔などでは――!」

「ハッキリ言うけど、君は『朔月隊』ではなく、部外者。意見言える立場にないからね」

「――っ」


 幽吾のハッキリとした言葉に、蘇芳は何も言えなくなってしまう。


「――さて、蘇芳さん以外の皆に問うけど、この囮作戦で犯人を誘き寄せる、でいい?」


 幽吾は蘇芳以外の全員を見渡して言った。


「……手段選んでいる場合じゃねぇか。おっし、わかった。俺様はいいぜ」

「それが一番良さそうよね。紅ちゃんがちょっと心配だけど……」

「ご心配ありません、世流様」

「紅様のサポートは我々全員でするのですから」

「それもそうねっ」

「ウチもやったるでぇ! なっ、天海!」

「ああ。だから、心配しないで欲しい。蘇芳先輩」

「……まったく、あいつの姉さんは相変わらず無茶する」

「と、文句を言いつつ、君も力を貸すのだろう、文」

「……焔、うるさい」


 朔月隊全員の了承を得る事ができた。


「これで決まりだね」


 幽吾がまとめに入る。


「紅ちゃんが神術の種を使って、犯人を誘き寄せる――囮作戦だ。そして、他のメンバーは紅ちゃんのフォローをするよ」

「「「「「仰せのままに」」」」」


 これで作戦は決まった――一人、納得していない人物はいたが。

 何も言わないまま、酷く恐ろしい顰め面になっている蘇芳をチラリと見上げつつ、紅玉は少し眉を下げた。




*****




 そんな事を思い返しながら、紅玉は脇差を握る手の震えを必死に隠していた。


(洗脳の神術、予想以上に恐ろしいですわね……!)


 頭の中に絶えず流れ込んでくる声に、酷い頭痛に不快感。こんな目に雛菊が遭っていたと思うと、遣る瀬無さが込み上げてくる。

 紅玉は左手に握り込んでいた神術の種を捨てようとした。しかし、神術の種が手から離れない事に気付く。左手を見て、紅玉は思わず息を呑んだ。神術の種が左手に根を張っていたからだ。


 ――ふざげるな! 〈能無し〉! 邪魔をするなっ!


「――っぁ」


 鈍器で殴られるような酷い頭痛に、激しい眩暈が起きた。膝を着きそうになるのを何とか堪える。


 ――私を解放しろ! 自分の身体に刀を突き立てろ!


「――ぁ、ぅっ」


 左手が意思とは関係なく勝手に動き出し、脇差を握った。己に刃が向けられるのを、必死に抵抗する。


 ――刺せ! 刺せ! 自分を殺せ!


「っぅ――ぁっ」


 あまりに激しい頭痛に紅玉は意識を奪われそうになる――。


 しかし、次の瞬間、紅玉の左手首は掴まれ、強い力で引き上げられ、脇差を握る右手も動かぬように固定される。そして、背中に感じる大きな身体の気配に、紅玉は息を呑む。


「……だから反対したんだ。貴女が苦しみを負う作戦など」


 怒りが込められた低いその声を、紅玉は信じられない思いで聞いていた。


 やがて、左手に神術が施されたかと思うと、紅玉の左手から神術の種が転がり落ちる。そして、紅玉は、頭の中で響く声や激しい頭痛から解放された。


 紅玉は恐る恐る後ろを振り返った。


「……す、おうさま……」


 蘇芳は紅玉を睨みつけるように見下ろしていた。その顔は、まさに仁王のような恐ろしい形相だ。


「……具合は?」

「え、ええ……もう何ともありませんわ」

「そうか」


 蘇芳はそれだけ言うと、掴んでいた紅玉の両手を離す。


「……申し訳ありません。ご迷惑をおかけしてしまって」


 紅玉の言葉に対し、蘇芳は黙ったままだ。紅玉は胸がチクリと痛む。


(蘇芳様、やっぱり怒っていらっしゃる……あれだけ大口を叩いておきながら、この有様……情けない)


 犯人を確実に捕縛できたら、神術の種を即捨てるつもりであったのだが、まさか神術の種が根を張るとは――予想外だったのだ。

 しかし、それは言い訳に過ぎない。油断をした己の落ち度だと紅玉は思った。

 今度こそ、本格的に呆れられただろう――紅玉はそう思っただけで、眉が下がっていく。


 すると、蘇芳は溜め息を吐いて、ハッキリと言った。


「……紅殿、俺は貴女の無茶を決して許したりはしない。貴女が無茶だと思わない行動でも、俺は何度でも止めるし、何度でも叱りつける。そして、貴女が無茶をしていて、何かあれば、俺は容赦なく手を出すし、俺も無茶をさせてもらう。いいな?」

「!」


 紅玉はその言葉に驚いて、思わず蘇芳を見上げた。

 蘇芳はまだ睨みつけるように紅玉を見下ろしていたが、その金色の瞳は紅玉を見捨てたりなどしない優しい色合いが秘められているものだった。

 紅玉は胸のあたりがぽかぽかと温かくなり、思わず瞳を潤ませながら、笑みを零した。


「ありがとうございます、蘇芳様」

「っ……反省はしろ。いいな?」

「はいっ」


 嬉しそうな紅玉の微笑みを見ている事に耐えられなくなり、蘇芳は少し顔を背ける。その耳は赤く染まっていた。


 すると、パチパチと、場に不釣り合いな拍手が鳴る。


「いやあ、流石蘇芳さん。救出、お見事~」

「……幽吾殿」


 現れた幽吾を蘇芳は思い切り睨みつける。


「……貴方がたが紅殿のフォローをする手筈では? 危うく紅殿が種に寄生されるところだったんだぞ!? 俺の神術で解除できる程度だったから良かったものの!」

「うんうん、蘇芳さんの怒りは尤もだけど、こっちにも事情があってさ。とりあえず言い訳聞いてよ」


 幽吾はそう言いつつ紅玉の方を向く。


「紅ちゃん、フォローに回れなくてごめんね。実は十の御社周辺に、怪しい『紙人形』がうろつき始めてね」

「え、『紙人形』……!?」


 「紙人形」とは、この神域では当たり前のように使われている労働用道具の一つである。神力の込められた紙で作られ、神力によって操り、人のように動く為、「紙人形」と呼ばれているものだ。


「一叩きしたらすぐ消えちゃう程度の弱い『紙人形』だったけど、あまりに数が多くてね。放っておくと面倒だと思ったから、そっちの殲滅を優先させてしまったんだ。犯人の足止めは、文一人で十分だと思ったし、紅ちゃんなら一人でも大丈夫だと思ったんだ。ごめんね」

「いえ。正しい判断だと思います。むしろありがとうございます」


 もし仮に、一匹でも紙人形を逃したとしよう。結界を強めて、通常以上に警戒しているとはいえ、万が一にでも十の御社内に忍び込まれてしまったら、堪ったものではない。

 御社には、守るべき雛菊だけでなく、体調不良の水晶もいるのだ。


「それに、紅ちゃんにもしもの事があっても、蘇芳さんが動いてくれると信じてた。あっ、紙人形はちゃんと全滅させておいたから安心して。だから、蘇芳さん、許して、ねっ?」


 幽吾はわざとらしく、両手を合わせて小首を傾げて、可愛く謝罪してみせる。

 全く謝罪の意がない幽吾の行動に、蘇芳は溜め息を吐いた。


 すると、そこへ轟、世流、美月、天海、右京、左京、焔も集まってくる。


「おい、幽吾。こっちの紙人形は全部壊しておいたぜ」

「後で復活されても困るから、残骸は回収できるものはちゃんと回収しておいたわよ」

「数多過ぎてエライ大変やったわ~」

「うん」

「「こちらも殲滅完了致しました」」

「回収不可能な紙人形は燃やしておいたからな」

「みんな、お疲れ様~。いやあ、紙人形大量だねぇ~」


 全員が持ち帰ってきた紙人形を集めると、大分厚みのある束になっていた。


「…………ねえ、幽吾」


 不機嫌な声が響く。


「俺の『言霊』で縛るにも限界があるから。いい加減、こいつを何とかして」

「ああ、ごめんごめん、文」


 幽吾が思い出したようにそちらを見れば、文が外套を被った人物を捕らえて、幽吾を睨みつけていた。


 「言霊使い」の〈異能持ち〉である文は、自由自在に言葉や文字を操る事ができるのだ。初めに、外套を被った人物を「言霊」の込められた「声」を使って、足止めさせたのは文であった。そして今も、「縛」という文字の檻に、外套を被った人物を拘束していた。

 これが、幽吾が、犯人の足止めは文一人で十分だと判断した所以である。


 そして、幽吾をはじめとする、朔月隊全員が外套を被った人物の周りを囲う。


「さてと、犯人さんのお顔を、拝見しようか」


 幽吾は不敵に笑うと、遠慮なく犯人の外套を剥ぎ取った。


「っ!」

「へえ」

「ああ?」

「っ――何で!?」


 紅玉は思わず息を呑む。幽吾は意外だという顔をした。轟も予想外の人物の登場に怪訝そうな顔をする。世流に至っては信じられない思いでその人物を見ていた。他の者達も、犯人の姿に驚きを隠せないでいる。

 何故なら、その人物は、犯人の可能性を否定されていた人物だったからだ。


「何でアナタがここにいるのよ!?」


 世流は思わず叫んでいた。




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