禁術を使った犯人
すると、幽吾が口を開いた。
「その問題点の原因を探る前に、皆に大事な事を説明しておかないとね……じゃ、轟君、よろしく」
「俺様かよっ!? 何を説明すりゃあいいんだよ!?」
「もう、轟君ってば頼りにならないなぁ……三年前捕縛した『術式研究所』の研究員達は、今どうなっているでしょうか?」
「はあ? ンなの、全員、重刑確定して、監獄行きだろ?」
「――――表向きはね」
「はっ?」
幽吾のその言葉に、轟だけでなく、紅玉も幽吾を振り返り、目を見開いていた。
「……幽吾さん、どういう意味ですか?」
「…………ここから先は他言無用。外部に漏らせば、地獄行き確定なのを、覚悟するように」
珍しく真剣な表情をする幽吾に、全員の顔に緊張が走った。
そして、幽吾は驚くべき事を口にする。
「あの当時捕縛した研究員全員、自らの罪を認めた後に、全員死んだ。明確に言えば、一人自殺で、他は殺されていた形でね……恐らく自殺した研究員が、他の研究員を殺してから、自らの命を絶ったと思われる。だけど、この事は中央本部の内々で、秘密裏に処理され、表向きには無期の監獄行きとなった」
驚愕の真実にその場は凍りついた。誰も声を発する事ができず、ただ幽吾を見つめる。
「…………と、まあ、そういう訳で、研究所の関係者はみ~んなもうこの世にいないから、研究所の術が今ここに存在していること自体、あり得ないってねっ!」
わざとらしく、明るくおどけるように言う幽吾に、轟は呆れた顔をする。
「てめぇ……さっきのこれで、空気切り替えろって、無茶ぶりすんな」
「ええ~~~。僕、正直ああいう空気苦手だし、『ツイタチの会』のポリシーは、『お茶飲みしながら楽しく』でしょ」
「初耳だっ!! ンなことっ!!」
「だって、今決めたし」
「今決めるなよ!」
「そんなわけで、紅ちゃん。お茶とお茶菓子を要求しま~す」
「てめぇには遠慮ってモンがねぇのかよっ!!」
幽吾と轟がいつもの調子に戻ってくると、いつの間にか笑う者が出てきて、少しずつ場も和んでいった。
「さて、それを踏まえて推理を再開しよう。当時の研究員はすでにこの世にいない。研究所の術は封印済み。でも、研究所が編み出した術が今ここに存在する――さて、これらの意味が示すものは?」
驚きの事実が判明したものの、幽吾から驚愕の事実を聞くまでもなく、紅玉は「この可能性」を考えていた――。
「……これはあくまでわたくしの考えなのですが……三年前、捕縛した研究員以外に、逃した可能性のある関係者がいるのかもしれません。萌自身が研究所関係者という可能性もありますが、あの当時、萌は一年目の新人……可能性は低いですわ」
紅玉の推理に、幽吾はニンマリと笑った。
「うんうん、流石紅ちゃん、いい考えだね。あの当時、研究員のリーダー的存在だった男がありとあらゆる事全部吐いてくれたおかげで、捜査は簡単に進んでいったんだけど、結局関係者の洗い出しは、研究員達の死もあって、御座なりになってしまったからね。中央本部は研究員達の不審死を隠す方に必死だったし」
すると、文が手を挙げた。
「禁術を封印した奴が裏切ったとかの可能性はない?」
「着眼点が良いね、文。ちなみに禁術の封印を実行したのは一の神子――つまりは皇太子だ。その可能性は無いに等しい……ように見えるけど、中央本部の人間も禁術封印に多少関わっているから、決して無いとは言い切れないね」
「……チッ! また中央本部かよっ! クソだな!」
「否定はしないけど、あまり大っぴらでそんな事言わないでね、轟君……まあ、どちらにせよ『術式研究所』の術式を知っている奴が未だこの神域に存在している事は間違いないってことだね」
幽吾の言葉に紅玉は再度推理をする。
「その関係者が、何らかの事情で萌に力を貸し、そして禁術を教わった萌は雛菊様に神術の種を植え込み、昨晩雛菊様を洗脳し、操っていたと……」
「――ごめんね、紅ちゃん。ちょっと待って」
そう言って、紅玉の言葉を、世流が遮った。
「昨晩、雛菊ちゃんを操っていたのは、萌じゃないわ」
「えっ」
「……悔しいけど、彼女にはアリバイがあるのよ。規約を破った罰則として、遊戯街の地下牢にお泊まりしてもらったんですもの」
「あ……!」
世流に言われて、紅玉は昨晩の来た事を思い出した。
遊戯街の規約を破った萌は、世流の幻術香により、悪夢を見ながら眠ってしまった。そして、そのまま遊戯街の地下牢へと連行されていった所も、紅玉自身が目撃しているのだ。
「……ねえ、世流君。地下牢から自ら逃げ出す事は出来ないの?」
「異能封印とか施していない安物の地下牢だから、異能とか使えばできちゃうかもしれないけど……」
「確か、萌の異能は、『超聴覚』だったなぁ……脱獄の役に立ちそうにないね」
「それに、違反者さんにはワタシの異能で朝までぐっすり眠ってもらうから、途中で目覚めるなんて事はないと思うんだけど。萌も朝までちゃんといたわよ。だって、今朝きちんと宿泊費たっぷり支払ってもらったし」
「おい、世流、指で金の形を作んな……しかし、どういう事だ? 雛菊を洗脳していたのは萌じゃねぇのか?」
轟の疑問を皮切りに、朔月隊全員で推理を始める。
「萌にアリバイがある以上、神術の種を植えた人と雛菊様を洗脳していた人は別人だと考えるべきでは?」
「神術の種を植えたのは、間違いなく萌だとは思います。雛菊様に接触できるタイミングはあの親睦会だけですから。もし左京の推理を参考にするなら、萌は誰かに協力し、雛菊様に神術の種を植え込んだという事になります」
「うっちゃん達の言う通りだとすると、萌の協力者っちゅうのは、逃してしもうた術式研究所の関係者で、んで今回の主犯もそいつやない? なあ天海はどない思う?」
「俺も美月の意見に同意だ。そもそもこの事件は研究所の禁術が関係しているしな。蘇芳先輩、洗脳の術を使っていた犯人に、何か特徴などはありませんか?」
「面目ない。深夜で周囲は暗く、外套を纏っていたせいで、顔も体型も性別も判断がつかなかった。その上、犯人は転移術を使って、すぐに逃走してしまったから……」
蘇芳の言葉に、幽吾が思い出したように言う。
「そういえば、研究所で転移術も作られていたな。神域で使用許可されている転移術は使用制約が厳しいけど、研究所で作っていた転移術はそういうの無視されていた危険な術だったなぁ。ま、即封印されたけどね」
「だが、研究所で作られて封印された術式がこうして目の前にある以上、その転移術もその関係者とやらが使っている可能性が高いはずだ――となると、やはり昨晩雛菊さんを洗脳しようとしていたのは、研究所の関係者か?」
「焔、待って。その前に考えるべき事がある」
「なんだ、文?」
「……『術式研究所』について、幽吾と轟と紅さんは詳しいって事でいい?」
文の質問に、紅玉は少し考えて答える。
「この中では、そうなりますわよね」
「まあ、『術式研究所』が解体になるきっかけになった事件解決に貢献したのは、僕達だしね」
「ハッ! この俺様率いる班が研究員全員ぶっ飛ばしたってわけよっ!」
「その研究員、もうすでにこの世にいないけどねぇ」
「……あんまり気分の悪くなる事言うなよ、幽吾」
「ねえ、話が逸れている。とにかく、あんた達に聞く」
そして、文はハッキリとした声で言った。
「あんた達は、その研究所の関係者とやらに、心当たりがあるの?」
「ないね」
「ねぇな」
「ございません」
「……だろうと思った」
文は溜め息を吐く。
「犯人が研究所の関係者だったとして、そいつをどうやって洗い出すつもりだ?」
「文ったら、心配性だなぁ。大丈夫大丈夫。いざとなれば、職員を全員脅して吐かせるから」
「もう少し穏便な手段を取りなよ、幽吾」
溜め息を吐く文の横で、轟も呆れたように言う。
「神域管理庁の職員だけで何人いると思ってるんだよ、幽吾。せめて的絞れ。おっし! てなわけで、今から一番怪しい中央本部のヤツらぶっ飛ばしてくるから待ってろ!」
「あんたはただムカつく中央本部をぶっ飛ばしたいだけだよね、轟。【しばらく黙って動くな】」
「むぐーーーっ!? むぐーーーっ!!」
口が開かなくなっている轟に気にも留めずに、紅玉は言う。
「一番早い方法は萌を尋問することでしょうが、簡単に口を割ってくれるとは思えません。なかなか気の強い女性でしたから……」
「『関係ない』ってしらばっくられたら、そう簡単に吐いてくれるとは思えない。何せ、こっちは萌が雛菊に神術の種を仕込んだと言う決定的な証拠は持っていない」
「そうですね。十中八九、雛菊様に神術の種を植えたのは萌でしょうが、あくまでこれは推測の域ですわ。時間さえあれば、萌を思う存分尋問したいところですが……」
紅玉はそこで言葉を止めると、全員を見て言った。
「犯人は雛菊様にすでに危害を加えてきています。この研修期間が終了するまでの間に、雛菊様の身の安全が保障できなければ、雛菊様はこの神域で恐ろしい目に遭う事になってしまいます。わたくし達は何としてでも、それを阻止せねばなりません。ですが、萌と研究所を結び付ける決定打に欠けますし、わたくし達にそれの捜査をしている猶予は最早ございません」
「そうだね。雛菊ちゃんを真の意味で守りたいなら、さっさと危険因子を片付けて、雛菊ちゃんが安全な場所で働けるように人事課も動かさないといけないし。ま、どっちかって言えば、雛菊ちゃん狙っている人事課外道親父達が多過ぎて、そっちをどうやって黙らせようかの方が面倒だけどね」
ははは、と笑う幽吾を、紅玉は困ったように見つめる。
「それについても考えておかねばなりませんね。ですが、今は、雛菊様に直接危害を加えた犯人の確保が先決です」
「そうねぇ。それは大事だけど、どうやるの? 紅ちゃん。手掛かりもないのに」
「いいえ、世流ちゃん。手掛かりなら今ここにありますわ」
そう言って、紅玉は花萌葱の小さな玉になった神術の種を見せたのだった――。