招集、再び
その後、客間にやって来たれなと六花は雛菊に植えられていた神術の種が取り除かれた事を知り、「みんなに知らせなくちゃ!」と嬉しそうに雛菊の手を引っ張って連れ出ていった。
鈴太郎達も十の御社の主である水晶に挨拶しに行くと言って、雛菊達と一緒にその場を後にすることにした。
そうして客間にいたほとんどの者が食堂へと向かってしまい、残ったのは、紅玉と焔、そして蘇芳だけとなった。
だが、焔は雛菊の体調が回復した事もあり、もう用事は済んだので、医務部へ戻らねばならない。故に見送りをしなければならないのだが、一人で十分なはずの見送りに、何故か蘇芳もついていくと言う
その事に紅玉は内心困っていた。
「……蘇芳様、焔ちゃんのお見送りはわたくしに任せて、雛菊様の方について頂けませんか?」
「いや、自分も焔殿に大変世話になったから、直接見送りたい」
「いえ、それはわたくしにお任せください。蘇芳様は雛菊様と晶ちゃんの方を」
「いや、水晶殿こそ紅殿を必要としているだろう。紅殿が戻られると良い。焔殿の見送りは自分に任せて欲しい」
「焔ちゃんはわたくしの可愛い後輩ですわ。可愛い後輩のお見送りは先輩であるわたくしの役目です」
「紅殿は自分の後輩に当たる。その後輩が可愛がっている後輩であるなら、先輩である自分が見送るのは当然の事だろう」
どちらも一歩も引かぬ言葉の応酬合戦を、焔はハラハラとしながら見つめていた。
「……なかなかやりますわね、蘇芳様」
「言い負かされてばかりでは、貴女の無茶が止められないからな」
「あら、わたくしがいつ無茶をしたとおっしゃいますの?」
「これから無茶をする、の間違いでは?」
「証拠がございまして?」
「焔殿を見送ると言いながら、『朔月隊』と待ち合わせをして、雛菊殿の件の作戦会議でも行なうのだろう。その焔殿も『朔月隊』なのだから」
完全に読まれてしまっている――紅玉は蘇芳の勘の鋭さに、頭を抱えつつも、思わず尊敬してしまう。
(この方相手に、騙そうとしたのが間違いでしたわ。次はもっとよい方法を考えなければ)
「次も貴女の企みを見抜いて見せるからな。そして、貴女の無茶は全力で止めさせてもらう」
(……この方、雛菊様と同じ異能をお持ちなのでは?)
流石は「神域最強」の称号を持つ蘇芳――侮ってはいけない、と紅玉は改めて思った。
「……わかりました。わたくしの独断ですが、今回だけ、蘇芳様の『ツイタチの会』の参加を認めます」
「こ、紅玉先輩、大丈夫なんですか?」
「ええ、問題ありませんわ。蘇芳様の口の堅さはわたくしが保証しますし、もしもこれで何かあれば、わたくしが全責任を負いますわ」
「紅殿だけに責任を負わせるわけにはいかない。俺も責任を取る。これで良いだろうか、焔殿」
「……ああ、わかった」
蘇芳の言葉に焔が頷いたところで話はまとまる――が、紅玉は少しムッとしながら蘇芳を見上げた。
「蘇芳様までが責任を取る必要はありませんわ。これはわたくしの独断。責任を取るべきは、わたくしだけです」
「今回は貴女を脅して『会』に参加させてもらうようなもの。貴女が責任を取るというのなら、自分も責任を負うべきだろう」
「まあ、あれでわたくしを脅していたと? ふふふ、なんて可愛い脅しだったのでしょう」
「……からかわないで欲しいのだが」
「これはこれは、大変失礼致しました」
そんなやり取りを交わしながら、御社の入り口へと歩みを進める紅玉と蘇芳を、焔は後ろから観察していた。
(……明らかに互いを想い合っているようにしか見えないのに)
未だ実らぬ二人の関係性に、焔は思わず溜め息を吐く。
(これが三年も続いていると聞けば、誰だってやきもきするな)
だがしかし、どんなに周囲が囃し立てたところで、今の二人が結ばれる事は決してない。それは、他の誰でもない、二人がそう決意してしまっているのだと、焔は聞いていた。
もしも「運命の人」という浪漫的な言い伝えを信じるのであれば、目の前の二人がまさにそれだろう。
しかし、「運命」は時として残酷だ。「運命」は二人を巡り合わせた代わりに、「残酷な試練」を与えたのだった――それが、三年前に起きた「あの事件」である。
焔も、二人の身に降り懸った「あの事件」の事は聞いて知っていた。知っているからこそ、何も言えなくなってしまう。
しかし、あの密かに想い合っている二人を見ていると願わずにはいられなくなる。
(いつか、二人にたくさんの幸せが訪れるように祈ろう。そして、その為に私はお節介を焼くとでもしよう。これが、あなたにしてあげられる償いになれると良いのだが……海さん)
今は亡き恩人に思いを馳せながら、焔は紅玉と蘇芳を追いかけた。
やがて辿りついた御社の門には、十の御社でも結界術に長けた男神二人が見張りを行なっていた。
「まだら様、響様、お勤めお疲れ様でございます」
紅玉の声に酒好きで有名な男神のまだらが振り返った。
「よう、紅ねえ。雛とは仲直りできたか?」
「……ご心配おかけしまして。きちんと雛菊様と和解できました」
「そりゃよかったな」
まだらはニカリと笑う。
「結界の方も強めて頂きありがとうございました。あれ以来、雛菊様に幻聴などの被害はありませんでした。お二人のおかげです。本当にありがとうございます」
「いいってことよ。結界術は俺らの専門だからな。なあ、響」
「…………」
そうまだらに声をかけられても、紅玉に礼を言われても、暗緑色の髪と瞳を持つ響という男神は、全く反応もせず、動きもせず、表情の崩さず、まるで岩のようにそこに立っているだけであった。
「あーーー……まあ、うん、こいつも分かっていると思うから」
「ふふふ、響様の無口さと無表情さは、重々に承知しておりますわ」
「理解のいい事で助かるぜ」
そして、まだらは紅玉と一緒に蘇芳や焔がいる事でなんとなく察する。
「お、焔の先生はお帰りかい?」
「まだら様、私は『医師』ではないので『先生』と呼ぶのは誤りです」
「あーあー、細けぇ事はいいじゃねぇの。あんたは雛の面倒見てくれて、挙句雛にかけられていた神術の種を見抜いてくれたんだからよ。こいつと違って」
まだらはそう言いながら、蘇芳を親指で示す。
「ぐ……それに関しては非常に面目ない」
「まったくだぜ。神域最強の名が呆れるっつぅの。まあでも、俺らの人の事言えねぇし、あン時は神子もぶっ倒れてバタバタしていたからな」
あの時はいろいろと不運が重なり、誰も気付けなかった。しかし、理由はそれだけではないのだ。
だからこそ、紅玉は次の一手を打つと決めていた。
「まだら様、響様、大変申し訳ありませんが、一度結界を緩めて、来客を招いてもよろしいですか?」
「あ? ――ああ、なるほどな」
「…………」
紅玉の言葉に、まだらも響もすぐに理解したようだった。
二人同時に門に手を翳し、結界を緩める。門の鍵が開かれる重厚音が鳴り響き、門がわずかに開かれた。
すると、すぐに烏が一羽ひらりと中に入ってくる。烏は大量の黒い羽根を撒き散らし、やがて人影が現われた。今回は一人ではない。八人もの人間がそこに立っていた。
鉛色の髪を持つ微笑みを湛えた男性、三本角を持つ鬼の先祖返り、一斤染の髪を持つ妖艶な人物、瑠璃紺と江戸紫の瞳を持つ双子、黒い翼を持つ見目麗しい青年、二股に割れた尾を持つ獣耳の少女、杏色の髪を持つ可愛らしい容姿の男性――朔月隊、勢揃いであった。
全員が無事揃った事を確認すると、紅玉はまだらと響に告げる。
「申し訳ありません。まだら様、響様。しばし、この場所をお借りします」
「はいよ。俺らはしばらく退散するとしますわ。行くぞ、響」
「…………」
まだらは手を振りながら、響は何も言わずに、その場を立ち去った。
残ったのは、紅玉と焔を含めた朔月隊十名と、無関係の蘇芳だった。
紅玉はやって来た八人に頭を下げる。
「朝早くからお集まりいただき、ありがとうございます」
そして、顔を上げると、紅玉は全員に花萌葱の小さな玉を見せた。それは先程、鈴太郎が雛菊から取り出した神術の種の成れの果だった。
「緊急事態です。これより、『ツイタチの会』開催致します」
紅玉のその一言で、全員気を引き締めた。