表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
56/346

隠していた理由




「雛菊様の異能は、自分が考えや思った事を相手に勝手に伝えてしまったり、相手の考えや思った事を読み取ったりしてしまうものです。要は互いのプライバシーが筒抜けの異能です」

(……うん、わかる)


 現在進行形で、まさにその状態である。


「しかし、見方を変えればとんでもなく恐ろしい異能なのです。他者の考えを覗く事ができるのならば、諜報用の異能として大変活用されます」

「ちょ、諜報!?」


 まさかの使用例に雛菊は目を剥く。


「また、この異能を使えば、精神的に追い詰める事が可能なのです。例えば、の話です。雛菊様が見知らぬ誰かに、自分の声を異能で語り続けたとしましょう。その方は姿の見えない誰かの声が幻聴のように二十四時間聞こえ続ける事になります。二十四時間ずっとです。お食事の時も、入浴の時も、寝る時もです。さて、その方はどうなるでしょう?」


 そう言われて、気付かぬ程、雛菊は頭が悪くない。二十四時間、誰かの声が聞こえ続ける――それは最早拷問と同義である。

 その考えが過ぎった瞬間、雛菊は青褪めた。そして、透かさず尋ねる。


「あ、あの……十の御社で、あたしのせいでノイローゼになっちゃった人とか」

「ご安心ください。その為に結界能力をお持ちの雲母様にお世話係になって頂き、できる限り雛菊様のお傍にいるよう、お願いしておりました。神力の訓練の時以外は、雲母様が結界で雛菊様の異能が漏れないように対応しておりましたので」


 ここで、先程のれなと六花の話に繋がってくるのだと、雛菊は思った。そして、十の御社の神子や神々に被害を与えていない事に内心ホッとする。


「まあ尤も、皆様は雛菊様の心の声が聞こえて精神的に参るというより、雛菊様の心の声のツッコミが的確過ぎて、笑いを堪える方が必死だったとおっしゃっていましたが」

(おいこら! 十の御社の愉快な仲間達!)


 「ぶっ!」と盛大に噎せる声が扉の外から聞こえた。扉の隙間から見える蘇芳の身体が揺れている。

 紅玉はころころと笑いながら言う。


「雛菊様のその語彙力の強さ、わたくし尊敬致しますわ」

「ど、どうもすみません……」


 そして、紅玉は再び真剣な顔で説明を続ける。


「この神域において、雛菊様のような危険性のある異能の持ち主は、一度身柄を保護され、異能が制御できるまで、中央本部に管理される事になります。わたくしはどうしてもそれを阻止したかったのです。ですから、雛菊様に異能の事を隠して、蘇芳様にお願いをして、この研修期間中に神力の制御と異能の制御を扱えるようにしてもらいたかったのです」


 中央本部――そこは神域の管理の統括を行なう、神域管理庁の中枢の部署である。そこへ送られる可能性があった雛菊――そして、それを阻止したい紅玉。

 これを聞いた瞬間、雛菊の中である考えが浮かんだ。そして、思わず聞いた。


「あ、あの……中央本部って、一体どんな部署なんですか?」


 雛菊の質問に、紅玉は困ったように微笑んだ。


「一言で言えば――――伏魔殿です」


 それだけで、中央本部がいかに怪しい場所であるかは察しがついた。


「雛菊様は〈神力持ち〉で人の心の干渉をする異能の持ち主――誰もが喉から手が出るほど欲しい逸材です。神子になれる可能性がある上に、他者の心を簡単に操る事ができるかもしれない、若くて、か弱くて、可愛らしい女性――――貴女を新入職お披露目の儀で見た瞬間、最悪の結末が一瞬頭の中で過ぎりました」


 雛菊は聞くのが怖かった――その最悪の結末を、聞くのが怖かった。しかし、聞かずにいられない。自分は知るべき事だと思ったから。


「最悪の結末って何ですか?」


 真っ直ぐにそう聞いてくる雛菊に、紅玉はまた困ったように微笑み、そして――。


「お察しください」


 そう言って、紅玉は雛菊の手に触れた。


 瞬間、膨大な言葉の数々が頭の中に響き渡る――。




 それは、とある職員の悲劇のお話。

 神域管理庁に入職した彼女は、〈神力持ち〉で、異能有りと認定される。

 すぐさま身柄は中央本部へ移され、彼女はそこで言葉にするのも躊躇われる程の悲惨な目に遭う。

 上司であるとある職員に目を付けられ、無理矢理手籠めにされ、毎日身体を嬲られた。

 彼女は精神的に病み、完全にその職員の操り人形となってしまった。

 いつか神子に選ばれる可能性が高い彼女を手にした職員は天狗になっていた。

 神子の卵である彼女の身体を奪う事で、己が神子になれると錯覚していたのかもしれない。

 やがて、彼女の異能が完全に覚醒する。

 彼女の異能は非常に危険なものだった。

 そして、その夜、彼女の身体を目当てにやって来たその職員を彼女は――。

 その翌朝、バラバラになった亡骸の上で、彼女は発見された。

 彼女に命の別状はなかったが、その心は二度と蘇る事はなかった――。




 雛菊は酷い吐き気に襲われた。咄嗟に紅玉は雛菊の前に桶を差し出し、背中を擦ってやる。幸い、本当に吐く事はなく、雛菊は徐々に落ち着きを取り戻し始めた。


「……申し訳ありません。言葉で説明するより、雛菊様の異能を通じてお伝えした方が分かりやすいと思ったので」

「い、いえ……」


 雛菊は青い顔をしたまま首を横に振り、紅玉はしばらく雛菊の背を擦り続けた。


「あ、の……今の話って……」

「……過去に実際にあった話です。葬られた話ですが、こういう話は一つや二つではないのです」


 紅玉の言葉に、雛菊は身震いをした。雛菊はまさに、先程の女性と似たような境遇の持ち主だ――〈神力持ち〉で異能有り。

 もし、金剛や紅玉に保護されず、あのまま中央本部へ身柄を渡されていたら――と、思うと、雛菊はゾッとした。


「怖い思いをさせて申し訳ありません。本当は、この事件を隠したまま訳をお話ししたかったのですが……全てお話しますと約束してしまった以上、お話ししない訳にはいかなくて……でも、これでお分かり頂けたでしょうか?」


 紅玉は雛菊の背を擦るのを止め、紅玉は少し俯きながら言った。


「過去の悲劇を繰り返さない為に、わたくしは雛菊様に異能の事をお話ししませんでした。中央本部や外部に情報を漏れる可能性を無くす為、まず雛菊様に隠し通す必要があると考えたからです……ですが、結局その事が貴女を傷つけてしまいました」


 そして、紅玉は立ち上がると、躊躇いも無く床の上に正座し、両手を身体の前に着き、床に額を着けるほど深く頭を下げる。


「大変申し訳ありませんでした」


 真っ直ぐに謝罪をする紅玉を見て、雛菊は思った。


(あたしは……バカだ。神域の常識なんか全然知らないくせに、信頼していた人に異能の事を隠されていただけで、怒って拗ねて……そんなの、只の分からず屋な子どもじゃない! 紅玉さんは、こんなにあたしの事を考えていてくれたのに……!)


 雛菊の心の声を聞きとった紅玉は、ハッと顔を上げる。


「雛菊様、貴女様の憤りは当然の事です。わたくしは、雛菊様の信頼を裏切るような事をしてしまったのも同然なのですから」


 すると、雛菊は寝台から下りて、床の上に座る紅玉の前にしゃがみ、紅玉の手を掴む。そして、言った。


「……正直に言って……あの時、あたしに理不尽な事言われて、どう思いました?」


 あの時――それは昨夜の事であろう。錯乱した雛菊が、紅玉に向けて浴びせた言葉の数々――今思えば、非常に理不尽な言葉の数々。


「お気になさらないでください。わたくしは――」

「嘘吐かないで――あたしに隠せると思ったの?」


 雛菊の鋭い視線に、紅玉は困ったように微笑んだ。そして、少し顔を歪めて、言った。


「少し……ほんの少し……悲しかったです」


 それを聞いた瞬間、雛菊は紅玉に抱き付いていた。


「ごめっ――ごめんねえっ――酷い事言ってごめんなさいっ! ごめっ――守って、くれて、ありがとおっ――!」


 泣き叫ぶ雛菊の声を聞きながら、紅玉は目を見開く。

 瞬間、視界が、顔が、歪んでいくのを自覚し、唇を噛み締め、必死に堪えた。そして、込み上げる涙を誤魔化すように、泣いて震える雛菊の身体を抱き締める。

 しかし、溢れた涙は止める事ができず、頬に一筋、涙が零れ落ちていた。




**********




 紅玉と泣きながら和解した雛菊の腹の虫がなった事で、話し合いは終わりを告げた。

 羞恥で真っ赤になる雛菊を微笑ましく思いながら、紅玉は用意していた朝食を雛菊に出し、少し用事があると言って、蘇芳に雛菊を託し、部屋を後にした。

 そして、雛菊は蘇芳の見守られながら朝食を食べていた。


(まさか神域で洋食が食べられるとは思ってもみなかったわ)


 雛菊は小麦粉で作られたそれに齧りつきながらそんな事を思った。

 紫の手作りだというそれは、こんがりと焼かれてパリッとしており、匂いは香ばしく、とても美味しい。

 もぐもぐとしている雛菊に蘇芳は言った。


「神子や神の中にも洋食好きな方はいらっしゃるので」

(洋食好きの神様!?)

「参道町にもパン屋があります」

(パン屋さんがあるんですか!?)

「洋菓子屋もあります」

(ケーキ屋さんですと!?)


 意外な事実に驚くばかりである。


(にしても、この異能、便利だわー。ご飯モグモグしながらも会話できるわ)

「……発想がどことなく、水晶殿に酷似しているような」

(はいっ、すみません! 大いに反省します!)


 危うくずぼら認定されそうになり、雛菊は咀嚼の速度を上げ、必死に飲み込みを急ぐ。


「…………雛菊殿、貴女にお尋ねしたい事があるのですが」

「うん?」

「親睦会の際、同席していた者に何かされなかったですか?」


 蘇芳の質問に雛菊は首を傾げながら、口の中に入っていた物を飲み込んだ。


「え? 何でですか?」

「……貴女に神術の種を植える事ができたのはその時しかありません。もしかしたら、その時の事が原因で、雲母殿の守り石が消滅した可能性があるので、念のため確認をしておきたく」

「ああ……せっかく雲母君に貰った守り石だったのに……」


 雲母の守り石と聞いて、雛菊は少し落ち込みながら、親睦会で起こった事を思い出す。


「……ってことは、やっぱりあの時の事が原因かなぁ?」

「っ――心当たりが?」

「はい。あの萌って言う先輩と、紅玉さんの事で言い争いになっちゃって――」


 言い争いの詳細は伏せた。蘇芳には絶対伝えない方が良いと雛菊は察したからだ。


「そしたら、あの先輩、あたしに何か投げつけてきたんですよ。そしたら、でっかい静電気みたいな衝撃が走って……もしかして、それが原因で守り石が壊れちゃったのかな」

「何か、他に気付く事はなかったですか?」

「うん? えっと……ああ、なんか御札が燃えてましたね。多分投げつけられたのはそれだと思います」

「御札……」

「あ、そう言えば……その時に、あの先輩、『あの人に御札貰っておいてよかった』だのなんだの言ってました」


 それを聞いた蘇芳は一瞬目を見開くも、すぐに冷静になり、雛菊に頭を下げた。


「ありがとうございます、雛菊殿。恐らくその時に守り石の力が発動したに違いありません」

「やっぱり!? わあああんっ! 悔しいーーー! あの先輩のせいでーーー! あたしの守り石返せーーー!」


 蘇芳は、雛菊に嘘を吐いた事に罪悪感を覚えながらも、これで良いと思った。


(神子の結界術を解いた御札……それを萌に授けた『あの人』……)


 蘇芳の疑念が、確信に変わった瞬間だった。




うっかり当小説の作文ルール(作者独自設定)を無視した文章がありましたので、訂正しております。話の流れには影響はありません。(2020.7.31)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ