表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
55/346

異能の真実




「紅玉先輩はきっと私の事を赦せないだろうに、赦してくれた。己の悲しみや苦しみよりも、私の未来を尊重してくれたんだ。こんな私に手を差し伸べてくれた。それだけで、私の心がどれほど救われたか……」


 焔の話を聞いていた雛菊は、瞳からポロポロと涙を零していた。そんな雛菊の涙を、焔がそっと手拭いで拭った。


「……すまない。泣かせるつもりはなかったのだが……やはり殺人者の話を聞くのは恐ろしかったな。すまん」

「ち、ちがっ……」


 雛菊は必死に首を横に振るが、言葉がうまく出てこない。そんな雛菊の様子を、焔は困ったように微笑みながら見た。


「私の身の上話が長くなってしまったな。つまり私が、何が言いたいのかというと――」


 焔はゆっくり雛菊の頬から手を離し、雛菊を真っ直ぐ見る。


「何時だって、己の事より人の事を考え、思いやって行動してくれるのが、紅玉先輩だ。だから、どうか、紅玉先輩が今まであなたの異能のことを黙っていたことを赦してくれないか? 紅玉先輩を信じてやってくれないか?」


 焔はそう言って、雛菊に頭を下げる。そんな焔を雛菊はじっと見つめた。


 丁度その時、扉を叩く音が響き渡る。


「あ、はーい!」


 部屋の端で待機していた六花が扉へと駆け寄り、少し扉を開けた。


「おはようございます、六花様。皆様の朝食をお持ちしました」


 雛菊の位置から姿は確認できないが、声の主は間違いなく紅玉だ。それに気付いた雛菊はピクリと身体を震わせた。

 それを焔は見逃さなかった。そして、透かさず、扉の向こうにいる紅玉に声をかける。


「紅玉先輩、雛菊さんの体調はもう問題ない。だから、入ってきて欲しい。あなたと雛菊さんには、話し合いが必要だ」


 焔の言葉に雛菊は目を見開き、焔を振り返る。

 扉の向こうにいる紅玉はしばらく返事がないまま黙っていたが、やがてゆっくりと扉が開かれ、紅玉の姿が見えるようになる。

 いつもの着物と袴姿で、髪もしっかりと結われているが、その表情はどことなく沈んでいて、暗いものだった。

 そして、紅玉は両手に朝食を載せたお盆を持ったまま、ゆっくりと頭を下げる。


「お時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」


 至極丁寧にそう言う紅玉を、雛菊は拒む事ができるわけがなく――しかし、紅玉との蟠りが解消された訳ではないので、複雑な心境のあまり、とても小さな声で「はい」と答えるのが精一杯であった。




**********




 焔と世話係のれなと六花は、朝食を食べに行ってしまったので、客間には、雛菊と紅玉しか残らなかった。雛菊は寝台の上で座ったまま、紅玉は寝台横の椅子に腰掛けた状態だ。互いに何も話そうとせず、非常に静かである。


(いきなり二人きりなんてハードル高いわよ!)


 思わず不満を心の中で叫ぶ雛菊であったが――。


「ご安心ください、雛菊様。現在、この客間の扉は僅かに開けております。そして、外では蘇芳様が待機していらっしゃいますので、二人きりではありませんし、万が一、雛菊様の身に危険が迫れば、蘇芳様には貴女様の身の安全を優先して頂くようお願いしておりますので」


 雛菊の不安を払拭するように紅玉が言葉を並べた。見れば、僅かに開けられた扉の隙間から蘇芳色の髪がチラリと見える。紅玉の言う通り、蘇芳がすぐそこで待機しているのだろう。

 しかし、何故紅玉はすぐ雛菊の声に答える事ができたのか――。


(あ、そっか……あたしの声、ダタ漏れですもんねぇ……アハハハハ)


 改めて雛菊は、己の異能の異常さを思い知り、本音を隠しても無駄だと知る。


「まずは、この度の事を深くお詫び申し上げます。研修担当でありながら、雛菊様を守り切れなかった挙句、雛菊様の異能に関して、こちらで勝手に判断していた事で傷つけてしまい、大変申し訳ございません」


 紅玉は座ったまま己の膝に額がつく勢いで頭を下げた。以前なら、ここで雛菊が慌てて「頭を上げてください」と言っただろうが、今回は訳が違うのだ。

 雛菊は真剣な眼差しで紅玉を見ながら、言う。


「――だったら、ちゃんと全部教えてください。あたしに何で異能の事を隠していたのか。何であたしを守ろうとしていたのか。紅玉さんがあたしに隠していること全部」

「…………はい。全てお話します」


 紅玉からしっかり言質が取った雛菊は、内心ホッとしつつ、己の知りたい事を述べていく。


「……あたしの異能の事、いつから知っていたんですか?」

「わたくしと雛菊様は、雛菊様が研修の為に十の御社へいらっしゃるまでに面識はございません。しかし、わたくしは事前に金剛様から雛菊様の情報を聞いておりました。ですので、もう研修が始まる前日の夜……つまりは雛菊様が神域へ来た日の夜には雛菊様の異能についての話を伺っておりました」


 〈神力持ち〉と判明してから、雛菊の身柄は一旦金剛預かりとなり、神域へ来た初日も金剛の監視下でほぼ過ごしていた。


「金剛様の話では、雛菊様が『新入職お披露目の儀』で神域に足を踏み入れたその時から徐々に開花は始まっていたと思われるそうです。流石にあの祭典の場で異能に目覚める事はなかったようですが、雛菊様が金剛様に保護されてから、異能の予兆が見られていたようです」

「…………つまり、金剛さんは、最初からあたしの異能に気付いていたって事になりますよね?」

「……ご安心ください。雛菊様のプライバシーを侵害しないように対策を取っていたそうですので」

(あンの飲んだくれおっさん神子ぉおおおおおおっ!!)


 金剛に対して、雛菊は全力で悪態を吐いた。そして、扉の外から「す、すまん」と、蘇芳の謝罪の声が聞こえる。


(わかっていたなら、さっさと話しなさいよっ!!)

「……金剛様を擁護するようで申し訳ありませんが、あの当時の雛菊様は環境が劇的に変化してしまって、大分混乱された様子も見られたので、そっとしておいた方が良い、と金剛様は判断されたようです」

(あああっ!! 心の声が読まれる!! そして、反論できない!! 気遣いに感謝すべきなの!? 異能の事を隠されて怒るべきなの!?)


 もうすでに雛菊の心は大混乱だ。前後左右に頭を振り乱し、何かを堪えるように身悶えている。

 そんな雛菊を見てしまうと、紅玉は、失礼ながら金剛の判断は正しかったと思ってしまった。

 雛菊は納得がいかない顔をしながらも、次の質問を口にした。


「金剛さんも含め、紅玉さんも、何であたしの異能を隠そうとしたんですか?」

「雛菊様の異能は、ご自身の思っている事が他者に伝わってしまうというもの。しかも、異能がまだご自身で制御できず、意図せず勝手に伝わってしまうというものです。これは非常に危うい異能なのです」

「あ、危ういですか……?」


 紅玉は頷きつつ、説明を続ける。


「この神域には、様々な形の異能がございます。例えば、とても腕力が強かったり、脚力があったり、身体的に作用する異能もあれば、自分の持ち物を異空間へ収納したり取り出したり、異空間から生き物を呼び寄せたりする少し特殊な異能もございます」


 持ち物を異空間へ収納したり取り出したり、と聞いて、雛菊は思い出す節があった。


「あ、金剛さんの補佐役の肇さん……!」

「ご明察でございます。肇様は『収納』の異能の持ち主なのです」


 かつて、どこからともなく割烹着を取り出していた肇を見て、疑問に思っていたが、あれは異能によるものだったのか、と思うと、雛菊は納得できた。


「異能はとても便利です。ですが、同時に異能は非常に危険な力でもございます」


 紅玉の重みのある言葉に、雛菊はすぐ察しがついた。


「……焔さん」

「……ご存知でしたか。はい、その通りです。焔ちゃんの異能は『火焔』――神力で作られた灼熱の炎を生み出す、使い方を誤れば大変危険な異能です」


 紅玉はそう言うものの、雛菊は知っている。焔がその異能で人の命を奪ってしまった事を。


「あと、人の心に干渉する異能も危険とされております。雛菊様が知っている人ですと、紫様と世流ちゃんが当たりますね」

「えっ!?」


 予想以上に見知った人物の名前が挙がり、雛菊は思わず驚いてしまう。


「紫様の『魅了の瞳』は一種の洗脳です。ただ幸い、紫様の神力があまり強くなかった事と魅了の相手が女性限定に限られた話なので、そこまで危険扱いされていませんが」

(紅玉さん達は、めちゃくちゃ迷惑被っていますけどね)

「ええもう本当に!」


 良い笑顔を浮かべる紅玉だったが、こほんと咳払いをすると説明を続けた。


「世流ちゃんの異能は、『幻術香』――『泡沫ノ恋』でご覧になったと思いますが、香りで相手を惑わせ、幻術をかけるものです。こちらも使い方を誤れば、危険です」


 雛菊は「泡沫ノ恋」で起きた事を思い出す。規約を破った萌が世流の手により意識を失い、突然倒れてしまった光景を。


(た、確かに、あれは怖かった……)


 そう思いながら、身体を震わせた雛菊に、紅玉は衝撃の事実を突き付ける。


「……実は、雛菊様の異能も、紫様や世流ちゃんと同様に、人の心に干渉する異能でございます」

「――――はあっ!?」


 まさか、自分の異能が同類とは思わず、雛菊は本日一番の驚きの声を上げる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ