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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
53/346

神術の種




 雛菊はゆっくりと意識を浮上させた。目を開けると、まだ日が昇り始めた頃なのか、外がまだやや暗い。そして、寝台の上に寝かされている事に気付く。

 身体を動かそうとしたが、ツキンとする頭痛に顔を顰めた。頭痛はまだ治まっていないようだが、昨夜より幾分ましだと、雛菊は思った。


「っ、雛菊さん……!」

「あ! 雛菊ちゃん、起きた!」


 ひょっこりと顔を覗かせたのは、可愛らしい女神のれなと六花だった。


(あたし……)


 雛菊は昨夜の事を思い出した。

 頭痛と幻聴が酷く、身体が言う事を聞かなくなり、挙句勝手に動き出し、御社の門の結界を壊そうとし、そして――。


(……バカみたい……自分の異能に恐怖してパニック起こすなんて……)


 今思い出しても自分の醜態は笑えないものだ。酷い言葉を紅玉に浴びせた事も思い出す。


「雛菊さん、目を覚ましたか?」

(え?)


 雛菊はその声に驚き、首だけ振り返った。

 寝台の横に立っていたのは、銀朱の髪と赤と橙の混合色の瞳を持つ、まるで燃え盛る炎のような女性、焔だ。


「ほ、むらさん……」

「……まだ顔色が良くないな。頭痛もするのではないか?」

「あ……は、い。大分、マシ、です、けど」

「ならいい。御社にかけているいつもより倍以上の強い結界が効果をもたらしているのだろう」


 焔はそう言いながら、手際良く、雛菊の体温と血圧を測っていく。


「さすがは、神域医務部ですね」

「……私は資格のある医師ではないがな」

「そう、なんですか?」

「…………雛菊さん、喉が渇いただろう。お水を飲むかい?」

「え、あ、はい」


 雛菊が頷くと、六花が寝台から起き上がる雛菊を手伝い、れなが水を差し出した。きっと準備をしていたのであろう。非常に手際が良い。


「昨夜の事は私も聞いた。大変だったな」

「は、はい……」

「昨夜、紫さんから連絡を受け、急遽駆け付ける事が医務部の者が私しかおらず、有資格者ではない私が診察紛いな事をして申し訳ないとは思いつつ、君の身体を調べさせてもらった」


 要は診察を受けたという事だ。同性とはいえ、意識の無い内に身体を見られた事に若干の羞恥を覚える。雛菊は己の胸を見下ろした。


「大丈夫だよ、雛菊さん! 小さい胸には夢と浪漫が詰まってるって、神子さんが言ってたよっ!」


 弾けるような笑顔で六花がそう言うものだから、逆に雛菊は切なくなってくる。


「安心しろ、雛菊さん。私も似たようなものだ……」


 焔の言葉には分かりあえる者にしか分からない重みがあった。きっと彼女にもこの苦しみが分かるのだろう。雛菊と焔は固く握手を交わした。


「――って話が逸れてしまった! とにかく身体を調べさせてもらって気付いた。君の左耳の後ろに怪しい神術の種が植えられていた事に」

「へっ!?」


 雛菊は思わず左耳の後ろを触った。すると、指先に確かに不自然な膨らみがある事に気が付く。


「君はその神術の種のせいで操られていたと思われる」

「い、いつの間にそんな……」

「…………君の身体に仕込まれた種だけで術は発動しない。ただその種は神力の受信機のような役割を持っているのだろう。誰かが君に仕込んだ種に神力を送り込み、君を洗脳しようとしたのだと思う」


 焔から語られる話に雛菊は背筋が凍った。


「だが、君は神の守り石を持っていたから、種の植え込みが中途半端になってしまった。その証拠に君は完全に洗脳されることなく、意識もあり、抵抗ができていた」


 焔の説明を聞きながら、雛菊は更に恐ろしくなった。


(あの頭痛とめちゃくちゃうるさい声で中途半端な神術!?)

「おかげで君の異変に神々はすぐ気付く事ができたし、簡単に押さえる事ができた」


 焔の言葉に雛菊は青褪めた。


(え、じゃ、じゃあ、完全に操り人形状態だったらどうなっていたのよ、あたし――!)


 神々は、神子を守る為に存在する。もしも、本当に雛菊が神子を害する因子だと判断された時は、容赦なく抹殺されていたかもしれない――。


(ひぃいいいいいいっ!! 雲母君ありがとう!!)


 雛菊は震えながら、思わず手を合わせていた。


「あと、君の異変に気付けたのは、君の異能のおかげもあると、遊楽様はおっしゃっていた」


 雛菊の異能――それを聞いた瞬間、雛菊は肩を震わせ、思わず俯いてしまった。


「……雛菊さん、君の異能に関して思う所があると思う。だが、実際、遊楽殿は君の心の声を聞けたおかげで君の異変にすぐ気付けたし、君の行動が本意でない事もすぐに分かったと言っていた。決して君の異能は悪いことばかりではない」

「――でも、気持ち悪いです、こんなの……」


 雛菊は思わず自分の身体を抱きしめる。


「自分の心の声が聞こえてしまう挙句、人の心の声まで聞こえるんですよ。こんなのっ、不気味で気持ち悪いだけじゃないですか!!」


 そして、雛菊は今更になって気付いた。


(こんな気持ち悪い異能だから、紅玉さんは黙っていたんだわ。あたしが気持ち悪い子だって気付かないように……ま、結局、意味なんてなかったけどね)


 雛菊が自嘲気味に思った瞬間だった。


「それは違う!」

「へ?」

「あ、いや、す、すまん、君の心の声を聞いてしまって思わず……」

(ああ……)


 御社の神々は、みな、雛菊の異能に気付かないふりをして過ごしていたようで、時々違和感はあったものの、見事雛菊に隠し通してきた。焔のように素直な反応を見せる者は誰一人いなかった。


(……あれ?)


 雛菊はふと疑問に思う。


(あ、あたし、参道町に出かけた時も心の声駄々漏れにしていたって事!?)


 その事実に雛菊が顔を青くさせると、れなが口を開いた。


「ちがっ……あの、雲母……」

「へ、雲母君?」


 言葉足らずのれなに代わり、六花がその後の言葉を繋ぐ。


「雲母はね、うちの御社でも屈指の結界術を使える神の一人で、普段から雛菊さんの傍にいたのは、雛菊さんの異能がばれないようにって、雲母が結界を張っていたからなんだよ」

「……うん」

「そ、そうだったの?」


 明かされる真実に驚く雛菊。


「もしかして、真昼くんやれなちゃんも?」

「れなは忘却術が使えるから、いざという時の切り札。もしも誰かに雛菊さんの異能の事がばれても、れななら忘却できるからね。真昼は関係ないけど、雲母とれなを引っ張る役目だったから、三人まとめて雛菊さんのお世話係にって」


 次々と判明する事実に雛菊は目を見開いた。


(そんな意図があったなんて……)

「……黙ってて、ごめんなさい」


 れながシュンとして謝る。


「ううん、あたしを守る為にしてくれたんでしょ? むしろありがとうだよ」

「……お礼なら、紅ねえに言って」

「え?」

「私達に雛菊さんの事守るようにお願いしたの、紅ねえ」

「え……」


 れなの言葉に雛菊は動揺した。


「なんで、そんなこと……」

「もう! 雛菊さんの為に決まっているでしょ!」


 六花に言われずとも、雛菊には分かっている。分かっているはずなのだ。


 だがしかし――。


(じゃあ、紅玉さん、どうしてあたしの異能の事を隠して黙っていたのよ……)


 雛菊の心の声に答えてくれる者はいなかった。その代わりに焔が言う。


「……君のその疑問に答えてあげられるのは、紅玉先輩だけだ。紅玉先輩に直接聞くべきだ」

「……そう、ですよね」

「だが、これだけは言える」

「え?」

「紅玉先輩は決して悪意を持って黙っていた訳ではない。紅玉先輩はいつだって、誰かの事を思いやって考えて行動する方だ。それは、君にも分かっているはずだ、雛菊さん」

「っ……」


 否定できないでいる雛菊を見て、焔は嬉しそうに微笑んだ。


「そう思ってくれるだけで今はいい。残る疑問は紅玉先輩からたっぷり問い詰めるといい」

「う、うん……」


 すると、焔は少し黙ってから、口を開いた。


「…………少し、私の話をしても良いだろうか」

「え?」

「私の話で……紅玉先輩のフォローになれるかどうかわからないが……聞いてくれないか、私の話を」

「は、はい」


 雛菊の許可を貰えたので、焔は寝台の横にある椅子に腰掛け、姿勢を正してから深呼吸をする。雛菊もまた寝台の上で姿勢を正して、焔の話を待った。


「……私は、実は元神子でな」

「えっ!? あ、ああ、すみません、どうぞ」

「ふふっ、構わないよ。気になる事があったら、質問をしてくれ――えっと、私は元々医師志望で、大学の医学部に通っていたんだが、在学中に神子に選ばれてしまってな……この国で神子に選ばれるのは、大変名誉な事。常識だろう?」


 皇帝陛下による「神の託宣」で国民の中から選ばれる神子。

 この大和皇国において、神子に選ばれるという事は大変名誉な事とされる。

 神から選ばれ、国を守る重要な役目を担う神子は、大和皇国では花形職業でもあり、神子に憧れ、神子になりたいと願う者も多い程だ。


「――正直、私は神子というものに興味がなくてな……本当は医師として生きたかったのだが、神子に選ばれた以上、拒否する事ができるはずもなくてな。結局、大学を中退して、神子になるべく神域に来た……だけど、そんな生半可な気持ちで神子になったのがいけなかったんだろう。私は神子の資格を剥奪された」

「え……どうしてですか?」


 焔ほど真面目そうな女性が何故、と雛菊が思っていると、焔は唇を噛み締め、何度か口を開いたり閉じたりして、ようやっと語り出す。


「……人を殺めたからだ。二人も」


 雛菊は絶句した。何を言えばいいのかわからなくなる。沈黙が酷く重い。


「……一人はどうしようもない罪人の男だった。女性を食い物にし、慰み者にした下等で下衆な同じ人間とも思いたくない最低な男だった。私は、奴への殺意は一切否定しない。実際この手で焼き殺した」

「焼き、ころす……?」


 あまりに衝撃的な言葉に、雛菊は呟く。


「……私の異能は、神力で作りだされた火焔を生み出すものだ。きちんと訓練は受けていたはずなんだが、あの時の私は怒りを爆発させてしまってな……己の感情が暴走すれば、私の火焔も暴走する。私は怒りのあまり奴を火焔で……」


 焔がそれ以上言葉を言わずとも結末は分かった。

 さて、殺意はあったという焔だが、焔が殺めてしまった人物は、聞けば非人道的な行いをしていた。殺人は確かに許されるべき事ではない。だが、もしも焔と同じ異能を持っていて、その男の悪事を知ってしまったら、その時自分はどうするだろう――と、雛菊は考えた。もしかすれば、焔と同じ行動を取っていた可能性だって、無きにしも非ず、だ。


「……だが、そんな時に、殺意に塗れた私を必死に止める人がいてな。彼女の必死の説得のおかげで私は何て愚かな事をしたのだろうと、気づく事ができた。その人のおかげで、私は人の心を取り戻せた――だが同時に、私は生涯償いきれない罪を犯す事になってしまった」

「……償いきれない罪?」

「私の火焔が……燃え広がり……被害がっ……終いにはっ……火焔がっ……恩人であるその人を……っ」


 それ以上、焔は言葉を続ける事ができなかった。ぽたぽたと、膝の上で握られている焔の拳の上に滴が零れ落ちるのを、雛菊は驚愕の顔で見つめる事しかできない。

 やがて、焔は涙に濡れた顔をゆっくりと上げた。


「私は……神子の資格を剥奪され、殺人を犯した重罪人として神域の監獄へと収容された。殺意を持って殺した男の方は、奴自身が犯罪者という事もあり、減刑された。実は、恩人であるその人も神子でな。そして、神子の殺害は重罪だ。しかし、そちらの方でも、私は情状酌量が認められ、私の刑は懲役だけで済んだ。違う、本当はもっと重い罰を受けるはずなのに! 受けなくてはいけないのに! 私はっ! ただ監獄の中に閉じ込められるだけでっ!!」


 焔の悲痛な叫びを、雛菊は黙って聞いていた。

 それだけで、どれほど焔が罪に苛まされていたかが分かった。恩人とも呼べるべき人の死に繋がる原因となってしまった火焔を生み出してしまった事。きっと未だに焔は己自身が赦せないのだろう、と雛菊は思った。


「……すまない、取り乱して」

「いえ」

「それで、私が命を奪ってしまったその人――その神子なんだが、実は、紅玉先輩の幼馴染なんだ」

「――えっ」


 つい最近聞いた気がする紅玉の幼馴染の話を、まさかまた聞くとは思わなかった雛菊は驚きに声を上げた。


「私は、紅玉先輩が大切にしていた幼馴染の方の命を奪ってしまったんだ。赦されるはずがない。赦されるべきではない。私は、結局懲役を終えても監獄から出ようとはしなかった。私は、一生、監獄で罪に苛まれ闇の中で生き続けるか、同じように火焔で火刑に処されてもおかしくない大犯罪人だ。……それなのに、それなのに、紅玉先輩は……あの人は……私の所まで来て、言ったんだ」


 焔は、暗く鬱々とした監獄で起きたあの日の事を思い出しながら、語る――。




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