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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
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異能開花




 蘇芳が敵を逃がしてしまったその頃、雛菊は大分落ち着きを取り戻していた。不可解な行動と奇声が治まったのを見て、遊楽と万華は雛菊の拘束を解く。


「姫、顔色わりぃけど、大丈夫か? 返事できるか?」

「雛菊さん、腕を押さえつけてしまって、ごめんなさい。どこか痛みますか?」


 遊楽と万華の二人が心配そうに顔を覗きこんでいるが、雛菊はそれどころではない。


(あ……頭痛い……気持ち悪い……なんなの、これ……)


 頭痛はまだ続いており、ズキズキとこめかみが脈を打っているのが分かる程だ。全身汗でびっしょりで、息も絶え絶えである。そして、まだ幻聴が聞こえてくる。


(あああああもうっ!! うるさいうるさいうるさいっ!!)


 雛菊は耳を塞ぎ、頭を振る。しかし、幻聴は収まるどころか、酷くなるばかりだ。


――何の騒ぎだろう?

――神子様、大丈夫かな

――門で何があったのでしょう?

――あまり煩くすると、神子様が起きちゃうかな

――ったく、神子はまだ具合悪くて寝ているのに誰だよ!?

――火蓮が騒がないといいけど

――火蓮が煩くしないといいけど

――火蓮、先に黙らせた方がいいかな

――殴って気絶させて黙らせておくか

――翡翠が暴走しないか心配だ


 その幻聴に雛菊は目を見開いた。


(――――は?)


 雛菊が顔を上げると、十の御社の神々がほとんど外に出てきて、雛菊を心配しそうに見つめていた。


「雛菊さん、大丈夫か? どこか具合が悪いのか?」


 と、真昼。


――顔色悪いな。一体誰がこんな事を


 と、恐らく真昼の声。


「雛菊さぁん。お怪我はありませんかぁ?」


と、雲母。


――心配だなぁ。雛菊さん、大丈夫かなぁ?


と、恐らく雲母の声。


「……大丈夫?」


と、れな。


――悪い気配が残ってる。これは一体……


 と、恐らくれなの声。

 雛菊は驚きのあまり、思わず子ども達から距離を取る。


「ひ、雛菊さん?」

「どうしたんですかぁ?」

「顔色……やっぱり悪い」


 雛菊はフラフラと後退りながら、青褪める。


――どうしたのかなぁ? 雛菊さん

――顔色酷い

――まだ操られているんじゃねぇのか?

――どうしよう

――紅ねえ呼んできた方がいいか?


 雛菊が聞き取る幻聴の声は、紛れもなく、目の前にいる子ども達のものであった。もう何日とこの御社で過ごしているのだ。聞き間違えるはずがない。


「え……な、んで……」

「あ、蘇芳!」


 遊楽がその名を呼んだ。見れば苦々しい顔をした蘇芳がみなの元へと歩いている途中だった。


「すまない、敵を逃した……!」

「いや、おかげで助かったぜ。姫も正気取り戻せたみたいだし」


 遊楽の説明に蘇芳は雛菊を見た。そして、直ぐ様雛菊に駆け寄る。


「雛菊殿、どこか具合が悪いところはありませんか?」

「あ、あたし……!」

「落ち着いてくだされ、雛菊殿。貴女は悪くない。貴女は誰かに操られていたのだ。だから、我々は貴女を責めるつもりもありません」


 優しくそう言う蘇芳の言葉――の裏が、聞こえてくる。


――しかし、一体どうやって操っていたんだ?

――やはり、親睦会の時に何かをされていたのか?

――調べねばならないな


 ゾクリ、雛菊の背筋が凍った。幻聴が止まらない。


(違う……これ、幻聴じゃない……あたし、皆の心の声が聞こえてる……!?)


 そう思った瞬間、己自身に起こっている得体に知れない異変に、身体も後退りする足もガクガクと震えた。


「あ……いや……いやあっ……!」

「ひ、雛菊殿……?」

「やだあっ!! 来ないでっ!!」


 雛菊は蘇芳の手を払いのけると、その場から逃げ出す。


 走る、走る、走る――!

 誰かの呼び止める声が聞こえるが、それでも雛菊は走った――。


(――どこへ?! どこへ行けば!? どうすれば?!)


 雛菊は混乱で完全に冷静さを失っていた。

 ただひたすら、無我夢中で走り続けるだけ。


 しかし、どこへ逃げても、声が聞こえてくる――。


(いやだ、やだ! やだやだやだ! 怖い! 誰か助けて!!)

「雛菊様っ!!」

「っ!?」

「落ち着いてくださいまし! しっかりしてください!」


 紅玉の漆黒の髪と瞳が目の前で揺れる。

 あまりに必死な紅玉の表情を見ながら、雛菊は掴まれた手から流れ込んでくる心の記憶に飲まれていく――。




 これは、雛菊が初めて十の御社に来たばかりの事だ。


「と、ところで、どうして紅玉さんは、あた……わたしの疑問がわかったんですか?」

「…………雛菊様、よく考えている事が顔に出やすいとか言われませんか?」

「……え」

「お可愛らしい百面相でしたわ」


――心の声が周囲に聞こえてしまう異能……なんとまあ、お労しい


 紅玉の声が悲しげに呟いた。




(……心の声が周囲に聞こえてしまう異能……?)


 雛菊はこれまでの記憶を思い起こした――。


 思えば、初日に紅玉と子ども達が何か意味深な話し合いをしていた――あれも、自分の異能についての話し合いだったのでは?


 水晶と対面した時、水晶がまるで自分の心を読み取るかのような言動をしているように見せかけ、誤魔化していた――が、あれは誤魔化しなどではなかったのでは?


 神力訓練の時、神々が紅玉と蘇芳が夜に逢瀬をしたと勘違いをしてしまったきっかけも――思えば、自分がそんな事を思ってしまったのが原因だったのかもしれない。


 そう思い出すと、あれも、これも、思い当たる節が多過ぎた。

 それを理解した瞬間、雛菊は今まで何となく覚えていた違和感の謎が全て解けた――。と、同時に激しい不快感に襲われる。


 心の声を聞いてしまう異能――そして、心の声を聞いてしまう異能――。


 ああ、なんて――――。




「なんて気持ち悪い」


 その柔らかな声を聞いた瞬間、雛菊は己自身の不気味さ、気味の悪さに異様な吐き気に襲われた。


「何故、貴女の異能の事を黙っていたのでしょう? それは貴女が異様で、異質で、不気味で、気持ち悪い他ありません」


 淑やかな口調の柔らかい声が響く。頭がズキズキズキと痛む。


「もしかしたら、貴女の心の声を聞いて嗤っていたのかもしれませんね。心の裏では馬鹿にして嗤い者にしていたのかもしれません」


 耳を塞いでも、塞いでも、声は止まらない。何度も、何度も、言い聞かせるように頭の中で響く。


「何も知らない貴女の立場を利用して、騙して、蔑んでいたに違いありません――だって〈能無し〉は神域で誰よりも蔑まれる存在。自分より可哀相な人間を見つけて、見下せる存在を探していたのですから」


 もうやだ――やだやだやだやだやだやだっ!! 聞きたくないっ!!




 雛菊は紅玉の手を振り払った。


「何であたしの異能の事黙っていたんですか!? 何であたしの異能の事を知っていながらずっと隠していたんですか?!」


 雛菊の言葉に驚き目を見開く紅玉。雛菊は泣きながら叫ぶ。


「どうして!! どうして!? あたしは紅玉さんの事を信じていたのに!! 〈能無し〉でも紅玉さんはすごくいい人だって信じていたのに!! 影であたしをバカにして見下していたんですか?!」

「雛菊様っ、それは違いま――」

「やだあっ!! 触らないで!! もう聞きたくない!! 頭が痛くなるし、気持ち悪いし、人の声が勝手に聞こえてくるの!! もうやだ!! こんなあたしなんて!! やだ!! やだあっ!! やだやだやだやだあっ!! もう何も聞きたくない!!」


 雛菊は耳を塞ぎ、全てを拒絶した。




「何喚いてんのよ。バッカじゃない」


 勝気な女性の声がした。


(――――え?)


「そんな言い方ないでしょ。この子は今すごく混乱しているだけなんだから」


 凛とした女性の声がした。


(これ、いつも聞こえてくる声――)


「ごめんね、怖い思いをさせて。でも、大丈夫。だから、もう一度信じて欲しいの」


 鈴を転がすような綺麗な声がした。


(信じる――何を――?)


「それは君にも分かっているはずだよ。金糸雀色のお嬢さん」


 落ち着いた音色の声がした。


(あたし――あたしは――信じたい)


「うん、分かるよ。でも、怖いんだよね。だから、私が代わりに伝えてあげるね」


 自分とそっくりな声が聞こえた瞬間、雛菊はその声に身を委ねた。




 耳を塞ぎ、動かなくなってしまった雛菊が、ゆらりと動き出す。

 そんな雛菊を戸惑った表情で紅玉は見つめた。

 バタバタと足音が聞こえ、蘇芳や神々も駆け付け、様子のおかしい雛菊に全員目を見張る。


 雛菊ははらはらと涙を零しながら、真っ直ぐ紅玉を見つめた。

 その瞳の色は蜜柑色だった。

 その色を見た紅玉はヒュッと息を呑んだ。


「紅ちゃん……言わなきゃ分からないよ、紅ちゃん……だから、ちゃんと伝えてあげてね」


 雛菊はそう呟くと、ふらりと身体を傾かせる。


「おっと――」


 危なげなく、倒れる雛菊の身体を遊楽が抱えた。

 ホッと息を吐く蘇芳だったが、内心混乱していた。そして、紅玉はさらに混乱しているようであった。


「紅殿……大丈夫か?」

「あ……あの……今、そんな……」


 身体を震わせ、両手で口元を覆う紅玉の背を、蘇芳は優しく撫でる。


「紅殿、今は落ち着こう。それよりも雛菊殿だ。医務部に連絡して診てもらおう。俺が対応するから、貴女は水晶殿の元へ行き、休むんだ」

「わ、わたくし……ひ、雛菊様に……」

「……紅殿」


 蘇芳は紅玉の頬を触り、己の方を向かせる。混乱する漆黒の瞳と優しい金色の瞳がかち合う。


「今は休むんだ、紅殿。ここは俺に任せて。明日起きたら、きちんと雛菊殿に話をしよう。俺も一緒に謝るから」


 優しい蘇芳の声に、紅玉は黙ったまま頷く。

 蘇芳は柔らかく微笑み、紅玉の頭を撫でると、朝の日差し色の女神の朝陽に視線を向けた。


「朝陽殿、申し訳ない。紅殿を頼みます」

「はい、承りましたわ。さあ、紅様、参りましょう」


 朝陽の声に紅玉は黙って頷くと、そのまま朝陽に導かれていった。


「おい、蘇芳、姫さんはどうする?」

「遊楽殿、すみませんが、客間まで運んで頂けませんか?」

「はいよ」


 蘇芳の指示を受け、遊楽が雛菊を抱え上げ、客間へと向かった。


「医務部への連絡は……」

「蘇芳、雛が倒れてすぐに紫が動いてくれていたみたいだぞ。夜番の真心と一緒に医務部へ向かっているはずだ」


 まだらの言葉に蘇芳は安堵する。


「助かります……すみません、女神殿は少々ご協力願いたい」

「はーい、任せてー!」


 蘇芳の言葉に女神達が手を挙げた。


 しかし、その中で、紅葉のような色鮮やかな髪を持つ女神のいろはだけが震えて動く事ができないでいる。

 そんないろはを見た鈍色の男神の鋼が声をかけた。


「――おい、いろは」

「っ! へっ、ふあいっ……」

「お前は寝ろ」

「で、でも――」

「紅があれだけ動揺していたんだ。それはお前もそうだろうが」

「――っ」


 瞬間、いろはの瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。


「――ごめんなさいっ――私――!」

「いいんだよ、いろは。君は休みなさい。僕が送ろう」


 煌めきのある黄金の髪を持つ男神の要が優しくいろはを宥めながら、部屋まで連れていった。

 鋼はそれを見送ってから、蘇芳に言った。


「おい、蘇芳。いろははダメだ。休ませてやってくれ」

「いろは殿――ああ、そうだな。構わない。雛菊殿の世話は、れな殿と六花殿にお願いをしたので、問題ない。神子の看病は仙花殿にお願いをした」

「そうか」

「男神組は一旦集合じゃ。鋼もこっちに来るんじゃ」

「おう」


 槐に呼ばれ、鋼はそちらへと向かう――蘇芳とすれ違った時、鋼は低い声で言った。


「『彼の者』についてお前が知ってる情報渡せ、蘇芳」

「っ!?」


 鋼はそのまま蘇芳を振り返りもせず、槐の元へと向かって行った。


(……聞かれていたか)


 蘇芳は溜め息を吐きながら、先程の光景を思い出す。


 いつもとは全く異なる言葉遣いで紅玉を諭した雛菊――ではない誰か。


(……ああ、そういえば、そうだったな)


 そう考えれば、紅玉だけでなく、女神のいろはが動揺していた理由も頷ける。


(あの色は……間違いなく「彼女」のものだったな……)


 柔らかい色合いの茶色の髪と鮮やかな蜜柑色の瞳を持った「彼女」の事を思い出し、少し哀愁の気持ちに浸るものの、今やるべき事をしなければと己に言い聞かせ、蘇芳は行動に移した。




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