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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
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異変の察知




 紅玉は店の片付けを右京と焔に、蘇芳は捕獲した神獣を轟に託し、雛菊と共に帰還の途につく事になった。

 案の定というかなんというか――互いが赤面する程のやり取りをした後のせいで、場の空気が果てしなくぎこちなく感じる。


「こ、の時間だと流石に乗合馬車はない、からな、歩いて帰るしかない、な」

「そ、うですわね。まあ歩いてそ、んなに遠い場所でもござ、いませんから」

「そ、うだな、ははは」

「おほ、ほほほ」


 そんな微妙な空気の会話を繰り広げている二人を見て、雛菊は心の中で叫んだ。


(居た堪れないっ!!)


 まるで付き合いたてで距離感をあぐねている若い恋人同士を見ているような錯覚だ。


「ひ、雛菊さ、ま、歩き疲れ、たらおっしゃって、くださいましね」

「そ、そうですぞ、雛菊殿、む、無茶はよくないですからな」

「あっ、はい、そうですね、アハハハハハ」


 雛菊に釣られ、紅玉と蘇芳も白々しく笑う――が、互いの視線が合った瞬間、パッと顔を背けてしまう。


(甘酸っぱい! 甘酸っぱ過ぎるっ! むしろ酸味強めで酸っぱいわっ! 何であたしがこんな二人に挟まれて帰らなきゃいけないのよぉっ!)


 雛菊は不運な己を呪った。


(いっそ胸焼けするくらいめちゃくちゃ甘かったら、全力で置いて帰るのに、なんかこの空気は微妙に放っておけないわっ!)


 雛菊も長女であり、お姉ちゃん気質なのである。今のこの二人を見ていると、非常にハラハラしてしまい、置いて帰ることなどできなかった。


「ほっ、ほら、紅玉さんに蘇芳さん、早く帰らないと、みんな心配しちゃいますよ! 張り切って手と足を動かしましょう!」

「雛菊様、十の御社はそちらではありません」

「あ、あっれ~~~おかしいなぁ~~~。来た時は道間違えなかったのになぁ~~~」

「もう道も暗いですし、間違えても仕方ありませんわ。道はこっ――っ!?」

「紅殿!」


 夜道に足を取られた紅玉が躓き、身体がよろめいたのを、蘇芳は決して見逃さなかった。逞しいその腕で紅玉を抱き寄せ、ホッと息を吐く――のも束の間、二人は瞬時に距離を取った。


「もっ、申し訳ありません! わ、わたくしの不注意で!」

「いっ、いや、すまんっ。勝手にその……!」

(ロマンスの神様のバカーーーーーーっっっ!!!)


 本当にそのような神がいるかはわからないが、雛菊は思わずその神に恨み事を叫びつつ、目の前で起きた出来事に顔を赤くさせた。


(はあ~~~、なんか暑いわ……ん、いや、熱い? んんっ?)


 雛菊は己の懐が熱くなっている事に気付き、手を伸ばす。取り出したそれは、雲母からもらった守りの石であった。


(そう言えば、さっきからなんか熱かったような……え、あれ、なんかどんどん熱くなる?)


 そう思った瞬間だった。


『パキンッ』


「えっ!?」


 守り石が真っ二つに割れてしまい、砂のように手から零れ落ちるようにして消えてしまう。


「ええっ! 嘘!」

「雛菊様?」


 雛菊の悲鳴に紅玉が駆け寄る。


「いかがされました?」

「どうしよう! せっかく雲母君からもらったお守りの石が割れちゃいました……」


 あからさまに落ち込む雛菊に、紅玉は優しく宥める。


「大丈夫ですよ、雛菊様。雲母様のお守り石はその役目を果たして尽きただけです。雲母様もわかっていますよ」

「うぅ……でも、せっかく綺麗な石だったのに……」


 一方、蘇芳は守り石が役目を果たし、消滅した事に驚きを隠せないでいた。


(あの守り石に施されていたのは、封印と守護の術式だったはず)


 「封印」は、一時的に雛菊の異能を封印するものだった。現状、雛菊の異能をあまり多くの人間に晒すわけにはいかなかったからだ。

 「守護」は、そのまま、雛菊の身を守る意味で込められていたものである。


(守り石が消えたという事は、雛菊殿の異能が強くなっている可能性があるか、もしくは雛菊殿の身に何かあったということだが――)


 その可能性を考えながら、雛菊を見た瞬間――蘇芳は別の事に気付いてしまい、目を見張った。

 雛菊が出かける前にはあったはずの、完璧で美しい白縹の力が跡形もなく消え去っていたからだ。そして、それを意味するのは――。


「……紅殿、急いで戻るぞ」

「え?」


 蘇芳のその声はあまりに余裕がなかった。

 あの蘇芳が珍しく、酷く焦っている――何故――と、思った瞬間、紅玉は全身が青褪めていくのを感じた。


「っ――――!」


 紅玉は血相を変えて駆け出していた。

 紅玉が突然駆け出すものだから、雛菊は驚きのあまり声を上げる。


「えっ!? 紅玉さん!?」

「雛菊殿」

「へっ?」

「失礼します」


 蘇芳は雛菊の胴に腕を回すと、そのまま肩に担ぎ上げていた。


「きゃあっ!?」

「急ぐ故、しっかり掴まっていてくだされ」


 そして、蘇芳は紅玉の後を追って駆け出していた。雛菊を抱えたまま。人一人担いでいるというのに、その速さは紅玉にしっかりついていけている程で、雛菊は思わず感動してしまう。


(す、蘇芳さん、すごい……!)


 蘇芳の肩に担がれながら、雛菊は前方を走る紅玉を見た。


(紅玉さん、急にどうしたんだろう……)


 一体何が起きているのかわからない雛菊だったが、紅玉と蘇芳の表情を見る限り、悪い事が起きている可能性しか考えられなかった。


(一体、何が……)


 不安のせいか、ツキンと、頭が痛んだ気がした。




**********




 十の御社の門の前へ立つと、紅玉は叫んだ。


「戻りました! 紅玉です! 開けてくださいまし!」


 結界が解かれ、門が開く。中から出てきたのは、まだらだった。その表情は、いつもの快活とした感じはなく、どことなく暗い。


「紅ねえ……蘇芳に、雛も一緒か。とりあえず中に入れ」


 まだらに促されるまま、中に入る。

 まだらは門を閉めると、厳重に結界術をかけていた。


「まだら様、晶ちゃんに何かあったのでは!?」

「あ、ああ……神子が高熱を出してぶっ倒れた。皆、神子の看病でバタバタとしていて……」


 まだらの言葉を聞くや否や、紅玉は慌てて駆け出していった。


「誰かっ! どなたか詳細を教えてくださいっ!」


 紅玉がそう叫ぶと、竜神の翡翠が紅玉の元へ駆け寄って、紅玉を案内する。そして、紅玉はあっという間に見えなくなってしまった。

 そんな紅玉を見送りながら、雛菊は呆然とする事しかできない。


(え、晶ちゃんが高熱って……なんで……)


 出かける前に会った時は元気そうであったのに――。水晶は身体が弱いのだと聞いてはいたが、想像以上に体調を崩しやすい身体なのかもしれない、と雛菊は思う。


(あんな真っ青な紅玉さん、初めて見た……)


 ぐうたらゴロゴロしている水晶に対して、叱咤する姿しか見た事がなかったが――。


(やっぱり、大切な妹なんだろうな……)


 だからこそ、雛菊は水晶も紅玉も心配で仕方がない――だが。


「雛菊殿。今夜はもうお疲れでしょう。どうぞ先に休んでください」

「えっ! で、でも……!」

「神子が体調不良と聞いて、落ち着かないのは分かります。だが、貴女も今夜はいろいろあり過ぎた。明日からも研修に訓練です。どうかゆっくり休んでくだされ」


 蘇芳の申し出は、親睦会で精神をすり減らしてきた雛菊にとっては大変ありがたいものだが、人としてはなんとなく申し訳なく感じてしまう。しかし、ここで自分に何ができるのかと問われれば、雛菊は足手纏いでしかないと思った。

 様々な思いをぐっと堪えて、雛菊は頭を下げた。


「では、申し訳ありませんが、お言葉に甘えて、先にお休みさせて頂きます」

「ああ、おやすみなさい」

「おやすみなさい……」


 何もできない己が不甲斐無いとは思いつつ、少しずつ強くなってくる頭痛を感じ、雛菊は一刻の早く休む事が自分の仕事だと言い聞かせて、客間を目指した。




 雛菊が去った後、先に口を開いたのは、まだらだった。


「よく神子に異変が起きたって気付いたな、蘇芳」


 まだらは不思議に思ったのだ。帰って早々に、紅玉が神子の異変を察する発言をした事に。

 紅玉は〈能無し〉だ。神力を持たぬ者に、神力の流れを読み取り、異変を察知したりだとか、直感を働かせたりするのは、不可能な話だ。

 となれば、神子の異変を察知したのは、蘇芳の方であろう。蘇芳は〈神力持ち〉である。恐らく何かに気付き、紅玉にその可能性を話したのだろうと、まだらは推測していた。

 気になるのは、そう思った所以だ。


「……何で気付けた?」


 まだらの質問に、蘇芳は難しい顔をして、やや俯きがちに言った。


「……雲母殿が雛菊殿に託した守り石が消滅しました」

「ああ、雛が出かける前に渡していた」


 まだらの言葉に蘇芳は頷く。


「雲母殿の守り石に施されていた術式は、封印と守護。恐らくどちらかが働いて、消滅したのだろうと思い、確認の為に雛菊殿を見て……」


 蘇芳の眉が顰められ、顔つきが怖くなった。


「水晶殿の――神子の結界術が消滅していた事に気付きました」

「――は?」

「それで、神子に何かあったのだと……」

「……分かった。神子の異変に気づけたその理由は分かった――だが、神子の結界術が消滅していたのは、どういう事だ!?」


 まだらは驚きを隠せなかった。驚く事しかできない。

 現在この神域で、最も清廉で強い神力を持つと言われている最年少の神子である水晶。その彼女が施した完璧とも言える結界術が壊された――それすなわち、その結界術を壊した相手が、水晶と同等か、あるいは水晶以上の神力を持つ者ということである――それ、すなわち――。


「……理由は、わかりません……だが、神子の結界術を解いたのは、神子か……最悪、神が関わっている可能性が……」


 蘇芳の言葉に、まだらは舌打ちをした。


「……おい、どうすんだ? 敵がとんでもねぇ相手かもしれねぇぞ」

「まずは、雛菊殿がどういう状況で結界術を解かれたのか、調べなければなりませんが……今は、それどころではない。まずは神子の回復が優先です。なので、この件は一旦自分に預からせてもらいたい。思う所があって、独自に調査をします」

「わかった。任せるぞ」

「……それと、この事は紅殿には話さないでくだされ」


 蘇芳その言葉にまだらは訝しげに蘇芳を見るが、蘇芳は理由も述べずにまだらから離れる。


「……おい、蘇芳」


 まだらが蘇芳の背に呼び掛ける。


「おめぇ、無茶すんなよ」

「…………」


 まだらに背を向けたまま蘇芳は無言で頭を下げると、屋敷の方へと向かっていってしまった。




しばらくシリアスターン続いていきます

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