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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
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取り調べ




 用意された鳥籠の中で鳥の神獣は寛いでいた。籠の中は狭い空間ではあるが、部屋にいる人間達が面白くて、ただひたすら見物を楽しむ事にした。


「改めまして、僕は右京と申します。遊戯管理部所属です」

「私は焔だ。神域医務課に所属している」

「せ、生活管理部所属の雛菊です。よろしくお願いします……それにしても、さっきの店員さん達が右京さんと焔さんだったなんて……同一人物とは思えないです」

「すみません。先程はかなり演技をしていたので……雛菊様が御所望なら、『海の男のお兄さん』やりますよ」

「いっ、いえ! 今の執事っぽい感じもとってもかっこ良くて好きです!」

「お褒めに預かり、光栄でございます」

「焔さんも、その衣装、すごく良くお似合いです!」

「いっ、いやっ、私は……!」


 部屋の隅の方で、茶を飲みながら微笑ましい会話をしている三人あれば――。


「轟君、ファイト~~~!」

「てめぇもやれぇっ! 幽吾ぉっ!!」

「僕は応援専門だから」

「元はと言えば、てめぇのせいだろうがあああっ!!」


 喧嘩しながら部屋の修繕をしている二人がいる中で――。


「これには、止むに止まれぬ事情がございまして――」

「ではその事情とやらを、一から丁寧に説明願おうか」

「まあまあ、蘇芳さん。ここは冷静になって、紅ちゃんの話を聞いてあげて」


 向かい合って正座をし、その間に一人が割入りながら、取り調べが始められている所もあった。


 この取り調べが特におもしろそうだと思い、鳥の神獣は耳を傾けていた。


「……一から丁寧に説明すると、日が変わってしまうので省略させて頂きますが、『会』で『密かに任に当たる』ことになりまして、『従業員に成り済ます』ということになったのです」

「貴女が代表で『密かに任に当たる』という事は聞いていたが、『遊戯街の従業員に成り済ます』とまでは聞いていない」

「お話ししておりませんもの。任の詳細は機密事項ですから、お話しするわけにはいきませんので」

「俺は決定事項について報告をしろと言ったはずだ!」

「ですから、必要最低限の報告をさせて頂きましたわ」

「――――っぐ」


 確かに紅玉は、蘇芳との約束は違えていない――蘇芳は数日前の自身を忌々しく思った。


(包み隠さず全て報告しろと言っておけばよかった!)


 今更後悔しても遅いが、次に発せられた紅玉の言葉で、その後悔も意味がない事を蘇芳は知る。


「それに世流ちゃんに、蘇芳様には任の詳細は話さない方がいいと、助言を受けましたので」

「わあ、紅ちゃん、ワタシにキラーパス寄越さないでぇ」


 蘇芳はギロリと世流を睨んだ。


「世流殿」

「だってぇ、正直に話しちゃったら、絶対蘇芳さん、怖い顔すると思ってぇ」

「当たり前だろう! 紅殿に、こっ、こんな恰好をさせて!」


 蘇芳には「こんな恰好」の詳細を口にする事ができなかった。顔を赤らめて、紅玉から視線を外し、指差す事しかできない。


「あらん、人に向かって指差しちゃダメでしょっ! もうっ! 紅ちゃん、こんなに可愛いのにぃ~」

「よ、世流ちゃん……っ」


 世流はそう言いつつ、紅玉を引き寄せ、蘇芳の視界に無理矢理入れる。蘇芳は思いっきり紅玉の艶姿を目にしてしまい、一気に顔を熱くさせた。

 そんな蘇芳の様子に、世流は満足そうに微笑む。


「うふふっ、紅ちゃんったら、普段全然オシャレしないんだもの。イイ機会だと思って、凪沙ちゃん達に全力で着飾らせてね! って、お願いしちゃったっ! ねっ! 似合ってるでしょ~?」


 そんな世流の思惑と凪沙達の全力は、別方向から功を奏する事になった。


 今宵、遊戯街の話題を掻っ攫ったのは、「泡沫ノ恋」に新しく入った胸の大きな美女だ。見た目の美しさや眼福な大きな胸も然る事ながら、柔らかい微笑みと丁寧な物腰の接客が大変好評で、その噂は客から客へ一夜にして流れ、遊戯街に来る男達はその美女を一目見ようと、「泡沫ノ恋」に殺到した。

 そして、その噂は遊戯街で神獣捕獲の任に当たっていた蘇芳の耳にも届いていた。まさか、その美女が紅玉だとは思わなかったが……。


 紅玉がどれだけ多くの男達にその艶姿を晒したかと思うと、身体の奥底で何かがぐらぐらと煮えたち、どろどろと黒い何かが己の心に纏わりつく。

 その美女が普段は多くの者に蔑まれている〈能無し〉であることに気付いた者はいるのだろうか――いや、〈能無し〉と呼ばれる普段の紅玉だって十分美しい人だというのに、どうして気付かないのかが不思議でならない。

 蘇芳は酷く不快な気分に陥った。


(心頭滅却……平常心……)


 蘇芳は心の中で何度もそう呟きながら深呼吸を繰り返し、必死で平静を保とうとする――が、そんな蘇芳を見て、世流はニンマリと悪戯な笑みを浮かべていた。


「紅ちゃん、大人気だったって凪沙ちゃんやうっちゃんから聞いているわよっ! さっすが紅ちゃんだわっ! 今日だけの臨時だなんてもったいないわ~! ねえねえ、紅ちゃんさえよかったら、また今度遊戯街で働いて欲しいわっ!」


 我慢の限界だった。


 蘇芳は着ていた上着を脱ぐと、紅玉に羽織らせる。

 蘇芳の突然の行動に紅玉は目を白黒させながら蘇芳を見れば、蘇芳は酷く不機嫌そうに紅玉を睨んでいた。


「嫁入り前の女性がいつまでそんな恰好をしている。早く着替えて来い」

「え、あ……は、はい」


 蘇芳が怒っている――紅玉はそう思うと、何故か気分が沈んでしまった。

 決して紅玉は御洒落が嫌いという訳でも、興味がないという訳ではない。紅玉だって女性だ。それなりに着飾る事に対して憧れはある。なので、今回着付けてもらった事は、少し露出が大胆で羞恥心はあったものの、結構楽しかったのだ。

 しかし、自分は楽しくても、相手には――蘇芳には、見苦しい格好だったかもしれない。


「申し訳ありません……お見苦しい格好を見せしてしまって……」


 蘇芳は真面目だから、恥じらいも無い自分自身の格好に呆れてしまったのかもしれない――そう思うと、悲しくなり、顔が俯いてしまう。

 しかし――。


「違う」

「……えっ?」


 紅玉は顔を上げ、蘇芳を見上げた。見れば蘇芳は不機嫌な顔はどこへやら。まだ眉は顰めているものの、頬を赤らめて、紅玉を見下ろしていた。


「見苦しいからとかそういう事ではなくて――」


 蘇芳はぐしゃぐしゃと髪を掻き乱し、片手で目元を覆うと唸るような声で言った。


「――あまりにも綺麗で目のやり場に困るから、早く着替えてきてくれ」

「…………へ?」


 蘇芳の言葉を理解するのに時間を要した紅玉だったが、その言葉を理解した瞬間、全身をぶわりと真っ赤に染め、慌てて立ち上がった。


「ごっ、ごめん、なさいっ、きっ、着替えてきまっ、きますっ!!」


 紅玉は脱兎の如く部屋を飛び出していった。

 残された蘇芳は、逃げ出す直前の真っ赤な顔をした紅玉を見たせいで、その照れがうつってしまい、自身も顔を赤く染め、片手で顔を覆い、唸り声を上げることになってしまった。


 そんな二人のやり取りを見守っていたその他大勢が口を開き出す。


「うっふふ~! 蘇芳さん、ごちそうさまでしたぁっ!」

「あははっ! 相変わらず君達は面白いね~」

「おいっ! 幽吾! 口動かしてねぇで、手を動かせっ!」


 世流、幽吾、轟が各々発言をしている中、右京は微笑ましく頷き、雛菊と焔は蘇芳と同じように顔を赤く染め、恥ずかしさですっかり緊張してしまっていた。


「ねえねえ、蘇芳さんの今の台詞は、無意識? それともわざと? 確信犯?」

「黙秘する」

「あ、絶対わざとだ。確信犯だ。蘇芳さん、悪い男~」

「黙秘だ!」

「うんうん、わかるよ~。紅ちゃんのアレは大分眼福だもんね~」

「幽吾殿……」

「あははっ、こわ~い」


 そう言いつつも、幽吾は面白いおもちゃで遊ぶように楽しそうに笑っている。


「いや~、帰り道、二人と一緒できないのが残念だなぁ。雛菊ちゃん、今度感想聞かせてね」

「えっ?」


 突然幽吾に話を振られて、一瞬何のことかわからなかった雛菊だが、幽吾の言葉の意味を理解した瞬間、果てしなく困ってしまった。


(あ、あたし、紅玉さんと蘇芳さんと一緒に帰る事になるんだよね……!)


 親睦会はどう足掻いてもお開きだ。そして、今は夜もすっかり遅い時間帯――雛菊を一人で帰すなんて所業、紅玉と蘇芳が許すはずがない。つまり雛菊は二人の護衛付きで十の御社に帰ることが決定しているのだ。しかし――。


(いっ、いやだ……! あの甘酸っぱい雰囲気の二人と一緒に帰るなんて、どんな修行で苦行よ!?)


 項垂れる雛菊を、右京と焔が肩を叩いて励ました。


「雛菊さん、頑張ってください」

「えと、その……頑張れ」

『頑張ってください』

「……んっ?」


 聞いた事ない声に、雛菊は顔を上げた。きょろきょろと辺りを見渡すも、その声の持ち主らしき人の姿はない。

 代わりに鳥籠に入った鳥の神獣が「チチッ」と鳴くだけであった。




 一方その頃、着替えると言って、部屋を飛び出した紅玉は、店の更衣室で一人しゃがみ込んでいた。顔を真っ赤にさせ、心臓の鼓動が激しく打っている。

 蘇芳の若干潤んだ金色の瞳が、赤くなった目元が、自分自身を見つめて、低く唸るような声で「綺麗」だと言ってくれた事が、嬉しくて、嬉しくて――勘違いしそうになる。


「あれはお世辞、あれはお世辞、あれはお世辞、あれはお世辞、あれはお世辞……」


 ぶつぶつと呪文のように紅玉は己に言い聞かせながら、着替えをする。

 しかし、心のどこかで、「お世辞でも嬉しかった」と思ってしまったり、「あまりにも綺麗」という蘇芳の言葉が蘇ってきてしまったりして、何度も惚けてしまい、結局着替えが一向に進まないのであった。




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