予想外の……
評価とブックマークありがとうございます!
二章も張り切って書いております!
「さてと、違反者の処罰は終わったからいいとして――――」
世流はギッと幽吾と轟を睨みつける。
「おいごるあああっ!! そこの馬鹿鬼と鬼畜野郎っ!! よくも店を破壊しやがったなこンのド阿呆共がああああああっっっ!!!!」
どすの利いた声で世流は叫んだ。纏う雰囲気は完全に男である。
「え~~~、だから、僕は目撃者だってば~~~」
「ンなわけあるがあっ!! お前が主犯なのはいつもの事だろうがあっ!! ああっ!?」
「わ~~~、世流君、こっわ~~~い。緊急事態だったんだから、許して」
「ちったあ反省しろやあっ! この鬼畜ぅっ!!」
「先に言っておくがなっ! 俺様は悪くねえっ!!」
「お前も同罪だっ!! こンの馬鹿鬼ぃっ!!」
「俺様は被害者だっ!!!!」
世流と幽吾と轟の男同士の大声の言い争いに、雛菊は完全に怯えてしまい、動く意志すらも殺がれ、その場に座り込んで震える事しかできない。
「雛菊様、お気を確かに!」
「は、はひ……え、はえ?」
雛菊は己の元へと駆けよった黒真珠の店員の声を聞き、姿を間近で見て、今になってようやっと気づいた。
「え、えっ? 紅玉さん……?」
あまりに美しく着飾った紅玉に、雛菊が目を白黒させていると、雛菊の膝の上に一羽の鳥が降り立った。月のような淡い黄色の羽を持つ小鳥だ。
「えっ?」
「あら」
こんな夜遅くに鳥が飛んでいるだなんて――そして、こんな近くで鳥が拝めるなんて――と、暢気な事を雛菊が思っていると、紅玉が驚くべき言葉を口にした。
「まあ、この鳥は神獣様ですわ、雛菊様」
「えっ! 神獣!?」
神獣の事は就職説明会でも習い、雛菊も知っていた。神域内で暮らす神の化身であり、強い神力と知識を持つ生き物だと。
そして、あまり滅多に人に近づかないという話だったはずだ。
「珍しいですわ。こんなに人の近くに来るなんて」
「そ、そのように聞いていますけど……」
しかし、鳥の神獣は雛菊の膝の上に乗ったまま、大人しくしている。
「まあ、二十二の神子様が神獣様を御所望のようですから、雛菊様には申し訳ありませんが、そのままじっとしていてくださいましね」
「は、はい――あっ、ていうか、紅玉さん、なんでここに?」
「ふふふっ、内緒です」
人差し指を唇に当て、小首を傾げて微笑む紅玉に、雛菊は不意打ちを食らい、思わずキュンとしてしまった。
(かっ、かわいい……! ていうか、めちゃくちゃ美人……! そして、胸ホントにデカイッ! うらやましいっ!)
普段もこのくらい着飾ればいいのに――と、思う程、雛菊の目から見て、今の紅玉は大変美しかった。
「だからぁっ!! 俺様は悪くねえっつってんだろうがあああっっっ!!!!」
その怒号に雛菊は思わず身体を震わせ、鳥の神獣も驚きのあまり、雛菊の髪の中へと避難した。
見れば、轟が鬼の形相で怒鳴り散らしている所だった。
「人の話を聞けおめぇらあああああああああっっっ!!!!」
「もうっ、轟君ったら、自分で壊したものはちゃんと自分で直さなきゃ、めっ! でしょっ!」
「そうそう、轟君。二人で協力すれば、早く終わるよ」
「ふっざけんなっ! 幽吾! てめぇ一人でやれええええええっっっ!!」
まだ男達の言い争いは終わっていなかったようだった。
三人の様子を見て、紅玉は思わず溜め息を吐いた。
「雛菊様、ここでは落ち着かないでしょうから、別室へ――」
紅玉がそう言いかけた時だった。
「呉藍ちゃんっ!」
「っ!」
源氏名で呼ばれて腕を掴まれるまで、紅玉はこの客の存在をすっかり忘れてしまっていた。不意打ちを付かれ、紅玉は内心焦る。
「こんなあぶねぇところにいねぇで、オレと飲もう! なっ!? いこいこっ!」
「あのっ、お待ちくださ――っ!」
男性客に無理矢理引っ張られ、紅玉は立ち上がる羽目に。
「呉藍ちゃんっ、今夜は絶対はなさねぇぞ~~~っ!」
「おやめくださいっ!」
紅玉が本気で抵抗しようと声を上げた瞬間――。
「どんっ!」と揺れるような響く音を立てて、窓から誰かが入って来た。
仁王か軍神かの恐ろしい容姿の蘇芳色の髪と金色の瞳を持った男――。
その男の登場に紅玉は目を見開いた。
「蘇芳様……」
**********
十の御社に蘇芳を訪ねてきたのは、兄である金剛の関係者ではなく、同じ神域警備部に所属する妖怪の先祖返りであることで有名な轟と天海、そして所属部署は違うが、やはり妖怪の先祖返りである美月であった。
「よう、蘇芳」
「お疲れ様です、蘇芳先輩」
「お疲れさ~ん!」
珍しい訪問者に、蘇芳は目を瞬かせる。
「轟殿に天海殿に美月殿、自分に何用ですか?」
「実はさ、二十二の神子の命令で鳥の神獣の捕獲をしなきゃいけなくてよ」
「鳥の神獣ですか……それはまたなんと厄介な」
神獣と言えば滅多に人に近づく事もない神の化身であり、中でも鳥の神獣は小さく素早く、捕獲など不可能に近い存在だ。
「だから、俺様達にその命が下ったんだろ! 何せ俺様達は誇り高き妖怪一族の先祖返りだからな!」
轟の言う通り、妖怪の先祖返りである轟達は普通の人間よりも身体能力が異常に高く、桁違いだ。
神獣の捕獲など、彼らにしかできない任務であろう。
「だが、俺様達三人じゃ人手不足だ! そこで蘇芳! おめぇも手伝えっ!」
「エラそうに何ゆうてんのっ!?」
「あだっ!!」
美月の肘鉄砲が、轟の脇腹に入る。
「やけど、正直な話、ウチらだけやと、ちょっと心許無いねん。蘇芳さん、堪忍やけど、手つどうてくれへん?」
そう、美月達が蘇芳を訪ねた理由がそれだ。
蘇芳は人間でありながら、人間離れした身体能力と戦闘能力を持ち、「神域最強戦士」の異名で呼ばれる程の人物だ。
そんな蘇芳であれば、神獣の捕獲もできると轟達は考えたのだろう。
三人の訪問の理由を理解した上で、蘇芳はしばし考える。
十の御社には、ただでさえ紅玉が不在の状態だ。神子護衛役である蘇芳まで御社から離れるのは、正直不安が残る。
「うみゅ、すーさん、いっておいで」
「っ、水晶殿!」
まさか神子直々に後押ししてくるとは思わず、蘇芳は驚きを隠せない。
「しかし、自分が不在の時に、神子の身に何かあれば――」
「うみゅ、だいじょぶだいじょうぶ。みんないるし」
水晶の言葉に、神々も頷いている。
「それに、きっとこれはフラグだ、すーさん。なんか物凄く面白い事が起きる予感がする」
「は? フラグ? 面白い?」
「まあまあ、なにはともあれ――神子の命である。神子護衛役、蘇芳。鳥の神獣捕獲任務に参加してきなさい」
「神子の命」と言われてしまえば、蘇芳に抵抗できるはずもなく、蘇芳は急遽「鳥の神獣捕獲任務」に参戦する事になったのだった。
**********
蘇芳が追っていた鳥の神獣が崩壊した壁から店の中へと入っていくのが見え、後を追って、店の中に入ってみると、その先には見知った顔が何人もいた。
雛菊は確か親睦会に参加していたはずだが――そうか、この店で行なっていたのか、と蘇芳は思った。
轟がいるのは、なんとなく想像ができた。先程まで自分と同じように、神獣を追いかけ回していたのだから。
世流も分かる。遊戯管理部の職員なのだから、遊戯街にいて当たり前だ。
幽吾は一瞬想像がつかなかったが、雛菊がこの店にいるということで、ある程度想像ができた。恐らく、店のこの惨状も彼が一枚噛んでいるという事も。
しかし、何故彼女がこの店にいて、何故そのような格好で、何故見知らぬ男に腕を掴まれているのかは、全く分からなかった。
蘇芳は彼女――すなわち紅玉を見つめた。
黒を主とした美しい着物を纏っているが、肩から胸元が大胆に開かれ、見る者の目を釘付けにしてしまう程の豊満な胸とその谷間が晒されている。
普段隠されているはずの脚も、右足だけではあるものの、太腿から露わになっており、太腿に飾られた赤い石が艶めかしく、妖しく光る。
真っ直ぐな漆黒の髪は色気たっぷりにふわりと巻かれ、左目元の黒子がそれを更に誇張させていた。
一見すれば、紅玉だとわからない程、酷く艶やかな女性ではあるが、蘇芳は一目見て気付いた。
〈能無し〉の漆黒を隠す為に紅色の人工毛を飾り付けられていても、瞳も金色に装飾されていても、その佇まいだけで、すぐに紅玉だと分かってしまった。
そして、その紅玉が酷く困っている状況だという事も――。
蘇芳は、紅玉の腕を掴む男をギロリと睨みつける。
「ぃっ!?」
蘇芳のあまりの恐ろしさに、男は瞬時に凍りついてしまう。その場から一歩も動けなくなる。
一方の蘇芳はずんずんと男の方へ近づいていく――。
「ひぃっ! ひぃいいいっ!?」
男が命の危機を感じ、悲鳴を上げた瞬間、男の手から何かが奪われた。
そして、男が気付いた時には、先程まで掴んでいた紅玉は、目の前の大男の腕の中にいた。
大男こと蘇芳は、紅玉の剥き出しの肩や肌には一切触れず、しかし大事に守るように抱えていた。
そして、更に眼光を鋭くし、目の前の男を射殺すように睨みつける。
それだけで男の戦意は完全に喪失してしまっていた。
「貴方は遊戯街の規約をご存知か?」
「ひえ? はひ?」
「まあ遊戯街を利用している時点で、規約の事は把握済みであろうから、割愛させてもらうが――遊戯街で一方が嫌がる行為を、もう一方が強要した場合、規約違反となる――これがどういう意味がわかっていての行動だろうな?」
低く、重く響くその声と突き刺さるような鋭い眼光と放たれる恐ろしい殺気に、男は最早悲鳴すら上げる事も叶わない。
「ひぃっ――あひっ――は、ひぃっ!」
と、非常に情けない奇声を発しながら、這うように逃げていった。
蘇芳と男のやり取りを、見守っていた紅玉だが、厄介者が去って、ホッと息を吐く――しかし。
「紅殿」
低いその声に、紅玉は再び全身に緊張が走ってしまう。なんとか首だけを動かし、己を抱えるその人物の顔を見上げる。
そこには憤怒の形相の蘇芳がいた。
「……これは一体どういう事であるか、説明願おうか?」
「お、おほほほほほほ……」
笑って誤魔化す――事など、叶わないようだった。
「はあっ!? おめぇ、紅なのかっ!?」
「……轟君、気づくの遅い。そして、空気読もうね~」
そんな轟と幽吾のやり取りにも、蘇芳は和む様子など一切なかった。
次回、お説教ターイム(笑)