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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
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違反者には罰を




 紅玉は数日前の「ツイタチの会」で、幽吾が「別方向から介入する」と言っていた事を思い出していた。


(こういうことですか……幽吾さん)


 紅玉は、部屋の大惨事を見ながら、思わず片手を額に当てた。


(見事な別方向からの介入ですが、やり過ぎです)


 朔月隊の方針の一つで、「臨機応変」というものがあるが、あれは建前で、要は「時と場合によっては、手段など選んでいる暇などない」――という意味である。

 恐らく今回も、幽吾はその方針に則って行動を起こしたものだと思われるが、まさか店を半壊させるとは、紅玉も思ってもみなかった。

 紅玉はちらりと幽吾を見る。幽吾は相変わらず真意の読めない笑顔を浮かべると、言った。


「一応、言い訳させてね」

「……どうぞ」

「轟君が、二十二の神子様の命令で神獣捕獲の任務についていて、今日一日ずっと神獣を追いかけ回していたんだ」

「……それで」

「で、神獣を捕まえようとした轟君が勢い余って、お店に突っ込んじゃったんだ。僕はそれの目撃者」


 嘘八百もいい所である。

 恐らくこの騒動、半分以上は幽吾の仕業と紅玉は見抜いていた。だがしかし、この場を丸く収めるには幽吾の出任せに乗る他なかった。萌に、紅玉と幽吾と轟の関係性を、今知られるわけにはいかないからだ。

 紅玉はあくまで「泡沫ノ恋」の店員として、発言をした。


「お店の修繕費、請求致しますので、お覚悟を」

「うんうん、大丈夫大丈夫! 轟君が全部出すって!」

「大丈夫じゃねえええええええええっ!!」


 早くも轟が復活を果たしていた。壁や窓を半壊させるほどの衝撃を受けながら、物の数分で立ち上がる強靭な身体――流石は鬼の先祖返りである。


「幽吾おおおっ!! てめええええええっっっ!!」

「あはははは、落ち着いて轟君。ここは穏便に」

「いくかあああああああああっっっ!!」


 轟は怒り心頭で幽吾に掴みかかる。幽吾は微笑みを湛えながら、轟に揺さぶられているが、その表情は一切変わる事はなく、余裕である。

 目の前で繰り広げられるそんな男達の喧嘩に、雛菊も萌も戸惑うばかりだ。そもそも目の前で窓や壁が半壊している時点で、彼女達の思考回路は滅裂気味なのだ。呆然とするばかりである。


「な、なによこれ……」


 先程まで強気だったはずの萌ですら、こんな様子だ。雛菊に至っては腰が抜けて動けない程である。


 すると、そこへバタバタと足音が聞こえてくる。


「ちょっとっ! 何これっ!?」


 その声に個室にいた全員が振り返れば、凪沙と焔がやって来たところだった。

 同じ朔月隊である焔は、半壊した部屋と、幽吾と轟を見ただけで、全てを察し、紅玉と同じように額に片手を当て、首を横に振った。

 凪沙もまた幽吾と轟とは面識があったようなので、半壊状態の部屋を見て、最初驚きはしたものの、愕然とした様子はない(すなわちは前科持ちという意味である)。


「はあ、そっちはとりあえず後回しにして――お客様っ」


 凪沙は萌を睨みつけた。


「この個室の予約者の萌さんで間違いないわよねっ?」

「は、――はい」

「あなたの上司、お店の子に無理矢理手を出そうとしましたっ」


 凪沙がそう言うと、右京が何かを引き摺りながら現われた。右京は引き摺っていたソレ――萌の上司である男性職員を放り投げた。男性職員はすでにあちこちボロボロで意識を失っていた。


「『遊戯街規約、遊戯街利用者はなんぴとたりとも遊戯管理部職員に暴力暴行及び異性交遊の強要をしてはならない』――あなたの上司はこの規約に違反しましたっ。予約者の皆様には、規約に関して参加者の皆様への周知の徹底をお願いしているはずですっ。これは一体どういう事ですかっ!?」


 細身で小さい凪沙だが、怒ると存外に恐ろしいようで、萌ですらも怯むばかりである。


「ちなみに、予約者の規約周知不足も違反になりまして、罰則を受けてもらう決まりですっ」


 凪沙の言葉に萌は目を見開いた。


「なっ!? そんなことが――」

「あるのっ!」


 昔から、遊戯街の店では、そういうことが当たり前のように起きる場所だった。客が店員に無闇矢鱈に触れたり、暴力をふるったり、暴言を吐いたり、無理矢理手籠めにしたり――。

 実際、つい数年前までは実害もあった。しかし、それに対する対策などは立てられていなかった。

 しかし、ある事件をきっかけにして、遊戯街は生まれ変わる事となり、遊戯街で働く職員の人権や身の安全を守るため、遊戯街には独自の規約が設けられた。そして、規約違反者には厳しい罰が与えられる事になっている。


「『遊戯街規約、遊戯街利用者は予約時に規約の確認及び他利用者への周知徹底を義務付ける』――神域管理庁に勤める人間なら知ってて当然の規約ですっ! 知らないとは言わせませんっ!」


 そう、この規約は丁度三年前に制定されたもので、その当時神域管理庁に勤めていた者全員に周知されている規約であり、遊戯街利用時や予約時にも必ず確認事項として言われる事柄である。

 当然ながら、新入職者も就職説明会で説明される事になっており、遊戯街の詳細を知らなかった雛菊ですらも「遊戯街の規約」については知っていた程だ。

 知らない者は、よっぽどのもぐりか、勤勉不足者か、酒を飲み過ぎてうっかり失念してしまった阿呆共であろう。


「そういうわけで、萌さん、罰則受けてもらいますからねっ!」


 萌は目の前で倒れて意識を失っている上司を見て、己の未来を瞬時に察し、凪沙が叫ぶや否や、真っ青な顔をして逃げ出そうとした――しかし――。


「あら、ダメよ」


 ヒュッと闇から飛びだしてきた紐状の何かに萌は足を取られ、その場に転倒してしまう。慌てて身を起こそうとした萌の前に現れたのは、花魁のような色香を纏った毛先を黒に染めた一斤染の髪の妖艶な男性――世流だった。その手には鞭が握られている。


「遊戯街の規約は絶対――違反者にはそれ相応の罰を――」


 世流は、それはそれは美しくも妖しい笑みを湛え、一斤染の髪をふわりと靡かせた。


「っ!?」




 一斤染の髪から漂う甘い香りに捕らわれた萌が一瞬ぼんやりした瞬間、床に突如現れた沼へと引き摺りこまれる。

 黒い沼だ。人の手のようなものがたくさん沼から伸びて、萌の身体を引っ張り、底へ、底へと引っ張る。


「いっ、いやああああああっっっ!! 助けてええええええっっっ!! 誰かああああああっっっ!!」


 手を必死に伸ばすも、萌の手を掴むものは誰もいない。見えるのは踠く己の手――漂うのは酷く甘い香りだけ――そして、萌は、沼に飲み込まれた――。




 小さく悲鳴を上げてパタリと倒れて動かなくなった萌を、雛菊はただ見つめていた。


(い、一体、彼女の身に何が……)


 疑問は消えないが、聞くのが怖くて、ただ黙って見つめる事しかできない。


「はあい、後の事は、オネエチャンに任せて、凪沙ちゃんは違反者の馬鹿共の処理をお願いねんっ!」

「りょうかいっ! 世流ちゃんっ」


 凪沙は萌と上司の男性職員の首根っこを掴むと、酷く雑な扱いで引き摺っていった。


 その光景を見送りながら、幽吾は言った。


「ねえ、世流君。違反者はあの後どうするの? 処すの?」


 幽吾があまりにさらっと質問するので、雛菊は驚いてしまうものの、その質問の答えには雛菊も興味があったので耳を傾けた。


「ううん。実害が出なければ、さすがに身体的なオシオキは与えないわよ。ワタシの『幻術』で精神的なオシオキを一晩中与えながら、遊戯街の店に宿泊してもらうの」


 世流の言葉に、雛菊はかつて紫が言っていた事を思い出していた――「遊戯街には幻術とか夢渡りとかの〈異能持ち〉がいる」と言っていたはずだ。


(世流さん、『幻術』の〈異能持ち〉なんだ)


 世流の妖しい雰囲気と「幻術」という異能が似合うなぁと、雛菊は思った。


「で、違反者が翌日目覚めたら、一晩の宿泊費をがっぽり請求するってわけ! オシオキはできるし、店は儲けが出るし、ウッハウハよんっ!」

(身も蓋も無さ過ぎてちょっと台無しっ!)


 悪いのは規約違反した側とはいえ、世流が指でお金の形を作りながら綺麗な笑顔でそんな事を言い切るものだから、雛菊は少し残念な気持ちになった。


「まあ、実害が出た場合は……うふふふふふっ! いっそ死んだ方がましって思うくらいの地獄を見る事になるでしょうけどねっ!」

「うわあ、いいね。僕、そう言うの好きだよ~」

「………………」


 残念な気持ちが一気に恐怖へと塗り替えられた瞬間だった。

 そして、雛菊は心から誓う。


(遊戯街の規約は絶対絶対ぜぇ~~~ったい守ろう!! 規約の事前の確認絶対大事!!)


 こうして雛菊は、また神域での常識を学んだのだった。




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