乱入者達
「……雛菊さん、あなた、今、何て?」
「お断りしますって言ったんですっ!!」
雛菊は再度きっぱりとそう告げた。
萌はギッと雛菊を睨みつける。
「あなた、ちゃんと聞いてた!? 〈能無し〉は不幸を撒き散らす存在で、もうすでに人の命を奪っているの! あなたをその脅威から守るために言ってあげてるの! わからない!?」
「わかりませんっ!! 全然!!」
雛菊は萌に負けないように、目に力を入れて睨みつけた。
「アンタこそ、紅玉さんの事わかってないじゃないっ! あんなに優しくて、真面目で、仕事熱心で、世話焼きのお姉ちゃんで、ちょっと鈍感で、見ているこっちがいっそ恥ずかしくなるくらいで――ああもうこれは別に関係ないけどっ! そんな人が不幸を撒き散らすわけないじゃない! 十の御社の人は、みんないつも楽しそうに笑っているわよっ! 〈能無し〉がなによっ! 紅玉さんはどう見ても十分優秀よっ!」
雛菊はこの数日の研修で見てきた。ずっと。紅玉という人物を。間近で。この目で。
「アンタの方がよっぽど信じられない! 平気で人の事を悪く言うし、平気で嘘吐いて人を騙すし、人への思いやりとかないの!? この冷血女!!」
「なっ!?」
雛菊はありったけの言葉で萌を否定する。しなくては気が済まなかった。
「誰がアンタの言葉なんて信じるもんかっ!! アンタなんかはお断りよっ!!」
瞬間、萌の目の色が変わった――萌は素早く雛菊に何かを投げつけた。
「きゃっ!!??」
「バチンッ!」という、何かが弾けるような音と痺れるような痛みが走り、雛菊はその場に倒れ込んだ。
(い、いたっ……何、今の……!)
身体は少し痛むが、身体はしっかり動かせるようだ。雛菊が顔を上げると、一枚の御札が燃え尽きていくのが見えた――どうやら萌が投げつけてきたのは、それらしかった。
雛菊はゆっくりと身体を動かし立ち上がろうとする――が、萌が雛菊の腕を掴み、それを阻んだ。
「ヤダ。ホントに神子様の結界術張っていたの? 過保護過ぎない? あの人から御札貰っておいてよかったわ」
そして、萌は乱暴に雛菊の腕を引き、さらに雛菊の左耳を引っ張る。
「ちょっ! 痛い!」
「言う事を聞きなさい」
「っ!?」
どろりと、耳から入ってくる声が一瞬で雛菊の思考を鷲掴む。経験した事のない気持ち悪い感覚に、雛菊は捕らわれ、動けなくなる――。
「そうイイ子ね。私の言う事を聞きなさい。紅玉がどれだけ不幸を撒き散らす存在か、改めて思い知らせてあげる。そのために、あなたにやってほしいことがあるの」
「やってほしいこと……」
どろどろと纏わりつくように、萌の言葉が入ってくる。先程の威勢はどこへやら――雛菊は拒絶ができない。
「そう。十の御社に帰ったら、真夜中にそっと門を開けて欲しいの。結界が張ってあるはずだから、きちんとそれを解いてね」
最早感じる事ができるのは萌の声だけ――。しかし、雛菊は何とか自我を保てていた。この言葉を受け入れてはならないと、己の意思で理解できていたからだ。なんとなく懐が熱を帯びているのが感じるが、今はそれどころではない。
「な、んで、そんな……」
なんとか紡げた言葉を雛菊が口にすれば、萌はニタリと笑う。
「それはね――――」
「どわりゃああああああああああああっっっ!!!!????」
「どんがらがっしゃああああああんっ!!!!」という轟音に、雛菊はビクリと身体を震わせ、我に返った。
ハッと振り返ってみれば、部屋の窓側が半壊状態という大惨事であった。ガラスや瓦礫が飛び散り、もし巻き込まれていれば、一溜りもなかったであろう。考えるだけでゾッとした。
そして、雛菊は気づいた。瓦礫やガラスの破片まみれになって、倒れている男性がいることに――そして、その男性の頭に三本の角が生えていた。
すると、襖が物凄い勢いで開けられる。
「何事ですか!?」
飛び込んできたのは、黒真珠の女性店員だった。
そして、黒真珠の女性店員は部屋の大惨事と、瓦礫の中にいる三本角を持ったその人物を見止めて、目を見開いた。
「いやあ、予想以上に派手にやらかしちゃったね~」
飄々とした声と共に、半壊した窓から入って来たのは、鉛色の髪とその色を知る者がいない瞳を持つ、怪しい微笑みを湛えた男――幽吾であった。
**********
神獣を追っていた轟は、同僚達と別れてからずっと、遊戯街をウロウロしていた。神獣がずっとこの遊戯街周辺で出没していたからだ。
(なんで神獣が遊戯街をウロチョロしてるんだよ!?)
こんな派手な色の店ばかりが並ぶ遊戯街を好むとは、神獣はよっぽど変わりモノのようだ、と轟は思っていた。
人混みの中を走るのが手間で、轟は建物の屋根伝いに走っていたのだが、視界の端に良く知った人物の姿を見止め、思わず立ち止まる。
(あん?)
再度説明するが、轟は屋根伝いに走っているのだ。つまりその人物も屋根の上にいると言う事だ。こんな屋根の上にいるなんて、怪し過ぎる。
「おい、幽吾」
「ああ、轟君。神獣探し、お疲れ様~」
「あ? なんでてめぇがそれを知ってんだよ」
「さっきから美月ちゃんや天海君とも会っているからねぇ。話は聞いているよ」
そう言いながら、幽吾は双眼鏡を覗いた――目が開いた所を見た事がないので、ちゃんと見えているかは不明だが。その幽吾の視線の先にあるのは、通りの向こう側にある遊戯街にありがちな派手な建物である。
「おめぇ、こんなところで何やってんだよ?」
「ほら、僕、別方向から介入するって言ってたでしょ。だから、外からこうして見張っているの」
「……はあ?」
「……ああ、轟君、また忘れたの? まったく、轟君は相変わらずアホでバカの鳥頭だね~」
「幽吾! 喧嘩売ってるつぅなら上等だ! 表に出ろ!」
「もう出てるでしょ~」
幽吾は轟の言葉を適当にあしらいつつ、見えた光景に眉をピクリと動かした。
「あ~、まずい」
「はあ? 何がだよ?」
轟の質問に答えることなく、幽吾は右手を伸ばした。
瞬間、術式が発動し、強靭な身体の一本角を持つ恐ろしい存在が現われた。地獄に生きる鬼神である。
何故、ここで鬼神を召喚した?――と、疑問に思う轟の首根っこを鬼神が掴み上げた。
「はあっ!? 何すん――」
轟の戸惑いの声も聞かず、鬼神は構えた。
「はいっ、ピッチャー、おおふりかぶって投げましたーーーーーー!!」
「どわりゃああああああああああああっっっ!!!!????」
「どんがらがっしゃああああああんっ!!!!」という轟音と共に、轟が目の前の建物――「泡沫ノ恋」に突っ込み、窓と壁が半壊した。
「ストライークッ!! バッタアウト! ってねっ」
幽吾は召喚した鬼神と喜びを分かち合い、手を叩き合った。