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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
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不幸を振り撒く存在




(遊戯街って、素晴らしいっ!)


 手洗いに席を立っていた雛菊は、個室へ戻りながらそんな事を思った。


(女の人も男の人も見るだけで眼福だし、あのお兄さん店員さんもすっごく良くしてくれるし、良い思い出になった~!)


 最初、三人だけの親睦会で不安しかなかった気持ちはどこへやら、雛菊はすっかり上機嫌だった。鼻歌を歌いながら、軽やかな足取りで個室までの廊下を歩き、そして襖を開けた。


(……あれ?)


 まず気付いたのは、あの上司がいない事だった。


(お手洗いに行ったのかな……)


 その割にすれ違った記憶はない。


(タイミングかな)


 そんな事を考えながら、雛菊が席に座ると、萌が給仕をしていた店員二人に声をかけた。


「悪いけど、ちょっと部署内での大事な話をしたいの。部外者は出ていってもらえる?」

(えっ?)


 萌の言葉に店員二人は困ったように顔を見合わせた。


「早く出ていって。邪魔よ」


 萌の強気な言葉に、雛菊はビクリと肩を震わせた。

 そして、店員二人は萌に言われるままおずおずと出ていった――あの男性店員が最後に雛菊の頭をポンと叩いてくれたので、雛菊は少しホッとした。


 そして、襖は閉められ、雛菊は個室で萌と二人きりとなった――。


「これでやっと二人で話せるというものね」


 萌はにっこりと笑っているが、その笑顔が胡散臭いものにしか見えず、雛菊は思わず身構えてしまう。


「えっと、生活管理部だけで話したい話なら、人が足りないと思うんですけど」

「ああ、あのエロじじぃはもう放っておきましょ。どうせあの若い店員とお楽しみ中なんだし」

(えっ!? ちょっ! なっ!?)


 上司に対する悪口を包み隠そうとしないところとか、あの若い女性店員が今どんな目に遭っているかとか、驚くべき情報が多過ぎて、雛菊は頭の処理が追いつかない。


「さて、時間がないし、単刀直入に言うわ。これはあなたのためを思って言う事よ。神子管理部の紅玉の事を信用しない方がいいわ」


 頭の処理が追い付いていない雛菊に、萌は畳みかけるように言葉を続ける。


「雛菊さん、〈能無し〉の事は知ってる? あれは、神力を全く持たない、異常で、神に見捨てられた、不幸を振りまく存在よ。これ以上かかわってはあなたが危険なの」

「なっ、なんでそんな酷い事を言うんですか? 紅玉さんはそんな人ありません。神力を持たないだけで不幸を振りまく存在って決めつけるなんて――」


 雛菊の言葉に萌は首を横に振った。


「いいえ、根拠はあるの」

「――え?」

「これは三年前の話よ。三年前、紅玉は神域管理庁に入職した。その当時、神子の中に紅玉の幼馴染が五人もいたの。紅玉は、その幼馴染の神子を守るために、この神域管理庁に就職したらしいわ――それで、その幼馴染の神子五人は、今どうなったか知っている?」


 雛菊は知るはずもない。紅玉の幼馴染が神子だなんて知ったのも聞いたのも初めてだ。

 そして、雛菊は察してしまった。あの紅玉の事だ。幼馴染が神子であるなら――それも守りたいと思う程、大切な存在ならば、雛菊に一言でも話すであろうと。しかし、今日の今日まで雛菊は聞いた事もなかった。

 それすなわち――。


「三年前、その神子五人は命を落としたの。一人残らず全員ね」


 その言葉に雛菊は、全身が冷たくなっていくのを感じた。

 そんな雛菊を余所に、萌は言葉を続ける。


「ねえ、これでわかったでしょ? 〈能無し〉がいかに危険なのか。私が上層部へ口添えしてあげるわ。あなたをあの〈能無し〉から確実に守ってもらえるように。だから、あなたは何も怖がらなくていいわ」


 萌は雛菊に手を差し伸べた。


「さあ、私と一緒に逃げましょ! あの〈能無し〉の所へなんかに行かず、安全な所に! これはあなたのためなのよ!」




 雛菊は思い出していた――この研修の日々の事を――。


 美しい姿勢でお辞儀をして、優しく微笑む紅玉。

 真昼や雲母やれな、多くの神々に信頼されている紅玉。

 姉らしくキリリとした表情で、水晶を叱りつける紅玉。

 黒い微笑みを湛えながら、紫を張り倒す紅玉。

 蘇芳を見て、ころころと笑って、可愛いと言い放つ紅玉。




(これの……この人のどこが――――!)




 頭の中で、己と同じ声が響いた――。




 紅ちゃんのせいじゃないっ!!!!




 雛菊はギッと萌を睨みつけた。


「お断りしますっ!!」


 雛菊の言葉に、萌は目を剥いた。




**********




 個室から追い出された紅玉と右京は内心焦っていた。


「今まで黙っていたかと思ったら、やはり彼女も雛菊様目当てだったわけですね……!」

「紅様……!」

「何とかしてもう一度中に入る口実を作らなくては……!」


 しかし、料理は運び切ってしまった。追加で注文された物はない。


「仕方ありません。怒られるのを承知の上で無理矢理部屋に押し入りましょう」

「言い訳はなんとしましょう?」

「そうですね――」


 その時だった。


「ぎゃああああああああああああっっっ!!!!」


 叫び声と何かが割れる大きな物音。そして――。


「このド変態親父ぃいいいいいいいいいっ!!!!」


 あの怒号は紛れもなく焔の物だ。

 その怒号を聞いて、紅玉と右京はすぐに察した。

 確か焔は、食器を下げに行っていたはずだ。そして、焔に執着を見せていた男性職員は手洗いに立っていたはず――。


「……紅様、申し訳ありませんが、少々様子を見に行っています」

「はい、お願いしますね、右京君」


 右京は軽く頭を下げると、騒ぎの元へと駆けていった。


(さてと……確か、雛菊様の御膳と男性職員の御膳はまだ下げられず、多少残っていたはず……それを理由に中に――)


 そう思いつつ、紅玉が襖に手をかけようとした時だった。


「おっ!? 呉藍ちゃんっ、どこ行ってたんだよぉっ!」

「っ!」


 それは雛菊が来店するまで対応していた男性客の一人だった。まだ店に居たようで、随分と酒を飲んでいる事が見るだけで分かった。


「こんなところにいねぇでさっ、オレに酌してくれよぉっ!」

「お客様、申し訳ありません。わたくし、只今こちらのお部屋の担当をしておりまして、手が離せないので――」

「いいじゃんっ! 呉藍ちゃんっ! ちょっとくれぇよぉ~~~っ!」

(ああもう、こんな時にっ)


 普段から酔っ払いの相手をしている事が多く、あしらうのも簡単かと思っていたが、やはり気心の知れた相手と、客とでは、対応の仕方も違く、なかなか思うように事が運べない。紅玉の焦りは募るばかりだ。


「申し訳ありません、お客様。また後程お伺いさせて頂きますので――」

「いこういこう! オレが酒でも何でも奢ってやるからさっ!」

「っ!?」


 客に手首を掴まれ、紅玉は慌てて振りほどこうとするが、予想以上の男性客の力強さに抵抗ができない。


「お客様っ、困りますっ!」

「呉藍ちゃんの困った顔もカワイイなぁ~~~食べちゃいたいくらいだな~~~」


 近づいてくる男性客の顔――紅玉の限界も近かった。


「っ、いい加減に――」


 紅玉が掴まれていない反対の手を振り上げようとしたその時――。


「どわりゃああああああああああああっっっ!!!!????」


 「どんがらがっしゃああああああんっ!!!!」という轟音と共に、どこかで聞いた事のある叫び声が個室の中から聞こえてくる。


 紅玉は男性客の手を振りほどくと、慌てて個室の中に飛び込んだ。




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