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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
43/346

生活管理部親睦会

ブックマークと評価ありがとうございます!

とても嬉しいです……!

第二章も鋭意執筆中なので励みになります!

どうぞこれからもよろしくお願いします!




 雛菊は己が置かれた状況を理解できず、大変混乱していた。


(今日って、生活管理部の親睦会よね?)


 遊戯街にある、まるで海の底にいるような店構えが特徴的な「泡沫ノ恋」まで、迷わず来られたのはよかった。


(新人は強制参加の生活管理部の親睦会よね?)


 「泡沫ノ恋」に入り、主催者の名前を伝えれば、滞りなく、予約していたのであろう個室まで案内された――そこまではよかった。


(なんで参加者三人だけなのよおおおおおおおおおっっっ!!??)


 雛菊は両手で顔面を覆い、天を仰いだ。しかし、いくら現実逃避をしようとも変わる事がなかった。

 参加者は、雛菊と、先日十の御社に親睦会の知らせを持ってきた萌と、雛菊も初めて会う男性職員の、計三名だ。

 あまりの参加者の少なさに、萌に思わず聞いたところ、「他の職員は体調不良で来られなくなった」とのことだった――絶対嘘だと思った。


(これじゃあ、親睦会じゃなくて、ただのお食事会って言うか、接待じゃんっ!!)


 雛菊は隣に座る男性職員。萌の紹介では、部長などの大層な役職ではないが、一応巽区の何かの班をまとめる班長を務める十年以上の勤務実績がある上司であった。年齢は五十代半ばといったところだろうか。要は、おっさんである。

 突き出た腹が大分だらしなく、少々臭いもきつい。挙句、ニタニタと嫌らしい目で見てくるので、雛菊は全身が粟立つ思いであった。

 しかも、同席しているはずの萌は我関せずと、間に一切入ってくる様子などないようだった。


(もうヤダ……帰りたい……)


 泣きそうになる雛菊。

 しかし、ここまで引き込まれてしまっては、帰りたいなど言い出せるはずもない。せめて、少しでも隣に座る上司から距離を取ろうと、必死に身を捩っていた。


 そんな雛菊の様子を襖から覗く三対の目があった。


「雛菊様、お労しや……」

「〈神力持ち〉の人間が通る定めですね。いつ手籠めにされてもおかしくない状況です」

「下劣め。恥を知れ」


 紅玉と右京と焔は、個室の前で中の様子を伺いながら、小声で話をした。


「さあ、このままでは雛菊様の貞操の危機ですわ。朔月隊の名にかけて、しっかり雛菊様をお守り致しましょう」

「いざとなれば、僕があの男を請け負いますので、呉藍(くれない)様と穂之火(ほのか)様は雛菊様の保護と逃走の補助をお願い致しますね」

「……右京君、その呼び名止めてくれないか」

「おっといけねぇ、穂之火。この店では、俺の事も『(ゆう)』って呼んでくれねぇと」

「君、実は楽しんでいるだろう!?」


 「泡沫ノ恋」で働くに当たり、三人には凪沙から源氏名が与えられた。

 紅玉は「呉藍」、右京は「佑」、焔は「穂之火」という名だ。紅玉や焔は若干の抵抗があったものの、普段から遊戯街で働いている右京は慣れており、挙句、右京だとばれないように、己の性格と真逆の性格を演じていたら、これが想像以上に楽しかったらしく、かなり乗り気で働いていた。


「まあまあ、穂之火ちゃん。今は大事なお仕事が優先です」


 紅玉達に課せられた任務――それは、親睦会の影から雛菊を魔の手から守り抜く事。


「さあ、参りましょう」


 紅玉は襖を軽く叩き、大きく開けた。


「失礼します。お酒とお食事をお持ちしました」


 最初に紅玉が入り、続いて右京、焔の順で個室へと入っていく。

 雛菊は緊張のあまり顔色が悪いが、店員の入室に少し安心したような表情を見せる。男性職員は酒が来た事に喜びの表情を見せ、萌は澄ました顔で一人我関せず状態を貫いていた。


「お酒をどうぞ」


 紅玉が問題の男性職員に酌をするものの、男性は紅玉に目も呉れず、注がれる酒を見つめるだけである。これには右京が眉を顰めた。


(この男、紅様は好みではなかったか……)


 紅玉は今宵「泡沫ノ恋」で間違いなく一番人気であった。雛菊達が来るまでの間も店の方で接客をしていたのだが、客の多くが紅玉に見惚れ、紅玉に声をかけるものが多かった。

 これには紅玉も驚くばかりであったが、嫌な顔一つせず、完璧に接客をこなした。それを見た凪沙が「紅ちゃん、マジでうちの店に欲しい」と言わしめるほどである。

 それほどにまで今宵の人気を掻っ攫った紅玉でも靡かないこの男性職員――。


(なかなか手強いかもしれませんね……)


 本気で雛菊だけに狙いを定められた場合、雛菊を守るだけでも骨を折りそうな予感であった。


 しかし――。


((んっ?))


 紅玉と右京は気づいた。男性職員の視線が、酒でもなく、雛菊でもなく、違う方向を見つめていた事に――。

 その視線を追った先にいたのは――。


((あっ))


 萌に酌をしていた焔であった。

 両膝を着いたことで、細く美しい太腿が誇張され、きつめに締められた帯のおかげで細めの腰や胸をしなやかに見せている。

 その焔の全てが、男性職員の視線を奪っていた。


(…………)


 焔もようやっと男性職員の視線が己の太腿や慎ましやかな胸に注がれている事に気付いた。

 男性職員は完全に鼻の下を伸ばした状態で焔の身体を食い入るように見つめている。


(もしかして、この職員……)

(大人っぽい女性よりも……)

(女性の胸よりも……)


 よくよく考えればそれはすぐにわかる事であった。この男性職員の目当ては雛菊であるのだ。ただ紅玉達は、あくまで雛菊は〈神力持ち〉であるから狙われているものだと思っていた。

 だがしかし、ここで別の可能性が出てきたのだ。つまりは、雛菊自身が目当てである可能性だ。

 雛菊は、小動物のように小さく大変愛くるしい容姿の持ち主である。全身的に細身で、そして年齢よりも大分幼い印象を持つ。

 一方、焔の本日の制服は「金魚」だ。可愛らしさを重視した仕上がりで、化粧も幼く見えるように施され、そして細い美脚や細い腰がこれでもか、というほど露わにされた装いだ。

 そして、雛菊と焔の最大の共通点と言えば、慎ましやかな胸である。


 つまりは、この男性職員の好みは――。


(可愛らしくて幼い印象の強い――)

(脚が綺麗で――)

(胸の小さい女性が好み……)


 焔は自分でそう予想しながら、内心腸が煮え繰り返りそうな思いであった。

 決して己の小さい胸が憎いわけではない。決して己の慎ましやかな胸が悔しいわけではない――恐らく。


(このド変態親父がぁっ!!!!)


 決して八つ当たりに近い心境などではない――多分。


 まるで般若のような相貌の焔を見て、紅玉と右京は心の底でそっと応援の言葉を送る。

 そして、焔を般若の顔にさせている男性職員は、焔のそんな表情に気付く事無く、ひたすら焔の身体を嫌らしい目で見つめていたのだった。




**********




 最初はどうなるかと思っていた。親睦会は蓋を開けてみれば、参加者三人という超小人数の飲み会で、挙句上司の男性職員は嫌らしい目で見つめてくる変態だった。

 しかし、見目麗しい店員達が現われてから、雛菊の心の平穏は訪れた。

 雛菊はそっと隣を見遣る。


「へえっ! 穂之火ちゃんは今夜だけの臨時職員なのか!? どうかね? 俺が買ってやるからずっとここで働いてみないか!?」

「フフフ、ダンナ様はお世辞がお上手でいらっしゃいますねぇ。でも、申し訳ございません。本当に私は今夜しか働けない身でして」

「じゃあ連絡先は!? また一緒に飲もうじゃないか!」

「申し訳ありません。個人情報も教えてはいけないルールですので」


 上司が金魚のような女性店員を捕まえたまま離さなくなっている。金魚の女性店員はひたすら笑みを浮かべてあしらっているものの、非常に迷惑そうな雰囲気を漂わせていた。


(かわいそう……)


 いくら仕事とはいえ、同情してしまう。下手をすれば、己自身がああなっていたのかもしれないのだから。


「嬢ちゃん、追加はいいのかい?」


 こちらも見目麗しい、まるで豪快な海の男のような店員が雛菊に声をかける。


「あ、えっと、じゃあ、オレンジジュースを」

「嬢ちゃんは、酒は飲めねぇのか?」

「あ、あはは、まあ……」


 大嘘だ。大好きである。しかし、今宵は飲む気など一切無くなってしまっていた。


「ま、酒に飲んでも飲まれるなってな。ちょっと待ってなよ。持ってくるから」


 海の男の店員は雛菊の頭をポンポンと叩くと、注文された品を取りに行った。


(ひゃああああああっ!! 遊戯街の男の人、めっちゃイケメン!!)


 かつて紫がおすすめしていただけに、実際に目の当たりにするとハマってしまう人の気持ちもわからないではなかった。


(眼福です……っ!)


 雛菊は本日初めて親睦会に来てよかったと思った。


 すると、目の前を豊かな胸が横切った。


(でかっ!!)


 その正体は給仕に入っている黒真珠のように麗しい女性店員であった。肩から胸元が大胆に開いた着物を身に纏い、そこから覗く谷間と柔らかそうな膨らみが、実にうらやましく、雛菊は食い入るように見つめた。


(ううっ!! あの膨らみのほんのちょっと分けて欲しい~~~~~~っ!!)

「ほらよ、嬢ちゃん、お待ち遠さん」


 注文された品を差し出されながら、男性店員はニカリと笑った。


「ありがとうございます!」

「遠慮せずどんどん注文してくれよ」

(が、眼福です……っ!)


 頭ポンポンと素敵な笑顔のおまけ付きで、つい頬を赤らめてしまう雛菊だった。




 そんな親睦会の様子を、一人険しい顔で萌は見つめていた――。




女の子の胸は、おっきくてもちっさくても、どちらも素敵な夢が詰まっていると思っていますので、どちらも良きものです(キリッ)

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