議題「雛菊護衛対策」
十人の会議となっています。
テンポを優先したので、読みにくい部分があるかもしれないです。
二つの卓を並べた周囲をぐるりと十人が座り、「ツイタチの会」は始まった。
「はいはーい、『ツイタチの会』始めるよ~。議長は『朔月隊』隊長の幽吾で進めるよ。じゃあ、早速、本日の議題――『生活管理部親睦会における雛菊ちゃん護衛対策』について。それじゃあ、本日の議題提案者の紅ちゃん、説明よろしく」
幽吾の指名に紅玉はこれまでの事のあらましを説明する――。
「――と、いうわけで、研修期間という忙しい時期にもかかわらず、生活管理部は親睦会を無理矢理捩じ込んできたのでございます」
「ま、僕もその話、外から聞いていたけど、十中八九狙いは雛菊ちゃんだろうね。彼女は数年ぶりの〈神力持ち〉だ。正直な話、彼女という貴重な存在を欲しがる輩は多いと思うよ。彼女、結構おっさんどもに好かれる見た目だし」
「なんとか雛菊様の研修先を、我が十の御社に変更できたまではいいのですが、予想以上にしつこくて……最近、十の御社周辺をうろつく羽虫が増えてしまったので、『処分』に当たっています」
「ついでにそいつらの身元もしっかり確認しておいて、二度とそんな事をしたいと思わない程、ちょっと『おどかし』もかけておいたよ」
二人の言う「処分」や「おどかし」については、全員聞き流していた。
「しかし、生活管理部だけの親睦会と言われてしまっては、一体どうやって雛菊様を守ればいいのか……」
「それで招集をかけたわけね」
今回の「ツイタチの会」の開催きっかけを全員が理解できたところで、轟が立ち上がり叫んだ。
「この研修期間中に親睦会だぁ? 上等だ! てめぇこの野郎! 俺様が殴りこみに行ってぶち壊してきてやるっ!」
「お待ちください、轟さん。貴方様が殴りこみに行ったところで、生活管理部から抗議を受けるだけですわ」
「もうっ、轟君のお・バ・カ・さんっ」
「あははっ、ばーかばーか」
「今バカって言った奴、今すぐ表に出ろやぁっ!!」
「【しばらく黙れ】」
「んぐーっ! むぐーっ!?」
轟が静かになったところで、焔が美月に聞く。
「美月ちゃんは生活管理部だろう? そのような話、聞いていないのか?」
「んん? 聞いとらんなぁ。そないな話、初めて聞いたで」
「あら、美月ちゃんは、招待状は受け取っておられないのですか?」
「招待状?」
「こちらです」
紅玉はそう言って、全員に見えるよう台の上に招待状を置いた――雛菊が応接室から退室する直前に、雲母から受け取っていたものだ。
「紅ちゃん、わっる~い。人の物勝手に拝借しちゃって~」
「あら、これは、落し物を拾ってくださった可愛らしい神様からお預かりしたものですわ」
「紅玉先輩、中身は何と?」
「それはまだ確認しておりませんの」
「では失礼して」
右京は胸元からナイフを取り出すと、綺麗に招待状の封を切った。そして、隣にいた左京に手渡すと、左京は中の手紙を取り出して、全員に見えるように再び台の上に置いた。
『生活管理部 親睦会のお知らせ
日頃、業務に励んでいる生活管理部職員の皆様で親睦会を開催したいと思います。
今年度の新入職者も全員参加予定。
この機会に新入職の方々と先輩の皆様との絆を深めあいましょう。
開催日時:四月九日 十九時より
開催場所:遊戯街 泡沫ノ恋にて
主催:生活管理部参道町配属巽区担当 萌』
「ふ~ん、十九時からの開始か。思ったよりも遅い時間帯だね」
「手紙だけ読むと、普通の親睦会のようにもみえるが……」
「あーーー、いやいや焔ちゃん、コレ完全に雛菊ちゃんを手籠めにしようとする魂胆丸見えよ」
「え?」
「開催場所が遊戯街の『泡沫ノ恋』って。表向きは飲み屋だけど、ソノ為の宿泊部屋やら個室やらがあるそういうお店よ」
「「「「「はい、アウトーーーーーー」」」」」
「だああああああっ!! どいつもこいつも下衆野郎ばっかじゃねぇかっ!! ふっざけんなっ!! 同じ男として恥ずかしくねぇのかごるああああああっ!!」
「うんうん、轟君のそういう真っ直ぐな所、ワタシ好きよ」
「ちょっと、世流君、遊戯部管理部主任の権力使って、阻止できない?」
「う~~~ん、『泡沫ノ恋』で働いている子達に確認くらいならできるけど、阻止は無理ね」
「え~~~~~~」
「え~~~じゃないのっ! こっちだって、信用問題があるの。こっちからの予約の一方的な取り消しはできないわ」
「とりあえず只今、『泡沫ノ恋』に行ってきて、予約状況確認して参ります」
「さっちゃん、よろしくね~!」
左京は軽く頭を下げると、一旦会議から抜けた。
「しかし、生活管理部であるはずの美月ちゃんが招待状を貰っていないとなると、『親睦会』自体が怪しい可能性がありますわね。紫様も思えば受け取っていませんでしたし……まあ紫様の場合、混乱を避ける為に招待状すら出されていないと思っていましたが」
「紅ちゃん、相変わらず紫君に辛辣ねぇ~……まあ、それはさておき、確かにその『親睦会』は怪しいわね。予約しているお店が『泡沫ノ恋』って時点でちょっとねぇ……あっ、お店自体はちゃんと法律則ってやってるから、安心してっ! 『泡沫ノ恋』は密かにお付き合いしたい人とか表立ってお付き合いできない人の為に用意してあるお店だから、『泡沫ノ恋』って名前で――」
「おいっ! それって大丈夫なのか!? アウトじゃねえのか!?」
「大丈夫大丈夫! セウトよんっ!」
「どっちだっ!!??」
「泡沫ノ恋」という店自体に不信が募りそうである。
「とりま、ウチの方でも生活管理部の新人さんとか同僚に、そういう招待状もらっておらんか確認しとくわ」
「そう言えば、この招待状には何の神術も施されていなかったのか? 勝手に開けてしまったが」
「はい、蘇芳様や十の御社の神様達にも確認して頂きましたが、怪しい術はかけられていませんでした」
「……さすがに、御社への持ち込み物に、そうことはできなかったんだろう」
珍しく天海がそう発言した。そして、さらに珍しい事が続く。無口な文が手を挙げていた。
「ねえ、招待状を持ってきたヤツの名前、知りたい」
「紅ちゃん、教えてもいい?」
「…………はい」
「今回の親睦会の主催でもある生活管理部参道町配属巽区担当の萌……約三年前は、二十七の御社配属の生活管理部だった女だよ」
幽吾のその言葉に全員が息を呑んだ。その中で唯一、文が声を発した。
「二十七の御社……」
「もちろん、あの日も彼女は現場にいたよ」
「そう……」
すると、出かけていた左京が帰って来た。
「只今戻りました」
「おかえりなさい、さっちゃん。予約状況はどうだった?」
「はい。確かにその日時に生活管理部の萌様という方が予約されておりました。個室三名で」
「三名!? 少な過ぎるではないか!」
「こりゃ、ウチが確認取らんくても、雛菊ちゃん以外に招待状受け取っとる職員はおらんやろなぁ」
「ちなみに僕の予想では、その三名の内訳は、萌に、雛菊ちゃんに、萌に手筈取らせている雛菊ちゃんを手籠めにした~い外道親父ってとこ?」
「「「「「はい、アウトーーーーーー」」」」」
「生活管理部の部長は女性やったはずやけど、確か艮区と巽区の主任は男やったなぁ」
「歳は?」
「おっちゃんやったで」
「「「「「はい、アウトーーーーーー」」」」」
「……今すぐそいつの口を封じてこようか?」
「待って待って、文君。その外道で下衆親父がその主任と決まったわけじゃないわよ」
問題点が出たところで、幽吾が概要をまとめはじめる。
「さてさて、まとめると、一つ、生活管理部の親睦会は『泡沫ノ恋』で開催される。二つ、予約人数は三名のみで個室予約であからさまに怪しい。三つ、店側からの予約取り消しは不可――さあ、どうやって雛菊ちゃんの身を守るべきか」
十人はしばしの間、考え込む――そして、まず手を挙げたのが、世流だった。
「遊戯管理部主任の権限で『泡沫ノ恋』のその日の勤務体制に介入することが可能よ」
「なるほど、『泡沫ノ恋』の従業員になり済まして、影から雛菊ちゃんを守るってことだね」
「そういうことっ」
「じゃあ、まず妖怪組はダメだね」
「なんでだよっ!!」
「轟さんに給仕は難しいと思われます」
「はんっ! それくらいできるっ!」
「わたしくの後に続けてどうぞ――『いらっしゃいませ』『ご注文をどうぞ』『ありがとうございました』――はいっ」
「『っらっしゃいっ!』『注文言いやがれっ!』『あっしたああああっ!』――どうだ!?」
「はい、不採用」
「んだとぉっ!? 世流! 俺様のどこがわりぃんだよ!?」
「全部よっ!」
「なあなあ、何でウチと天海はダメなん?」
「……君達、自分の顔面偏差値を考えようね~」
「むぅ……ウチ、一度でええから、飲食店でウェイトレスさんやってみたかったわ~」
残念がる美月の横で、天海は心底安心したように息を吐いていた。
「ワタシは自分のお店があるからちょっと無理だけど、うっちゃんかさっちゃんかなら出せるわよ」
すると、右京と左京はその横で「じゃんけんポン、あっち向いてホイ」を始めた。双子故、決着がなかなか着かなさそうではあるが――。
「僕は、別方向から介入するから、パスで」
「別方向って何だよ?」
「ふふふ、それは当日になってからのお楽しみってことで」
「はあ? わけわかんね……んじゃあ、幽吾を除くと、あと潜入できるのは、紅か文か焔か?」
「では、わたくしが参りますわ」
「紅ちゃん、十の御社のお仕事はいいの?」
「はい、蘇芳様と紫様にお願いしておきます」
「う~んと、紅ちゃん、余計なお世話かもしれないけれど、蘇芳さんには今回の任務の事は話さない方がいいと思うわ」
「ええそれは勿論。例え蘇芳様であっても、『朔月隊』の機密事項を明かしたりしませんわ」
「ワタシが心配しているのはそういう意味じゃなくってね……」
世流が言っている意味がよく分からず、紅玉は首を傾げた。
「とりあえずまあ、勤務体制に介入できるとして、組み込めるとしたらあと一人よ。文君か焔ちゃん、どっちがいく?」
「……焔、頼んでいい?」
「文……」
「俺は……ダメ。優先すべきは〈神力持ち〉の守る事」
「……わかった。私が行こう」
文の言葉を聞いていた紅玉は胸が締め付けられそうになるが、今優先すべきは文の言う通りである。
「――あっち向いてホイ! よっしっ! 僕の勝ち!」
「くっ……! 二百五十六勝二百五十七敗……! 負け越した!」
「双子、おめぇらまだやってたのかよ」
「しかも勝敗数まで覚えているなんて末恐ろしいわぁ」
しかし、これで顔ぶれが決まった――。
「結論が出たようだね」
幽吾がまとめに入る。
「紅ちゃん、焔、右京君の三人が、『泡沫ノ恋』の従業員になり済まし、雛菊ちゃんの護衛特別任務に当たる」
「「「仰せのままに」」」
「朔月隊」、始動だ――。