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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第一章
36/346

密やかな告白

本日二回目の投稿になっています。

閲覧時ご注意ください。




 庭へ移動し、蘇芳の指導の下、訓練を進めていった雛菊。

 昨日は流石に初めてという事もあり、術式作成がうまくできなかった雛菊だったが――。


「かっ、書けました……っ!」

「おぉ、これはなかなかですな」


 たった今雛菊が書き上げた術式は、多少歪みがあるものの、初心者にしてはなかなかの出来栄えであった。しかし、それでも神術の発動までにはまだ至っていない。


「術式はとにかく書いて慣れるのがコツですからな。あまり焦らずに。そもそも神力の操作を怠れば、神術は発動しませんしな」

「は、はい……!」

「では、一旦休憩にしましょう」


 蘇芳がそう声をかけると、近くで見守っていた真昼とれなが茶と茶菓子を持ってやって来ていた。本日の茶菓子は大福である。そして、昨日同様、周囲にいた神々にも茶と茶菓子が振る舞われ、その場は茶会となった。


 大福を一生懸命噛みちぎりながら、雛菊は隣にいる蘇芳をちらりと見上げた。

 己の何倍もある筋骨隆々とした大きな身体。顔は整っているものの、畏怖を感じさせる仁王か軍神かといった容姿。その恐ろしさは、昨日身を以って体験した。

 一瞬、昨日の事を思い出し、身震いしてしまう。


(よかったー、今日はいつも通りの穏やかな蘇芳さんで。それにしても、昨日の蘇芳さん怖かったなぁ……今隣にいる人、ホントに同一人物かよ!? って思うわー。まさか二重人格? いやいやいや、まさかそんなはずはないわよねー。それにしても、紅玉さんも、よくあんな殺気ダタ漏れ蘇芳さんを宥める事ができるもんだわ。猛獣使いかなんかかしら)


 「ブッ!」と、誰かが茶を吹き出したらしい。激しく噎せているのが見えた。そして、別の誰かがその背を必死に叩いてあげる様子も見える。


(蘇芳さんも蘇芳さんよ。あからさまに紅玉さんの事好きなくせに、なんで告白しないのかしら……もうっ! これだから最近の男はっ!)


 「んぐっ」と、誰かが大福を詰まらせたらしい。隣にいる誰かの肩を激しく叩きながら、肩を震わせている。


(……ってあれ? 蘇芳さんっていくつだろ? 社会人になると、人に年齢聞きにくくなるわよねぇ。あたしは新人だし、余計よ。そういや、紅玉さん、今日は朝から外の仕事って聞いたけど、何してるんだろ……あーーー、紅玉さんと言えば、紅玉さんも大概よね。好意があるにしろないにしろ、あの距離感はいくらなんでも男女間にしては近過ぎよっ! 付き合ってないない詐欺かっ!? なんかそう思うと、蘇芳さんが可哀相に見えてくるわー)


 あちらこちらで誰かが茶を噎せ、誰かが大福を詰まらせている。


(……なんか、今日はずいぶん噎せたり、詰まらせたりする人が多いわね)


 雛菊はそう思いながら、咀嚼していた大福を詰まらせないように気をつけつつ、飲み込んだ。


「蘇芳ぉおおおおおおっ!!!!」


 そう叫んで飛んでやって来たのは、酒好きの男神で有名なまだらだ。しかし、いつもの豪快で快活とした印象は一切無く、蘇芳の両肩を掴み、真剣に見つめていた。


「もう我慢の限界だ! 暴露しろ! 今すぐに!」

「まだら殿、今はまだその段階ではない」

「俺達の腹の方が限界迎えるっつーの! 腹が捩れていてぇんだって!」

「修行が足りないのでは?」

「そもそも! 絶対お前のせいでこうなっているんだからなぁっ!」

「……ん、うむ……そうかもしれませんが……」


 まだらと蘇芳のやり取りを見つめながら、雛菊は周囲を見回した。他の神々もまだらに同意するかのように、激しく頷いている。

 一人、話についていけてない雛菊は首を傾げた。


(急に何の話だろ?)


 すると、まだらは何か思い付いたのか、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「わかった! こうなりゃ蘇芳、アレだ! アレ! 紅ねえの好きな所、十個述べろ!」

「ぶほっ!!??」


 まだらの言葉に蘇芳は茶を吹き出した。


「ちょっと、なんでそんな流れになっているんですか。宴会の罰ゲームじゃないんですから……」


 雛菊は呆れた目でまだらを見つめた。


「いいや、雛、これはいい機会だ。今日は珍しく御社に紅ねえがいねぇ。蘇芳が本当に紅ねえに懸想しているのか証明してもらおうじゃねぇかってんだ!」

「いや、だから、なんでそんな流れ……」

「それが嫌ってんなら、俺らの要求聞き入れろっ!!」

(そっちが目的かいっ!)


 まだら達の要求が皆目見当がつかない雛菊。それほどまでに聞き入れて欲しい要求とは何であろうか……そう思いつつ、隣の蘇芳をちらりと見る。

 蘇芳は溜め息を吐き、茶を少し啜ると、ゆっくりと瞳を閉じた。


「まずは、姿勢が美しい人だと思う」

「あ?」

「へ?」


 蘇芳の言葉に、まだらと雛菊は同時に間抜けな声を出した。


「所作も美しいな。今時珍しい女性だと自分は思う」

(ま、待って、まさか紅玉さんの好きな所、十個述べていくつもり!?)


 雛菊が驚く横で、蘇芳はさらに言葉を続ける。


「言葉遣いも丁寧で綺麗だな。声も柔らかくて自分は聞きやすくて好きだ。真面目で、働き者で、仕事内容も丁寧で細かいところまで行き届いている。働き過ぎなのは玉に瑕だな。妹思いの善き姉で、友人思いの思いやりの深い人だ。穏やかそうに見えるが、しっかり鍛練を積んでいて、強い所も魅力的ではあるが、やはり一番の魅力は、笑顔が可愛らしいところだな」


 そう言って、微笑む蘇芳に雛菊は胸が高鳴ってしまう。仁王が恋に落ちた瞬間を目撃してしまったようで、何やら神々しいものを見ているような気分になり、畏れ多くなってしまう。


「あとは――」

「待て待て待て蘇芳!! もういいっ! 十分にわかったからもういい! あまりの甘さに胸焼けしてくるっつうのっ!」


 まだらは顔を手で扇ぎながら、呆れた顔して蘇芳を見つめた。


「ったく、なんでさっさとくっつかんのか……ほとほと謎だぜ」

「自分の事はお気になさらず――それよりも、もうしばらくこの件は秘匿にしておくこと。それでよろしいですな?」

「へいへ~い」


 まだらはそう適当に返事し、手を振りながら、蘇芳の前から去っていった。


(……結局、何だったんだろ)


 雛菊の中で、少し謎が残ったままだった。




 その後は穏やかな休憩時間となっていたが、大福を食べ終えた真昼とれなが蘇芳に駆け寄ってきて、言った。


「なあなあ、蘇芳さん! 俺、あのキラキラ術、見たい!」

「え、あれか? あれはかなり高難度の神術だ。あれは雛菊殿には難しい」

「雛菊さんの為じゃなくて、俺達が見たいんだよ!」

「……見たいっ」


 子ども達にキラキラした目でせがまれて、断る事ができない蘇芳は困ったように笑う。


「わかったわかった。だが、一回しかやらんから良く見ておくのだぞ」

「「わーいっ」」


 そう言って、蘇芳は立ち上がり、術式を宙に大量に書いていく。

 子ども達はワクワクとした目で見つめ、雛菊は何が始まるのだろうとドキドキと胸を高鳴らせた。

 やがて、書き上げた術式を今度は神力の糸を用いて紡いでいく。術式一つ一つを編み込むように、しかし決して重ならないように、且つ美しく――やがて、術式は一つの小さな煌めく蘇芳色の宝珠となった。その美しさに雛菊は息を呑んだ。

 そして、宝珠はより一層輝きが増すと、天高く飛び、上空で弾けた。舞い落ちてくるキラキラとした赤い煌めきがあまりに美しく幻想的で、雛菊は思わず感嘆の声を上げる。雛菊だけでなく、真昼やれな、その場にいた神々全員がその神術に見惚れていた。


「すっ、すごいです! 蘇芳さん! 今のは何の神術ですか?」


 雛菊の質問に蘇芳は煌めきがまだ残る宙を見つめながら言った。


「今のは、神力を凝縮させた術とでも言いましょうか。先程造り出した宝珠のようなものは、神力だけで作った欠片です。ただ神力で作った欠片は非常に脆く壊れやすく、わずかに歪みが生じるとあのように弾けて消えてしまいます。そして、神力は人によって色が異なります。今の術は、神力の欠片が弾ける現象と神力の固有の色が見える現象を利用したものです」

「へえ……」


 雛菊はもう一度舞い散る煌めきを見つめた。煌めきはやがて空気へと溶け込み、完全に消えてなくなってしまう。

 初めは綺麗で感動したが、なんだか蘇芳の説明を聞いていたら、雛菊は思ってしまった。


「なんか、儚い術ですね」

「――えっ?」

「え?」


 見れば、蘇芳が驚き目を見開いていた。


(あ、あたし、何か変な事言っちゃったかな……?)

「儚い術ですか?」

「ごっ、ごめんなさい! 決して蘇芳さんの術が悪いとかそういう意味じゃなくて!」

「――いえ」


 慌てて取り繕うとするが、蘇芳の否定に、今度は雛菊が目を見開く。


「自分も、そう思う……これは儚い術ですな」


 蘇芳の顔は困ったように笑っているはずなのに――何故だろうか。


(なんでそんな苦しそうな顔をしているんですか?)




 瞬間、雛菊の頭に声が流れ込んでくる。




 ――少しでいい、水を飲んでくれ――


(えっ――なに、これ――)


 ――諦めないでくれ、諦めないでほしい――


(悲しい――苦しい――)


 ――だから、生きてくれっ――


(――失いたくない、やだ――いかないで!!)




 雛菊はそのまま意識を失った。




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