神術の授業
本日20時に二回目の投稿があります。
閲覧時ご注意ください。
紅玉が御社不在の為、雛菊の研修も蘇芳が引き受け、昨日に引き続き、神力や神術についての指導を行なう事になった。
昨日説明ができていなかった神術の属性と使用規約についての説明を行なう為、蘇芳と雛菊は食堂に来ていたのだが、何故か水晶や十の御社の神々も食堂に集い、何時の間か食堂が教室になってしまっていた。
雛菊や水晶、神々に見つめられる中、(何時の間にか用意されていた)黒板の前に立った蘇芳は思わず溜め息を吐く。
「……何故、神子や神々までもが生徒側にいるのですか?」
「うみゅ、こんなおもろそうな事に晶ちゃんだけ仲間外れなんてずるい。我、神子ぞ。この御社の神子ぞ。仲間外れはんたーい」
「神子はともかく……神々は神術の説明など不要でしょう?」
「蘇芳、儂らを蔑ろにするつもりかのぅ? いけずじゃのぅ……儂らは神術について改めておさらいをしようと思ってここにいるんじゃよ。勉強熱心な神様じゃろ?」
胸を張ってそう言うのは槐だ。とても良い笑顔である。
槐の他の神々も槐の言葉に同意するように激しく頷きながら、良い笑顔をしていた。
(……まさか本気で学びにきているのでは?)
一瞬そんな考えが過ぎったが、深く追求すると時間が無くなると瞬時に判断し、蘇芳はその疑念を放棄する事にした。
そして、一つ咳払いをすると、蘇芳は白墨を手に取った。
「まずは神術の属性についてお話します」
それを皮切りに、蘇芳は黒板に文字を書き込んでいく。
「基本となる木、火、土、金、水の五つの属性と、陰陽属性の日、月の二つの属性の合計七属性が大和皇国には存在し、万物の元素だと考えられています。そして、神術の属性もこの七属性が使用されます」
そして、蘇芳は引き続き、黒板に紋章を書き込んだ。
「属性によって紋章が異なります。例えば、火の紋章は炎を象ったものだったり、水の紋章は水を象ったものだったり……」
蘇芳によって描かれた紋章を雛菊は見つめた。
「なんか紋章って複雑な形をしていますけど、とっても綺麗ですね」
「そうですな。紋章は古の時代より神々によって生み出されたものとされております。神がお創りになったものは全て美しいですからな。属性によって紋章は異なりますし、書くのは難しいと思いますが、覚えておくと後々に便利なので、頑張って覚えてください」
「は、はい……!」
蘇芳にそう言われ、雛菊は黒板と睨めっこをしながら手帳に紋章を書き込んでいく。
「生活管理部が最もお世話になるのは水属性だから、真っ先に覚えるべき紋章は水だね」
「紫さん!」
「やあ、雛菊ちゃん。お疲れ様」
そう言いながら、炊事場から颯爽と現れた紫は、雛菊達の為に用意していた茶を次々と茶を配っていく。
「僕ら生活管理部は、炊事に洗濯に掃除、水とは切っても切れない縁があるからね。確実に覚えておくのが正解!」
「なるほど……!」
「何せ神様達が電気器具や機械が大嫌いで、現世では当たり前のように使われている家電製品の一切が神域にはないからね~」
「そ、そういえば……!」
思えば現世では誰でも当たり前のように使っている携帯電話の類も持ち込み禁止だったと雛菊は思い出した。
だが、雛菊は例外を見た事があった……それを思い出し、チラリと水晶を見る。
そんな水晶は授業を受けつつも、今日も今日とて小型のカラクリ遊戯をカチカチと弄って遊んでいた。
「晶ちゃんのコレは一生懸命お願いして持ち込み許してもらったの」
「要は我儘を押し通した訳じゃな」
(そんなことで許されていいのか!?)
「だってだってぇ、これは晶ちゃんのお兄ちゃんからプレゼントしてもらった大切な宝物なの~」
(そう言って大人達を誑かした訳か……)
そう思いつつも、水晶が可愛く駄々をこねる姿に雛菊も誑かされている事を自覚していた。
水晶のカラクリ遊戯はさておくとして、言われて気付いた事がある。
雛菊が神域で暮らし始めて早数日、洗濯機や掃除機なども未だ目にしていなかった。初日の御社案内の際もそんなもの見た覚えがない。
「でも、家電機械がなくてももう大丈夫! 三年前に編み出された多くの神術が神域に大革命を起こしたんだ!」
「大革命ですか?」
首を傾げた雛菊に蘇芳は説明をする。
「約三年前、とある方達によって、数多くの神術が編み出されたのです。炊事に役立つ神術、洗濯に役立つ神術、掃除に役立つ神術……他にも食品保存のための神術や風呂上がりに髪の毛を乾かす神術など、日常生活に役に立つ神術を大量に編み出してくれたのです。あの当時は本当に神域の大革命時代となりましたな」
「特に生活管理部にとっては家事仕事が物凄く楽にこなせるようになって、ありがたかったな~! 前四十六の神子様と現二十二の神子様は未だに僕らにとっての神様だね!」
力説する紫を見て、雛菊も思わず頷いていた。
己も忙しい両親や幼い弟妹達に代わり、家事をこなしてきたからこそ良く分かる。
(家事って大変よね……っ!)
電気器具や機械の類の使用が許されない神域で、編み出された数多くの神術がどれほどの生活管理部の人間を救った事か――。
雛菊も思わず二人の神子に手を合わせた。
「……話を先に進めてもよろしいですか?」
「あっ、はい! ごめんなさい」
やや低め声でそう言われて、雛菊は慌てて蘇芳の方を向く。
「神術を使用する際ですが、規約があります。まずは当たり前の事ですが、人を害する神術はご法度です」
(当たり前よね)
「あと、決められた術式の書き換えも禁止です」
「術式の書き換えって何ですか~?」
そう言って手を挙げたのは、真昼だ。
「例えば生活管理部でもよく使用される火力神術。この火力神術は危険性を無くす為に、術式に書かれる祝詞が決められており、火の強さが一定以上は上がらないように組み込まれています。この術式の祝詞を書き換える事は禁止されているのです」
「へえ~」と雛菊だけでなく、神々からも声が上がる。
「あともう一つ重要なのは、紋章の書き換えも御法度です。紋章は神が創ったもの――それの書き換えはすなわち神への冒涜を意味し、絶対に行なってはいけません」
「へえ~」と雛菊だけでなく、神々からも声が上がる。ついでに紫も全く同じ声を上げていた。
蘇芳はやや呆れた顔をするものの、説明を続ける。
「かつて紋章を書き換えて、自分達独自の神術を作ろうとした輩がいましたが、当然ながら即捕縛。無期の監獄行きとなっております」
「ひ、ひえ……! む、無期……!」
好奇心でそんな事をしたのだろうか……それだけで永久に監獄に捕らわれの身とは厳しい、と雛菊は思った。
「普段使用許可されている神術も、中には使用規約が厳しいものがあるので、使用する際はきちんと規約を確認するようにお願いします」
「わかりました……!」
雛菊はそう答えつつ、「規約の確認」と書いた部分に赤い線を引いた。
「では、本日はその点を頭にとどめつつ、早速訓練にいきましょう」
「はいっ、よろしくお願いします」
蘇芳と雛菊は食堂を出て、昨日と同じように庭に出て訓練に向かおうとする。その後ろを水晶もついていこうとする――が。
「神子!」
「うみゅっ」
そんな水晶の首根っこを槐が掴んで持ち上げていた。
「お前さんはダメじゃ! 神子には神子の仕事があるじゃろ!」
「う、うみゅ……晶ちゃん、それより雛っちの訓練を見守ってあげたいなぁ~~~……」
「だーめーじゃ! 紅ねえに『きちんと書類仕事をさせてくださいまし』って言われておるからのぅ! これで逃したら、儂が紅ねえに怒られるわい!」
槐はそう言って、水晶を肩に担いだ。
「ほれ、行くぞい」
「うみゅーーーーーーっ!! すーさん! へるぷみぃ~~~~~~!」
しかし、悲痛な叫びも虚しく、水晶は槐に連れていかれてしまったのだった。
「……行きますか」
「行きましょう」
蘇芳と雛菊は苦笑いを浮かべながら、今度こそ庭へと向かった。
神術の属性は「五行」を参考にしています。
最後辺りの槐の台詞の中にある紅玉の台詞の時、槐は紅玉の声真似しながら言っています。